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第7話 お説教タイム

 私と冬香の前で、瑞稀さんが特務機関最高司令官のポーズで怒りの言動を取る。


「私は「危険はない」って聞いていたのだけれど?」


「申し訳ございません。…かのん、説明できる?」


「あ、はい。端的に言えば私がしくじったって事なんですけどね…。」


 私は瑞稀さんに事の顛末を説明する。


------------------------------


 かのんが感覚共有を始めてしばらくすると怜が怯えたように叫び始めた。


「怜さん、落ち着いて念力の出力を抑えましょう。大丈夫です。力が小さくなれば自然と勢いも落ちていきますから。」


 かのんが落ち着かせようと声をかけるが怜は泣きながら叫ぶ。


「やだやだ、何これ!こわいよ、かのんさん助けてよ!」


 そのただ事でない様子に、道場の反対側で回復術を練習していたメンバーが何だ何だと集まってくる。


「怜!大丈夫かっ!?」


 思わず駆け寄ろうとする総司の手を有里奈さんが掴んで止める。


「怖いよっ!お願い助けて!!」


 怜は完全にパニックになっていた。一方でかのんは何か考えがあるのか、多少表情に焦りは見えるものの怜から手を離す事なく真剣な目で彼女を見据えている。


 他のみんなが総司のように飛び出さないよう、私は一歩前に出て手でその場に静止するよう促した。


「有里奈!結界!」


 かのんが叫ぶ。


「はい!」


 言われた瞬間、有里奈さんが手をかざす。このタイミングで動けるということは、2人の様子からかのんが何を狙っているか既に分かっていてもそれをサポートする結界術を予め構築していたのだろう。…そしてかのんが有里奈さんを頼るという事も。


 かのんの一歩後ろを中心に魔法陣が浮かび上がる。かのんは怜から手を離し、魔法陣の中心にバックステップした。


 その瞬間、かのんの両手が爆発した。


 ドンっ!!!


 目の前に雷が落ちたかのような物凄い音がして建物が揺れる。だが爆発の衝撃自体は有里奈さんの結界が抑え込んだため、屋根が吹き飛んだりといった物的な被害はない。


 その場にいた全員が耳を押さえてうずくまっている。私も含めてだが、あまりの轟音に鼓膜が破けてしまったようだ。だが痛みを自覚するより前に有里奈さんが広域に回復魔術を展開。全員の耳を治してしまう。


 有里奈さんはそのまま怜のもとに駆け寄り両手を取る。


「怜さん、怪我は無いですか?ちょっと失礼します。…うん、念力はすっかり落ち着いてますね。もう大丈夫ですよ。」


 そう言ってニコリと微笑みかける。


「あ、あ、あの、かのんさんは…。」


 怜は恐る恐る目の前の結界を伺う。結界内にはまだ煙が充満しているし、まるでガラスドームの内側から赤い絵の具を塗りたくったかのように血飛沫が飛んでいるため、かのんの様子はわからない。


「あの子なら大丈夫ですよ。あのくらいで死ぬようなやわな鍛え方してないので。」


 そういうと有里奈さんはかのんの周りの結界を解除する。そこにいたのは爆発で両腕が吹き飛んだかのんだった。ついでに服も吹き飛んでおり、今は墨になった服の残骸がかろうじて身体に乗っかっているだけの状況だった。


 有里奈さんは慣れた手つきで『診察結界』をかのんの周辺に展開すると、うんうんと頷く。


「両腕以外は目立った怪我は無いですね。全身を強化して爆発の衝撃から身を守ったんでしょう。直前まで全力で魔力を高めていてそれを咄嗟に防御に回せたのが幸いしたみたいです。」


