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第8話 第1期訓練終了

 かのんが瑞稀のお説教を受けていた頃、道場では有里奈による回復術の指南が続けられていた。ちなみに毎回有里奈が自分の腕にナイフで傷をつけてそれを参加者が癒す形式を取っており、彼女が腕を傷つける回数は大小合わせて1日100回を超えていた。


 参加者はそれぞれ有里奈の傷を治す。治るまでにかかる時間や術を使う際の魔力の流れ、痛みの引き方などから術の完成度が判定されてアドバイスされる。

 回復術のエキスパートが自分の傷の治り具合から術の精度を観察しアドバイスする。効率的な指導方法により受講者達の実力はどんどん伸びていた。


 一方で呪術組は現在、かのんが瑞稀に呼び出されていたため待機を命じられていた。


 綾音がひたすらクマを踊らせているのを横目に怜は先程の出来事について思い出していた。


 いつまでも念力の循環が出来ない自分にかのんは感覚共有という術で強引に「循環する感覚」を覚えさせると言ってきた。特に危険があるとは言っていなかったので、その提案を受けた。


 身体の中に自分のものとは別の温かい念が浸透していくのがわかった。危険はないと言われていたが身体が反射的に対抗するように念を込めてしまう。慌てて抑えようとしたら、かのんが「楽にしてて良い」と言ったのでそれに従って、身体が反応するまま念力を高める。それに応じてかのんから送られてくる念も増える…しばらくそんなやりとりをしていると、自分の念が安定してきた。かのんから送られてくる念の量も一定になり、それが自分の身体の中を優しく巡っているのが感じられた。


 なるほど、これが循環か。一度体験したら感覚的に理解できた。その後しばらくかのんは浸透させた念力と一緒に自分の念力と循環させようとしていたが、そちらは中々上手く行かないようだった。


 今なら自分で出来る気がする。ふいにそう思った。そこで一言、かのんに断れば良かったのに。深く考えずにそのままやってみてしまった。


 ぐにゃり。


 そんな音がしたかと錯覚するほど、これまで出来なかった事が不思議なくらい簡単に念力が回り始めてしまった。


 しかし、ほぼ全力で込めていた念力が急に動き始めてしまったため全身を物凄い勢いで循環し始めてしまった。かのんがやっていた循環が小さな沢の水の流れだとしたら、今は氾濫した大河の濁流のようなものだった。


 激しい感覚に焦ってどうすれば良いか分からなくなる。どうにか流れを抑えようとしても、それは激しさを増す一方であった。


 かのん落ち着いた声で出力を抑えるように言ってきたが、それすら出来ずに激しい流れに翻弄される。


 このままではマズい。本能が告げるが、どうする事も出来ない。泣きながらかのんに助けを求める。


 もうダメだ!そう思った瞬間。繋いだ手を通して暴れ狂う念力が全て、かのんの方に流れたのが分かった。瞬間的にクリアになる思考。先ほどまで暴れ狂っていた念力が全てかのんに流れたと言う事か?


 かのんは繋いだ手を離し、ちょんと一歩下がる。そしていつもの様に優しく微笑んで。


 爆発した。


 死んでしまったと思った。自分のせいで死なせてしまったと。先ほどまで自分の中にあった念。あれは正しく処理出来なければ無事では済まないだろう事は感覚的に分かっていたから。


 だが、有里奈が咄嗟に張った結界から出てきたのは両腕が吹き飛んでもケロリとした様子のかのんであった。


 その後、冬香と雫に治療されたかのんは瑞稀に呼び出されてしまった。直前に死にかけたと言うのに普段と変わらぬ調子で綾音にクマダンスの練習をしておくように指示していた。


 そして自分の方に向かってくる。


 どんな言葉で罵られるのだろう。そう覚悟した自分に、かのんは申し訳なさそうに謝罪した。「怖い思いをさせてしまってごめんなさい」と。こちらこそごめんなさい。その一言は声にならなかったが、かのんは分かっているといった表情で微笑んでくれた。


 …かのんは瑞稀姉様に何を言われているのだろう。

 

 ぼーっとしていると総司が近づいてきた。

 

