第19話 ディナータイム(後編)
「なかなか厳し目の裁定ね。決め手は?」
冬香が問いかける。
「殺意が有ったことと、ウチが声をかけた時点で既に異能で他人を傷付けてしまっていたこと。あとはかのんちゃんのポテンシャルの高さとで合わせ技一本やね。」
「情状酌量の余地は無いのね?」
「個人的には認めたい。かのんちゃんはいい子だしね。ただ雪守としてそれは許せんのよね。」
睨み合う冬香と渚さん。私はと言えばそうかやっぱりダメだったかーと呑気に構えていた。死刑宣告されたのに慌てない私達を見て雫さんが怪訝な表情を向けるが、正直こうなる可能性は高いと事前に想定していた。
冬香は渚さんから目を外し、フッと微笑む。そのタイミングで有里奈が円卓の周りに防音結界を展開した。
「…これは?」
「私が有里奈さんに頼んだの。『防音結界』といって私達の声は絶対に外に漏れない。それ以外の効果は無いし、なんなら自由に出入りできるわ。」
そう言って一度結界から外に出て、また中に入って見せる冬香。
「そんな術もあるんか。内緒話にもってこいやね。それでコナちゃんはどんな悪巧みをしようと思ってるの?」
冬香は一度大きく息を吸うと、凛とした声で言い放つ。
「粉雪代理当主として、久世有里奈および廿日市かのんの両名を粉雪家の配下として認定します。」
「ちょっと!何言ってるの!?廿日市かのんの裁定は確定したわ!今から配下に付けたところでそれは覆らないわよ!?」
雫さんが冬香に詰め寄るが、構わずに冬香は続ける。
「二人が粉雪の配下につくのは現時刻。8月7日19時45分とします。立ち合いは雪守代理当主、雪守渚。」
「だから何を言って…8月7日?」
今日は8月9日だ。冬香の意図に気付いた渚さんが楽しそうに笑う。
「そうね、今は8月7日の19時45分だね。」
「ちょっと渚!?」
「いいから。それでコナちゃん、ウチはここに立ち合う見返りとして何を貰えるの?」
「粉雪配下の久世有里奈による雪守へのサポート。具体的には怪我人の治療と回復魔術の指南を無償で行うわ。」
「期間は?」
「3年。」
冬香の条件を聞いて渚さんは腕を組む。
「…足りないね。」
「あら、強欲なのね。もう1年欲しい?」
「期間の問題じゃなくて、まず前提が違うんよ。そもそも久世さんは粉雪の配下につける意味がない。雪守…といいたいところだけど、これだけの術が使えるなら白雪直々に確保すべき人材だから。そうなると久世さんは交渉のカードに使えないんよ。」
「まあ、高く評価してもらえるのね。」
嬉しそうに笑う有里奈。
「…でも、有里奈さんは白雪には渡さないわ。」
毅然と言い放つ冬香。
「さすがにそれは通らないと思うよ。」
「通さざるを得ないわよ。有里奈さんは粉雪の配下に付くか、この場で処分執行の2択だもの。」
「なっ…!?」
思わず声を上げる渚さん。
「有里奈さんはすでに『対応保留』ですもの。勧誘を断った場合、雪守は即座に彼女を駆除しなければならない。…粉雪の配下に付けさせてくれるなら説得できるけどね。」
「…そのためにさっきの!?」
雫さんが悔しそうに呟く。そう、先ほど冬香が渚さんに「有里奈は『対応保留』だ」と宣言してもらったのはこの展開を見据えて事だ。
自然な会話の流れの中で私の駆除確定より前に有里奈に対応保留してもらい、こちらの要望を通さなければ有里奈を囲い込む事もできない状況を作り出す。これが冬香が考えた策であり私たちの勝ち筋。もちろんこの場面になって有里奈がさっさと切り捨てられては意味がない。ここまでに彼女自身が有用性を示し、雪守に無理を通す価値を認めさせる必要があったが有里奈はそれを無事にやってのけた。
雪守が8月7日に遡って私たちが粉雪の配下であったと認めれば、昨日の私の行動は「一族の配下の者」の行動になるため裁定が覆る可能性が高い。
ここまでくれば「6割方認めると思う」のが冬香の弁。残り4割に傾くかは正直その場の空気次第だと言っていた。
「そうくるかぁ。…それでもウチが頑なに首を縦に降らなかったらどうするん?久世さんも駆除せなあかんって事になるけどその覚悟はあるん?」
そういって有里奈に刺すような殺気を飛ばす渚さん。しかし当の有里奈は涼しい顔で答える。
「私ね、かのんが大好きなの。」
