第11話 戦い終わって
シシガミを倒した私達は魔力溜まりに向かう。巣をそのままにして別の獣が住み着いた場合、また魔の物になってしまう可能性があるからだ。
「ここだね。」
山の斜面に出来た窪地に、枯れ草を敷き詰めた寝床が出来ていた。ここにシシガミが居たのだろう。空気中に漂う魔力も周囲より明らかに濃い。そもそも空気中に魔力はほとんど全くと言って良いほど含まれていないので、こんな立派な吹き溜まりが出来るのは珍しい。
「うーん、結構立派な魔力溜まりだなあ。土木工事でここら一帯を掘り起こしちゃえば魔力も溜まらなくなりそうだけど。」
「ちょっとした工事になりそうね。」
「冬香、有里奈から反魔術結界は教わってる?」
「しばらく前に教わったわ。」
「そうしたら一度私がここに溜まった魔力を吹き飛ばしちゃうから、冬香はこの直径10mぐらいの範囲に反魔術結界を張ってくれるかな?」
私は魔力を込めて窪地にえいっと放つ。溜まった魔力は私の魔力に吹き飛ばされ、私の魔力はその場で霧散させる。これで今はこの魔力溜まりはすっからかんの状態である。
「冬香、お願い。」
「了解。」
冬香が窪地をスッポリと覆うように反魔術結界を張る。これは結界内に魔術を通さないようにする効果の対魔術用の防御結界なのだが、今回は外から魔力を通さない性質に期待して自然界の魔力がこの窪地に流れ込まないようにした。
「でもかのん、今だけ結界を張ってても数分もしたら消えちゃうわよ?」
「それは私が解決出来るんだな。」
私は冬香の張った結界に手を触れて、呪術の『結界固定』を使う。これは結界をその場に固定する事で強度や効果、持続時間を高める術である。
実は呪術には結界術がない。…だというのに『結界固定』が出来るのは呪術だけというのは異世界にいた頃から不便だと思っていた。
ちなみに回復術は結界の種類が豊富で多種多様な結界を張る事が出来る。
魔術でも使える結界は何種類かあるがどちらと言えば儀式的なものになる。人払いの結界とか、その反対の人寄せの結界、あとは魔力集めの結界などが代表だ。
私は『結界固定』に枯渇するギリギリまで魔力を込める。
「こんなもんかな。これで2週間くらいは保つはず。アカサカさん、2週間以内にこの一帯が平らになるように工事してもらえるよう手配をお願い出来ますか?」
「は、はい。承知致しました。」
「じゃあ帰ろうか。」
「かのん姉様、今日は何から何までありがとうございました。」
「気にしなくていいよ、私も色々と勉強になったし楽しかったから。」
そう言って帰路に着く。
「冬香様、かのん様。本日討伐した二体の魔の物の討伐報酬はいかが致しましょうか。」
アカサカさんから事務処理についての質問を受ける。む、どうしよう。冬香に視線で助けを求める。
「魔の物の討伐にはその強さに応じて粉雪家から報酬が出るのよ。まあそのお金の出所は日本政府なんだけどね。
各家が事前に討伐対象の強さを予測して見積りを粉雪に提出、それに対して粉雪が討伐を依頼。討伐完了後に実際の強さを加味して請求書を送って粉雪はお金を支払う。
ここまでは分かってるわよね?じゃあかのん、今回のケースではどうすべきかしら?」
ここで以前勉強したことのおさらいか。
「本来上雪に100%の筈だったけど私が割り込んじゃったんだよね。
最初の野犬はトドメの1撃のみ私だから、討伐報酬の5%が粉雪に移動。あと怜ちゃんと総司くんの救助分として1%ずつの計7%が粉雪の取り分かな。」
「じゃあ2匹目は?」
「あれは逆に100%私が倒してるけど、誘き寄せたのが総司くんだから3%が上雪に行く。あ、そういえば私アカサカさんの拳銃借りたから銃弾1発分の精算いるね。でも2匹目は事前見積もりが出てないから事後承認処理がいるのか…。討伐って面倒だね。」
「それが粉雪の仕事だからね。」
「あれ?でも今わたしが言ったのって各家で協力して討伐する時の主討伐家と協力討伐家の精算の考え方であって、確か取り決めだと粉雪家はそこに含まれてないんだよね?」
「あら、気付いてくれて嬉しいわ。」
「だったら粉雪側にお金が渡ることは無いから、上雪が100%でいいんじゃない?1匹目も2匹目も。」
「正解!良かった、かのんが粉雪としての仕事ができて。もし間違えてたらイチから教育のやり直しが必要だったもの。」
ひぃ!正解できてよかったー!