「怜、大丈夫か?」


「…総司。うん、大丈夫。」


「かのんさんも酷いよな、怜にあんな危険な目にあわせて。有里奈さんはいつも自分の腕を傷つけてまで俺たちに指導してくれているっていうのに。」


「…あの人の事なにも知らないのに勝手な事を言わないで。」


「なんだよそれ、俺は怜を心配してやってるのに。」


「かのんさんは悪くない!」


「じゃあなんで瑞稀姉さんに呼び出されてるんだよ!」


「…っ!」


「ほら、怜だって分かってるんだろ!」


「…総司、やめなさい。」


「…雫姉さん、俺は怜を心配して、」


「怜が大丈夫だって言っているなら外野がとやかく言うべきじゃない。」


「じゃあ雫姉さんも、怜をあんな危険な目に合わせたあの人は悪くないっていうのかよ!?」


「かのんが悪かったかどうか決めるのはお姉様。…怜が文句を言っているならともかく、総司が怒るのは筋違い。」


「なんだよそれっ!」


 雫姉様に諭された総司は、イライラした様子で道場を出て行く。


「怜もいつまでそうしているつもり?」


「えっ?」


「…かのんが悪くないと思っているのなら、あなたにはやるべき事があるんじゃないの?」


「…そうですね!雫姉様、ありがとうございます!」


 さっき覚えた感覚を忘れないうちに、念を体内で循環させる。…もちろん、暴走しない様に最小限の出力で。


 すると、これまで出来なかったのが嘘のようにスムーズに体内を巡っているのが分かった。先ほどのように暴走する事もなく、自分の思い通りに動かす事ができた。


「できた…。」


 それだけではない。今ならなんでも出来る様な万能感すらある。慌てて自分のクマを持って綾音の方へ駆け寄る。綾音がクマに送っている念力の流れ。自分にも出来ると思った。


 落ち着いてクマに念を込めると、クマはひょこりと立ち上がり、トコトコと歩かせる事ができた。


「お、怜さんもついにこちら側に来ましたね!魔力の流れも安定しているし。かのんさんの荒療治はびっくりひたけど効果は抜群ですね!」


「はい、これまで出来なかったのが嘘みたい…。綾音さん、魔力っていいました?」


「あ、つい。」


「念力じゃなくて?」


「かのんさんは念力の事を魔力って呼んでるじゃないですか?私達に話すときは気を付けて念力って言うけど、たまにうっかり魔力って言っちゃって言い直したり、気付かないままの事もあったり。」


「確かにそうですね。あまり気にしてませんでしたけど。」


「あれ、天然でカワイイですよね。

 …それで、私たちって念力はあるけど白雪の念術が使えなくてここにいるわけじゃないですか。それで念術とは違う術を教わってるわけで。」


 そういってクマをくるりと回転させた。かと思ったらクマは軽快なリズムでステップを踏み始める。


「こんなふうにクマをノリノリで踊らせる事ができても仕事に何の役に立つのかさっぱりですけど、かのんさんってめっちゃ真剣にクマのダンスを指導してくるからなんか楽しくなってきちゃって。

 これまで念術の練習してて、楽しいなんて思ったことなかったのになって。それでふと思ったんですよ。これって念術じゃなくて、もはや全然別物だなって。」


「別物…?」


「はい。まあ私が勝手に思ってるだけですけどね。だから私たちが持つ念力も、かのんさん流の魔力って事にしちゃおうって勝手に思ったんです。」


「念術じゃなくて別のもので、だから念力じゃなくて魔力…綾音さん!それいいですね!」


「お!同士!じゃあかのんさんが戻ってくる前にクマダンスをひとつマスターしちゃいましょうよ。」


 綾音は改めてクマをセットすると楽しげに笑いかける。


------------------------------


「んん!?なんか踊ってるクマが2匹に増えてるんだが?」


 瑞稀さんへの説明を終えた私が道場に戻ると片隅で綾音さんと怜ちゃんがクマを踊らせていた。


「あ、かのんさんお帰りなさい!あの、瑞稀姉様に叱られませんでしたか…?」


「うん、別に事実確認だけで怒られなかったかな。ちょっとした認識の違いがあっただけだよ。…それよりも怜さん!クマ!ベアー!」


 私が興奮して踊るクマを指さすと怜ちゃんは照れ臭そうにはにかんだ。


「はい、あのあと落ち着いてたら魔力を自然に循環出来て、そのままクマも動かせて…。」


「うわああああん!」


「え、かのんさん?どうしたんですか!?」


「なんで私がいない内に2人で楽しい事してるんだよぉ!仲間に入れてくれよぉ!!」


 私も慌てて自分のクマを取りに走る。


「ほらほら、3人でクマダンスさせようよぉ!」


 その後困った顔をする怜ちゃんと綾音さんを巻き込んで3匹のクマに揃ってダンスをさせる練習をした。夢中になっていたら遅れて戻ってきた冬香に「それって本当に呪術の練習に必要な事なのよね?」と念を押されてしまった。


