第4話 いざ、お披露目!
8月15日。白雪の一族会合の前日。執務を終えた瑞稀の元に十和田がやってきた。
「当主様。かのん様への教育について、完了致しました事をご報告します。」
「お疲れ様。…かのんは無事に明日を迎えられるかしら。」
「はい。かなりの詰め込みスケジュールとなりましたが明日の一族会合については問題ございません。その後の当主教育については実践こそないものの座学については冬香様と遜色ないレベルまで知識を身に付けられております。」
「えっと…。当主教育って冬香は中学生の頃から始めてるでしょう?この一週間でそこまで追い付いたって事?」
「はい。正直かのん様の資質について甘く見ておりました。当初は一週間で最低限、会合を乗り切る事ができれば十分優秀かと思っておりました。」
瑞稀もそれは同感であった。お披露目および式披露宴での口上や動きを覚えつつ、一族会合に出席する全員の顔と名前までは最低限覚える。あとは白雪の正式な場での会話の進め方や立ち振る舞いなどについて、庶民のかのんが覚えるには一週間という期限は短すぎるのではないかと懸念していたぐらいで、だから優秀な十和田を教育係につけたのだ。
十和田が続ける。
「しかし会合に必要な事は初日には全て覚え身に付けられたので、翌日からは前倒しで当主教育を開始しました。そちらについても水を吸うように吸収されており、本日夕方時点で私から教育する事はもう無いと判断し、戻って参りました。」
「すごいわね。有里奈さんがかのんの事を「努力家」って評していたけれど、正にその通りだって事ね。十和田から見て何か気になった点はある?」
「努力については当主様が思っている以上かと。かのん様はこの一週間ほとんど眠らずに学習に勤しんでおりました。冬香様が覚えた回復術に睡眠不足を解消するものがあるそうで、毎日そちらを受けております。」
「その努力の仕方はあまり続けないで欲しいわね。」
「かのん様も「明日で勉強漬けの日々から開放だ」とおっしゃってたので、会合後はもう少しセーブされるかと。」
「そうだといいけれど。十和田も、ご苦労様。教え甲斐があったでしょう。」
「はい。とても。」
十和田がニッコリ笑った。
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鬼教官から解放された私はお風呂で全力のリラックスをしていた。この家に来たばかりの頃はちょっと緊張して入っていたけれど、一週間も居ればもはや勝手知ったるウチのフロである。
「いやぁ、しんどい日々だった…。」
十和田さん怖くてさぁ!?毎日すごい量の資料持ってきて「今日の分です」って言って渡してきて基本的に放置…というか私の後ろに立って様子みてるんだけどね。わからない事や疑問点について聞けば教えてくれるけど、基本的には自習ですよ。8時半から17時半まででガッツリ覚えて、最後に確認として今日勉強した範囲から口頭で問題出されるって感じなんだけどそれが難易度高過ぎるんだわ。
例えば「昨年度の白雪一族の稼業における収益、その税引き前利益率は?」という問題。これは資料の丸暗記で行けるから簡単な方。
難しいのだと「おととしの下雪一族の会計報告にはとある政治家とのマンション麻雀における金銭のやり取りの流れが抜けておりました。こちらのスコアを見て金銭の正しい動きを把握し通年での一族の会計を正しく修正して下さい。ちなみにレートは点デカウーピンです。」とか。
知らねえよ!麻雀はポケットマネーでやるか1000点あたり血液100ccでも賭けておけよ!
あと夜は「できれば目を通しておいて下さい」って分厚い本やら資料集やらを何冊も渡されるわけで。え?翌朝までにこれを丸暗記しろって事ですか?