「あの、腕がなくなっちゃってて…、」


 怜は震えながら呟く。責任を感じているのだろう。有里奈さんが優しく声をかける。


「あのくらいならすぐ治せるので大丈夫です。かのんもそれが分かってて両腕を差し出してるので、気にしなくても大丈夫ですよ。」


 さて、といって有里奈さんはこちらを振り返る。


「丁度良く重症患者が現れましたけど、腕の再生をやってみたい方います?」


 全員ドン引きした。私はそう来るだろうなってなんとなく分かってけれど。


「立候補は無しかな?じゃあ指名します。冬香ちゃんと雫さん。かのんのケガを治して下さい。」


 指名された私たちはかのんの脇に座る。驚くべきことにかのんはこの状態で意識を保っていた。


「スパルタ有里奈先生だね。」


 へへっと笑うかのん。


「馬鹿なこと言ってないで。痛みは?」


「今は平気。じゃあ冬香、雫さん。お願いします。」


「その前にこれ羽織りなさい。ほぼ裸じゃない。」


「きゃあ、恥ずかしい!」


「…じゃあ、腕。さっさと出して。」


 そうしてかのんの腕を治療している最中に報告を受けた瑞稀さんから「治療が終わったら冬香とかのんは速やかに執務室に来なさい」とお言付けを受け取ったのであった。

 

------------------------------


「…という感じで、冬香と雫さんに腕を再生してもらって、黒服さん用意してくれた服に着替えて今に至ります。」


 瑞稀さんへの説明を終える。


「かのん。意識して怜を庇ってるのか、無意識かは分からないけれど「自分が悪い」って主観が混じりすぎよ。報告する際は起こった事実のみを話すよう心がけなさい。まあ状況は把握しました。」


 瑞稀さんが最高司令官のポーズを崩してくれた。上司にこのポーズで詰問されるとかなり怖いって初めて知ったよ。


「いくつか確認したいんだけど…。かのん。これから訪ねる事であなたを叱ったり処罰する事はないわ。単純に事実として知っておきたいから正直に答えて欲しいんだけど、いい?」


 瑞稀さんの言葉に私は黙って頷いた。


「まず、処置の必要性について。結果論で良いんだけれど、かのんの感覚共有無しでこれまで通りの訓練を続けていたら怜はいずれ自分で魔力循環を出来るようになっていたかしら?」


「…難しかったと思います。」


「時間をかけても?」


「はい。感覚共有してみて分かりましたが、怜さんの魔力は非常に固くて体内で流れるというよりも留まる性質が強いものでした。それが元々の体質なのか、これまでの鍛錬のせいなのかは分かりませんが。

 あの状態から口頭のアドバイスだけで魔力循環を覚えるのはまず無理だったと思います。」


「そう。今さらなんだけど、魔力循環無しでかのんの言うところの呪術を使うことは出来ないのよね?」


「全く使えないわけでは無いです。ただ使える術が極端に限られることと、その使える術もまともに運用出来ないと思います。」


「実質使えないってことね。ちなみに念力…魔力を体内で適度に回すなんて特に意識せずにやってる人がほとんどだと思うんだけど、今回集まったメンバーは全員それが出来ていなかったってこと?」


「体内で魔力の流れを作るって意味では大体の人が出来ていますし、今回のメンバーも怜さん以外は上手い下手はあれど無意識にやってましたね。

 ただ魔力を成長させようとしたり、効率よく運用しようとするならしっかりとした循環は欠かせません。スポーツ選手がフォームとバランスを常に見直しているようなものだと思っていただければいいかなと。」


「フォームとバランス?」


「はい。一流のアスリートって身体を最適に動かすフォームを大事にしていますが、魔力にも最適な動かし方ってあるんですよ。

 あと筋力が付いたり体幹が強くなれば最適なフォームって変わりますよね?魔力も同じで総量が増えたり質の高い魔力を扱うようになれば動かし方も変わるんです。」


 私や有里奈にしても同様で、魔力の流れについては毎日微調整をしている。


「そういうことね、わかったわ。じゃあ次の質問。今回はギリギリで怜の魔力をかのんが受け止めてくれたって事だけど、それをしなかったら怜はどうなっていたのかしら?」


「魔力が暴発して、そのまま爆発したと思います。私は受け止めた魔力を腕に固定して、さらに自分の魔力で身体を守りましたけどそれができなかったら全身がバラバラになって即死しましたね。」


