第12話 かのんの休日
初めての魔の物の討伐も無事終わり、今日は週末。有里奈からこの間の討伐について話を聞きたいと言われたのでじゃあ2人でお茶しようかということで、有里奈おすすめの隠れ家的喫茶店にやってきた。
「お待たせー、待った?」
「うん?ああ、待った待った。1時間くらいかしら。」
「ええ!?そこは「大丈夫、今来たところだから。」って言わない?」
「そういう甘い会話に独り身を巻き込まないで。ちょっと用事でこっちに来てたから先に入って時間潰してたのよ。」
有里奈の前には空になったカップと文庫本がある。
「とりあえず何か頼む?」
「うん!ケーキセットにしようかな。…結構するね。」
「億万長者に嫁いでも金銭感覚は庶民なのね。こういうところは空間の利用料金も兼ねていると思いなさい。スタバとは違うのよ。」
「スタバの雰囲気も好きだけど。」
「ここは周辺の一流企業の人が商談や悪巧みをするのに使ったりするの。各席は周りから見えないし声も漏れにくい。そう言った場所を提供してくれるお店なのよ。
…ちなみにおすすめはショートケーキね。」
「ほえー。じゃあそれで。」
「今日は45点かな、わりと似てるわよ。」
やった!はにゃーん!
しばらくするとケーキセットと有里奈のおかわりのコーヒーが運ばれてくる。
「それでどうだった?初めての討伐は。」
「あっちの魔物と大差ないって印象かな。野生の動物が自然界の魔力の影響を受けて凶暴化したり。倒した鹿は角が枝分かれしてシシガミみたいになってたから、魔力が強ければ体も変異するみたい。」
そういってスマホに撮ったシシガミの写真を見せる。戦いの後に撮ったのであまり気持ちの良い写真ではないが有里奈は特に文句を言わずに見ている。
「これ、明らかに殴り殺してるけどなんで?」
「こいつアンチマジックフィールド持ちでね。魔術が効かなかったから仕方なく殴り倒す事になったんだよ。おかげで疲れたわー。」
「ん?かのんが倒したの?見学っていってなかったっけ?」
「ああ、それはね…。」
私は討伐時の出来事を有里奈に伝える。
「ふーん、お説教をねぇ…。」
「やっぱりマズかったかな…?」
実は後から「やっぱり言い過ぎかも…。」と不安になってしまったのだ。
「まあ戦場の心得を叩き込むのは悪く無いんじゃ無い?相手がどう思ったかは別として。
珍しいじゃない、そんなロジハラ先生するなんて。」
「正直ちょっと頭に来たのは否めないかな…。最初に倒した野犬もあっちでみたコボルトもどきみたいな感じでさ、ちょっと感覚戻っちゃって。」
「それで生半端な覚悟で戦場きた弟子にけしからーん!てことね。気持ちはわかるけど、ここは異世界じゃなくて日本だからね。そこまでの覚悟が果たして必要かって事よ。」
「はぁ…言いすぎたかな。」
「100%彼女達の身を案じての言動なら別にいいと思うけど。八つ当たりの気持ちが混じってた自覚があるのなら謝るべきだと思うわ。」
「翌日の昼にメッセージは送ったんだけどね。「言い過ぎてごめんなさい。」って。」
「返事は?」
「すぐ返ってきた。「こちらこそかのん姉様にご迷惑をお掛けして申し訳ないです。姉様と並んで戦えるように日々精進しますのでこれからもよろしくお願いします。」だって。」
「怜ちゃんいい子じゃん。てか「かのん姉様」って呼ばせてるの?ごめん、ちょっと引く。」
「違うよ!?怜ちゃんが自分から言い始めたんだよ!?」
「そういうことにしておいてあげるわ。文面を見る限り怜ちゃんは大丈夫そうね。総司くんへのフォローは?」
「連絡先交換してないから、一応冬香には私が言いすぎたからフォローして貰えるように上雪当主に伝えて貰ったけど…。」
「なら、なるようになるでしょ。」
「はぁ。今さらちょっと自己嫌悪かも。」
「終わったことはいつまでも引きずらないの。冬香ちゃんに勘付かれても知らないわよ?」
「それなー。なんかもう薄々わかってるっぽいんだよねぇ。私が話さないから聞かないだけで。」
「話さないの?」
「んー?」
「あっちでの話。」
「んー…。」
「かのんから話してくれるの、待ってると思うわよ。」
「…失望されないかな?」
「私はあっちの経験も全部ひっくるめて今のかのんが好きだから今さら失望も無いけど。」