というわけで私はこの一週間、1日20時間ほど勉強をしていた。寝不足は冬香に回復術をかけてもらい、さらに超感覚で体感時間を5倍程度に延ばしている。それくらいやってやっと追いつけるぐらいの量だったのだ。この量を術無しでこなしてるとか、粉雪一族のみなさまパネェわ…。
広いお風呂にのんびり浸かっていると扉が開く。冬香かな?とそちらに目を向けると冬香のお母さん…私にとっての義理の母であった。
「かのんさん、お疲れ様。」
「お疲れ様です、お義母様。…あがりましょうか?」
「いいのよ。ふふ、一度2人きりでゆっくりお話ししたかったの。」
そういってささっと身体を洗う。ちなみにこの方、ハタチで冬香を産んでいるのでなんとまだ30代である。肌もキレイでスタイルも良く、大人の色気がムンムンである。冬香も20年後はこんな感じかなー、熟女になってもいいもんだなとか思ってお義母さんを見ていたら視線に気付かれてしまい「なんだか恥ずかしいわね」とお上品に笑われてしまった。
石鹸を流したお義母さんが湯船に入る。お風呂は2人で入って足を伸ばしてもまだまだ余裕がある。
「今日までで一通りの勉強が終わったんですって?」
「なんとか乗り切った感じですね。覚えることが多くて大変でした。」
「十和田さん、驚いていたわよ。「通常半年はかかる量の教育が一週間で終わってしまいました」って。」
「んん!?半年ですか?」
「ええ、なんか全体感を把握してもらうために多めに資料を渡すとその日のうちにこなしてしまうし、あくまで参考用として渡した本や資料も夜の内に読み込んでしまうから、後半は業務にはあまり関係ないマニアックな知識なんかも教える事になったって言ってたわね。」
なんてこった!あれ全部やりきらなくて良かったのかよ!夜も寝て良かったのか!おい十和田ぁ!聞いてねぇぞぉ!?
「粉雪のために頑張ってくれるのは嬉しいんだけど、張り切り過ぎて無理はしないでね。明日はいよいよ一族会合であなたたちのお披露目なんだもの。」
「…そうですね、緊張します。」
「ふふ、とって食われたりはしないから安心していいわよ。そりゃあ次期当主の嫁なんだから隙を見せたらいけないけれどね。」
そのあとは明日の注意事項や逆に気を抜いていいタイミングなどを簡単に教えてくれる。
「最近、家にいる冬香が明るくなったの。」
「はい?」
「もともと親に感情を見せるタイプではないけれどね。次期当主としての自覚が芽生え始めた頃からは、家にいるときは常に周りに見られていると意識してか、キリっとした表情でいることが多くなったわ。」
「そうなんですね。」
「ええ。それがかのんさんと付き合うようになった頃から急に雰囲気が柔らかくなって…いい意味でね。ああこの子恋してるのね、どんな相手かしら思ってたらこんなにカワイイ子を連れて来ちゃって。
あなたといる時の冬香は本当に楽しそうで。お腹を抱えて笑う姿なんで何年ぶりに見たかしら。」
私の中で冬香はよく笑うイメージなのだが、家では違ったらしい。
「だから、お嫁に来てくれて感謝しているのよ。これからも冬香と仲良くしてね。」
そういって優しく笑うお義母さん。私はもちろんです!と返事をした。
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そして迎えた一族会合当日。
着物でも着るのかと思ったが私も冬香も黒のフォーマルドレスだ。
「決意表明の口上は頭に入ってるわよね。」
「もちろん!」
「じゃあ行きますか!」
ちなみに会場は白雪本家。顔合わせをした応接間のは違う、これまた豪華な部屋である。中央に白雪の席。粉雪家はいつも端の席だそうだが、今日は白雪の隣である。
「座ってて良いの?」
「白雪家が来た時に一度立ち上がって礼をすればOKよ。他の分家とは建前上は互いに対等だから座ったまま会釈しておいて。」
席に座って待っていると他の一族の方々が入ってくる。資料で読んで全員の顔と名前は頭に入っている。あ、あれが冬香の婚約者になり損ねた子か。イケメンじゃん。
