第10話 パワハラ気味の反省会
野犬との戦いを終えた私達はその場で総司くんの治療に入る。彼も回復術が使えるので自分で治せるかと思いきや、怪我の痛みや焦りのせいか魔力の流れが安定せずに中々傷が塞がらない。
これ以上は出血多量の危険があると判断した冬香が彼の怪我を治す事になった。
良かったな、総司くん。冬香の治療を受けたのは私以外では君が初めてだ。初めての男というわけだよ。
「とりあえず肩の傷は塞がったわ。あとは自分で治しなさい。」
「本当にあっという間に治っちまうんですねぇ。」
アカサカさんが回復術を見て目を丸くしている。
冬香の治療がひと段落したらお待ちかね?の反省会である。しょんぼりしている怜ちゃんを責めるみたいで可哀想だけど、ここで甘やかすと次は命を落とすからね。
「怜ちゃん、さっきの戦いでマズかったと思った点を思いつく限り挙げていって。」
「…はい。まずは最初の攻撃できちんと倒しきれなかったこと。トドメをささずに倒したと思って警戒を解いたこと。総司に噛み付いた犬を引き剥がせなかったこと。…です。」
「他には?」
「えっと…。結果的にかのん姉様の助けを借りてしまったことでしょうか…。」
「他には?」
「…。あ、最初の攻撃を空振りしてしまったこと…ですかね?」
「他には?」
「…ごめんなさい、もう分からないです。」
うん、圧迫面接っぽくなってごめんね。
「総司くんから見ていま怜ちゃんが挙げた以外の反省点は分かる?」
「…俺も分からないです。」
「そっか。ちなみにアカサカさんからは何か指導は有りますか?」
「…怜様に対してはかのん様がご指導されたと伺っておりますので、先にかのん様からどうぞ。不足があれば後ほど補足させて頂きます。」
「わかりました。」
怜ちゃんの方を見てひとつひとつ指摘する。
「じゃあ最初から行こうか。まずその武器はなに?」
「これは、上雪から支給されている護身用の警棒です。」
「うん。アカサカさんは拳銃を持ってるんだけどどうして怜ちゃんは使わないの?どう見たって攻撃力は段違いだよね?」
「怜は、まだ拳銃の使用許可が出ていなくって…!」
「総司くんには聞いていないから黙ってて。怜ちゃん、なんで?」
「あの、いま総司が言ったように使用許可が出ていないんです。上雪では武器ごとに扱うための試験があって、私はまだ拳銃は試験に合格していないんです。」
「合格しているのはその警棒だけ?ナイフや刀みたいな刃物もダメなの?」
「警棒は特に試験とか無いです。刃物については先日ナイフの試験を受けて合格しましたが、まだ自分用のナイフが届いていなくて。」
「じゃあ武器をきちんと調達する努力を怠ったまま戦場に来たって事ね。わかった。」
「…っ!申し訳ございません。」
「別に謝らなくてもいいけど、命のやり取りをしようって場所に来るには覚悟が足りないよね。」
黙り込む怜ちゃん。
「じゃあ次に行こうか。さっき自己反省点として空振りしたことを挙げたけど、多少大振りではあったけどそれほど悪く無かったと思うよ?そのあとのリカバリーは良かったし。
そのあと倒しきれなかった件についてはさ、あれなんで蹴飛ばしたの?私ならそのまま頭を潰すまで殴り続けたけど。」
「…訓練では打撃と蹴りのコンビネーションを学んでいたので、深く考えずに身体が動いてしまいました。」
「相手を殺そうとしているのに深く考えずに動いているの?」
「…申し訳ございません。」
「私は相手を殺す時は考えて考えて考え抜いているよ。『本当に殺していいのか』、『どうすれば効率よく殺せるか』。さっきのケースではそのまま頭が潰れるまで殴り続ければいいし、なんならもっと効率よく殺せたかもしれない。
どれだけ考えたって最適な答えは出ないかもしれない。でも考えることを放棄している内は、怜ちゃんは戦場にでるべきじゃないと私は思う。
…まあ、上雪の方針にまで口を出すつもりは無いからそこはアカサカさんにお任せするけど。」
思わず自分の声に怒りが含まれてしまう。いかんいかん、感情的になるな。
ふー、と息を吐いて心を落ち着ける。
「その後の油断は分かってるみたいだから私からは言わないね。総司くんが噛まれて焦ったのは分かるけど、自分じゃ引き剥がせないと分かった時点でアカサカさんに任せるべきではあった。拳銃を持っているのは知ってたよね。」
