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第6話 私がやりたいこと

 2週間が経ち。


 私たちは相変わらずの回復術と呪術の指導を続けていた。


 回復術組はそれなりに成果が出てきて、一番覚えの早い雫さんは簡単な傷なら治せる程度にまで回復力が上がってきたらしい。残りのメンバーも魔力循環はほぼ出来ており、あとは精度が上がれば回復術の練習に入れると言った具合だ。


 呪術組の2人について、綾音さんが魔力循環のコツを掴み今はぬいぐるみのクマを立たせようと必死になっている。見たところ魔力で芯は作れているからあとは動かせるかってところなんだよなぁ。


 怜ちゃんは魔力循環の感覚が掴めずに苦戦している。というか初日から進歩が無い。


 本人はやる気があって真剣にやってるからなんだか申し訳なくなってくる。この子は元々うまく魔術が使えないのを量でカバーしようと訓練していたみたいで魔力を循環させる前にどんどん魔力を強くしてしまう、私や有里奈が言うところの「悪い癖」が付いてしまっている。


「怜さん、また念が強くなってます。その半分くらいの強さでいいのでまずは一定の強さで維持してみましょう。」


「…はい。」


「抑えて抑えて…はい、そのくらいの強さです。」


「かのんさん!見てください!クマが立ちました!」


「あ、すごい!じゃあ、立たせたまま念が辛くなるまでキープいけそうです?」


「はい…なんとか…ってああ!倒れちゃいました。」


「一度できたらあっという間ですよ。…見たところまだ念の残りには余裕が有りそうなので、まだ頑張ってみて下さい。

 あ、怜さんまた強くなってます。抑えてー。」


 ちなみに私は実演として四六時中クマを動かしている。最初は気合を入れてハレハレでユカイなダンスを踊らせたのだが、2人にはピンと来なかったようで悲しかった。今はマイムマイムをエンドレスで踊らせている。


「怜さん、いったん循環はしなくていいのでその強さでしばらくキープする練習しましょう。とりあえず30分キープで。」


 うーん、表情に焦りが見てとれるな。


------------------------------


「怜は苦戦しているみたいね?」


 夕食の場で冬香が聞いてくる。


「うーん、本人は頑張ってるんだけどね。つい魔力を強めちゃうみたい。」


「前に言ってた「悪い癖」ってやつね。それは治らないの?」


「正しい流れで上書きするしかないね。ただ肝心のその正しい流れ自体を悪い癖が邪魔しちゃってるから…今は魔力を一定に保つ練習してるけど、綾音さんが順調なのもあって焦っちゃってるように見えるね。」


「綾音さんの方がセンスがあったって事かしら?」


「綾音さんはあまり変な癖がついてなかったってのが大きいな。有里奈とも話したんだけど、やっぱり元々癖がついてる人の方が苦戦するね。

 怜ちゃんは努力家なのが見てわかるからね。これまで魔術うまく使えないのを自分のせいだと思ってひたすら魔力を強くする訓練をしていたみたいなんだよね。…だから一度感覚掴んじゃえばあとは早いと思うよ。」


「地道にやっていくしか無いってことね。」


「まあね。…あとは本家のお嬢様だしいざとなったら感覚共有もありかなあ。一回やればとっかかりは掴める気もするし。」


「それは瑞稀さんとも相談ね。自分だけ個別対応されると劣っていると思ってしまうかも知れないし。」


「劣ってるってわけじゃないんだけど…。そこは冬香にお任せするよ。」


「ところでかのん。今日で夏休み終わって明日から学校だけど準備はできてるの?」


「ん?宿題なんて7月のうちに終わらせてあるし特に問題ないよ。」


「あなた、夏休みの間に名前が変わってるけどその辺りの手続きは済んでるの?って意味だけど。」


「………。」


「忘れてたって顔してるわね。」


「ちょちょちょ、ちょっと廿日市家に電話してくるねっ!」


 慌てて自室に引っ込みお父さんに電話をかける。


「あ、お父さん?かのんだけど!私、学校に結婚しました的な報告して無かったんだけどマズイかな?マズいよね?え?お義父様がもう対応してくれてる!?ホント?ありがとう!ああ、うん、お義父様にもお礼言っておくね!」


