第20話 かのんvs雫
女同士で婚姻届???と疑問もあるかと思いますが、そのあたり後書きにコメントしています。
私が署名した婚姻届を渡すと、冬香は目をパクチリとさせて訊ねる。
「いいの?」
「私も気持ちは一緒だよ。不束者だけどよろしくね。」
「…ありがとう。こちらこそよろしくね。」
冬香も署名をすると、渚さんに届を渡す。
「大きな借りができちゃうわね。」
「ええよ。ここで恩を売るっとくのは今後絶対プラスになる、今の粉雪にはその価値があるからね。」
そういって婚姻届を後ろの黒服の女性に渡す。
「さて、それじゃあ早速かのんちゃんにはお仕事して貰おうかな。」
「えっ!いきなり!?」
「さっき言うたやろ?粉雪の嫁として相応しいかを示さんとあかんて。…というわけで、かのんちゃんにはこの場でウチか雫と戦ってみて欲しいんやけど。」
「武力でいいんですか?」
「それ以外あらへんやろ?そりゃある程度有用な術持っとるんは知っとるけど、粉雪の嫁になろ思たら最低限ウチらを納得させるだけの武力も見せてほしいねん。どっちとやりたい?」
「じゃあ渚さんで。」
「即答やね。そのココロは?」
あ。思わず本音で即答してしまった。いやだって雫さんずっと睨んできて怖いし…ってそれを言うのは今後の関係にヒビが入りそうなので、二番目の理由で誤魔化す事にする。
「雫さんの方が渚さんより強そうなので…。」
「嘘では無いけれどって感じやね。」
「かのん。予め言ってあったけど白雪の一族に嘘は吐けないわよ?嘘を吐かず誤魔化そうとしても何となくわかるけどね。」
げげっ!『偽証看破』なんかよりよほど優秀じゃないか。
「ふふ、今度白雪に対する話し方を教えてあげる。…大方さっきから睨んでくる雫が何となく苦手って事でしょう?」
「あ、うん、そうです…。」
「だってさ、フラれてもうたな雫。」
「…そんな理由で戦いを避けるものは粉雪の嫁として認めたく無いわ。」
その伝家の宝刀はずるいんじゃないですかね!?
「ははっ!一本取られてもうたね。というわけでかのんちゃん、雫とやってもらうって事でええ?」
「選択肢ないじゃないですか。…わかりました。雫さんよろしくお願いします。」
「堪忍な、雫がダメと言ったらウチもそれに従うしかないから。じゃあ上の階に大きなホールあるしそこでやろうか?」
「ここじゃなくて良いんですか?」
「ん?」
「いや、雫さんって向かい合っての試合よりもごちゃごちゃしてる場所でのゲリラ戦の方が得意なタイプですよね。だからホールで向かいってヨーイドンよりもこの場で始めちゃった方が良いかなと思ったんですが。」
「さっき雫は強いから渚と戦いたいって言ったのになんでそこでフェアプレイ精神だしてるのよ。」
冬香が笑って指摘するが、私としては嫁として認められるためにズルは出来ないなと思っただけだ。
「心配いらない。試合形式でも負けるつもりは無い。」
「ここでやったら机とか椅子とか壊れてしばらく営業できんくなってまうからな。」
んん?ホールだって壁とか照明とか壊すよ?壊しちゃダメ??冬香の方を見ると、苦笑いして首を振っていた。実は私も試合形式より何でもアリの方が得意なんですが!今回は正面から手合わせしないとダメかぁ。
ホールに移動した私たち。
「死ななきゃ治してあげますんで、二人とも思いっきりやって下さいね。」
「お、久世さんも実演できるとは一石二鳥やね。じゃあお二人さん頑張ってー。」
「あの、一応どこまでやったら冬香のお嫁さんとして認めて頂けるかの基準を教えて貰っても良いですか?」
「…私に勝ったら認めてあげる。」
その勝ちの定義を知りたいんだが?困った私は冬香に目線で助けを求めた。冬香が助け舟を出してくれる。
「そうは言っても殺し合うわけには行かないでしょ?でも雫は自分で負けを認めるタイプじゃないし、かのんだってこの状況じゃギブアップできないじゃない。」
「せやね。まあどちらかが戦闘継続が不可能になったと判断したらウチが止めるよ。あとはどちらかが明らかに強いと判断できた場合もかな?例えば一方的に攻撃加えるとか。それでええ?」
うーん、雫さん相手にそこまでワンサイドゲームは厳しそうだ。
「じゃあもうひとつ確認なんですが、有里奈の回復がある前提で戦っても大丈夫ですか?」
「どう言う意味?」
「肉を切らせて骨を断つような戦い方をしていいですか?って意味です。」
「ウチは構わへんよ。雫は?」
「私も構わない。」
「じゃあそれで。ぼちぼち始めるでー。」
そういって五百円玉を取り出す渚さん。ピンっと上に弾いた。あれが落ちたら試合開始という事かな。
私はポケットからスマホを取り出すと宙を舞う500円玉に向かって投げつけた。その場にいた全員がスマホを目で追う。一瞬後、カキンっと甲高い音がしてスマホが五百円玉を弾いた。
「何のつもりっ…?」
雫さんが前を向き直った瞬間、私の姿は既にそこにない。彼女の死角に入りつつ一気に距離を詰めている。
「ちっ!」
雫さんが私の存在に気づいた時にはもう私は攻撃姿勢に入っている。
「っらぁ!!」
全力で殴りつける。雫さんは咄嗟のガードが間に合い脇腹を狙った私の拳を腕で防ぐ。防がれるのは想定内。体重と勢いを乗せた右ストレートでそのまま雫さんを壁まで叩きつけてやるっ…!だが、
「舐めるなっ!」
雫さんは無理な体制にも関わらずその場で踏みとどまり逆の腕で顔面に右フックを叩き込んでくる。受けるか?かわすか?この体の吹き飛ばなさ具合…身体強化だけじゃなくて恐らく何かしらの重力操作をして体重を増やしている気がする。だとすれば受けるのはマズイ。顔をやや下げて左手でフックを上に逸らす。
ガンッ!