「…っ!最初の実戦で監督役に助けを求めたら実力不足だって言うようなものじゃないですかっ!だから怜は自分でやろうとして…っ!」
「黙っててって言ってるよね。事実実力不足だったんだから仕方ないじゃない。…大体怜ちゃんが倒しきれなかったのは総司くんのせいだから。」
「俺のせい…?」
「私が見たところあの野犬の飛びかかりに対して怜ちゃんは防御が間に合ってたからね。キミが下手に飛び出して喰いつかれたせいで事態が悪化したって認識はある?」
「俺は、怜を守ろうと思って…。」
「それで野犬の下敷きになったせいで怜ちゃんも冷静さを欠いて碌な攻撃を出来なくなった。君が下にいるせいで明らかに攻撃しにくそうだったし、身体強化も乱れてたから。…結果的に二人は実力不足を露呈したって事だよね。
多分あのまま怜ちゃん一人だったら野犬は倒し切ってたと思うよ。多少ケガはしただろうけど。」
「そんな…。」
「大体回復役が身を挺して庇うなんて愚の骨頂だよ。普通は逆で怜ちゃんが総司くんを身を挺して庇うの。怜ちゃんがケガしても総司くんが治せるんだもん。その辺り、そもそもの役割をきちんと把握できて無いって事だよね。」
「かのん、言い方。理屈は正しいと思うけど、そんな責めるように言ったら2人とも萎縮しちゃうわよ。」
冬香が諌めてくる。
「…ごめん、ちょっと頭にきてキツく言い過ぎたね。私からはもうやめておくよ。アカサカさんからは他にありますか?」
「いいえ、かのん様がおっしゃった事以上には御座いません。ただお二人を庇うわけではありませんが、上雪としても至らない部分が多く反省の限りです。
回復術というものの運用についてもまだ手探りなので、事前に総司様の動きに対する指導などもできていませんでした。怜様の戦い方についても普段討伐する魔の物の強さであれば最初の攻撃で仕留めきれていたと思います。今日の個体は特に生命力が高いタイプではあったと思います。」
ん?なんか違和感を感じる言い方にひっかかる。
「回復術の使い手がいる際の戦い方については戦術レベルでの運用方法の見直しが必要って事ね。課題点が見つかったっていう意味では意義があったんじゃ無いかしら?」
「…そうですね、お二人の再指導も含めて持ち帰って検討事項とします。」
そう言うとアカサカさんは怜ちゃんと総司くんに立つように促し、来た道を戻り始める。
「えっ、今日はこれで終わりですか?」
慌てて訊ねる私に冬香が不思議そうに答える。
「だって魔の物は倒したじゃない?」
「残りはほっといていいの?」
「残り?」
冬香は怜ちゃんと総司くんの方を見る。2人はフルフルと首を振った。
「周辺にこれ以上魔の物の気配は感じません。」
「えっと、ここから300mくらい先に魔力溜まりがあるのは分かる?」
「魔力溜まり…?霊脈のような物でしょうか?」
「霊脈っていうと土地の持つ力の流れみたいな物だよね?そんな大層なものじゃなくて、自然界に流れる魔力の吹き溜まりだと思うんだけど。さっきの野犬みたいに動いていないから見つけづらいかもしれないけど、集中して探ってみて?あっちの方向。」
そう言って魔力溜まりの方を指差す。
「…確かに、魔力が濃い場所があるような…。でもかのん姉様、魔力の吹き溜まりがあったとして問題あるんですか?」
「もっと集中して。土地に馴染んでわかりづらいけど獣が1体いる。多分そこを巣にしてるんだと思う。魔力が濃い場所を寝床にしてる分、さっきの野犬なんて比較にならないくらい強い個体だと思うけど。」
「…本当にいますか?俺には何も感じませんが…。」
「…あっ!」
怜ちゃんには感じ取れたようだ。
「…私もわかりました。上手く隠れていたのでいる前提で探らないと見つからなかったです。…かのん姉様はいつからこれに気が付いていたんですか?」
「みんなと合流してこっちの方に歩き始めてすぐ、こっちの方角に何かいるのかなって探ったからその時に。」
「あの場所ってここから2km以上先ですよね?そんな遠くからですか!?」
驚く怜ちゃんと総司くん。
「それで、あれはどうする?放置でいいの?」
「…かのん姉様から見て、あれはどのくらいの強さですか?」
「姿を見てないから多少はブレると思うけど、さっきの野犬がスライムレベルならあれはバラモスくらいの強さはあるんじゃない?