そう言ってニコリと私に微笑んだ。
「かれこれ四半世紀も友達付き合いしてるからかのんの事ならなんでも知ってるのよ、冬香ちゃんには悪いけどね。あちらではかのんに何度も助けられのに私はかのんを幸せに出来なかったから、今度こそ幸せになって欲しいとって心から願ってるいるの。それが叶わないなら、まぁ仕方ないわね。」
「…妬けちゃうわね。」
「ふふっ。なんなら冬香ちゃんも一緒に来ていいわよ。」
「正直それも悪くないかなって思うのよね。二人と一緒なら毎日楽しそうだし。」
「…何を言っているの?」
有里奈と冬香が楽しそうに会話を始めたので、渚さんは殺気を迸らせたまま二人を睨みつけ、雫さんが混乱したように問いかける。
「だって雪守はかのんと私を駆除するんでしょう?まあ歴史のあるお家の掟ってそういうものだし次期当主ともなれば軽々しくルールを覆せないっていう渚さんの判断は間違ってないと納得できるわ。
…でも渚さんも雫さんもとも根っこの部分で勘違いしてるのかなって思うのだけど。」
「勘違い?」
「私とかのんは貴方達の勝手なルールに従う必要なんてないって事よ。」
「まさか、また逃げるつもり?今度は二人して。」
キッと睨む雫さんに、澄ました顔で有里奈は返す。
「そもそも勝てる相手を前にしてなぜ逃げる必要があるの?」
有里奈は改めて二人を正面に見据えていい放つ。
「…小娘共が!駆除される覚悟だと!?そちらこそ私達を殺すつもりなら最低でも刺し違える覚悟はあるんだろうなぁっ!?」
一喝。と同時に、渚さんがこれまで有里奈に向けてきていたものとは比べものにならない強さの殺気を雫さんと渚さんに叩きつけた。咄嗟に雫さんは大きく後ろに飛び跳ねて距離をとる。渚さんは距離こそ取らなかったが席から立ち上がりテーブルの下に隠してあった仕込み刀に手を添えた。
「…渚っ!離れてっ!」
雫さんが魔力を練り何かの術を撃とうとし、渚さんを巻き込まないよう声を上げる。一方渚さんは刀に手をかけたままその場で静かにこちらを伺い、そのまましばし硬直。
「渚っ!!」
焦れるように声を上げる雫さんを、渚さんが手で制止する。
「慌てんな、雫。自分だけ臨戦体制になってどうする。」
「でも!」
「殺気向けてるんはお互い様や。…まあ規模が違いすぎてお互い様なんて言うのも恥ずかしいレベルやけど。」
「ふふ、お褒めに預かり光栄ね。」
そういうと殺気を消す有里奈。ふぅー、と息を吐いて渚さんが改めて着席する。
「久世さん、ひとつ聞いてええかな?そんな強いのにそもそも何でうちらの土俵に乗ってくれてんの?」
「…私もかのんも、別に白雪と敵対したいわけじゃないの。平穏無事に過ごせるならそれに越したことは無い。ただ冬香ちゃんが親戚付き合いで困ってるなら多少の制約は構わないと思ってるわ、大切なお友達だし。」
「なるほどね、初めからコナちゃん作戦通りって事か…。」
「そんな事ないわよ?綱渡りだったもの。」
「こんな化物二人味方に付けて、えらい太い綱やないかい。」
渚さんは苦笑いすると雫さんに向き直る。
「という事や雫。ウチらの負けみたいやね。」
「…っ!」
歯をギリギリと食いしばって悔しそうにする雫さん。
「まあウチとしても久世さんとかのんちゃんは手放すには惜しいから、解決策を提示してくれるんは正直ありがたいね。」
「ふふ、ありがとう。じゃあさっきの件、認めてもらえるかしら?」
「それなんやけど、認めたところでかのんちゃんが厳しい状況なのは変わらんよ?昨日配下に入りました、今日ヒト殺しましたを許してたら秩序もへったくれもあらへんやん。まあ駆除対象にはならんけど、今度は一族組織内での管理謹慎対象になってまうで。コナちゃんとしてもかのんちゃんに首輪ついちゃうんはイヤやろ?」
いやいや私は殺してないからな?と思ったが黙っておく。
「何とかならないかしら?」
「粉雪の配下だと無罪放免は上雪と下雪が納得せんね。例えばウチの直属につけて昨日の件を実践訓練として扱うって手もあるけどそうすると今度は『殺しきれなかった事』と『逃げた事』が問題になってまう。」
「…横から申し訳ないのだけれど、そういう事実っていい感じに濁せないものなんですか?」
気になったことを有里奈が聞いてくれた!
