第1話 顔合わせ
目が覚めると知らな…くないな、昨日「高いホテルは天井まで豪華だな!」と実感した天井だった。
「かのん、おはよう。」
冬香はもう起きて着替えていた。
「あれ、そんな服持って来てたの?」
「黒服さんが顔合わせにふさわしい格好でって持って来てくれたの。かのんのもあるわよ。」
「まじか。なんかいちいちやる事がお金持ちのそれだよね。」
「かのんもその仲間入りするんだから慣れないとダメよ?あなたが変なことしたら恥かくのは当社の冬香ちゃんなんだから。」
ソファで寛いでいた有里奈が茶化してくる。
「有里奈、何時まで飲んでたの?」
「んー?4時くらい…?大丈夫、瑞稀さんには眠気覚ましとアルコール分解かけておいたから!」
「瑞稀さんとそんなに打ち解けて話せるなんて、凄いですね。」
「まあ、私からしたら一族の長というより雇用主だからね。職場の若社長と話す感覚だからにそんなに緊張はしないわよ。」
有里奈って誰と話す時も気後れしないタイプで羨ましい。
「ふふ、だいぶ良い条件で雇ってもらえそう。今のバイトは今月で辞めちゃいましょう。」
楽しような有里奈の隣に座ると、はいっとスマホを渡される。
「かのんのスマホ、何回もバイブ鳴ってたわよ。」
「ホント?…あ。かりんからメッセージがたくさん来てる。『お姉ちゃん、今どこ?』、『冬香ちゃんの関係者っていう人が来たけどどういう事?』、『連絡ちょうだい』…やばい、昨日の夜からだわ。」
「かのんってスマホ不精よね。」
「あっちになかったから使う習慣がすっかり無くなっちゃったんだよ。気が向いたらチェックするくらいかなぁ。冬香も最低限の用事以外はメッセージ送ってこないじゃない。」
「え?おはようからおやすみまで逐一近況をメッセージして欲しかったの?」
「それは重たいなぁ…。」
「異世界では通信手段ってなかったの?」
「電話は無かったね。遠くの紙に考えた事をを念写する術はあったよ。難易度が高い術で使える人があんまりいないからメッセージのやりとりは基本しなかったけどね。」
「テレパシーとかは無いの?」
(ファミチキください。)
「こいつ直接脳内に…!ってあるじゃない、ビックリしたわ!」
「これ、魔術だから有里奈や冬香は使えないんだよ。私からの送信専用。ついでにある程度近くないと使えないから日常では使い道ない術だよね。」
「ある程度ってどのくらいの距離?」
「使い手によるけど私の場合は最大で200mくらいかな。でも間に遮蔽物があるとダメ。」
「なるほど、探せば使い道があるかも知れないけど日本だったらスマホで良いって事ね。…そのスマホをほったらかしてるんだから仕方ないけれど。」
「いや、一日に何回かはチェックしてるから!これだけでも異世界に比べたらすごい進歩だよ?」
「比較が電話がない世界ってどうなのよ…。」
「ほら、夫婦漫才はそのくらいにしてすぐに連絡してあげなさい。朝ごはん食べたら二人は白雪の本家に移動でしょ?」
「有里奈は?」
「私は家に帰って今日は昼からバイトね。さくっと辞める話つけてくるわ。」
私はスマホを操作してかりんにメッセージを送る事にする。なんて打とうかな…と考えていると電話がかかって来た。
「あら、かりんから電話だ。ちょっと出るね。…もしもし、私お姉ちゃん。いま貴女の後ろにいるの。」
「え!ホントっ!?って居ないじゃないかーい。いや、冗談に付き合ってる場合じゃなくてさ。やっと既読がついたと思ったらいつも通りのお姉ちゃんで安心したけど…。」
「ごめんね。えっと…家はどんな感じ?」
「一言で言うならパニックだね。」
「ですよねー。」
「昨日の夜、黒い服着た女の人と警察の偉い人がウチに来てお姉ちゃんを一晩預かることになったって言われてさ。」
「警察も一緒に来たの!?…でも確かにそうでもしないと通報するか…。」
