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第17話 勝利の裏で

 下幸当主は報告書に目を通しながら呟く。


「粉雪かのんは最高戦力級で確定か。加えて冬香の回復術で部隊の損耗も無しと。Aランクの討伐をしてこの結果は素晴らしいとしか言いようが無いな。

 仮に今回の作戦にこの二人がいなかった場合、どうなったと思う?」


 問われた秘書は主人の質問の意図を汲み取り、答える。


「報告書に記載されているAランクの魔の物の2つの固有能力。気配の完全遮断と死体の操作による大群の奇襲。これを情報無しで攻略できたかと言われると否定せざるを得ません。

 燐様がいらっしゃったので討伐自体は成功したと思いますが部隊については多大な被害もしくは全滅もあり得たかと思いますし、最悪人里への被害もあったかもしれません。」


「ふむ。能力が厄介で逃さない状況を作れば討伐自体は難しくないと報告書には記載されているな。だからかのんは炎をドーム状に展開して逃走経路を塞いだと。

 

 中の様子が伺えたなった事から戦闘については詳細が記載されていないが、上雪燐によれば山道で接敵した際には標準的なAランク相当の魔であると判定したか。

 Aランクの魔の物の逃走経路を瞬時に断てるなど、本家当主と上雪燐ぐらいのものだ。この案件にウチが関わっていた場合、討伐すら失敗していたな。」


 下雪当主の発言を、秘書は否定することはできなかった。かといって肯定するわけにも行かず沈黙を貫く。


「しかしかのんも炎を扱えるか。あれは本家当主の専売特許だったはずだが、何かしら力が継承された可能性は無いか?」


「披露宴以降、瑞稀様とかのん様が2人で会ったタイミングは無く、その前というと披露宴の一週間前が初対面のはずです。時間的には難しいかと。

 たまたまかのん様が同じ力を使えたと考えて良いかと思います。」


「同じ力か。果たして本当にそうかな。本家当主の『灼熱インフェルノ』はその強さと引き換えに辺り一体を焦土と化してしまう。

 こんな山の中で使えば大規模火災すら起こり得るが、かのんの術は完全な球状であったとされる。例のSNSにアップされた写真からも周辺は全くの無傷だ。

 本家当主にここまでのコントロールが果たして出来るか。」


「では、かのん様の術の方が上だと…?」

 

「わからん。ただ「同じ術」として括るべきでは無いと思っただけだ。いずれにせよかのんが最高戦力級として認められるのは確定だろう。まあこれは想定の範囲だ。

 私が本当に気にしているのは冬香の方だ。」


「冬香様ですか?」


「報告書の中では戦闘後に重傷者6名、軽傷者10名の治療をその場で行ったとされている。重傷者の中には手足が吹き飛ばされたものまでいたそうだ。

 …春彦の回復術はどの程度だ?」


「先日、Bランクの討伐に回復要員として同行。現地では2名の骨折を治療しました。」


「それは骨折したのが2名だけだからか?違うだろう。」


「はい。育成中の部隊であった事も含め4名が重傷でした。春彦様は症状の重い2名を優先して治療、そこで念力の枯渇症状が出たため残りの2名の治療は帰還後に実施しております。」


「そうだ。その報告を聞いた時、回復術指南後にその受講者を実践にて活躍させた実積としては十分な結果だと思った。だがこうしてAランク討伐で16名の重軽傷者を治療した結果と比較されてはな。」


「お言葉ですが冬香様は正式に討伐隊として呼ばれたのでは無く、かのん様の付き添いとして現地にいらっしゃいました。」


「分かっている。だから上雪としても回復術の成果として報告をあげていない。単純に事実を記載しているだけだ。

 私が言いたいのは、既に粉雪と他の家では回復術のレベルに大きく差が開いてしまっているということだ。つくづく、取り逃がした魚は大きかったよ。」


 下雪当主は悔しそうに歯ぎしりをする。


「今は春彦の成長にかけるしかないな。あとは1月までに運用実績のレポートを作成して来期以降の回復術指南になるべく多くの人員を送り込もう。この分野での出遅れは致命的になる。」