「冬香はどうだろう?」
「さあ?それは冬香ちゃん次第でしょ。私は無責任に大丈夫なんて言えないわ。」
「はぁ…。」
「私が代わりに話してもいいけど?」
「それはイヤ。」
「まあ冬香ちゃんがどう思うかは分からないけど、その様子じゃ墓まで持って行くなんてアナタには土台無理なんだから、さっさと楽になっちゃえば?って思いますわ。」
「…もうちょっとだけ、新婚さん気分を味わって居たい…。」
「まあ、覚悟が決まったら教えてね。1人で伝えるのがどうしても辛いなら同席くらいはしてあげるわよ。」
「うん…。有里奈、ありがと。」
「どういたしまして。ほら、うじうじタイムはさっさとお終いにしましょ。このあと冬物のコート買うから付き合ってよ。」
そう言って有里奈は私のショートケーキにフォークをさして私の口元に持ってくる。
「さっさと食べちゃってよ。はい、あーん。」
「だだだ、だめだよ!私には妻が!」
「これで浮気判定かよ。」
さすが有里奈は空気の変え方が上手だ。この子はなんだかんだで昔から私の事をすごく大切にしてくれる。だから、私も有里奈には幸せになって欲しいんだけど。
有里奈もいつか、いい人に巡り会えるといいなと本気で思う。
隠れ家喫茶をでた私たちは有里奈が目星を付けているというコートを見にいく。
「ブランド物?」
「まあね。」
「有里奈ってそういうの興味あったんだ?」
「うーん、無いと言ったら嘘になるけど。どっちかと言えば流行り廃りのない一生モノが欲しいなって思って。これでも結構コードレスバンジーfromキヨミズな気分なのよ?」
「どのお店?」
「そこの角曲がってしばらく行くと直営店があるのよ。」
「直営店!コーヒーとか出る?」
「いや出ねえだろ。何と勘違いしてる?服屋だぞ?車のディーラーじゃないんだぞ?」
そんな感じで和気藹々と歩いていると、後ろから声を掛けられた。
「有里奈っ!?」
思わず振り向くとそこには今話題のバンド、Dragon's Gate のリーダー兼ボーカル、KOH…私たちと一緒に異世界に召喚されて『勇者』として共に戦ったコウこと龍門寺航。その彼が信じられないものを見るような顔でこちらを見ていた。
こんなところでエンカウントするかーと思って有里奈の様子を伺うと、困ったような表情で航を見ている。
「やっぱり戻って来ていたんだな!良かった、会いたかった…。」
駆け寄ってくる航から距離を置くように後ずさる有里奈。
「あの、どなたですか?」
あー、そういう設定で行くのね。
「有里奈!覚えてないのか!?俺だよ、航だよ!」
「ごめんなさい、初対面ですよね…?」
「マジか…覚えてないのか…。」
「失礼しますっ。」
そう言って踵を返す有里奈。早歩きでその場を離れるので私もそのまま後をついていく。角を曲がったところでお互いほっと一息。
「こんなところで会うなんてね。」
「全くだわ。大体あの人有名人でしょうに、こんな往来で呼びかけるとか何考えてるんだか。」
「有里奈に会えて嬉しかったんじゃないの?横にいた私には気付いて無かったみたいだし。」
「私は別に会いたいとは思ってなかったんだけどね。」
「ふーん…なんかあの感じだと航はまだ有里奈の事が好きなんじゃないの?ワンチャンもう一回付き合えるかもよ?」
「うーん…別にキライになった訳では無いから、いざ会うとどうしたらいいか分からないものね。まああんな風に別れたし、もう会うこともないでしょ。」
「有里奈ーっ、フラグフラグ!」
「大丈夫、異世界時代からフラグクラッシュに定評のある有里奈さんだから。どれだけのフラグを折ってきたと思ってるのよ。」
「私は余さず回収する派なのにね。」
「フフ、お願いだから死亡フラグだけは立てないでね?フラグクラッシャー有里奈とお約束体質かのんのどっちが上かガチンコ勝負、チップは命!なんて割に合わなさすぎるわ。」
「死亡フラグは意外と立てないんだよ、私は。だから生きてる。」
「違ぇねぇ。」
そんな風に笑って気分を切り替えた私たちは改めて有里奈のコートを買いに行った。