十和田さんさすがっスわ。
「ついでに今日の午前中にお姉ちゃんと冬香ちゃんの婚姻についての説明と両家顔合わせって言われて、あまりに訳が分からなくてお父さんはそのまま寝込んだ。」
「お母さんは?」
「あらあらまあまあって笑ってた。」
「かりんは?」
「お姉ちゃんに詳しい話を聞こうと思って何回メッセージ送っても既読がつかないから不貞寝した。…それでさっき起きてスマホ見たら既読付いてたからいま電話をかけたんですけどね!」
「あぅ…ゴメンナサイ。」
「それでどういう事?なんでお姉ちゃんと冬香ちゃんが結婚するなんて話になってるわけ!?」
「私にもよく分からない大きな力が働いたとしか…。」
「はぁ?」
「あとでちゃんと説明するからさ、とりあえず昨日行ったっていう黒服さんは怪しい人じゃないっていうか…ドッキリとかではないから、指定された場所にみんなで来てほしいんだ。行き方わかる?」
「迎えが来るって言ってた。ついでにさっき、『昨日の今日でお召し物の準備もできないでしょうから』って凄い高そうな服を全員分置いてった…。」
マジかよ半端ねーな十和田さん。
「じゃあ現地で落ち合おうか。また後でね。」
「ちょっと待ってお姉ちゃん、あと一言だけ!ボソボソボソ…。」
「あれ?なんか急に声が聞き取りづらくなったよ?かりん?」
慌てて受話音量を最大まであげてスピーカーに耳を押し当てる。
「馬鹿野郎っ!!こっちがどれだけ心配したと思ってるんだっ!!連絡の一つぐらい入れやがれっつーの!!
…はぁ、スッキリ。それじゃあまた後で。」
そういってかりんは電話を切ってしまった。不意打ちで大声と喰らって耳がキーンと鳴っている私を見て有里奈と冬香が呆れる。
「ごめんねかのん、私もご家族に連絡したか聞くべきだったわ。」
「冬香ちゃん、それは甘やかし過ぎよ。どう見たって全面的にかのんが悪いんだから。耳の痛みがひくまできちんと反省して、会った時に誠意をもって謝っておきなさい。」
「うぅ…わかりました。」
その後かりんから「お父さんとお母さんには、お姉ちゃん元気そうだったって伝えておいたから。あとでちゃんと説明するんだよ。もちろん私にも!」とメッセージが来ていた。できる妹を持っておねいちゃんは嬉しいっス…。
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朝食を終えた私たちは白雪の本家へ移動する。迎えってリムジンとか来るんでしょ?わかってきたよーって思っていたらまさかの自家用ヘリでの移動だった。ビビるわ。ちなみに有里奈は自分の車に乗って帰っていった。
「かのん様、少しよろしいですか。」
ヘリポートで合流した十和田さんが改まって話しかけてくる。
「はい、何でしょう?」
「本日の顔合わせについては白雪公式の場となります。かのん様は既に粉雪一族の一員としての参加となりますので、冗談や軽口などは控えて頂けますようお願い致します。」
んんっ??思わず目を丸くして十和田さんと冬香を見てしまった。
「僭越ながら、かのん様は思った事をすぐ口にしてしまうご性格のようですので、予め釘を刺させて頂きました。」
そう言って頭を下げる十和田さんと声を殺して笑う冬香。んん??
ものの20分くらいの空中散歩を終えて、都内一等地に立つ豪邸のヘリポートに着陸する。昔地図で見た時こういう家に住むのってどんな人なのかなと思っていたけど、まさか自分の親戚になるとは。
控室に通させると、既に到着していた家族と合流する。
「お父さん、お母さん、かりん。…えっと、ごめんね?」
「本当、心配したんだからね!」
がっつり怒ってくるかりんと「まあまあ」なだめるお父さん。かりんはあえて怒るポーズを取る事でお父さんとお母さんと話しやすい空気を作ってくれているのだと思う。…こういう気遣いってどこで習えますか?
