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第15話 紅蓮の魔女

 ―異世界。


 王城の地下にある大図書館で本を読んでいると、魔術の師匠であるシャルルが声を掛けてきた。


「喜べカノン。つい先程、最後の宮廷魔術師がギブアップした。これでお前が開発した『紅蓮ぐれん』は魔法として正式に認定される。120年ぶりの魔法使いの誕生だな。」


「師匠。図書館では静かに。」


「なんだ、嬉しくないのか?」


「別に興味無いですし。」


「…魔法の作成は魔術師の夢だ。誰も知らないそれを生み出すために魔術師達は日々研究を続けている。その名誉を軽々と成し遂げた上に「興味無い」とまで言ってのけるとは、嫌味も一周回って清々しいな。」


「私は名誉のために『紅蓮』を作ったわけじゃないです。それにあれは別に難しい術じゃ無いです。ただ魔術と呪術との合成術ってだけで。」


「それがお前以外の誰にも出来ないから、魔法が魔法たり得るんだ。おおそうだ、正式に魔法使いとなったお前に陛下より二つ名が下賜されるそうだ。」


「へぇ、どんな?」


「『紅蓮の魔女』だそうだ。」


 そのまんまじゃねーか。

 


 …この世界には魔術というものが存在している。城には大勢の魔術師がいて、その力を国の発展に役立てる傍ら新しい魔術を生み出そうと日夜努力を続けている。


 私は魔術の発展だの名誉だのに興味がなく、ただ元の世界に帰るための手段として魔術と呪術を学んだ。


 魔術とは魔力を外に作用させるもので、呪術は内に作用させるもの。どちらも使える私としては感覚的にその程度の認識でしかない。


 しかし私以外の術士は魔術か呪術のいずれかしか使えないので、魔術と呪術、どちらが優れているかという下らない争いをいつもしている。どちらにも優れたところはあるんだから認め合えばいいのに。


「どんな世界でも人間ってのは自分が推すものが一番でないと嫌だと言う下らないエゴに縛られているのよ。

 

 エフエフかファイファンか。

 ビアンカかフローラか。

 鍵か葉か。

 きのこかタケノコか。

 

 それが魔術か呪術かってだけでしょう。しかも生まれつきどちらかに属する事が定め付けられているなら尚更、プライドの高いお貴族様は自分が上だと思わないとやってられないのよ。」


 アリナはそう分析していた。


 そんなドロドロの派閥争いに関わっては居られないと私は各術士達との付き合いは最低限にしている。というかぶっちゃけ魔術のシャルル師匠と呪術のルナ師匠、この2人以外とはほとんど関わっていない。


 そんな私が魔術と呪術の実力については最高クラスということでプライドが高いお貴族の宮廷魔術師、宮廷呪術師のみなさんは面白くないらしい。


 私が開発した『紅蓮』を何年も魔法と認めなかったのはそんな背景があっての事である。


 『紅蓮』。名前はカッコいいが、要は炎を操るだけの術である。意外な事にこの世界にはこれまで炎を操る術というものが無かった。その事に気付いたのはコウとの会話の中であった。


「そういえばさ、魔術って言えばファイヤー!なイメージじゃん?」


「うん?…まあ、うん。」


「カノンもだけどこの世界の魔術師の人達って炎系の魔術使わないよな?」


「言われてみれば、炎を出す魔術ってないや。」


「へー、そうなんだ。じゃあ呪術の方には?」


「そっちにも無いね。」


「マジかよ!「今のはメラゾーマではない…メラだ」ごっこ出来ないじゃん。」


「その遊びをしたいと思った事は無いよ!?」


「何で無いんだろうな?火は使えた方が何かと便利なのに。」


「便利かな?」


「火打石を持ち歩かなくて済むじゃん。」


「他には?」


「クマ避けになるじゃん。」


「クマは火を怖がらないよ?」


「マジで?じゃあ死んだふりするしか無いな。」


「クマに死んだふりは絶対ダメって逆に有名な説だと思ってたんだけど!」


「冗談は置いといて、魔術が効きにくい相手にも炎なら効くとかそういうケースはありそうじゃないか?」


「うーん、まあ使えるなら選択肢としてはありかもね。」


「そんなわけでカノンくん、君に炎を操る魔術の開発を命じる。」


「まぁ最近は勉強も煮詰まって来たし、今度気分転換にやってみるよ。でもコウ、1つだけ。」


「なになに?」


「ダクソプレイヤー的には炎は呪術なんだよなぁ。」


「じゃあ炎を操る呪術でも良しとする!」


 …こんなノリで炎を操れないかと試行錯誤して出来たのが『紅蓮』なのである。だから私としてはこれが魔法かどうかなんてどうでも良いし、仰々しい二つ名なんて遠慮したいところなのだが。


 この世界では魔術や呪術は魔力を活用して現象に反映する「技術」として扱われている。技術なので、基本的に魔術師は全ての魔術を使えるし呪術師は全ての呪術を使える。もちろんそれなりの努力と才能は要するが。