ブランド物のコートって100万円近くするのな!?でもすらっとしたシルエットのコートはスタイルのいい有里奈にとても似合ってた。カッコイイなー私も色違いのお揃い欲しいなーって言ったら「それをしたら冬香ちゃんに三行半を突きつけられると思うわよ?」と笑われてしまった。
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有里奈と別れて家に着く。今日の夕食はお義母様と2人きりである。お義父様と冬香は昼過ぎから上雪家に呼び出されている。
「かのん、随分すっきりしたわね。」
「?」
「朝はだいぶ暗い表情してたもの。…お友達に会って、悩みが解決したのかしら?」
「解決はして無いです。でも、話を聞いてもらったらだいぶ楽になったんだと思います。」
「そう。いいお友達なのね。」
「…はい。親友です。」
お義母様はニコリと笑って、会ってみたいから今度連れて来てねと言った。
晩御飯を食べて、お風呂に入って、もう寝ようかという時間になっても冬香は帰ってこない。先に寝てしまおうかと思ったところでスマホが震えてメッセージが届く。
ー もうじき帰るけど、またすぐに出るから。一緒に行けるように準備しておいて。詳しくは行きながら説明する。とうか。
まじか、もう寝る気満々だったのに!?
慌てて着替えてメイクをする。…高校生なのにメイクなんてと思っていた時期が私にも有りました。粉雪家の一員として人前に出る時にすっぴんはあり得ないと十和田さんのスパルタ訓練で教わり、依頼外に出るときは軽くだけどメイクをするようにしている。
よしバッチリ!と顔が完成したところで冬香とお義父様が帰ってくる。
「ただいま!かのん、行ける?」
「おかえり!いけるよ!」
外で待たせていたままの車に乗り込む。
「冬香、お義父様。お疲れ様です。」
「ああ。こんな時間から済まないね。」
「私は大丈夫ですけれど、何があったんですか?」
「簡単に言うと、かのんと冬香に今から魔の物の討伐に行ってもらう事になった。」
「随分急な話ですね!?」
「全くだよ。さて、どこから話したものか…。」
「かのんには私から話すから、父さんは休んでて。」
「冬香。済まない、そうさせて貰おう。」
そういうとお義父様はふぅーと息を吐いてシートに深くもたれかかる。だいぶお疲れのようだ。
「到着までちょっと時間もあるし、初めから順番に話すわね。
今日、私と父さんは上雪に事実確認で呼び出されたの。この間の魔の物討伐の件でね。
報酬の取り分についてはあちらは文句は無いと思ってたんだけど、Bランクの魔の物の討伐報酬をまるまる譲るってなると今度は借りを作りたく無いって気持ちが働くのよね。
こちらの規則に沿って処理したまでだって言うこちらの主張と、それをすると今後新しい取り組みを実施する際には片方が一方的な持ち出しになる前例を作ってしまうっていうあちらの主張が真っ向からぶつかって、まあ落とし所を決めるのに難航して結局白雪にまで裁定を求める事になったわ。
結論として2匹目の鹿の魔の物の討伐報酬は半々って事になったわ。ついでに今後、私とかのんが他の家の討伐に同行して魔の物の討伐に手を貸した場合は他の家間のそれと同様に討伐報酬の分配をするという暫定ルールがその場で決定されたの。
この辺りについては事前にちゃんとコンセンサスを取って置かなかった私のミスね。現状ルールに則れば問題ないと思ってたけど家同士の貸し借りの意識にまで考慮が届いていなかったわ。」
なるほど。金はいらない、キリッ。とかやると今度立場が変わったときに前にこのケースではお金払ってなかったからって事になりかねないわけね。それは気付かなかった。
「それで、報酬についてはやっとそこで決着がついたんだけど今度は魔力溜まりの土木工事についてね。
正直魔力溜まりを物理的に壊すなんてスキームが白雪一族には無いのよ。だからその理屈をかのんに教わった通りに説明したんだけど、上雪の主張は効果があるか分からない作業をするには理由が弱いって。
だったらお金は粉雪が出しますよって話をしたのよ。鹿の魔物の2匹目の討伐報酬もあるから赤はでないしね。でも上雪としてはそういう事を言っているわけではない、と。