お父さんがこちらに向き直って話しかけてくる。
「だけどお父さんもお母さんも心配したんだぞ。2日連続の外泊なんて、夏休みだからって気が緩みすぎだと思って注意しようと思ってたんだが…。」
「十和田さんだっけ?かのんと冬香ちゃんが結婚する事になったって伝えられてそのまま寝込んじゃったのよね。」
「まだ高校生の娘がいきなり嫁に行くなんて言われたら誰だって寝込むだろう!しかも婚姻は決定事項で顔合わせが翌日だなんて、聞いたこともない。それがかの白雪財閥の分家のお嬢様だなんて、正直まだ理解が追いつかないよ。」
「冬香ちゃん、お嬢様だったのね。お母さんもびっくりはしてるんだけどどうして急に結婚なんて話になったの?」
「私も急展開すぎて頭混乱はしてるんだけどね。…でも少なくとも自分で望んで選んだ道だし、後悔はしないと思ってる。今は詳しい話をする時間が無いから、夜にちゃんと話すって事でいいかな?今日はちゃんと帰る許可もらってるし。」
「家に帰るのに許可を貰うって…。」
「住む世界が違う人達なんだね。なぁ、かのん。本当にいいのか?身分違いの結婚なんて苦労しかしないんだぞ。」
「うん…覚悟はしてる。」
私が粉雪の嫁として認められた経緯については瑞稀さんの説明と齟齬が出るといけないので、「とりあえず白雪の当主の方が話してくれるらしいから」で誤魔化した。
しばらくすると十和田さんが迎えに来てくれて顔合わせ会場へ向かう。部屋に入ると既に瑞稀さんと冬香、そして恐らくご両親は到着していた。促されるまま着席すると大人同士で挨拶する。
「さて、本日は両家顔合わせと相成りましたがまずはかのんさんを粉雪家に迎え入れる事となった経緯について説明させて頂きます。」
瑞稀さんが話す。
「かのんさんと冬香の婚姻については昨日、粉雪家より相談され承認しました。急に決まった話で、廿日市様に対しては事前の連絡が出来なかった事。および急にお呼び出ししてしまった事にまずは謝罪させて頂きます。」
あ、粉雪家からの相談という事になるんだ。冬香のご両親からすればもともと調整してた婚約話に割り込んだんだから面白く無いよなあ。そう思ったがご両親の表情からは感情が読み取れない。
「かのんさんと冬香の両名が想い合っているという前提の上で、かのんさんに粉雪の嫁として相応しい才能を持っておりその事実を私達の前で証明してみせた事から即日承認となった次第です。」
「…あの、宜しいでしょうか。」
お父さんが慎重に質問をする。瑞稀さんは「はい、どうぞ。」と優しげに促してくれる。
「我が家はどこにでもある一般家庭です。かのんにおきましても何処に出しても恥ずかしく無いようにと育てて来たつもりではありますが、白雪に釣り合うかと言われれば正直に申し上げて家柄の差も含めて釣り合うものであるとは思えず…。」
瑞稀さんはふわりと微笑んで答える。
「お父様、ご安心下さい。かのんさんはご立派に成長なさっています。才能と申しましたが、粉雪家の主たる事業である白雪一族の裏方部門に対する経営管理業務をこなせるだけの知識と学力…最難関大学に余裕で合格できる程度ですね。それがあれば問題無いと判断しております。加えてかのんさんには他者を思いやりながらも時に非情な判断を下せる決断力もありますので、次期当主の冬香と共に粉雪を切り盛りしていけると思っております。」
ん?褒めてくれるのは嬉しいけどさらりととんでもない事言ってないか?最難関大学だと?