 そして食堂に戻る。


「お義父様が手続きしてくれてて大丈夫だった!」


「ええ、知っていたわよ。」


「知ってたんかい!」


「そりゃそうよ。籍を入れてすぐに対応してくれたもの。あなたはその時必死で勉強してたから仕方なかったとして、そのあと今日まで全く気にしてなかったのは良くないわね。」


「うう…ごめんなさい…。」


「私のスケジュールやToDoの管理は完璧なのに自分のことに無頓着過ぎるわよ。」


「反省します…。」


 翌日、朝食の場でお義父様にお礼を言ったら冬香と全く同じお説教をされてしまったのであった。


------------------------------


 冬香と一緒に登校して教室に着く。夏休み明けで変わっている子、変わっていない子、様々だ。

 だが私ほど変わった子はそうそういるまい。なんと言っても名前が変わったのだから。ふふっ。


「そういえばかのんは学校では廿日市姓で通してもらうようにしてあるから。」


「ええっ!?」


「ええってその方が周りも混乱しないし色々と詮索されないし良いでしょう?」


 そりゃそうか。いや、これはいつか学校がテロリストに占拠されたりしてそれを鎮圧する為にやむを得ず正体がバレて「まさかかのんがあの粉雪家だったなんて…」という流れだな。それも良き。


「そのニヤニヤ顔で何想像しているかわかっちゃうんだけど、そもそも学校にテロリストは来ないし、もしも来たとしても粉雪の名前で鎮圧する事はないし、さらに言えばかのんが粉雪家だってバレたところで一般人は「あの粉雪だったなんて…」とか思わないからね?あなたも粉雪家の事は知らなかったでしょ?」


「た、確かに!!というかピンポイントで私の思考を読みすぎじゃないですかね!?」


 冬香は「わかるわよ、かのんの事ですもの。」と笑った。ちなみにブツブツと声に出してしまっていたことを私は知らない。


 夏休み明け初日の授業も終わり、今はホームルーム。担任から全員に一枚の用紙が配られる。


「今配ったのは進路希望調査の紙だ。まだ何になりたいって具体的に決めている者は少ないかも知れない。ただ、今後一生を左右する選択になるからよく考えて決めるように。

 …とはいえ、まだ2年生の秋だからな。これで決定というわけではなくあくまで現時点の考えを聞かせて欲しいって事だ。来月の三者面談で親御さんとも話をするから、来週末の提出期限までにちゃんと相談して書くんだぞー。」


 進路か。そういえば有里奈の大学のオープンキャンパス、結局行きそびれてしまったな。そもそも私は何になりたいんだろう。


 なんとなく隣を見る。冬香は粉雪家当主として後を継ぐ事が決まっている。私は妻としてそれを支えていく事になるんだろうけど、支えるってなんだろう?

 冬香が進学するなら一緒に進学したいし、しないなら私だけ進学するのは何か違う気もする。


 そもそも私は何を目指してたんだっけな。もう何十年も前のことだから覚えてないや。


------------------------------


「え?別に私に付き合う必要ないわよ?」


 今日の夕食は冬香とお義母様が一緒だったので思い切って聞いてみる事にした。


「いいの?」


「ええ。大体当主交代するのは早くてもあと10年後くらいだしね。このまま家庭に収まるよりやりたい事があるなら見聞を広めてもらうのは一向に構わないわよ。母さんだって私を産んだあとに大学出てるし。」


「そうなんですか?」


「ふふ、もともと大学には通っていたのだけれど、この子が出来たから辞めようと思ったの。でも「キミが学びたいという想いを、私の子供を産んでもらう為に断つ事はしたくない。休学という形にはなってしまうが卒業はして欲しいし、学ぶ意欲があるのなら院に進んだって構わない」ってお父さんが言ってくれたのよ。」


