第3話 有里奈さんのデート模様
「そんなわけで朝から晩までがっつりお勉強!もうヘトヘトだよー。」
あの顔合わせの日から数日がたった。かのんは翌日から粉雪家に入り、朝から晩までガッツリと嫁教育を受けているらしい。頑張れば早く終わる!そうしたら冬香ちゃんと一緒にいられる!と思って身体強化やら超感覚やらをフル活用。初日に最低限お披露目までにこなすべきと準備されていたカリキュラムを完璧にこなした結果「課題を出せば出しただけこなせる」と認識されてしまい翌日から課題の難易度がノーマルからカノンマストダイに変わったと嘆いていた。
「今日もこのあと難しい本を3冊は読まないといけないんだよぉー。」
電話越しで泣き声をあげるかのん。
「趣味の読書に没頭できて良かったじゃない。眠くなったら冬香ちゃんに『眠気覚まし』をかけてもらいなさい。」
「そう!それがあるから私ってば寝なくて大丈夫な子扱いされてるんだが!?有里奈ってば他に優先すべき術もあっただろうになんで冬香に眠気覚まし教えてるのよ!?」
「実際1ヶ月くらい寝なくても余裕でしょ?」
「そりゃそうなんだけど既に体感で何週間かぶっ続けで勉強してる気分なんだし、ちょっと寝るくらい許してほしいんだよぉぉぉ。」
異世界時代から寝ないで魔術の研鑽に励む子だったけど、相変わらずのワーカーホリックぷりに思わず笑ってしまう。まあ大変なのはお披露目の時までだろうし、愚痴を言う余裕があるうちはまだ大丈夫だろう。
「あと数日で一旦は落ち着くでしょう。冬香ちゃんならそこまで無理はさせないだろうし頑張って乗り切るしかないわね。」
「ほ、ほぇー。」
「うーん、絶妙に丹下ボイスになりきれてない。40点。」
「厳しいな!…ところで有里奈は変わりない?」
「まあ私が忙しくなるのは来週からだからね。バイトも今日が最終日だったし、のんびりさせてもらってますわよ?」
「うらやまー。」
「あとは、バイト先で男の人に声かけられたわ。」
「何それ!?ナンパ!?」
「面識ない女性を誘うのが全部ナンパって定義ならそうなるわね。一応名刺渡されて良かったら連絡くださいって感じのやつ。」
「えー、すごいじゃん!私はナンパなんてされた事ないよ。それでどうするの?」
「暇だし会ってみる事にしたわよ。食事に誘われてこのあと待ち合わせ。」
「え?もしかして邪魔しちゃった?」
「大丈夫。待ち合わせ場所に着くまでのいい気分転換になったわ。そろそろ着くから切るわね?」
「はーい、吉報を待ってるよー。」
「かのんも頑張ってね。じゃあまた。」
電話を切ってスマホをハンドバッグにしまう。到着したのはこじんまりとした個人経営のレストランだった。雰囲気は悪くないけど、初デートに誘うにはちょっと狭いかしら?なんて値踏みしていると通りから声を掛けてきた男性が現れる。
「ごめん、待ったかい?」
「今きたところだから大丈夫です。」
「良かった。じゃあ入ろうか。」
エスコートされて中に入る。
「コースにしようか。…久世さんは食べられないものってある?」
「何でもいけますよ。あまり脂が多いのはちょっと苦手ですが。」
「そうか、じゃあこのAコースで。」
「はーい。」
付き合うならここで「気まぐれ狩人のそよ風コース」ってジョークを飛ばしてくれる人がいいなあ。そうしたら私だってキートン山田のモノマネして突っ込んであげるのに。…いかんいかん。思考がかのんになっているわと思わず苦笑してしまう。そんな私の様子に気付いたのか、相手の男性…ナカジマさんと言うらしい、が困ったように話しかけてきた。
「ん?なにか変だったかな?」
「いえ、ちょっと思い出し笑いしちゃっただけです。」
「そっか。改めて、連絡くれてありがとう。ダメ元で名刺を渡したから電話かけてきてくれた時は嬉しかったよ。」
「こちらこそお誘いありがとうございます。あの、どうして連絡先を教えて頂けたんですか?」
「前にお店で働いている久世さんを見て、正直良いなって思ってたんだ。それで正直キミ目当てで通ってたようなところがあったんだけど。」
「あら、嬉しい。全然気付いてませんでした。」
「そうだろうね。でもキミがあのお店を辞めちゃうって聞いて、このまま会えなくなるならって思ったんだ。」