 『魔導人形』の精度が上がれば応用の身体強化・呪術版の精度も上がるので無駄な事ではない。ただ3人でクマをユニゾンダンスさせる必要があるかと言われると私の趣味と願望が混ざっていることは否定できない。


 だっていつか誰かと可愛いクマダンスをさせたいなって異世界にいた頃から思ってたんだもん。ちなみに異世界で魔導人形の練習をするときに渡されたのは趣味の悪い木偶人形でした。やっぱり可愛いぬいぐるみの方がテンション上がるよね。


 しかし鋭い冬香は厳しい指摘をしてくる。


「身体強化に応用するなら木偶人形とは言わなくても精巧なマネキンとかの方が良くない?」


「そりゃぬいぐるみよりそっちの方が練習になるけど、そもそも自分の体を動かすのにそこまで精密な魔力操作は求められないから大丈夫だよ。精密な操作を覚えたいなら身体強化を使い続けてやり方を覚えた方が効率的だし。」


「その理屈だと既に身体強化ができ始めている綾音さんにこれ以上クマダンスの練習をさせる必要なくない?」


「……君のような勘のいいガキは嫌いだよ。」


「やっぱり趣味に走ってるんじゃない!」


 ひぃ!ごめんなさいっ!そんな風に冬香に怒られていると綾音さんが質問してくる。


「かのんさん、いま私のクマを道場の外まで歩かせてみたんですが、この魔導人形ってどのくらい離れると動かせなくなります?」


「離れててもご自身の魔力は感じられてます?」


「はい、今先の廊下を曲がったところです。」


「そこまでできるなら、動かすと徐々にクマから魔力が減ってるのも分かりますよね?クマに込めた魔力の量がバッテリーみたいなモノなので、それ尽きるまで遠隔操作できますよ。」


「やっぱりそうなんですね。でも見えなくなると操作に支障が出ちゃうのか。」


 そう、私が雫さんから逃げたときは『気配察知』も併用することでクマの周辺状況を把握したが、それが無いと遠隔操作はあまり意味がないのだ。


「あ、思い付いたかも。」


 そういうとクマを呼び戻した綾音さんは、クマにスマホを持たせる。そのままもう一度クマを外に歩かせるともう1台スマホの操作を行う。


「見てください!こうすればクマの周りの様子が分かります!」


 そう言って見せてくれたスマホの画面にはビデオ通話で繋がったクマの持つスマホのカメラが映す光景が表示されていた。


「なるほど、その手がありましたね。」


「すぐに思いつきそうなのに今まで気づかないとか、本当にスマホ無精のかのんね。」


 冬香が笑う。


「これってクマにスマホを持たせるんじゃなくて高感度のカメラを仕込んだりすれば応用効きそうですね。ドローンより細かい操作ができるので潜入操作とかに便利かもしれません。」


「さすが本職ですね!ほら冬香、クマを動かす練習も無駄じゃなかったよ!」


「明らかに綾音さんのひらめきに乗っかった感じだけどね?」


「かのんさんのお役に立てて良かったです!」


 3人で笑った。


------------------------------


 それから2週間ほど。怜ちゃんも無事に身体強化をできるようになり、綾音さんはカメラを搭載した手の平サイズのクマ人形を準備して諜報活動に使えるよう日々精進している。あえてクマなんだ…と聞いたら「かのんさんリスペクトですかね。」って言っていた。