「!??」
一瞬目の前が白くなる。何をされた?目の前に雫さんの頭がある。頭突きか!体勢も崩れた私に左の蹴りを出す雫さん。私はその脚を左手で抑える。雫さんの左脚と私の左の掌が触れた瞬間、魔力を暴発させる。ボンッ!と言う音と共に小規模な爆発が起こる。
堪らず距離を取ろうとする雫さん。だが私はそれを許さず攻勢に転じる。ぴったり張り付きインファイトを継続。改めて渾身の右ストレートをお見舞いする。
「ぐうっ…!」
またガードされてしまったが一発目より明らかに踏ん張りが効いていない。爆発で脚を吹き飛ばすまでには至らなかったがある程度のダメージは入ったようだ。さっきの爆発で自分の左腕吹き飛ばすくらいの威力を出す覚悟があれば向こうの脚も壊せてゲームセットだったな…と後悔しつつも右腕を振り抜くとさらに距離を詰める。
「調子に、…乗るなっ!」
雫さんの両手に魔力が集まりそのまま私の胸の前に突き出す。その瞬間、衝撃で後ろに吹き飛ばされる。
咄嗟に魔法障壁を張ったので身体のダメージはほぼなかったが大きく距離を離されてしまった。
「やっぱり重力か…。」
間違いない、雫さんは魔力を重力に変換して自身の体重を重くしたり今のように指向性を持たせて発射できるのだろう。私が知っている術の中には重力を操作する術というのは無い。なのであれは雫さんのユニークスキルなのだろう。今の重力砲(勝手に名付けた)を連発してこない事からあれは消耗が大きいかタメが必要なタイプの必殺技なんだろうと予想する。
「はぁ、はぁ…、ふぅ。いきなり奇襲なんて、フェアプレイ精神のかけらも無い。」
「コインを撃ち落としたら戦闘開始ってのが異世界のルールだったんです。」
「嘘つき。…でもそういう勝ちに貪欲な姿勢は嫌いじゃ無い。」
「じゃあ認めてもらえますかね?もう結構頑張ったし。」
「まだ足りない。お互い戦えるでしょ。」
改めて構え直す雫さん。速いし重いしで接近戦では押し切れないかな…あまり手札は多くないけれど飛び道具に切り替えよう。そう判断して私は指を鉄砲のポーズにして狙いを付ける。
何かが飛んでくると判断した雫さんは咄嗟に身を躱わす。その判断は正解、一瞬遅れて魔力を弾として打ち出した軌跡がそこを通り、後ろの壁に当たる。
「壁に穴は開かないか。よきよき。」
戦いの前に黒服さんが部屋を結界で囲んでいたので弱めに打てば平気かなと思っていた。案の定、外に衝撃が漏れないようにしておいてくれたようだ。とはいえ加減を間違えると結界ごと吹き飛ばすのでそこは注意が必要かな。この程度なら結界を壊さないと判断した私は両手を銃の形にして魔力弾を連発する。
ダンッ!ダンッ!ダンッ!ダンッ!ダンッ!ダンッ!ダンッ!ダンッ!