 しかし魔力を活用しつつも他の誰にも真似できない唯一無二の能力、または神秘。それは「魔法」と呼ばれその使い手は「魔法使い」として讃えられるのである。


 つまり新しい魔術、呪術を作り出しそれが誰にも摸倣できなければ「魔法」になる。そして『紅蓮』は他の誰にも使う事ができなかったので魔法として認められたというわけだ。


『紅蓮』は大まかに4つの工程を経て発動する。

 1.魔力を練り上げる。これは魔術の領域。

 2.練った魔力を炎に性質変換。これは呪術。

 3.炎を放つ。これは魔術。

 4.放った炎を操る。これは呪術。

このように魔術と呪術の両方の技術の組み合わせで発動するため、共に使いこなせる私以外には発動できないという至って単純な話であった。


 それを認めたく無い宮廷御用達の諸先輩方々は何とかして発動出来ないか、数年感試行錯誤した。そしてこの度ついに最後の1人が諦めたというわけだ。



「ちなみに師匠、もうちょっとカッコいい二つ名とかって自己申告しても良かったりします?」


「お前、陛下のネーミングにケチを付けるつもりか?まあ確かに安直だとは思ったが。ちなみに聞くだけ聞いてやるがどんなのが良いんだ?」


「『メラメラのカイザーフェニックスfeat.邪王炎殺黒龍波』とかどうですかね?」


「却下だ。」



 こうして私は「紅蓮の魔女」として王国でただ1人の魔法使いと認定された。別に魔法使いになったからってやる事は変わらない。定期的に戦場に駆り出されては上官の指示に従って魔術と呪術で敵兵を倒すだけだ。


 いつの間にか、敵国にも「紅蓮の魔女」の二つ名が浸透していたのは勘弁してほしかったが。


------------------------------


 私はオオカミから冬香を守るように立つ。紅蓮で作った檻から出ることを諦めたオオカミは私に対して臨戦態勢をとる。


 紅蓮は魔力を炎に性質変換する都合上、発動中は他の魔術と呪術が使えなくなる。だがこの魔法の使い勝手の良さはそのデメリットを補って余りある。


 右手に炎で剣を作る。「紅蓮剣ぐれんけん」。安直なネーミングだが切れ味だけなら聖剣にも引けを取らない。


 全身を炎で包む。「紅蓮纏ぐれんまとい」。細胞の活動を活性化させることで身体強化の術以上のフィジカルブーストを実現する。


 目に見えない大きさの火の粉を檻の中全体に散布する。「紅蓮舞ぐれんまい」。気配察知と魔力察知、両方の役割を果たす。


 3種の神器を発動した私はそのままオオカミに向かって斬りかかる。ザンッ!剣はオオカミの腹に大きな傷をつける。そのまま距離を詰めさらに二度、三度と斬りつける。


 オオカミは致命傷こそ何とか避けているが、速度が上がった私の攻撃に対応しきれずにいる。これでトドメ!そう思った私とオオカミの間に冬香が飛び込んできた。


「冬香っ!?」


「体が勝手に動いて…!」


 こいつ、死体以外も動かせたのか!


 私は落ち着いてオオカミと冬香の間にある魔力の繋がりを見極め、紅蓮剣でそれを断つ。冬香は糸の切れたマリオネットのようにその場に倒れる。


 こんな事をしても僅かな時間稼ぎにしかならないだろうに、次の攻撃で今度こそ引導を渡してやると改めてオオカミの方を向くと、


「…魔導兵?」


 これまでオオカミの中で綺麗に流れていた魔力が、今にも肉体から飛び出さんばかりに暴れ回り始めた。それと同時に、爆発的に魔力量も増える。


 この暴れ方は魔導兵のそれだ。オオカミが魔導兵化した?あり得ないと思いつつ、頭の中の冷静な部分はそれを肯定した。


 ダンッ!


 オオカミが檻の中を縦横無尽に駆け回り始める。先程までとは比較にならない速さ。普段の私なら目で追う事すらできないレベルである。尤も今の私はその動きを捉える事ができるし、同じぐらいの速度で動く事もできるが…。


「クソッ!」


 オオカミは冬香を的確に狙う。奴が攻撃した瞬間、私は冬香を庇う。冬香とオオカミの間に身体を滑り込ませ向かってくるオオカミを斬りつける。オオカミは私の攻撃を避け、代わりに私にひとつ攻撃を加えて離れる。


 何度か同じ攻防を繰り返すが、私は先に冬香を庇ってから攻撃をするのでどうしてもオオカミに躱されてしまう。反対にオオカミは自分自身のスピードに慣れて来たようで徐々により的確にダメージを与えてくるようになってきた。


 冬香からは、私が絶え間無く彼女の周りを動きその度に傷が増えていっているように映っているんだろう。


「かのん、私の事はいいからやつを…。」


 足手まといになっていると思ったのか、冬香が弱音を溢す。だけどそれは大きな間違いだ。


「冬香!その先を言ったら許さない!」


 なおもオオカミの攻撃から冬香を守りながら言葉を紡ぐ。


「かのん…?」


「一緒に幸せになろうって約束をっ!