 ちなみに火薬も積んでおり敵に捕捉された際には速やかに自爆する機能まで持たせているらしい。


 とりあえず2人ともある程度術がカタチになってきたのでそろそろ実戦で試せるだろうと言う事でいったん私の指南は終わろうかという事になった。


 回復術部隊も同様でひとまず実戦部隊に合流して回復術の運用を試してみるらしい。


 無事に1期生への指南が完了、みなさんお疲れ様でしたと言う事で本日は慰労会である。


 冬香がみんなの前に立って乾杯の挨拶をする。


「皆さん、今日までの訓練お疲れ様でした。明日からは実戦での試用という事で各々成果を発揮してくれる事を期待します。

 ただし身に付けた力は万能ではありません。各自驕ることなく、より大きな脅威に立ち向かえるよう研鑽を続けて下さい。

 それでは皆さんの今後の活躍を祈念して、乾杯!」


「「「かんぱーい」」」


 白雪家名物の高いお食事と高いお酒…未成年者はジュースである。私も注がれたのは高いジュースだったので後でどさくさに紛れてお酒を頂こうと目論んでいる。


「かのんさん、飲んでますかー?」


 しばらく経つと顔を赤くした綾音さんに絡まれた。


「私は未成年なので、まだ飲んでないですよ。」


「そんなこと言ってさっきから周りの隙を伺ってますよねー?飲む気マンマンじゃないですかー!」


 バレてる。無言で空のグラスを差し出すとニヤニヤしながらお酒を注いでくれる綾音さん。


「それじゃあカンパーイ。」


「これまでお疲れ様でした。綾音さんも明日から実戦ですか?」


「ですねー。ただ私の部署は元々裏方なので情報収集がメインになると思います。あ、そうだ!かのんさん、例の約束覚えてます?」


「無事に術を覚える事が出来たらご褒美欲しいってやつですか?」


「それですそれです。それでひとつ許可して頂きたい事があって。」


「許可?私がですか?何か許可する権限とか特に持ってないしがない嫁ですけど私の裁量が許される範囲で良ければ…。」


「この子を「クマカノン」って名付けて良いですかね!?」


 そう言って例のスパイクマ人形を取り出す。


「え、コイツ自爆するよね?」


「別にカノン砲と掛けてるわけじゃないから大丈夫です!自爆はあくまで最後の手段なので!かのんさんの名前を継承させたらそうならないように大事にします!」


「えー。まあクマの名前くらいなら別に良いですけど。」


「やった!ありがとうございます!怜さんもご褒美決めました?」


 反対側で座る怜ちゃんに訊く綾音さん。


「え?私も良いんですか?」


「もちろんです。まあ私にできる範囲で、ですけどね。」


「えっと、じゃあかのんさんの連絡先教えてもらってもいいですか…?」


「…スマホ不精なのでメッセージ貰っても気付かないこと多いですが、それで良ければ。」


「そういえば私もかのんさんの連絡先知りたい!教えて下さいよー!」


「まじか。まあ良いですよ。でもそうすると怜さんのお願い権が無駄になっちゃいません?」


「そしたら怜さんはもう一つお願いすれば良いじゃないですか!」


「そのノリで際限無くお願いが増えて行くパターンじゃないか?…ちなみに怜さん、他に私にお願いってあったりします?」


「え、いいんですか?…えっと、じゃあ…かのんさんのこと、「かのん姉様」って呼んでも良いですか…?」


 んん?

 

「…えっと、構いませんけど。ちなみに何故…?」


「私、これまでずっと自分に自信が無くて。でもかのんさんが根気強く教えてくれて、それがすごく嬉しくて…。」


 うん、そこまでは分かる。


「それで、気がついたらかのんさんの事ばっかり考えるようになってて…。」


 んん?ちょっと雲行きが怪しくなってきた。


「だけどかのんさんは冬香ちゃんのお嫁さんじゃないですか?だから恋人にはなれないから、だったら妹になるしかないなって思って…!」


 そう言って真っ赤になる怜ちゃん。


「あの、怜さん…?」


「さん付けじゃなくて、「怜」って呼んで貰えますか?」


「お、おう…。」


「かのんさーん、怜さんが勇気を出して告白したのにその態度はよろしくないんじゃないですかー?」


 いや想定外過ぎて。


「えっと…じゃあ怜、ちゃん?これからもよろしくね?」


「はい!かのん姉様!」


 満面の笑顔で頷く怜ちゃん。ふと視線を感じてそちらを向くと冬香が笑顔でこちらを見ていた。


「怜、良かったわね。…かのん、浮気はだめよ?」


 その笑顔が怖いんですけどー!?


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