 うっとりして語るお義母様。


「母さんの惚気話はおいておくとして、やりたい事があるなら進学して頂戴。ただ、学歴目当てとか4年間遊びたいからなんてのはやめてね。」


「かのんは何を学びたいの?」


「なんでしょうかね。こういう状況になる前は漠然と行きたい大学もあったんですけどね。それも明確にやりたい事があったのかなって考えると正直よくわからなくなってしまったというか。」


「…まあ普通はそんなもんよね。進路希望調査には適当に進学希望って書いておいて、受験前までに決めればいいわよ。あ、三者面談はどうする?」


「どうするって?」


「かのんはウチの娘だから私が行ってもいいし、廿日市のご両親にお願いしても良いわよ。」


「あ、なるほど。なんかナチュラルにお義母様が来るのを想定してました。」


 だからこの場で相談したわけで。


「ふふ、それはそれで嬉しいけど。一応ご両親にも相談してから決めなさい。私はどちらでも構わないから。」


「はい。ありがとうございます。」


 ちなみに冬香は最高学府の経済学部に進学するつもりらしい。


 …結局私は一週間程度では決められずに冬香の案を採用させて貰うことにした。適当な大学名を第一志望として進学予定として提出したのちお義母様に三者面談に来てもらった。担任が「本当に結婚したんだな…。」と呟いていたのが印象的だった。


------------------------------


 そんな日常を送りつつも回復術と呪術の講義は続く。10月に差し掛かる頃には回復術の進捗はまずまずといったところで程度の差はあれ全員が回復術と呼べるものが発動できるようになったとのこと。


 有里奈は下手に別の術を教えるより最初にしっかり基本の回復術をある程度の練度まで鍛えると言っていた。四肢欠損を十数秒で治せる聖女の基準で「ある程度」ってどんなもんだ?と思うけれどあちらはあちらに任せておこう。


 呪術については、綾音さんがついに身体強化のコツを掴んだ。


「これすごいですね。身体強化というより身体操作って感じですけど、確かにマラソン10kmくらいなら体は疲れる気がしないです。…念力が尽きそうですけど。」


「それはもう日々念力を体内で循環させることで総量を増やすしかないです。教えた念力操作トレーニングは毎日やってますね。最初より倍近くは魔力の総量が増えてるので、その調子で続けて貰えば確実に強くなれます。今度一緒にマラソン遠征してみましょうか。」


「はい!先生!」


 成果が出ればやる気も出る。会話も弾むようになり、最初は感じていた警戒心もほとんどなくなっているのが分かる。


 問題は怜ちゃんである。未だに魔力循環が出来ていない。1ヶ月以上見てきて分かったけど怜ちゃんはついた癖がどうのという以上に魔力操作が致命的に苦手なタイプだ。


 最近は目に見えて自信を失っている。これ以上時間をかけても厳しいと判断したので感覚共有で強引にやり方を覚えてもらう事にする。瑞稀さんと相談済みだ。


「怜さんはちょっと念力の循環の感覚が掴みにくい体質のようですので力業での処置になりますが私が外から念を送って強引に循環させて、その感覚を覚えて頂こうと思います。」


「外から強引に…?」


 不安そうな顔をする怜ちゃん。冬香に目線を送り援護を頼む。


「怜は念力の循環が苦手みたいだからね。そういった人へのフォローをどこまでするかっていうのも今後の課題のひとつなの。瑞稀さんとも相談してあるわ。

 …実は私もその方法で教えて貰っているから、安心いいわ。」


 後半はこっそりと耳打ちするように話す冬香。怜ちゃんはそれならと納得してくれたみたいだ。


「それじゃあかのんさん、お願いします…。」


「はい、じゃあ手を出して下さい。」


 そう言って怜ちゃんの手を取る。


「そのまま念を込めて貰っていいですか?あ、無理に抑えなくていいです。維持するのが楽なぐらいの出力で。」


「あ、はい。」


 瞬間、怜ちゃんが込めている魔力が跳ね上がる。…思ってたより多いな。


「冬香。念のため綾音さんと離れてて貰える?」


「え?ええ、わかったわ。」


 冬香と綾音さんが離れたのを横目で確認して、私の魔力を怜さんに送る。


「え?何ですかこれ?」


 怜ちゃんがびっくりしたように身体を震わせ、同時に魔力がさらに増えて抵抗が増す。むむ、まだ増えるか…。これだけ魔力が高いと私も多くの魔力を込めないと体内で循環させられない。かと言ってあまりに大きな魔力を流すのは暴発のリスクも高くなる。