 勝手に破ったら許さないって言ってんのっ!」


 私がこんな風に戦えているのは、冬香を守るためだ。もしここに冬香がいなかったら私は紅蓮を発動出来ていない。



 異世界で、魔王軍との決戦のあと私はこの術を封印した。自分が「紅蓮の魔女」だとバレないためという理由もある。だが、何よりもこの術は余りにも簡単に命を奪えてしまうからだ。


 息をするように簡単に数百、数千、…数万の命すら摘んでみせる。この術を使い続けたら私はその事実に何も感じなくなってしまう気がした。そんなものは最早人間では無い。


 まだ人間でいたかった私は、二度とこの術を使わないと仲間達に宣言した。これ以上人を殺すための術を使いたく無いと。その時仲間達は言ってくれた。「これからは大切なものを守るための術だけ使えばいい」と。宣言通り、その後異世界で紅蓮を使う事はなかった。


 …今の私が紅蓮を使えたのは、守るために必要だと心の底から思えたから。私は初めて、大切な人を守るために紅蓮の魔女になった。



 オオカミの攻撃は益々激しさを増す。その攻撃がただ一つでも冬香に当たる事が無いように私は全ての攻撃を防ぐ。


 オオカミの攻撃は全て明確に冬香を殺すための一撃だ。もし奴がそれ以外の攻撃をすれば、私は冬香を庇う動作を省略できる。その一瞬の差で確実にオオカミの首を刎ねる事ができる。だからオオカミは今のまま冬香を狙い続け、それを庇った私に一撃加えて離脱するを繰り返せば理論上はいつか私が力尽きる。


 それでも私には冬香を守らない選択肢は無い。


 お互いそれが分かっているから、一心不乱に同じ攻防を繰り返す。


 気が付けば私は全身ボロボロだった。ここにくるまでのダメージも合わさり、立っているのが不思議なくらいだ。


「かのん…。負けないで…っ!」


 冬香が泣きながら叫ぶ。


 私は自分を奮い立たせ、オオカミから冬香を守り続ける。


 長い攻防の末、ついに決着の時が来る。


「やっとか…。」


 この檻の中には紅蓮舞の火の粉が充満している。ひとつひとつは目に見えないほど小さいと言ってもそれは私の魔力であり、私自身だ。この空間にいるだけでその粉は呼吸と共に肺に取り込まれる。


 激しい動きを続ければそれだけ呼吸も激しくなり、より多くの火の粉を取り込まれることになる。


 私の限界が来るより先に、オオカミの肺が焼き尽くされた。ガハッ!ガハッ!っと苦しそうに唸るオオカミ。

 生き物である以上、呼吸を封じれば運動を続ける事は出来ない。長期戦になった時点でここまで耐え続ければ勝てる事は分かっていた。だが敵もさるもの、私の予想を大きく超えて暴れ続けた。


 倒れ込むオオカミ。私は冬香を守りつつ近づく。あと数歩まで迫ったところで、オオカミはくわっと目を見開きこれまでで一番の速さで私に襲いかかってくる。


「うん、分かってた。」


 最後の一撃は来るだろうなと思っていた。分かっていれば対処は容易い。私は落ち着いて紅蓮剣を振る。前脚2本と、片方の後ろ脚を切り落とされどさりと倒れるオオカミ。


 想像以上に苦戦させられたけれど、これで私の…私達の勝利だ。


 私はオオカミの腹に紅蓮剣を突き刺す。そのまま炎を身体の中に送り込んでいく。肉の焼ける匂いが充満する。


 数秒後、身体の内側から全身を焼かれたオオカミはそのまま絶命した。最後の仕上げとして剣でオオカミの首を落とした。


 紅蓮の術を止める。剣が、纏が、火の粉が、そして炎の檻が夜の闇に掻き消える。


 痛む身体をひきずって冬香のもとに歩み寄る。


「冬香…勝ったよ…。」


「うん…うんっ!」


 へたり込んでいるもののほとんど傷のない冬香。私は倒れるように冬香の隣に座り、彼女の目に浮かぶ涙を拭う。


「かのんっ…生きてて良かった…!」


「約束したからね。一緒に幸せになろうって。

 …それを叶えるまでは死ねないよ。」


 そう言って冬香を抱きしめる。


 だけどそろそろ限界だった。山頂付近から全力で降りて来たあとに紅蓮の行使。魔力はほぼ枯渇している。全身も傷だらけだ。


 あとは燐様がいい感じに処理をしてくれるでしょう。


 そう考えた私は冬香抱きしめたまま、意識を手放した。

 

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