魔力弾を初めは避けていたが、止むことのない連発に避けきれないと判断したのかその場で腰を据えて耐える事にした雫さん。ガードの姿勢をしつつ魔力込めて全身を強化している。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラ…」
せっかくなので気持ちよくラッシュさせて頂こうとさらに威力を落として連射速度重視にする。雫さんは全て防御しているように見えるがお構いなしに魔力弾を撃ち込み続ける。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラ…」
「…はぁっ!!」
雫さんが身体を強化して魔力弾を防ぎつつ、強引に重力砲を放つ。私は連射を止めてそれを回避…重力砲は目に見えないので確実に避けるために大きく横にステップした。
魔力弾の連射が止まった隙に雫さんが急接近して攻撃を繰り出してくる。身体強化したうえで重力により体重を増した攻撃。格闘技の基礎がしっかりしている連携技に、時折重力砲を織り交ぜてくる。今度は私が防戦一方となっているが、それぞれの攻撃を紙一重で交わしたり、ガードしながら反撃の隙を探す。雫さんは私が指鉄砲を向けようとすると身体をひねり、しゃがみ、跳ね上がり、射線に入らないように立ち回ってくる。さらに的確にこちらに攻撃をしてくる。中々隙を作らないな。…この人は本当に強い
なので私は指鉄砲を向けずに魔力弾を数発、雫さんの脚に打ち込んだ。
ダダダダダダンッ!
「なっ!?」
ふいに両脚を撃ち抜かれその場に倒れ込む雫さん。私は素早く背後に回り込み指鉄砲を後頭部に添える。
「私の勝ちです。」
「…参った。指を向けなくても撃てるなんて、まんまとフェイクに引っかかったわ。完敗ね。」
雫さんが両手をあげて降参のポーズを取る。
「粉雪の嫁になれますかね?」
「…粉雪にあげるには勿体無いくらいだけど、約束は約束。認めてあげる。」
良かった。私は冬香に向かって笑顔で手を振った。
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冬香は笑顔で手を振るかのんを見ながら、昼間のやりとりを思い出す。
「かのんさ、もしも渚と戦ったら勝てる?」
「100%負けると思う。」
「そっか…。わかった、その前提で対応策考えるね。」
どのような流れになってもかのんは渚、もしくは一緒にいるであろう雫と戦う流れになると予想している。最悪のケースは決裂による全面戦争だが、交渉が上手く行った場合でも力試しと称してどちらかと戦うことになるだろう。
かのんが勝てないと言うなら負けてもなんとかなるような策…戦闘力以外でかのんを抱える有用性を示さねばならない。どうしたものかと悩んでいると有里奈が声をかけてきた。
「冬香ちゃん、かのんの『勝てない』を真に受けちゃだめよ。この子の『勝てない』は殺し合いを想定した上で尚且つ自分は相手を殺さずに無力化できるかどうかって言う基準で話してると思う。」
「そうなの?」
「うん?言われてみればそうかも。」
「ほらね、これが無意識だから。ちなみにかのんも殺していいって前提なら勝てる?」
「…人殺しはしたくない。」
「例えばの話よ。知りたいのは殺せる殺せないじゃなくて単純な戦闘能力の比較なんだから。」
「でも私は殺せないんだからそんな前提で話するのおかしくない?」
「…うーん、なんて言ったらいいのかしら…。」
冬香は違和感を感じた。かのんには珍しく屁理屈を捏ねているように思える。かのんは一般人なので人の死に対する忌避感は当然あるのだろうがそれにしても頑なに思えた。そんなかのんに対して有里奈が続けて問いかける。
「じゃあこうしましょう。向こうは殺す気でかかってくるけど、かのんとしては組み伏せるなり圧倒的実力差を見せるなりできた時点で、相手から降参を引き出せれば第三者が判定してかのんの勝ちとする。それなら勝てると思う?」
「…その第三者に相手より自分が強いって思わせればいいってこと?」
「まあそんな感じかしら。別に相手が降参しても良いとは思うけどね。」
「それならやりようはあるかなあ。」
「…と言うことよ、冬香ちゃん。うまく試合形式に持っていければかのんなら絶対勝てるわ。」
「有里奈、絶対勝てるとは言ってないよ!」
「かのんなら勝てるわよ。私が保証するわ。」
かのんの頑なさの理由は分からないが、有里奈の言葉を信じるなら試合という形で上手く組み立てれば何とかなりそうだと思った。
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有里奈が雫さんの怪我を治す。
「本当にあっという間に治るのね。すごいわ。」
「雫さんも多分回復術の才能あると思いますよ?私が治す前に出血はほとんど止まっていましたから。雫さんってさっきかのんとの戦いで使ってた術以外は使えないんじゃないですか?」