 さらりと答えた私を見て、流石に少し青くなる瑞稀さんと冬香。


「あと、有里奈が防御結界を張ってくれなかったらお屋敷は吹き飛んでました。当然あの場にいた人は巻き込まれていました。」


「…久世さんにも改めてお礼が必要ね。3つ目の質問。あなたは久世さんが結界を張ってくれる前提で、咄嗟に怜の魔力を受け止めた上で自分の腕を犠牲にして被害を抑えたわけだけど、実行直前の段階で成功確率は何パーセントあると思った?」


 …微妙に答えづらい質問来たな。これ言ったら冬香が嫌な思いしないかしらと、思わず隣に立つ冬香の方を見てしまう。


「うん?私に変に気を遣う必要なんてないわよ?」


 あらそう?じゃあ正直に答えるか。大体嘘はつけないしな。


「…そもそも失敗かもなんて考えてすらいなかったですね。そういう意味では100パーセント成功すると思ってました。あの場に私と有里奈が揃っているっていうのはそういう意味です。」


「随分と自信があったのね?」


「やってることは基本的な魔力操作の範囲なので。怜さんの魔力を自分に流して爆発させるなんて1万回やったら1万回成功させる自信があります。そこに有里奈がいるのであれば、アフターケアも万全ですし。私達の感覚からしたらあれはアクシデントの内に入らないというか…予想外ではあったけれど、想定内ではあったというか。」


 別にどやどやするのような事でも無い。


「ただ、私が自分の魔力を止めるタイミングが遅れたせいで怜さんに怖い思いをさせてしまったのは事実ですので、そこについては申し訳なかったと思っています。」


「…怖い思い?かのんが失敗しなかったら暴走しなかったんじゃ無いの?」


「ああ、それは無いですね。暴走に至るまでの猶予が少し長くなっただけでどの道ああなってたと思います。私がちょっと強めに勢いをつけちゃったって感じです。」


「…そう。最後の質問。あなたは危険はないって言ってたけれど、今日の出来事は「危険」の範疇に入っていなかった。そういうこと?」


「…うん?まあそうですね。」


「あなた自身は重傷を負ったけれど。危険の中に自分自身はカウントしてないの?」


「そんな事ないですよ。ただあの場には有里奈も冬香も居ましたから。ほら、もう全快してますし。」


「…分かりました。質問はこれでおしまいよ。道場に戻っていいわ。冬香はここに残って。今後について決めておきたいことがあるわ。」


「お疲れ様です!」


 私は礼をして部屋を後にする。


------------------------------


 白雪怜は自身にコンプレックスを持っていた。


 20代にして白雪家の当主として一族を切り盛りする長姉の瑞稀。雪守家に修行に出ており、そこで実力を認められ既に次期当主である雪守渚の右腕として名前が通っている次姉の雫。彼女達は今の自分と変わらぬ年の頃からその才を見せていた。


 双子の弟の総司についても、共に修行に出ている上雪家では既に頭角を現し始めており、大人に混じって魔の物の討伐に参加していた。


 それに比べて自分は、念力自体は扱えても雫や総司のように上手く身体強化が出来ず模擬戦でも一本も取れなかった。当然、力不足と判断され討伐隊には加えて貰えない。


 白雪直系であるが故に、実力を伴わない自分は上雪の中でも腫れ物のような扱いを受けているのがわかった。


 上雪に修行に来てから1年以上。努力しない日はなかった。武術訓練には誰よりも早く到着して誰よりも遅くまで自習をした。小さな隙間時間さえあれば体内で念力を込め、より強い念を練ることができるよう努めた。


 およそ自分の時間というものを全て犠牲にして、家族に、姉弟達に少しでも追いつこうと努力を続けた。


 総司や姉達は気にすることはない、努力を続ければいつか報われる時が来る。と慰めてくれるがそれは持つものだから言える事だ、と卑屈になる自分が更に嫌いになった。


 そんな心と身体を擦り減らす日々の中でひとつの吉報がもたらされた。回復術の指南。分家の粉雪冬香…幼い頃は一緒に遊んだ記憶もあるがここ数年は会合の場で顔を合わせるだけとなっていた親戚が、回復術の習得に成功し一族内で指南が可能だと言ったのだ。