「そうだったんですね。じゃあもうお店には行かないんですか?」
「どうだろう。何度も通う内にあの店の味も気に入ってしまったからな。でも久世さんが居ないと思うと行く理由の半分が無くなってしまうから…。他の常連客もそうなんじゃないかな?」
「ふふ、そうだとしたら私は悪い女ですね。」
「全くだね。」
食事が運ばれてくるのでおいしく頂きつつ、会話に花を咲かせる。
「そういえばナカジマさんって大きな会社にお勤めなんですね!貰った名刺に書いてあった企業って私でも知ってましたよ。」
「ありがとう。BtoBが主なのに知ってるなんて、久世さんも勉強熱心だね。この業界に興味があるのかい?」
「そういう訳ではないですが、私もそろそろ就職を考える時期なので色々と調べたりはするんです。」
「いま大学3年生だっけ?確かに就職活動に差し掛かる時期だね。業界研究で必要になったら力になれるかも。」
「その時はお願いしますね。お仕事されて長いんですか?」
「入社5年目の27歳。最近やっと大きな仕事を任されるようになってきたんだ。」
「さすがですね。」
「ウチの会社は3年目くらいまでは勉強しながらって感じで、4〜5年目で大きな仕事をさせつつ更なる成長を促すって感じなんだよね。」
「知らなかったです、大きな会社ってそういうものなんですかね?」
「どうだろう…大学の同期と話すとバリバリやってる人もいるけれど、ウチの場合は扱う案件の金額の規模も違うしなあ。」
「ナカジマさんはお友達と比較しても大きなお仕事をされているって事ですね。すごいです!」
「僕なんかまだまだだけどね。いつか上司や先輩方みたいにガンガン仕事をして、社会に貢献できる事を目指しているんだ。」
「セリヌンティウスみたいですね!」
「ん?セリヌン…なんだって?どう言うこと?」
「あ、ごめんなさい気にしないで下さい。それで、今は例えばどんなお仕事をされてるんですか?」
「ああ、そうだね、例えば………。」
ここで「ソクラテス!」と返って来ない人はおよびじゃないんだよなー。かのんならノリノリで会話が広がるのに…って待て待てまたあの子の事考えてるじゃん。
「久世さんは、普段は何してるの?」
「そうですねー、学校かバイトかそうでもなければ趣味のカフェ巡りですかね。」
「カフェ巡り!オシャレで素敵だね。どんなカフェが好み?」
「店の雰囲気重視で味はマズくなければおっけーな感じです。隠れ家的な感じとか、カントリー調だとバイブスあがります。」
ちなみに大学に入ってるカフェでも上がるし、なんならスタバでもドトールでも上がる。私はコストパフォーマンスに優れたオンナなのだ。
「うんうん雰囲気は大事だよね。僕、結構オシャレなカフェとか知ってるんだけど今度一緒にどう?」
「ありがたいですが、カフェは1人で行きたいんですよね。本読んで時間潰しちゃうんで一緒に行ってもつまらないですよ。」
「君と一緒ならつまらないなんて事はないと思うけど、まぁ1人の趣味の時間を邪魔されたくないって言うのはあるね。じゃあオススメのお店を紹介するだけにしておこう。後で送っておくよ。」
「ありがとうございます。」
「逆に大人数で楽しむ趣味…体を動かすとか、アウトドアとかキャンプとか、そういうのに興味あったりしない?」
「うーん、どちらかと言うとインドア派なんです。」
アウトドアとか野宿とかサバイバルとか、異世界で死ぬほどやったんです、もう二度とやりたくないんです。
「インドア派っていうと、さっき言ってた読書?」
「はい。わりとなんでも読みますけど最近一番興味深かったのは空想を科学で読む本のシリーズですね。」
「どんな本なの?」
「うーん、SFを科学的に大真面目に検証してみるって感じかな?」
あのSFを科学的にみると破綻してるぜのシリーズだが、もしかして魔力を使えばカバーできることもあるのかと思い手に取った。結果的にたいした収穫はなかったが読み物として普通に面白かった。
「なるほどね。僕も今度読んでみるよ。」
「合う合わないはあると思いますけどね。」
「じゃあ久世さんは読書が趣味という事だね。」
「そうですね、あと趣味らしい事といえば料理ぐらいですかね。」
「料理!肉じゃがとか?」
でた、謎の肉じゃが信仰!
