第14話 強襲
再びオオカミが飛び込んでくる。私は冷静に動きを見切り、すれ違い様にナイフを振る。今度は弾かれないようにしっかりと構えた。
バキッといい音がしてナイフが折れる。やっぱダメじゃん!聖剣もってこい聖剣!
オオカミは何事もなかったかのように着地した。反撃をしてくるのかと思ったが、やつはそのまま茂みの奥に飛び込み姿をくらませる。
そのままあっという間に走り去り、私と燐様はその場に取り残される。
「…逃げましたね。」
「逃してしまったな。巣穴に戻ったか?」
「いえ、100m程先で止まっています。こちらの様子を伺っているんでしょう。」
「分かるのか?私は奴が視界から消えた途端に魔を感じることができなくなったのだが。」
「さっき揉み合いをした時に自分の魔力でマーカーを付けました。マーカーが消えるまでは居場所くらいなら感じられます。」
「なるほど、便利な技だな。どのぐらい保つ?」
「2時間程度で追えなくなります。」
「なるほど。」
「時間的制約もですが、多分やつはこちらの戦力を分析しているんだと思います。1対2では不利とみて距離をとった。でも勝てないわけでは無いと思い一定の距離で様子を伺っているんでしょう。
そこで燐様、提案なのですが。」
「なんだ、言ってみろ。」
「二手に別れて誘き出しましょう。」
「妙案だな。だが奴が私の方に来たらどうする?」
「最初に私に噛み付いて来たことや肩の怪我も有るのでおそらく私の方に来ると思います。仮にそうでなくても奴と燐様の位置は私が把握していますので、燐様の方に行ったら奴が飛びかかる前に合図しますのでサクッと仕留めちゃって下さい。」
「その場合、お前の試験はどうする?」
「あれをこの場で倒しきれない方がマズいと思います。私は正直、自分が最高戦力級がどうかなんてどっちでもいいんですよ。…最優先は奴の討伐です。」
「いい答えだ。では行こう。」
そういうと颯爽と歩き出す燐様。
私も反対方向に歩き出す。
オオカミは少し迷ったようにその場でウロウロしたが、私の方についてきた。
私は先程と同じように魔力を漏らさせながら歩き、時折立ち止まって辺りを見回す。オオカミに警戒しつつ、居場所を探ろうとするふりをしているのだ。
奴の俊敏さを考えるとこの山の中、自分から追いかけていくのは難しい。手負いの私を仕留めようと、向こうから仕掛けて来た時にカウンターで仕留めるのが得策だ。そのためには私が向こうの位置を把握していることを気付かれてはならない。
オオカミはこちらを警戒しているのか、中々近付いて来ない。私と同じ速度で移動している。
その後しばらく歩いてみたが、オオカミは私に近づくでも遠ざかるでも無く、ずっと一定距離を取り続けている。
おかしいな。この動きをする敵の意図が理解できない。
逃げるつもりならさっさと離れて行くはずだし、隙を見て私を襲うつもりならもっと近付いて様子を見なければ意味がない。この距離を保ち続ける意味が相手には無いのだ。
私は立ち止まって考える。逆の立場だとして。私が狩られる側で、あちらが待ち伏せているとして。この距離を保つ理由は?なぜそんな事をする?