「…他の家も同様の認識でしょうか。」


「だろうな。」


 下雪当主は椅子に深く腰掛け、考える。人を癒す回復術の存在が一族内に新たな競争を産むとは皮肉なものだ。


「さて、切り替えよう。仕事はこれだけでは無いのだからな。」


------------------------------


「これは『灼熱』とは別の術ね。私にはこんな精密なコントロールはできないから。」


 燐から写真を見せられて、瑞稀は答えた。


「やはりそうか。かのんはこれを「紅蓮」と呼んでいたな。他の人間には使えない術だと言っていたので瑞稀の灼熱と同じものかと思ったんだが。」


「これって中にいる魔の物を逃さないための檻として使ってるんでしょう?灼熱でこんな球状に炎を出したら中のものは燃やし尽くしちゃうわ、自分の含めてね。中には魔の物の他にかのんと冬香が居たんでしょ、燃やす対象を選べるとしたら威力こそ灼熱より劣るけれどその分応用が効く能力なのかもね。中にいた時のこと、冬香はなんて言っていたの?」


「かのんも魔の物も動きが速すぎて何をしているのか分からなかったと言っていたな。かのんは炎で剣を作り出していたようだと言うぐらいだ。」


「速すぎて見えない?燐、あなたの報告書には特異能力があること以外は標準的なAランクとなっていたけれど。」


「ああ。冬香の実力は分からないが、何をしているのか見えないほどの速さだとすればそれは標準的なAランクではないだろうな。もしかすると戦闘能力も桁外れだったのかもしれない。

 良く見ろ、私は報告書にあの魔物が標準的なAランクだとは書いていない。あくまで山道で遭遇した時の強さではそうだった。その個体をかのんが単騎討伐した。そう書いてあるだけだ。まあどちらにせよかのんが最高戦力級と言う事には変わらないので魔の物がAランクかオーバーAランクかは大した問題ではないだろう。」


「待って!これだけ多くのゾンビを操る能力を持っていて気配を察知することが出来ず、その上戦闘能力がオーバーAランクとなれば下手したらSランクに届くわよ!?」


 とんでもないことを平然と言ってのける燐に対して、瑞稀は食ってかかる。


「だがSランクについては採点基準など無いじゃないか。ただ一般人に多大な死者を出した個体がそのようにランク付けされるだけだ。今回の魔の物は誰1人犠牲を出していない。そう言う意味では雑多のCランクにすら届いていないな。」


「確かにそうだけど…。」


「それにかのんを最高戦力級とするかどうかだけで年寄り連中はなんだかんだと五月蠅いんだ、そこにこれ以上を火種を放り込むことはない。公にはあの魔の物は「ちょっと厄介な能力を持っていただけの標準個体」さ。今話したことは私と瑞稀だけが知っていればいい。」


「そういう事ね。それにしてもかのんに随分と優しいじゃない?」


「あの子のお陰でウチの部隊は全滅の危機を回避できたんだ。優しくもなるさ。」


「それだけじゃ無いんじゃない?」


 瑞稀は楽しそうに聞いた。


「ああ。どうもかのんは守ってやりたくなる。あれは天性の人たらしだな。そういえば怜も「かのん姉様」と呼んで慕っているな。」


「人たらしね。分かるわ、本人に自覚がなさそうなのがまた厄介よね。燐もその毒牙にかかってしまったみたいね。」


 2人は顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。


------------------------------


 Aランクの討伐から数日、私は久しぶりに有里奈さんからマンツーマンで回復術の指南を受けていた。


「しっかり復習もしてるみたいね。粉雪の仕事で忙しいのに大したものだわ。」


「ありがとうございます。」


「今日教える『神聖セイクリッド』は名前の通り結界内に神聖な気を充満させる術よ。異世界だとアンデッドとかと戦う時に使ったんだけど日本じゃ不要だと思って優先順位落としちゃってたのよね。魔の物って言ってもアンデッドとは別物だしね。」