 さらに回復術に適性があるものは、逆に白雪にて通常使われる他の術に適性が無いという理論のオマケ付きであった。


 努力をしても一向に術を使えなかった自分はもしかしたら回復術に適性があったのでは。冬香の言葉自体は半信半疑であったが、それでも才能の壁に打ちのめされていた怜が縋るには大きな希望であった。


 迎えた指南当日。雫や総司も「身体強化以外は発動できない」という理由から参加していた。雫は重力操作ができるし、総司にしても十分な身体強化が出来ているというだけで自分からすれば羨ましいのだが。


 講師として自己紹介したのは久世有里奈という一般人であった。久世?どこかの家の配下に居たかな?と周りの反応を伺うが、皆知らない様だった。雫だけは全く反応していなかったので、事前に知らされていたのかもしれない。


 久世有里奈は、はじめに適性を見ると言って参加者を集めた。適正という言葉に嫌な予感がした。


 彼女は全員に念力を指先に集めるように言った。そして躊躇なくナイフを手のひらに押し当てると、その傷を皆の指先に近付ける。回復術に適性がある場合は多少なりとも傷が塞がるらしい。


 自分は指先に念力を集めるなんて繊細な操作が出来なかったので、その旨を伝えると「とりあえず念力を高めて貰えれば大丈夫ですよ。」との事だった。精一杯、念を込めて一縷の望みと共に有里奈の傷に手をかざす。


「うーん、治りませんね。」


 目の前が真っ暗になるような気分だった。


 「ちょっと失礼しますね。」


 そういって手のひら、手首、腕をグッグッと押し込む有里奈。何か納得した様な表情で冬香に話している。


 結局、回復術の才能がなかったのは私とあと1人だけであった。絶望的な気持ちでいると、今度は別の術を教えるという。


 希望をチラつかされてはまた絶望させられて。もうどうにでもなれという気持ちでいると次に声をかけてきたのは先日冬香と結婚した相手である、かのんであった。


 今まで聞いたこともない名前でまさにぽっと出の嫁であったが、姉二人が推した事、会合時の挨拶を聞いて両親が高く評価していたことから只者ではないとは思っていた。


 自分として小動物みたいで可愛らしい人だなという印象でしかなかったが。


 なぜかのんが?と思ったが彼女は既存の念術とも回復術とも違う術を使いこなせるとのことであった。もう自分がそれを使えると期待する気すら起きなかったが、かのんは基本となる念力の体内循環という操作すらまともに出来ない自分に根気良く付き合ってくれた。


 同じく指導している綾音さんはしばらくするとクマのぬいぐるみを動かせるようになった。私は循環すら出来ていないというのに。


 でもかのんは「怜さんもクマを動かせるようになったら3人でハレハレ踊らせましょねー。私ナガト派なので怜さんはハルヒお願いします。綾音さんは動画サイトでミクルのパートできるように今から練習しておいて下さいねー。」って笑っていた。


 ハレハレとかナガトとか、言ってる意味はよくわからなかったけど、呆れるわけでも腫れ物のように扱われるわけでもなく、楽しそうにしてくれている様子に救われた。


 昼食も3人で食べるようになり、いろいろな話をするようになるとかのんも綾音さんも気さくで話しやすかった。特にかのんはいつも楽しそうに冗談を言うし、自分にも優しかった。


 かのんはとにかく細かく自分を褒めてくれた。「昨日より念力の総量がちょっとだけ増えてますね!」と念に関する事から「今日は髪をシュシュでまとめてるんですね!それかわいいです!」と容姿に関する事。あげく「ピーマン食べられるなんてすごい!」ってよく分からない事まで。自分に自信が無くならないように気を遣ってくれているんだろうなとはわかっているけれど、それでもいつも優しく笑って褒めてくれるのは嬉しかった。


 一度、これまでいくら努力しても無駄だったと溢したら「無駄なんてことないですよ。ただちょっと順番を間違えちゃっただけですって。循環できるようにさえなっちゃえばいっそ一番時間がかかる総量を鍛える部分はほとんど終わってるのでお得ですよ!やったね!」って笑った。

 慰めるでも叱るでも無くお得だなんて言って笑ってくれたことに、救われた気持ちになった。

 

 気がつけば、毎日かのんに会うのを楽しみにしている自分がいた。

 

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