ふと、ある可能性に思い至る。私は弾かれたように飛び出し、オオカミの元に駆け出す。
オオカミも私から離れるが、全力疾走する私と少しずつ距離が詰まる。1分ほどの追いかけっこの末、ついにオオカミを視界に捉える。
「やられたっ…!」
そこにいたのは先程とは似ても似つかない小さなオオカミだった。異様だったのは、その小さなオオカミは首に噛みちぎられたような大きな傷がありどう見ても既に事切れているという事だ。
私は急いで燐様の気配の方に向かう。追いかけっこで大分走らされたから、かなり距離を離されてしまった。
3分ほどかけて、やっと燐様の元に辿り着く。
「かのん、仕留めたのか?」
「完全に裏をかかれました!麓の部隊が危ないかもしれません!戻りつつ話します!」
そういって麓に向けて駆け出す。走りながら分かったこととそこから思い至った事を説明する。
「あいつは私が付けたマーカーに気が付いていたんです。それを逆手にとって、他のオオカミにマーカーをなすりつけて私に居場所を誤認させていました。」
「なすりつけられるものなのか?」
私は持っていた毛皮を見せる。
「マーカーは体の一部に付着させていたんですが、その部分を肉ごと抉り出して囮のオオカミに持たせていました。」
「そこまでしたのか…。」
「囮のオオカミは既に死んでいました。死体に自分の毛皮を持たせて死体を操っていたんです。」
「死体を操る…?そんな事が出来るのか?」
「私は人形を操る術を使えますがその気になれば死体も同じように操れます。でも野生のオオカミがそんな器用な事をするとは考え辛いのでおそらく死体を操る固有能力を持っているのかと思います。」
「そんな馬鹿な!?やつは気配を隠すのが固有能力だったはずだ!」
「私も異世界で多くの魔物を討伐して来ましたが、2つ以上の固有能力を持つ個体には出会った事はないです。でもそうとしか思えない。」
「今は時間がない。一旦その仮説を肯定しよう。それで麓が危ないという根拠は?」
「なぜ奴はマーカーを逆手にとって私を欺いたのか。それは私と燐様をあの辺りに固定するためです。
何故あの場に固定したのか。私達をどこかに近づけないため。それはどこか。」
「それが麓の部隊というわけか。」
「はい。おそらく奴は私達が麓に居た時からこちらの存在は感知していた。私達の様子から自分を狙っていると気付いたんでしょう。最初に人数の少ない私達を狙ったものの、思うように狩れなかった。だから順番を変えたんです。」
「だが、奴1体なら武装した部隊を相手するのはさすがに苦戦すると考えたかかのではないか?」
「そう思ったから先に私達を狙ったんだと思います。だけど先程の一戦で、ストックを使ってでも先に麓の部隊を襲った方がいいと判断したんでしょう。」
「ストック?」
「死体のストックです。同時に操れるのが1体とは限らない。」
「つまり、麓の部隊は今オオカミゾンビ達の強襲を受けている可能性があるわけか。」
「はい。そして本体は魔の物の感知にひっかからず、気配も感じない。」
「さらに彼らはそれを知らない、と。」
「そうです。早く戻らないと大量のオオカミゾンビ達に気を取られている隙に、1人ずつ狩られてしまう。そしてさらに最悪なのは。」
「奴が人間の死体も操れる場合、か。マズいな、急ごう!」
私と燐様は全速力で山を駆け下りる。
さっきうっかりゾンビの館の話をしたら、こんなに早く伏線回収とか馬鹿なの?死ぬの?
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用意してもらったキャンピングカーの中でただ待っているのも手持ち無沙汰なので、パソコンで仕事をしていた。ただ電波が良く無いのか、インターネットには繋がらない。
「スマホも繋がらないか…山だし仕方ないわね。かのんは大丈夫かしら。」
手を止めて、なんとなく山頂を見る。
今頃は、あの辺りにいるのだろうか。
かのんが強いのは知っている。でも万が一があるかも知れない。そう思うと体が震える。私はブルっと体を震わせると、何か温かい物でも飲もうとキャンピングカーのキッチンに向かう。
電気ケトルに水を注ぎ電源を入れる。何気なく窓の外に目を向けた時、ぞくりと背筋に嫌な感覚が走った。