 有里奈さんは私の手を繋いで魔力共有を始める。


「死体を操る能力自体は防げなくても、ある程度は弱体化させられたかも知れないわ。ごめんね。」


「いえ、気にしないで下さい。教えて頂いた回復術のお陰で多くの人が救えました。」


「うん。ちゃんとペース配分を考えてある程度で次の人を治して行ったのは良い判断だと思うわ。」


「ありがとうございます。でも有里奈さんみたいに魔力がたくさんあれば全員完治させらたんです。私がやったことはある意味その場しのぎで…。」


「自分の実力をきちんと把握してその場しのぎができるっていうのは大したものよ。それがほぼ初めての実戦だったなら尚更ね。」


 有里奈さんは優しく微笑む。


「さて、これでいけるかな?ちょっと発動できる?」


「はい。こうですか?」


 有里奈さんに共有してもらった感覚を思い出し『神聖』を発動した。


「それでオッケー!相変わらず一発で覚えてくれて気持ちがいいわ。」


「…ありがとうございます。」


 私は有里奈さんに頭を下げる。


「ん?どうかした?元気ないじゃない。」


「お見通しですね。…せっかく有里奈さんにこうやってたくさんの術を教えて頂いているのに、いざ実戦になったら何も出来なかったなって。

 私を守ってかのんが傷ついていたのに、自分の身を守ることすら出来なかったんです。」


 今になって思い返せば、既に教わっていた術の中には使い方次第であの状況に対応できるものがいくつかあった。だけど私はそんなこと考えもせずにただただかのんが傷付くのを見ているだけだった。


「手札が増えるほど一瞬で最適なカードを切るのは難しくなるのよ。逆に防御結界しか使えなかったら迷い無くそれを使えたかもしれない。そういうのは訓練と実戦を重ねていくしかないわ。」