「…確かにそう。だけど回復術の使い手は攻撃的な術は使えないんじゃないの?」
有里奈がこちらを見る。
「雫さんが使ってたのは重力の操作ですよね?私、回復術以外の異世界の術は全部使えますけどその中に重力を操る術って無いんです。だから重力を操れるって言うのは多分雫さんだけが使える特別な能力なんじゃないかなと思いますよ。つまり雫さんは術の適性は回復術でそれにプラスして重力操作のユニークスキルを持つ、攻撃と回復の超ハイブリッド型って事ですね。」
「そう…。回復術は練習したら使えるようになるのよね?」
「はい。冬香ちゃんと雪守さんのリース契約が正式に結ばれたらご指導差し上げますね。」
有里奈がニコッと笑い、雫さんもそれにつられて嬉しそうにはにかんだ。ちなみに私の治療は冬香がしてくれている。今日はそこまで大きな怪我はないが、ところどころ痣になっているし額からは雫さんの頭突きを食らって血が出ていた。
治すのは有里奈の方が速いが、覚えたての回復術で一生懸命治そうとしてくれる冬香をみて身体以上に心も癒される。
「何をニヤニヤしてるのよ。…さて、ひと通りケガは治ったと思うけどあとで念のため有里奈さんにも見てもらってね?頭のダメージは後から来たりするんだから。
私を新婚早々未亡人になんてしないでね?」
「わかった、ありがとう。」
「それにしてもかのんちゃん強いなー、ウチは戦わなくて正解だったわ。正直楽勝だったんちゃう?」
渚さんが楽しそうに聞いてきた。
「そうでないですよ?雫さんも十分強かったです。最後の猛攻なんて一発でも貰ったら危なかったですし。」
「その一発が当たらんかったら意味ないやん。紙一重を演出してたけどぶっちゃけ大分手を抜いて戦ってたやろ。雫もそれが分かったから素直に降参したんやと思うで。」
「手を抜いたというか、全力で魔術を打ったらこのホテルが吹き飛んじゃうので。」
「黒服さんが結界張ってくれてたけど、それでもか?」
「だからあれを突き抜けないぐらいの威力に加減するのに気を遣いました。」
「へぇ、すごいなあ。あの結界張ったんは雪守の中でも指折りの使い手や。それを抜けんように加減するのに気ぃ遣ったってのはにわかに信じられん…けどさっきの戦いっぷりを見ると本当なんやね。雫、文句ないやろ?」
「だから認めるって言ってるじゃない。お姉様ももう直ぐここにいらっしゃるわ。」
ん?雫さんのお姉さんくるの?なんで?
そう思っているとホールの扉が開き、凛とした雰囲気の女性が黒服さんを連れ立って入ってくる。女性は雫さんと渚さんの近くに歩み寄る。
「お姉様、ご足労おかけします。」
「気にしなくていいわ。…渚、私に黙って中々楽しい事をしていたじゃない?」
「瑞稀ちゃん堪忍な。ウチもこんな流れになるなんて予想外やったんや。」
「嘘おっしゃい。予想外なのは雫が負ける事ぐらいでしょ。基本的に貴方の判断は信頼しているけれど今日は私も誘って欲しかったわ。」
「瑞稀ちゃんおったらコナちゃんが萎縮してまうやん?」
「そんな事ないわよね、冬香?」
「え?あ、はい。」
瑞稀さんと呼ばれた女性は私と有里奈の方を向くと丁寧な礼をする。
「初めまして。私は白雪瑞稀。白雪家の当主です。お二人の話は既に渚と雫から聞いていますが…とりあえず場所を移しましょうか。」
ニコリと笑ってさっさと移動をする瑞稀さん。白雪の当主って勝手に厳ついオジサマを想像していたけれど、若いお姉さんなんだな。
ん?雫さんは「お姉様」って呼んでたな。と言うことは。冬香を見ると私の聞きたいことが分かったようで、さらりと言った。
「ああ、雫は白雪本家の人間よ。白雪雫。今は雪守当主の下で武者修行中みたいな位置付けになるのかしら。」
「あれ?かのんちゃんに言ってへんかったっけ?」
「私は聞いていたわよ。多分かのんがお花を摘みに行ってる間に。」
な、なんだってー。他の二人はともかく、有里奈は絶対分かってて黙ってたでしょ!?その意地悪そうな顔が全てを物語ってるわ!
別に雫さんが雪守でも白雪でも私は変わらずぶっ飛ばしたと思うけど、なんとなくしてやられた感を感じながらホールを後にした。
女の子同士で結婚とか批判もあるかと思いましたが…。ポンコツ女主人公とカワイイ女の子の絡みを書きたい!でもただの鈍感ハーレムにはしたくない…となるとやっぱりヒロインはしっかり固定したいと思いました。
同性婚については、現実でもデリケートな話題なので細かい部分はあえて描写せず、ただ登場人物の反応からそれが受け入れられた世界観なんだと思って頂ければ。
未成年同士なので親の同意はどうしようかなども思いましたがその辺りを上手いこと強引にまとめてくれる存在として、強い権力を持つ一族を登場させています。まあファンタジーなので!ということで。