私はコートとスマホを掴むと扉を開けて車の外に飛び出した。何か確信があったわけでは無い。だが白雪一族のものはこの「根拠の無い嫌な感じ」に従うように教育されている。虫の知らせ。第六感。このようなものは嫌なものほどよく当たる。それを信じて従って来たことが今日の白雪の繁栄の理由の一つであった。
車から飛び出すと近くに控えていた討伐隊の隊員の方が寄って来る。
「冬香様、どうしました?」
「えっと、車の中に居たらなんか嫌な感じがして…。」
隊員の顔が曇る。さすが上雪の精鋭部隊、この嫌な予感の意味がわかっている。
「隊長を呼んできますので、とりあえず車から離れていて下さい。」
私は頷くと車から離れる。少しすると隊長さんがやってくる。
「冬香様。「虫の知らせ」を受けたと聞きました。」
「はい。あのキャンピングカーの中に居たら背中に悪寒が走って…。」
「今は大丈夫ですか?」
「さっきよりマシですが、完全には治まってはいません。」
「そうですか。」
隊長さんは懐から銀色の笛を取り出して吹く。
「これは敵襲迫る、警戒せよ。という合図です。脅威は我々が取り除きますので冬香様は安全な場所…あの車もうダメですね。例えば木の上などに待機しておいて頂けますか?」
「あの、私も戦えます…っ!」
しかし隊長はゆっくり首を振る。
「冬香様を戦わせるわけにはいきません。それは一族の立場という理由もありますが、正直に申しまして私たちの部隊の連携を邪魔される恐れもあるからです。」
「なら回復術だけでもっ!」
「あなたの回復術というものは、戦闘中に一瞬で傷を癒すようなものなのですか?」
「いえ、そこまででは…。」
「ではやはり不要です。もしもAランクの魔の物が来たのなら、あなたを守りながら戦うことはリスクが大きい。
戦闘後の負傷者の回復には期待させて頂きますね。」
そう言って優しそうに微笑む隊長さん。私は頷くしかなかった。
と、その時さっきとは別の音の笛がなる。
「来たみたいです!冬香様は避難、待機をお願いします!」
そう言って敬礼し、笛のなった方に駆け出す隊長さん。私は逆方向に走り出す。
距離をとっても嫌な感じはなくならない。暫くして振り返ると、先程までいた場所で悲鳴と銃声が聞こえた。思わず戻ろうかと足を止める。だが嫌な感じがまるで壁のように威圧して、戻る事が出来ない。その時、大きな爆発が起こった。私の居たキャンピングカーが爆発したのだと直感した。
私は踵を返し、再び遠くへ向けて走り出した。
どれだけ走ったのか、気が付けば小高い丘の上に来ていた。ここは周りに木も生えておらず見通しが良い。戦場はあそこか。遠くに火の手が上がっているのが見えた。
部隊の方々の無事を祈りつつ、戦場を見つめ続ける。するとそちらから一つの影が向かって来た。それは大きな白いオオカミ。
先日対峙した鹿とは比較にならないほどの魔を纏っている。だがそれ以上に爛々と輝く眼からは高い知性を感じる。これがAランクの魔の物だと一目で分かった。
真っ白な身体の中で一箇所、胸の部分に大きな傷がある。
オオカミはクンクンと鼻を鳴らすと何か確信したような顔つきになりジリジリと私ににじり寄ってくる。その距離は10m程度まで迫っていた。私にはこれをどうにかする事なんて出来ない。ただ蹂躙されるだけだ。
注意深く動きを観察する。飛び出す瞬間を見極めれば躱わす事は出来るかもしれない。私は身体強化を発動する。
オオカミは私の魔力を感じ取ったのか、一瞬たじろぐ様子を見せる。だがすぐに楽しいオモチャを見つけたかのように醜く笑ったのが分かった。
ダンッ!
地面を蹴ってオオカミが飛び出す。一度横に飛び私の視界から逃れ、死角からとびかかってくる。
かろうじてその動きを目で追えた私は、転がるようにその場で身を躱わす。一瞬後に、さっきまで私がいた場所を致命の一撃が横切る。
だけど私の抵抗はここまで。オオカミは体勢を崩した私の背中に前足を置くとそのまま地面に叩きつける。
「ぐぅっ!!」
動けない。体重をかけて押し付けられているようだ。このまま押しつぶされるのか、頭を噛みちぎられるのか。
だけど私は怖いとは思わなかった。だって―
「冬香にっ!手をっ!出すなあああっっっ!!」
―さっきまでのイヤな感じはとっくに感じなくなっていたんだから。
ドンッ!