…もちろんスライムはテンペスト姓じゃないやつね。」
「かのん、あなたのオタク知識を一般人が持ってるとは思わないでね。…要は軽く100倍は強いって事よ。」
冬香の補足を聞いて青くなる上雪一行。
「さっきの個体も十分強かったのに、その100倍となると今日の戦力じゃ無理です。一度仕切り直してベテランを含めた部隊で出直すべきかと。」
アカサカさんは撤退を提案。怜ちゃんと総司くんは悔しそうだけどそれに従う。まあ確かに二人の戦いっぷりを見る限りあれと戦うのはまだ早いよなあ。じゃあさっさと撤収しましょ。
そう判断して帰路に着く私達。
「ちなみにベテラン部隊ならあれも倒せるの?」
「…上雪の最強部隊に出動を要請すればいけるかと思います。ただ、彼らも忙しいのでいつになる事やら。」
「じゃあそれまでは雑魚を間引きつつあれが動き出さないことを祈るしかないね。」
なんていうとフラグ立っちゃうんだよなー。そう思って改めて魔力溜まりの方を探る。あれ?
「…みんな止まって!奴が魔力溜まりから居なくなってる!」
「え?」
私の警告に足を止める一行。ふと気がつくと総司くんが青い顔をしていた。
「すみませんっ!俺のせいです…っ!」
「総司、何したの!?」
「俺、さっきから全然感知できてなくって…無理矢理感知しようと念を込めてたら刺激してしまったみたいで、俺が感知した瞬間あいつがこっちに向かって動き始めて…。」
私は気配察知の範囲を200mまで広げる。こっちにすごい速さで迫ってくる気配を拾った。
「完全に補足されてますね。あと数秒で接敵します。」
私の言葉に全員が臨戦体制になる。
「冬香はしゃがんでて。全員は守れないけど、冬香には傷ひとつつけさせないから。」
残り20mのところで敵が一度止まる。
「鹿のような獣ですね。…こっちを覗っているんでしょうか。」
怜ちゃんが呟く。鹿にみえるが角が何又にも分かれているのでどちらかといえば某もののけプリンセスに出てくるシシガミっぽい。高さは2mぐらい。体重は400kgはあるだろうか。恐らく此方を見て勝てるかどうか値踏みしているんだろう。こちらの総戦力より自分が強いと思えば襲ってくるし、危険だと思えば立ち去って身を隠す。
異世界で戦った獣型の魔物もそういう習性があったなと思い出す。
「あれって逃すとマズいですか?ここで討伐しちゃった方がいいんですよね?」
アカサカさんに訊ねる。
「…確かに手負いにして逃すとその後巧妙に身を隠し、発見は困難になります。しかし今はこの場を凌ぐのが最優先事項です。白雪家のお二人に何かあるのが一番マズい。」
そうか。じゃあ追い払う方がいいかな。そう思いシシガミに目線を戻した瞬間、奴は高速で此方に駆け出した。
「なっ!?」
奴が狙ったのは既に腰が引けている総司くんだった。さすが、一番狙いやすいところを的確に突いてくる。
だけどそれは読みやすいってことで。
「オラァッ!!」
相手の動きに合わせて魔力弾を撃つ。完璧なタイミングで撃ち込んだそれは、シシガミの眉間を捉えたはずであった。しかし魔力弾は頭を貫通することなく掻き消える。
とはいえ、怯ませる事には成功したようで総司くんの手前でシシガミの足が止まる。私は素早く彼の前に躍り出ると両手を前に突き出し魔力を込める。
カッ!と一瞬、まるで昼間のように明るく光る。『発光』を手加減無しに全力で放ったのだ。この場の残り4人も多分しばらく目が開けられないと思うけど、開いていたところで戦力外なのでまあ許して頂こう。
シシガミはもろに光を見たようで、苦しそうに悶えている。私は改めて魔力弾を連発する。
しかし十数発撃った魔力弾はいずれもシシガミに当たる直前で掻き消えてしまう。
「やっぱりアンチマジックフィールド持ちか…厄介だなあ。」
異世界にも稀にいたタイプで、魔力掻き消す性質を持つ。反面、物理的な攻撃には弱いのだが…。
「アカサカさん!拳銃借りますね!」
まだ蹲っているアカサカさんから拳銃をひったくるように借りると、シシガミの額に撃ち込む。拳銃を撃ったことは無いけれどほぼ密着したこの距離からなら外れないだろう。
ドンっ!