 どんどん高まる魔力に負けないように私も魔力を込める。これ以上は怜ちゃんが制御できなくなるかも。だけどできるだけ全力の魔力で循環させた方が後がスムーズなんだよなぁ。


 これ以上魔力が強くなるようなら一旦中止しようかな。そう思ったところで丁度魔力の増幅が止まる。ちょっと際どい量だけどこれならやれるか。


「念力の出力が安定しましたね。じゃあこれで循環がさせますのでその感覚を覚えて下さいね。」


 そう言って怜ちゃんの中に送った魔力を体内で循環させる。やっぱり魔力が多いと抵抗が大きい。焦らず少しずつゆっくりと循環させていく。しかし私の魔力は循環するが怜ちゃんの魔力は中々動く気配がない。私の魔力が水なら怜ちゃんの魔力は固いゲル状のような感覚だ。


 しばらくの間、辛抱強く魔力を回し続ける。その瞬間は不意に訪れた。


 ぐにゃり。


 まるでそんな音がしたのかと錯覚するほどに急に怜ちゃんの魔力が柔らかくなり、急に魔力が循環し始める。


 流れ始めるタイミングには注意していた。しかしあまりに急激な変化に、私の魔力の流れを止めるタイミングがほんの一瞬だけ遅れてしまった。


 そしてそのせいで怜ちゃんの体内で魔力がすごい勢いで循環し始めてしまった。魔力量が少なければこのぐらい勢いが有っても問題ないのだが、今の彼女が体内に留めている魔力は量だけなら既に私の全力と遜色ない。落ち着いて魔力の流れを制御しないといけないのだが…。


「えっ?これって何ですか??急に体の中で念がグルグルしてっ…!」

 

 怜ちゃんが焦ったように叫ぶ。彼女の精神の乱れがそのまま伝わったかのようにさらに体内で暴れ回る魔力。


「怜さん、落ち着いて念力の出力を抑えましょう。大丈夫です。力が小さくなれば自然と勢いも落ちていきますから。」


 声をかけるが、パニックになった怜ちゃんには効果が無い。


「やだやだ、何これ!こわいよ、かのんさん助けてよ!」


 そう言いながら涙を流す怜ちゃん。私も必死で魔力の流れを抑えようとする。しかし怜ちゃんの魔力の量が多すぎるため無理矢理押し込める事はできず、その大量の魔力が体内で無秩序に暴れ回ってしまっているため逆位相に魔力を流して勢いを殺す事も出来なくなっていた。


 ふむ、これは暴発一直線なやつだ。


 ただならぬ様子に駆け寄ってくる他の参加者の方々。


「怜!大丈夫かっ!?」


 総司君が駆け寄ってくるけど危ないから来ちゃダメだって!って思ったら有里奈が止めてくれている。ナイスアシスト。


「怖いよっ!お願い助けて!!」


 泣きながら助けを求める怜ちゃん。彼女の魔力は既に暴発寸前だった。私は暴れ回る魔力を抑えながら暴発のタイミングを見極める。


「有里奈!結界!」


「はい!」


 合図を受けて有里奈が私の周囲に結界を張る準備をする。


 怜ちゃんの魔力が暴発する瞬間。彼女と繋いだ手から続いている感覚共有のパスをぐいっと広げ、暴れ回る魔力をそこから一気に私の方に流し込む。一瞬で魔力がほとんどカラになった怜ちゃんから手を離し素早く一歩後ろに飛んだ。次の瞬間、私の体内で怜ちゃんの魔力が暴発――内側から爆発した。


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