「そういうわけでアカサカさん。どちらも100%上雪で請求して下さい。2体目については先程かのんが言った通り事後承認依頼もお願いします。」
「いいんですか?2体目については我々は見ていただけですが…。」
「はい。規約になりますので。報告書には今日あった事を仔細記載頂いた上で、粉雪冬香より報酬については100%上雪として請求書を回すよう指示があったとしておいて下さい。」
「2体目についてはどの強さとしましょうか。その、我々は戦っていないので…。」
「かのん、2体目の強さってどのくらいか…わかる?」
「ああ、あの強さをS、A、B、C、Dの5段階に分けて表すやつだっけ?」
「まあ書面上は甲乙丙丁戊だけど、若い人にはピンとこないからそっちの幽白ルールでいいわ。」
うーん、どんなもんだろう。
「最初の野犬はDランクだっけ。じゃあ精々Bじゃないかな?魔力量はあったけど実際戦ったら大した事なかっし。でもアンチマジックフィールド持ちだったからちょい上振れさせてBって感じで。」
「請求額を下げるために低めに点数下げなくてもいいのよ?」
「うーん、Aランクって対象個体専用の部隊を組んで大規模作戦での討伐が推奨されるってレベルでしょ?そこまでは届いてないんじゃないかな、私ひとりで倒せたわけだし。」
「まあそんなものかしらね。アカサカさん、2体目はBランクでお願いします。」
「承知しました。最後に、今回は自体が自体だけに上雪当主様に報告をあげる事にしますが宜しいでしょうか。」
ああ、私が割り込んで手柄をとっちゃったからね。お金払うから許してねとはならないよなあ。
「問題ありません。当主様には私から事前に連絡しておきます。」
冬香が答える。嫁の失態を被って先に謝っておいてくれるとか、やだイケメン…きゅん。
「ありがとうございます。」
そのあとは怜ちゃんを元気づけたりしながら山道を下っていった。最初はしょんぼりしていたけど、最後には「姉様みたいに強くなれるよう、今日のことはしっかり反省して頑張ります!」って笑ってくれたから良かった。
総司くんは終始暗い顔してたけど、中学生だし闇っぽい雰囲気を纏いたい時はあるよねと気にしない事にした。
こんな感じで私と冬香の初めてのお仕事見学は終わった。
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…俺はアカサカ。名前は、まあいいだろう。
俺の家は代々、念力なんていう超能力まがいの力がありそれを生かして上雪家っていうデカい家の配下で魔の物の討伐をして生計を立てている。
俺も例に漏れず念力を使える…まあ、ちょっと身体を頑丈にしたり衝撃波を飛ばしたりできる程度だが…ので、高校卒業後の18歳に配下として登録されてこれまでやってきた。
魔の物の強さは様々だが、20年以上戦ってきたから相手の強さを見極める目は鍛えられてきたと思っている。
最近は最前線ではなく後進の育成に当たる事も増えてきて、自分の息子もあと数年で配下として家業を継ぐ予定だ。
そんな場数だけは踏んできた俺だが、今日の出来事は度肝を抜かれた。
最初は子供のお守りだと思った。
白雪家…上雪家のさらに上に立つお家のご子息、ご息女。以前から修行という名目で上雪に来ていた2人。総司様は早くから才能を見せ、うちの若手の中では敵うものがいないぐらいの強さを見せた。ここ半年ほど、簡単な討伐に同行させていたぐらいだ。
怜様の方は中々芽が出ずに苦心していたが、数ヶ月前に白雪が開催した特別訓練から化けて帰ってきた。
それまでは強さとしてはドベだった。まあ、配下の連中は多かれ少なかれ腕に自信がある連中なので中学生の女の子が勝てないのは当然で、総司様がおかしいのだが。それがまるで別人のような身体の動きで若手の中堅クラスと互角に戦えるようになっていた。
今日はそんな2人に経験を積ませるという意味でDランクの魔の物の討伐にきたわけだ。