新参者の私は注目の的なのか無遠慮な視線が集中する。みんな「ほう…あの娘が…。カワイイ…。」とか思ってるのかな。そう、今日の私はプロのメイクとヘアセットを受けているのでかわいさ10割増である。普段は「野ダヌキ」と評される私だが、今日の私は動物園のアライグマくらいにはなっている気がする。
私でさえこんなになるという事は冬香は…横目で隣に座る天使の様子を伺う。やや緊張した様子ではあるもののそれを表に出さずキリッとした表情を崩さないマイエンジェル。てぇてぇ!まじてぇてぇ!そんな私に気付いたのかこちらをチラリと見て小声で「また馬鹿なこと考えてたでしょう?」と叱られてしまった。ちょっと怒った顔も天使だなあ。
そうこうしている内に白雪一族が部屋に近づいてきたのを気配察知で感じとる。
(冬香、お義父様、お義母様。白雪の皆様が来ました。)
送信専用のテレパシーで冬香に知らせると私たちはその場で立ち上がり部屋の出口に向かって姿勢を正す。他の一族が私たちの様子に釣られて出口を見ると丁度そこに白雪一族の方々が入って来たので、粉雪一家は余裕を持って一礼をした。
別にあらかじめ立って待っておく必要は無く、他の一族が今やっているように部屋に入って来てから立ち上がり礼をしたって全然構わない。ただ、完璧なタイミングで立ち上がり余裕を持って礼をする。この動作で他の3家に「粉雪家はこれまでと違うぞ」と言外にアピールしたのである。
白雪一族…瑞稀さんと雫さんの他には先代当主とその奥様、あとは中学生くらいの男女ペアが一組。こちらは雫さんの双子の弟と妹で、総司くんと怜ちゃん。2人は普段は上雪のもとで修行中とのことだ。
白雪の6名がそれぞれ席に着くと、それに続いて他の一族も改めて着席。一呼吸おいて瑞稀さんが話し始める。
「それでは会合を始めます。まずは既に耳にしていると思うけれど、今回は新しく一族に仲間入りした者がいるのでその紹介と決意表明をして貰います。冬香、かのん。よろしく。」
はい、と言って立ち上がる冬香と私。まずは冬香が挨拶する。
「この度、粉雪冬香は人生の伴侶として妻、かのんを迎え入れる事となりました。今後2人で粉雪家、ひいては白雪家一同を盛り上げて参りますので、皆様におきましても温かく見守っていただけると幸いです。」
そして一礼。…冬香はいう事が少なくていいなぁぁ!さて私の番か。
「ただいま紹介に預かりました、かのんと申します。まだ若輩者ゆえ、至らぬ所も御座いますが一日でも早くお役に立てますよう粉骨砕身精進して参りますので、何卒宜しくお願い致します。」
…ん?私も短いって?ここからが長いんですよ!
瑞稀さんの方を向いて一礼。
「瑞稀様。私達の婚姻についてご承認頂きましてありがとう御座います。世に蔓延る魔を討つ白雪の使命をしかと胸に刻み、これを守り支える事を己の本懐として先々まで白雪に尽くすことを誓います。」
…と言った具合に各家の当主に対して名前を読んで難しい言葉でお宅のお仕事のお手伝いをがんばります!って言っていく。
ここで注意点。当然文面は丸暗記だが、それをただ暗唱するのは頂けない。その場で心から思っているかのように話すのだ。傍目に「こいつ丸暗記した文章を読んでるだけだな」と思われないように振る舞うのは最低限で、白雪の一族は嘘が分かる。つまり心にもない事を言うとこの場の全員に「白々しいこと言いやがって」と思われるのである。怖い怖い。
とはいえその辺りは話し方を十和田さんから教わっている。白雪の嘘発見は理屈こそ分からないが「バレないようにする焦り」「後ろめたさ」「隠そうとする感情」の3つを感覚的に感知しているらしい。つまり嘘は付いてないけど本当の事は言ってない場合は最初のセンサーは大丈夫でも残りの2つに引っかかるとのこと。ではどうするか。
今回のケースでは「原稿に書いてあることが本心だと言うキャラになり切る」が正解となる。要はガラスの仮面を被れと言う話である。だけど私はそれができるほど女優ではない。なにか裏技が無いかと冬香に聞いたところ「だったら逆に何も考えずにアタマの中を空っぽにして話したら?」と笑いながら言われた。