「家柄とおっしゃいましたが嫁に来て頂く場合は本人の資質が一番で、家柄はさほど重要視しておりません。冬香の母にしても元々は一般家庭から来て頂いておりますし、気にされる必要はありません。親戚付き合いについても、冠婚葬祭については一般的なものとは少々異なるかも知れませんが、その辺りについては個別に手助けさせて頂く所存です。」
「…かのんのことをそこまでご評価頂きまして、ありがとうございます。」
「はい、ご安心下さい。」
瑞稀さんの説明でどこまで納得してくれたのかは分からないが、とりあえず事実として受け入れてはくれたみたいでその後は両家の顔合わせとしてそれぞれの家族の自己紹介やお互いの両親が仕事の話などをして時間が過ぎて行く。私は十和田さんの忠告通り、質問された事以外は話さないように気を付けていた。
1時間半ほどたって、そろそろ話す事も無くなってきたかなというタイミングで瑞稀さんが話す。
「最後に二人の挙式披露宴について説明致します。
かのんさんを白雪一族に正式に披露するのが8月16日。その後挙式披露宴を実施となりますが、こちらは式にご家族のみの参列して頂きたいのですが宜しいでしょうか?」
「…他の親戚は参加出来ないという事でしょうか?」
「挙式披露宴と申しましても白雪家が主となって開催する一族内での儀式的な意味合いが強いものとなります。廿日市様と粉雪の両家で親戚を呼んで行う一般的なものについては後日改めて実施頂く事になりますね。そちらは本人同士で進めるのが通例ですが、今回は二人とも未成年なので粉雪の方でフォローさせて頂きます。」
「承知致しました。お気遣い感謝します。」
「さて、それでは以上をもちまして本日の両家顔合わせを終了とさせて頂きます。廿日市様、お互いに良き関係を築いていけますよう今後ともよろしくお願いします。」
瑞稀さんはそう言うと上品な仕草で部屋を出る。私たちは黒服さんに連れられて控え室に戻る。
戻る途中で私は個別に粉雪家の控え室に呼び出された。いやまあそうなるよね、だって冬香のご両親とこれが初対面だし。
粉雪家の控え室に通されると冬香とご両親は既にテーブルにかけていた。私は冬香の隣に座るように促される。正面にお義父さん、冬香の前にお義母さんだ。
「初めまして、廿日市かのんです。不束者ですが宜しくお願いします。」
私が頭を下げると、隣で冬香が「もう粉雪かのんでしょ。」と笑った。ヤベ、素で間違った。
「かのんさん、よろしく。冬香から仲の良い友人として君の事は聞いていたけれど、結婚については我々も昨日の夜急に聞かされてね。…正直戸惑っている部分はあるが、今後は娘として扱わせて貰おう。」
「ふふ、冬香ったら親友だなんて言っておいていつの間にかそんな関係になってるんですもの。びっくりしちゃったわ。これからよろしくね。」
上品に笑うお義母さん。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
「…お父さん、勝手に結婚してごめんなさい。下雪との婚約についても…。」
冬香が謝る。
「全くだが、そもそも冬香の意思を無視して話を進めてたのはこちらだからな。下雪から嫌味のひとつふたつは覚悟する必要はあるが子供が気にする事でもない。それよりも娘が本当に好きな相手と結婚する事に対する、親としての喜びの方が大きい。多少の嫌味なんて祝言にしか聞こえないさ。」
「強がっちゃって。でもお母さんもこの話には賛成よ。やっぱり結婚は好きな人としなくっちゃ。」
「それに瑞稀様はかのんさんに「才能がある」と仰っていた。さっきは一般的な話をしていたが、君は違うのだろう?」
お義父さんの質問に対して、私は一度冬香の方を見る。彼女が頷いたので私は肯定する。
「はい。白雪一族の持つ力…に近いものを私も扱う事ができます。」
「やっぱりか。冬香の力を覚醒させてくれたのも君だと言う話だが。」
「はい、そうです。力を持つ事が、白雪一族の中でどういう意味を持つか知らずに目覚めさせてしまいました…。申し訳ございません。」
「いや、怒っているわけではない。…ただ、何代も力を持つものが現れず粉雪家は一族の中でもある意味で落ちこぼれ扱いされていたんだ。冬香にかのんさん、次世代を担う二人が力を持つとなれば一族のパワーバランスは大きく変わる事になる。白雪一族だって精錬な者ばかりではない。きっと想像もできない悪意に晒される事もあるだろう…。その覚悟はあるかね?」
強い口調で脅してくるお義父さん。これは試されているというより、心配してくれているのだろう。だから私は正直な想いを口にする。
「大丈夫です。昨日冬香と約束したんです、一緒に幸せになろうって。まだ分からないことばかりでどうしたら幸せになれるのか、それを探すところから始めないといけないけれど。でも私って目標が大きいほど頑張れちゃうタイプみたいなので、きっと上手くいくと思います。」
私の答えを聞いたご両親は満足そうに笑った。
「いい答えだ。冬香は本当にいい相手に巡り合った。多少大袈裟に脅したが、君達なら大丈夫だろう。もちろん我々も親として全力でサポートしよう。
かのんさん…いや、かのん。これから宜しくな。」
そう言って大きな手を差し出してきてくれたのでしっかりと握手する。信頼できる大人の手だなと思った。