だがそこに上雪からお達しが出る。なんでも粉雪家の時期当主とその妻が今日の討伐の見学に来るとの事だ。聞くところによると2人はまだ女子高生で、魔の物の討伐経験は無いらしい。
勘弁してくれと思ったが所詮はDランクの討伐。子守の対象が2人から4人に増えただけだと思って割り切る事にする。
資料を読むと粉雪かのんは例の特別訓練で怜様を鍛えたとのことで、あの鳴かず飛ばずだった怜様を短期間でここまで強くしたという手腕に多少興味はでた。
集合場所に着くと怜様はかのんにかなり気を許しているようで、2人でくっちゃべりながら現地に向かう。遠足じゃない、いつ接敵してもおかしく無いんだぞと注意しようとするとかのんの方は隙だらけに見えて常に周辺を警戒しているのが分かった。
いざ魔の物に遭遇すると、予定通り怜様と総司様が戦う事になる。魔の物を見た時マズいな、と思った。事前の資料ではDランクとなっていたが、Dにしては纏っている魔の量が多い。Cランクに近いぐらいの強さがあるかも知れない。
だが怜様はあれが標準的なDランクだと思ったのか、そのまま戦闘に入ってしまった。上手く攻撃を躱しつつ打撃を加えて蹴り飛ばす。ただのDランクならあれで十分なんだが…案の定起き上がる魔の物。
ヤツは怜様を庇った総司様に喰らいつき離さない。クソ、簡単な子守のはずがとんだ失態だ。そう思って拳銃を取り出した。しかし2人に当たりそうで撃つことが出来ない。怜様が退いてくれればまだ狙いをつけやすいのに。
その時かのんが自分が撃っていいかと訊いてきた。出来るのかと問い返せば事も無げに魔の物の頭を撃ち抜いた。
念力を圧縮して飛ばしたのか…。俺の衝撃波とは威力も精度も桁違いだった。
何はともあれ、倒せて良かった。総司様が大怪我をしてしまったので自分の責任は免れないだろうが。そう思ったら冬香が手をかざし、なんと怪我を治してしまった。
回復術。この目で見るまで半信半疑であったが本当に実用化されたのか。これが使いこなせれば怪我人の復帰が早くなり現場の負担が軽くなることは明らかだった。
その後かのんが怜様と総司様にお説教をする。しかし自分の準備不足を指摘されているかのようで耳が痛かった。特に殺し合いをする事に対する覚悟については、40の自分にも刺さった。この子はまだ17歳という事だが、言葉には何十年も戦ってきた人間の重みがあるようにすら感じた。
さて帰ろうかというところで、かのんはもう1匹いると言った。白雪からの事前情報に無かったし自分はともかく、感知能力に優れた怜様と総司様ですら気付いていなかった個体に集合場所の時点で気づいていたという。
これまでの様子から気のせいだろうと切り捨てる事はできなかった。先ほどの個体よりかなり強いとの事で撤退を提案。幸い全員が自分の判断に従ってくれた。しかしその直後、奴がこちらに向かってきていると言うことが判明する。
目の前に現れた相手を見て愕然とした。サイズこそ大型のヘラジカ程度だが、纏っている魔の量が多すぎる。あれは明らかにBランクの上位、下手したらAランクだった。
この時点で自分は死を覚悟した。だがこの場にいるのは白雪家、粉雪家のVIP達である。命に代えても彼女達を逃さなければならない。
相手は疾風のように突進をしてくる。身構えていたのに動けなかった。またしてもかのんが念力を飛ばした。寸分違わず敵の眉間に撃ち込まれたそれは、しかし相手を傷つけることはなかった。
念力無効個体か!稀に居ると聞いたことはあるがまさかコイツがそれだとは。この時点でランクは1段階引き上げられてAランク確定である。絶望に叩き落とされた自分を尻目にかのんはひらりと前に飛び出すと、強烈な光で目潰しをした。会心の一発が無効化された瞬間には次の一手に動く。これができる人間がどれだけいようか。この一連の動作だけでも驚愕に値する。