いやいやこちとら暗記した長い原稿を思い出しながら話すんだぞ?空っぽにしたら話せないじゃねーか。ならばやってみせましょうと半ば意地になって毎晩こっそり練習した。その結果、私はアタマ空っぽの夢詰め込み放題の状態で挨拶ができるようになったのである。チャラヘッチャラ。
瑞稀さんの後は上雪、下雪、雪守と続き、締めは各当主の奥方様にまとめてご挨拶。
「最後に各家御当主を支える奥方の皆様。同じく影ながら当主に尽くす立場として学ばせて頂く事も多いかと思います。その際は是非厳しいご指導を賜りたく、よろしくお願い致します。」
最後に全員に対して大きく一礼。上手くいったと思うけどどうだろう?…ほどなくして全体から拍手が浴びせられた。これでオーケー。冬香と一緒にまた一礼をして着席した。
ふぅー、緊張した。
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会合は進み、今は各家からこの半年の出来事などが報告されている所だ。このあたりは事前に情報として貰っているのでこの場で話されるのは形式的なものでしかない。
瑞稀は報告を聞きながら、先ほどのかのんの挨拶に思いを巡らせていた。
この挨拶は新たに一族に加わる者への腕試しの意図がある。
当主全員の顔と名前を覚え、口上を暗記するまではできて当たり前。それをまるでその場で思いついたように口にする演技まではそれなりに優秀なものなら辿り着く。文章を思い出そうとしてどうしても少し目線が泳いだり、多少口がつかえたりするのは許容範囲ではある。ミスひとつでマイナス1点として80点程度であれば優秀とされる。別に後で各当主で点数を突き合わせたりはしないが、50点を下回るようであればあの家の嫁は…という評価となってしまうし、ここでついた低評価はなかなか挽回する機会がない。
そして、かのんの点数はと言えば。瑞稀の採点では100点満点であった。もちろん他の当主の方を向いているときは些細な目の動きまで追いきれないので、90点台後半をつけた者もいるかもしれないが…。それでも高得点には違いない。
普通は1〜2ヶ月の訓練を経てこの挨拶に臨むが、かのんは1週間しか期間がなく、さらに十和田が言うことを信じれば1日でここまで仕上げた事になる。これは驚異的なことである。
さらに白雪一族特有の別採点、嘘をついている事が見破られないという点について。この挨拶はかなり大袈裟に白雪を持ち上げ自己を殺してそこに付き従うといった内容のため、読んでいる方は基本的に嘘八百を並べ立てている事になる。それを如何に本心を読み取られずに述べるか。
明らかに嘘をついているとバレてしまうような者は嘘が下手であると判断され、今後重要な情報を渡してもらえなくなる。基本的には当主たちは言葉から感じる3つの感情の大きさで嘘の上手い下手を判断する。
驚くべき事にかのんの言葉からは「嘘」「後ろめたさ」「隠蔽」のいずれの感情も感じ取れなかった。他の当主たちも驚いていたようだが、全く嘘を感じさせない方法として「憑依型」と呼ばれる演技のが解決策だとされている。北島マヤが行うあれである。役を完全に自分に降ろせばその言葉からは嘘が消える。各当主はかのんがそれを行ったのだと思っているだろう。
だが、瑞稀の見た限りかのんのそれは「憑依型」の演技ではないように思えた。ごく自然体で嘘をつききったとすればそれは白雪一族の誰にも出来ない。彼女は一族内で自由に嘘をつける人物という事になる。
先の挨拶自体の点数と、嘘の上手さを踏まえて瑞稀がかのんに下した評価はーーー。
控えめに言って、怪物ね。
これでは他の当主達もかのんの事をある程度は認めざるをえないだろう。
瑞稀のかのんへの呼び方が「かのんさん」→「かのん」に変わっているのは、これまでは外の人間だったものが一族の人間になった事からです。
ちなみに若い世代に自分の事を呼ばせる時はさん付けですが、公の場では様を付けて呼ぶ。この辺りはTPOで使い分けですね。