「たまには作りますけど基本的にはテキトーに素材きって炒めたり煮込んだりしてテキトーに味つけるだけです。名前のある料理をレシピで作るよりノリと感覚で何も考えずに作ってる時間が好きですね。おいしくなったら儲けモノですし。」
「へー!久世さんの手料理かあ、興味あるな。」
「ああ、私料理は自分と大切な人にしか作らないので。いつかナカジマさんが私にとって大切な人になったら作ることがあるかも知れませんね。」
「そうなれるように努力するよ。」
うーん、なんというかこの人は波長が合わないわ。悪い人じゃあないけれど。その後はナカジマさんの趣味の話だったりお互いの好きな音楽の話だったりで会話を繋げつつコース料理を頂く。
デザートと食後のコーヒーが下げられたのでお店を出ようとなったので私はお財布から一万円札をだして伝票に添えた。
「ええ!?いいよ、ここは僕に払わせてくれ。」
「結構です。自分の分は払います。」
「せっかくだし格好付けさせて欲しい。」
「あなたに格好付けさせるより私があなたに借りを作らない事の方が大事ですので。…あ、店員さん、お会計別に出来ます?無理?じゃあいいです。」
私はそのまま席を立つ。
「お釣りは結構です。楽しいお時間を今日はありがとうございました。」
唖然としている彼と店員を置いて店を出ようとしたところでああそうだと思い、振り返ってナカジマさんに一声かける。
「私に本気で接触するつもりなら、もう少し好みを調べてから人を寄越すように上司の方に伝えておいて下さいね。」
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「そんな感じで、暇つぶしにはなったけど付き合うには至らなかったわ。」
家に帰ってきて再びかのんと電話する。超感覚で既に本を読み終わっていたというかのんは喜んで付き合ってくれる。
「有里奈カッコイイね!万札置いて出でくるくだりはスカッとJAPANだね。」
「お財布にはダメージ大きかったけどね。プライド取ったわ。」
「最後の台詞も決まってるけどさ、その人本当に上雪か下雪の人なの?」
「確信はないわよ?ただ貰った名刺の会社の取引先に白雪の力が強い会社があっただけ。
それとバイト先で私を見ていたなんて真っ赤な嘘よ。こう見えて真面目に接客してるんだから一見さんならまだしも何度も通ってた人なんてわからないわけないじゃない。だいたいこれまでバイト先で声かけられた事ないのにこのタイミングでナンパなんて露骨過ぎるわよ。」
「えー、じゃあそこだけ嘘で有里奈を好きなのが本当だったらどうするのよ?」
「だから私も最初は色眼鏡無しで向き合ったのよ!?でも空想を科学して読む本を知らないような人とは一緒にいて楽しく無いじゃない!」
「有里奈はかわいくて性格もいいのに男の好みがバグってるんだよなぁ。」
「ちなみにかのん、出来る女のさしすせそって分かる?」
「刺身醤油、醤油、酢醤油、せうゆ、ソイソース?」
「それ料理のさしすせそ!ってか全部醤油じゃねえか!