物凄い音と共に背中の重さが消える。キャウンと声がしてオオカミが地面を転がる。
そして私の隣には。
「冬香!遅くなってごめんねっ!」
全身傷だらけのかのんが立っていた。
「ううん。来てくれるって信じてた。」
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山道を全力で駆ける私と燐様の前に野生動物の群れが現れ道を塞ぐ。
「全て死体のようだな。サル、キツネ、タヌキ、…選り取り見取りだな。オオカミはいないようだが。」
「こいつらは足止めですね。オオカミは本体と一緒に麓に向かっているんでしょう。」
「これでオオカミ以外も操れる事が確定したな。どうする?」
「構ってる暇はないので突っ切ります!」
私は身体強化のギアを1段階上げる。野生動物達は突然速度を上げた私に攻撃するタイミングを外す。すれ違い様、片っ端から頭に魔力弾をばら撒いて駆逐していく。
「魔を纏っていないとはいえこれだけの量の動物をこの速度で倒すか。」
燐様は私の3歩ほど後ろをピッタリついてくる。私はさらに速度を上げて麓へ急ぐ。限界ギリギリの速さで走っているのでどうしても野生動物への攻撃は雑になるが仕方がない。時折爪でひっかかりたり、サルに石をぶつけられたりしながらも速度を落とさず麓まで下る。
麓に着くとそこは既に戦場であった。
「冬香は…あっちか!」
どうやら戦場から離れた場所に移動しているようだった。
「燐様!ここは頼みます!」
返事を待たずに冬香の魔力の方へ向かう。どうやら森の奥に進んで行ったようだ。途中でオオカミゾンビを倒しながら進んでいると、ダーンという音と共に頭を殴られたような衝撃を受け吹っ飛ばされてしまった。
撃たれた!?衝撃が来た方向に目を向けると、部隊の隊員と思われる人が生気の無い目をこちらにら向けて銃を向けていた。
「人を操って銃まで使えるの…っ!?」
申し訳ないと思いつつ、魔力弾を元隊員のゾンビに撃ち込む。頭を撃つのは憚られたので両手と両脚を吹き飛ばさせて貰った。
撃たれたダメージは小さく無いが、身体強化で守っていたので行動に支障が出るほどでは無い。全速力で冬香の元に向かう。
森を抜けると小高い丘が目に入る。冬香はそこにいた。
冬香は小高い丘の上で白いオオカミ、Aランクの魔の物と対峙していた。オオカミが冬香に飛び掛かる。冬香は最初の一撃こそ躱したがすぐにオオカミに地面に押し付けられてしまう。
数秒後には冬香が殺されてしまう。このままじゃ間に合わない。そう判断した私は両脚に身体強化のブーストをする。これで飛び出してもまだ足りない。咄嗟に足の裏に炎を纏う。地面を蹴ると同時に炎を噴射して推進力を得る。
「冬香にっ!手をっ!出すなあああっっっ!!」
全身を弾丸にした私はそのままオオカミに身体ごと突っ込む。ドンッといい音を立ててオオカミは地面に転がった。
「冬香、遅くなってごめんねっ!」
冬香はふわりと笑った。
「ううん。来てくれるって信じてた。」
間に合って良かった。私はサムズアップで答える。オオカミの方を見ると、ヨロヨロと起き上がってこっちを睨んでいた。あれでも立つのか。新幹線に跳ねられるくらいの衝撃はあったはずなのに。
オオカミは後ろを向くと、森に向かって走り出す。
「もう逃すわけないでしょう?」
私が手を翳すとオオカミの目の前に炎の壁が現れる。そのまま逃げ道を塞ぐように炎を広げていく。あっという間に丘一帯を包み込む半球状の炎の檻が完成する。
オオカミはこちらを振り返り憎々しげに睨みつけてくる。
「この炎は何人たりとも通さない。お得意の死体操術も役に立たないでしょう。お前はここで、確実に始末する。
―私の魔法で消し炭にしてあげる。」