眩んだ目の痛みに耐えながらも、これで他のみんなを逃してくれるのだと安心した。
しかし、しばらくしてやっと開いた目に飛び込んできたのはAランクの魔の物と殴り合うかのんの姿であった。鹿は角や前脚でかのんに殴りかかり、かのんはパンチとキックで応戦する。あまりの体格の違いに次の一瞬にはかのんが全身の骨をへし折られて潰される姿を想像するが、現実には彼女は鹿の攻撃を避けて、受け流して、耐えて、的確に攻撃を叩き込んでいく。
その攻撃が当たるたびに聞こえてくる音は既に人の格闘術から繰り出されるものではなくコンクリートのビルを解体する時にクレーン車で鉄球を当てた時のような、そんな音が響き渡っていた。
どれだけの時間戦っていたのか。ついに鹿が崩れ落ちる。あれだけの激戦を制した直後に世紀末救世主の真似をするかのんと楽しげにツッコミを入れる冬香。その様子に2人とも掛け値なしの化け物だと戦慄した。
その後、鹿の巣に行って結界だのなんだのと言っていたが最早自分の理解が追いつかない範囲だったため、無心で言われた事のメモをした。
最後に報酬の話をした時、正直減額も已む無しと思っていた。2体目はもちろん、1体目の犬についてもスマートに討伐したとは言えなかったからだ。
減額があると全員の報酬も減ってしまうと共に今後の昇進に響く。だが俺は今回命があっただけで儲け物だと思っていたので例えゼロにされても文句を言うつもりはなかった。
しかし答えはまさかの満額。それも2体目のオマケ付きであった。
最後にかのんは、あのAランクの鹿を「大したことなかったから」という理由でBランクとした。このあたりの判定は今後粉雪家が現場に出る際の課題として報告書内で言及しておこう。
ちなみにAランクは「対象個体専用の部隊を組んで大規模作戦での討伐が推奨される」強さだが、ひとつ但し書きがある。「各家の最高戦力級は除く。」
つまり粉雪かのんはあれを単騎討伐した時点で既に各家の最高戦力級と呼ばれるバケモノ達に並ぶ戦力を持っている事になる。
最後に、怜様と総司様の評価について。
怜様は問題無さそうだ。かのんに説教された時は落ち込んでいたが、鹿との戦いを見て触発されたのか最後には前向きな発言が見えた。今日の戦いはお世辞にもスマートとは言えなかったが、場数を踏めば伸びていくタイプだと思われる。
どちらかと言えば総司様の方が深刻だ。怜様を守ったつもりが邪魔をしていたという事実に心が大きく揺れている。さらに回復術士として今後立ち回りの変化が求められる中で誰かがきちんとケアしていかないと、あの手のタイプは一度折れると立ち直るのに時間がかかる。
「…こんなもんか。」
今日の出来事を報告書にまとめて提出。当主様に仔細報告したい旨を添えてパソコンを閉じる。
気がつけば夜はとっくにあけて、太陽は高く上がっていた。
「あなた、お疲れ様です。」
書斎から出ると妻が労ってくれる。
「ああ…。子供達は学校か?」
「はい。今日は木曜日ですから。」
そういえば昨日の化け物じみた2人も高校生だったな。今頃は制服を着て授業を受けているのだろうか。
「ぼーっとして、お疲れですか?」
「いや、なんでも無い。…詳しくは言えないが、昨日の任務で化け物みたいな強さの子供に出会った。うちの子達と大差ない年だ。」
「まぁ…。」
「子供達には強くあって欲しいと思っていたが、何事もほどほどが一番なのかもなと思わされたよ。」
「ふふ、貴方みたいに家族を守ってくれるだけの力が有れば十分ですよ。」
「…そうだな。」
家族を守る力か。軽々しく死を覚悟した自分にはそんなもの無いと、昨日は思い知らされた。だが、言い訳はしていられない。明日からも任務は続くのだ。
自分の子供と同じくらいの娘があれだけの強さを持っているんだ。俺だってまだまだ萎れるわけにはいくまい。
男アカサカ、40歳。今日からみっちり鍛え直すぞ!