そう!これこれ!ああ、やっぱり私の理想のタイプはかのんなのよ。」
「人妻捕まえて何言ってんだおめぇ。」
「ホントそれな。まあそんなわけで彼は胡散臭さを抜きにしてもちょっとお付き合いは無いなってことで。」
「そもそも有里奈の好みのタイプが狭過ぎるんだよ。」
「そう?私より強くて一緒にいて楽しければ他はあまりこだわりないけど。」
「有里奈より強かった男をあなたの元カレと魔王以外知らない件。」
「ちょっと世の中の男子は軟弱過ぎる。」
「別に今すぐ恋人が欲しいってわけでもないんでしょ?」
「そうはいってもきっかけがあるならウェルカムよ。自分から積極的に動くつもりがないってだけで。」
「好みが狭い上に基本受け身とか面倒臭えオンナだな。」
「うるせぇな!帰ってきてさっさとカワイイ嫁作ったからって余裕スか!」
「へへっ、羨ましいべ?」
「はいはい裏山裏山。そういえばそのカワイイ奥さんは放っておいていいの?」
「あー、お披露目まではなるべく接触しない方がいいって事で今はご飯を一緒に食べるくらいで他は基本的に別行動なんだよね。寝室も別。」
「寝室一緒だとかのんエロい事ばっかりして勉強しなくなるからじゃない?」
「いや、新婚だし私じゃなくても普通えっちなことするから!」
「いやあ、粉雪家はよく分かってらっしゃるわ。まあ色々とほどほどにね。あ、あとヤリましたの報告はいらないからね!これはダチョウ的なのじゃなくてガチに!」
「さすがに夫婦の何たらを友だちに報告はしないよ!?」
「そうだと良いんだけど。あ、お風呂沸いたから入ってくるわ。じゃあまたねー。」
「はーいおやすみー。」
スマホをスタンドに置き直し、お風呂に向かう。私はお風呂スマホをしない女ですので。
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下雪家当主は報告書をさらに乱暴に投げ捨て秘書に尋ねる。
「私の許可もなく久世有里奈に接触した上に、素性を見破られてこっ酷くフラれたとはどう言うことか説明して貰おうか。」
「はっ…!新組織の人員選定のため、配下の幹部達に通達したのですがその内一人が暴走してしまい…。」
「どこまで情報が回っている?」
「詳細は各幹部まで。それぞれには念力持ち且つ術の発動に難のある者をリストアップするようにとだけ伝えております。」
「では何故、久世有里奈の事を知っているものが居たのだ?」
「…その幹部が雪守とも繋がりがあり、そちらから情報を得たとのこと。恐らく他の幹部に対して優位性を確保しようとしたものかと。」
「また雪守か…。」
おそらく情報を流したのもわざとだろう。我々を妨害するというよりは面白がってやった可能性が高い。
「その幹部を尋問してどこまで情報が拡散しているか確認しろ。その後は関わった者と情報を持っている者を全員監禁しておけ。…新組織の運用が開始するまでだな。あと、今回勝手に動いた幹部は左遷して離島にでも飛ばせ。拒否するなら処分して構わん。」
「承知しました。…久世有里奈への対応はどうします?」
「ふむ…これ以上刺激するわけにも行かん。詫びを包んで雪守を通して返しておけ。こちらを引っ掻き回したんだ。そのくらいは請け負うだろう。」
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後日。有里奈は渚から「なんかこの前のお詫びにこれを渡すようにやって」と札束の入った封筒を渡される。
「お詫び…?ああ、あれか。お会計っていくらだったか聞いてます?」
「何やそれ?ちょい待ってな。…もしもし?久世さんが「お会計いくらだったか」て聞いとるけど。…りょーかい。1万6千円やって。」
「ありがとうございます。じゃあこれで割り勘という事で。残りは返しておいて貰えますか?」
そう言って封筒から1万円だけ抜き取り、代わりに8000円を添えて渚に渡す。
「よう分からんけど了解。ちなみにどの家からかって聞かんの?」
「うーん。聞くまでも無く2択ですし、あえて知らない方がいいかなと。あ、でも向こうにはそれは黙ってて下さい!その方が楽しそう!」
「久世さん、悪い顔しとるのう。」
「渚さんこそ。」
二人してクックと笑った。
この子のキャラクターの掘り下げはそのうち過去編でやろうかと思ってたんですが、それだといつになるか分からないので番外編的に差し込んでみました。
番外編とは言いつつ、うまいことストーリーに絡める事が出来たので個人的にお気に入りの話が書けたかなと自画自賛w