あの山って私有地だから持ち主との調整が必要なんですって。そこに重機を入れて掘り起こそうとするならそれなりの理由が必要だって事になってね。私としては魔力溜まりを掘り起こして同じような魔の物が出ないようにするのが目的で、そこに建前上の理由を作るのは工事を発注する側の仕事だと言ったんだけど。あんな山奥の一部を掘り起こすって言うと田舎だけに良からぬウワサも立つらしいのよ。埋蔵金が埋まっているだの、逆に死体を埋めただのってね。
それで次の魔の物が発生する可能性にまで話が広がって、こちらとしてはその可能性が高い場所を安全のために潰しておきたいって主張。上雪はそもそも次の魔の物が発生するかわからないじゃないかという主張。
結局これもこれっきりで終わる話じゃなくて今後毎回土木工事させられたら堪らないって意図が透けて見えるんだけどね。
結局これもお互いが主張譲らず白雪の裁定になったわ。
結論からいうと今回は放置ね。かのんの言葉以外に魔の物があそこでまた出現する根拠が無いってのが理由。
ただし、白雪は今後しばらくはあの場所を重点的に監視して次に同じ場所で魔の物が発生した場合は上雪の責任で討伐すること。その際の報酬は50%カットとする、で落ち着いたわ。」
「…あー、けっきょくやらないになっちゃったんだ。いっそあの場で私が吹き飛ばしちゃえば良かったかな?」
それをすると結構広い範囲が吹き飛んじゃうんだけど。
「…結果的にはそっちの方が良かったかもね。やっちゃいましたの方がそんな風に揉めないから。
そして残念ながら議題はまだ残っててね。かのん、あなたのことよ。」
「まさか私のパワハラお説教が問題に!?」
「なってないからそこは安心していいわ。
あなたが殴り合いした鹿ね、Bランクって言ってたけど現場責任者のアカサカさん…あのベテランさんね、あの人の報告だと推定Aランクとされていたんですって。」
「げ、討伐報酬せしめたみたいなお咎め?」
「上雪も共闘したならそうなるけどね。今回はかのんがひとりで倒し切ったうえに報酬の半分を貰えてるって事でそこに文句は無いわ。
ただ、推定Aランクをあなたが念術も兵器も無しで倒し切った事が問題なだけで。」
「なんかまずいの?」
「ランクについては今さらだけどおさらいするわね。あくまで獣型の魔の物の場合の目安だけど。
Dランクはちょっと強くなった野生動物程度。魔による身体の強化こそあれど訓練を受けた物なら1人で問題なく倒せる強さ。
Cランクは魔をより多く取り込み、体躯に変化が生じた状態。犬なら牙や爪が発達したりといった具合ね。これは戦力上位の者なら単騎討伐は可能であるが、数名での討伐が推奨される強さ。
Bランクは魔に深く馴染み、生物学的に別のものに変異したとされた状態。とはいえ元となった獣の原型は留める事が多いからぱっと見でCランクとの違いが分かりづらいのだけど。ここにくると基本的に単騎討伐は無理で、チームとしての討伐が前提になるわ。
そしてAランク。Bランクとの違いは纏った魔の量だけだから基本的には討伐した者があれは強かった!って言えばAになっちゃうんだけど…。ただ、Aランクは対象個体専用の部隊を組んで大規模作戦での討伐が推奨されてるから、BをAにするような詐欺はまず起こらないわね。
Sランクはもう天変地異レベルのもので、100年に1度の大災害を引き起こすような物って感じよ。」
「それだとやっぱり私が倒したのって鹿のツノが変形したぐらいでCランクの、アンチマジックフィールド持ちでプラス1ランクしてBでいいんじゃない?」
「アカサカさんってすごい場数踏んでるベテランさんでね、Aランクの討伐とかも何度か経験ある人なのよ。その人の見立てだとこの間の鹿はBランクは確定。下手したらAに届きうるかもってぐらいの魔の量だったって。そこに念力無効個体…かのんの言うアンチマジックフィールドだけど、それを持っている事でAランク確定の強さってこと。
たださっきも言った通りAランクは討伐した者の申告で認定されるから、あの鹿は書類上はBランクであくまで「推定Aランク」に収まっているってわけ。」
へー、じゃあ私ってAランクをやっつけちゃったんだ。すごいじゃん。どやどや。
「すごい得意な顔してるけど、それが問題になってるんだからね?」
あれー?