一発撃ったら思った以上の反動で拳銃が吹っ飛んで茂みの中に落ちてしまった。あちゃー、あれ探しに行く時間は無いな。
肝心のシシガミは…額から血を流していたが、玉は脳にまで届かなかったようでタタラを踏んではいるものの、倒れてはいない。
おい!アタマに拳銃撃ち込んで生きてるとか、物理に弱いって言ったの誰だよ!?私だよ!
だって異世界ではこういうやつはコウが聖剣でスパスパ斬ってたんだもん…。聖剣って凄いね!
さて、こうなるとコイツに対する有効打がない事になる。首をブルンブルン振ってこっちを睨みつけてくるシシガミ。そろそろ視力が戻ってきたかな?もう一発目眩ししておこう。
カッ!
シシガミに向けて再び発光を放つが、今度は咄嗟に顔を逸らされてしまう。やっぱり知能高いなあ。
このまま逃げてくれてもいいんだよ?と思うが真っ赤に充血した目でコチラを睨んで来ているので絶賛戦う気満々のようだ。
仕方ない肉弾戦でやりますか。日々の筋トレの成果を見せちゃうぞ、と。
そこからは壮絶な殴り合いとなった。シシガミはツノで、脚で、私に襲いかかってくる。対して私は身体強化した拳と脚でシシガミに打撃を打ち込んでいく。
なるべく攻撃を貰わないようにはしているものの相手もさる者、大振りや直接的な攻撃は当たらないとみるやフェイントやカウンターで小さく削るようにこちらに攻撃を当ててくる。私も多少の被弾を覚悟しつつ相手に攻撃を繰り返す。
どれだけの時間殴り合っただろうか。お互い友情のような感情を…シシガミが感じたかは分からないけど、私はなんとなく感じつつ、それでも死力を尽くして殴り合った結果ついにシシガミは力尽き崩れ落ちる。
満足だ…殺せ…。そうシシガミの目が訴えてきたと勝手に解釈した私は止めとばかりに全力の身体強化で回し蹴りをシシガミの脳天に放つ。
ゴキッといい音を立てて、シシガミの頭が陥没。動かなくなったシシガミの前に立つと私は拳を天に掲げて宣言した。
「おまえもまさしく強敵だった!」
「…そのポーズは「生涯に一片の悔いなし」の方じゃないかしら?」
いつのまにか目が治ってこちらの戦いを見ていた冬香が横に来て笑ってくれた。
この笑顔が守れただけでも頑張った甲斐があるってもんよ。
前半の反省会は作者が昔上司に言われた事を思い出して胃を痛めながら書きました。辛い思い出なのに筆がノリノリになって気付いたら今の3倍くらいの分量のお説教になってしまい、慌ててだいぶ削るはめにw
とはいえ言動の中から彼女の戦いに関するスタンスみたいな部分を匂わせたくて、なるべくイヤな感じにならないように頑張ったつもりです。
後半は前半の嫌な感じを吹き飛ばせるようにシリアスな展開も明るく書いてみました!