「有里奈さんも最初は上手くできなかったんですか?」


「失敗してばっかりだったわね。私から見れば今回の冬香ちゃんは初陣としては大活躍よ。」


「そうなんですね…。」


「そうねぇ、目ぼしい術は大体教えちゃったし次回から身体を動かすより実戦的なトレーニングに変えてみる?」


「いいんですか?お願いします!」


「人目につかなくて、ある程度の広さが欲しいわね。何処かいい場所あるかしら。」


「どこかの家の訓練施設を借りられないか聞いてみます。」


「ありがとう、よろしくね。」


「こちらこそよろしくお願いします。…あ、でも一族の訓練施設で有里奈さんは大丈夫ですか?」


「特に避ける理由は無いけれど。」


「かのんが前に「有里奈さんは自分より強い」って言ってたので、一族の施設を使うとそれがバレちゃわないかなって。」


 私が聞くと有里奈さんはアハハと笑った。


「あの子そんなこと言ってたんだ?それはいくらなんでも買い被り過ぎよ。冬香ちゃん、紅蓮を使ったかのんは見たんでしょ?」


 頷く。


「あれを使った本気のかのんを見たことあるけどあれってもの凄い速さで動くじゃ無い?常人が目で追えない速さってもはやサイヤ人の域よね。」


「確かに、目の前に一瞬で現れては消えたりしてました。」


「さすがにあそこまでの速さは出せないわ。全力で動いてもあの半分くらいかな。」


「あれの半分ってそれでも十分凄いことだと思いますが…。」


「戦闘において速さで2倍の差をつけられたら絶望的よ?」


「それはそうですけど。じゃあなんでかのんは有里奈さんの方が強いなんて言ったんだろう?」


「多分あの子は紅蓮を使わない前提で話したんじゃないのかな。紅蓮は封印してたわけだし。」


「封印…?なにか制約があったんですか?」


「魔術的な制約は何も無いわ。うーん、これ以上は私からは話せないかな。思わせぶりな感じになってごめんね。」


「いえ…かのんが話してくれない、異世界での出来事に関係してるんですね。」


「あの子も葛藤してるのよ、冬香ちゃんに話すかどうか。」


 そんなに言えないような事があったのだろうか。


「いつか話してくれるのを待つことにします。」


「うん。ありがとう。」


 有里奈さんはフワリと笑った。その表情を見て私はつい口に出してしまう。


「有里奈さんは…。」


「うん?」


「かのんの事をどう思っているんですか?」


 しばし沈黙。


「………。

 私にそれを聞いちゃうんだ?」


「あ、ごめんなさい。なんかすごく優しくかのんの事を話すので、つい。」


「愛してるって言ったらどうする?」


 茶化すわけでもなく真剣な眼で私を見ながら問いかける有里奈さん。


「…困ってしまいます。」


「うん。」


 続きを促される。


「有里奈さんはかのんの一番の親友で、私にとっても大事な人で、だからこれまでなんでも相談してきちゃって。

 でももし有里奈さんがかのんを愛してて、私がいる事で嫌な気持ちにさせてしまっているとしたら、それはすごく申し訳ない事で。

 だけど、もしそうだとしても私もかのんを愛してるから、有里奈さんには渡せないです…。」


 自分の気持ちをなんとか伝えようとして、つっかえつっかえになる。最後には支離滅裂な感じになってしまう。


「うん。」


 有里奈さんは真剣な顔で私の言葉を受け止める。


「でも私は有里奈さんとこれからも仲良くしたいんです、自分勝手ですけど。

 かのんは渡したくない。でも有里奈さんと離れたくもない。

 …だから、困ってしまいます。」


「本当に勝手ね。」


 言葉とは裏腹に有里奈さんは優しい表情だ。そしてうーんと考えるとポツリポツリと語ってくれる。


「実を言うと、かのんについてどう思っているのか自分でもよく分かってないのよ。妹のようで、親友のようで、恋人のようで、同じ娘の母親のようで。

 

 気が付いたら人生の中で最も永く同じ時間を過ごしてきた相手だけれど、こっちの世界ではかのんとの付き合いはまだたった4ヶ月なのよね。

 最近、異世界での事が本当にあった事なのかなって思うようにもなってきてて。もしもかのんに再会していなかったら、あれは夢だった思って徐々に忘れていって私は普通の女子大生に戻ってたんだと思う。

 そういう意味では良くも悪くもあの子に人生変えられちゃってるんだけど、まあそれも許せちゃうんだから毒されてるのかなとは思うわ。


 ただ私たちは出会い方が特殊で、その後も普通じゃ無い状況を共有したからなんというか日本で一緒にいると違和感は感じるわね。あっちではいい歳だったしお互いにもうちょっと落ち着いていた気もするけど、特にかのんはこんなに子供っぽかったかしらって思う事も多くて。でもそれも楽しいのよね。


 これまでの25年間はなんというか、歪な形で歩いてきた私たちだけど、これからの25年間はその分一緒に楽しく歩いて行きたいって思ってる。


 この辺りの感情は言語化しにくいんだけど、一言でいうらなやっぱり「愛してる」なのかしら。」


 そう言って困ったように笑う有里奈さん。


「あの、やっぱり私がかのんをとっちゃったって思います?」


「そりゃ全く思わないわけでは無いけれど。でもそれは恋人を寝取られた嫉妬というよりは、友達に恋人ができて一緒に遊んでくれなくなったって感じかしら。

 心配しなくても冬香ちゃんからかのんを取ろうとなんて思ってないわ。私とかのんは今の距離が一番居心地がいいんだから。大体本気で落とすなら25年のうちに落としてるわ。何百回チャンスがあったかしら。」


「…これからも、私と仲良くしてくれますか?」


 有里奈さんは一瞬驚いたような表情を見せ、すぐに笑った。


「当たり前でしょ!私は冬香ちゃんも大好きだし。ただ、かのんを泣かせたら許さないかもね。」


「ありがとうございます!これからもよろしくお願いします!」


「こちらこそよろしくね。…お互い面倒臭い相手を好きになっちゃってるけど、頑張りましょうね。」


 そう言ってイタズラっぽい笑みを浮かべる有里奈さん。私もつられて「そうですね」と笑った。 


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