「…雪守は何より秩序を守る事に思きを置くんや。昨日の件では『例の元カレ君を私が殺した』、『かのんちゃんがそこから逃げた』、ついでに『雫が取り逃した』は事実として報告されとる。今日聞いた話はまだ未報告やからそこは解釈の余地があるけど確定した事実を曲げることはできんのよ。コナちゃんもそこがわかってるから抜け道を用意して来たわけで。」
「なるほど、理解しました。」
「次期当主の直属に付いておきながら秩序を守りきれずあまつさえ逃げ出したとなれば、かのんちゃんは一生一族の中で立場がなくなってまうしそもそもウチの直属なんて望んでないやろ?」
「え?ええ、まあ冬香と一緒に居たいなって思いますけど…。」
なんとか私の駆除は回避できたけれど、今度は別の部分で問題が出てきてしまった。うーんと悩んでいる様子の冬香。私は白雪のルールがわからないから悩みようもないんだけれど。
「というか、ぶっちゃけそんな回りくどい事せんでも一発で解決する方法あるんやけどね。ウチとしてはそっちの提案が来ると思ってたからさっきのコナちゃんの案聞いて逆に驚いたわ。」
「え?そんな方法ある?」
「コナちゃんも逆の立場ならすぐ思いつくんやろうけど。案外自分の事になると気付かないものやね。」
そう言って渚さんが部屋の隅に立っていた黒服を着た女性に声をかけると、1枚の紙を持ってきて貰い冬香に渡す。
「コナちゃんとかのんちゃんのところ以外は書いてあるから。」
そう言って冬香に渡された紙を見る。
「これって婚姻届じゃない!」
冬香が今日一番の大声を出す。
「今日の日付でそれ出しちゃえばいいんよ。かのんちゃんは今日から粉雪かのんになるわけね。申し訳ないけど嫁入りして貰わんと結婚は認められん。」
「待って!なんでそういう話になるのよ!?」
「やっと焦ったコナちゃん見れたなー。でも考えてみ?無理矢理一昨日に遡って粉雪の配下にしてどうにかして一族に認めさせたところでどこかに綻びが出る。久世さんとかのんちゃん抱えて、コナちゃん自身も回復術を使えるようになったらこれから一族内での粉雪の立場は嫌でも大きなる。それを面白く思わん層に対してこういった綻びは致命的な弱点になりかねんよ?」
「それはそうだけど。」
「その点かのんちゃんがコナちゃんのお嫁さんだった場合、昨日のことは水に流せるんよ。かのんちゃんはコナちゃんの婚約者だったわけだからね。」
「流せちゃうんだ。」
「分家とはいえ、白雪一族の当主だからね。コナちゃんはこう見えてすごく偉い立場なんよ。その婚約者のかのんちゃんにも十分な権力が付いてくる…自分の身の安全のためにヒト殺してもお咎めない程度にはね。何故ならかのんちゃんの身を守る事が一族を守る事、つまり秩序を守る事になるから。」
「ならとりあえず婚約者って事でコレを出すのはしばらく保留できないですかね?」
私は婚姻届を差す。
「あれ?かのんちゃん、コナちゃんと結婚するの嫌?」
「嫌では無いですしどちらかと言えば嬉しい方ですけど、あまりに急展開すぎるというか…。」
「あはは、まあそうなるわな。気持ちはわかるよ。でもこの場で婚約者として認めて無罪放免は無理やね。コナちゃんには婚約者の内定者がおるからここでかのんちゃんを新たにねじ込むことは出来んよ。」
「何それ!?聞いてないわよ!?」
冬香がびっくりして聞き返す。
「まだ水面下で親同士が調整しとるところだからね。ほら、下雪のところの三男坊おるやろ?歳も近いし二人とも憎からず思っとるんならということで今は細かい条件詰めとるところやで。来週のお盆の集まりで正式に公表するんやないかな?」
さすがお金持ちの家系、そういうのあるんだ。本人の意思は関係無いのね。
「さすがに婚約はまだ無いと思ってたわ…。」
「むしろ遅いくらいやん?まあそんなわけで婚約者として立候補はちょっと無理があるんよ。」
「あの、その話だとお嫁さんってより一層無理があると思うんですが…?」
「お!かのんちゃん良いところに気付いたね!」
気付くわ!と心の中でツッコむと渚さんが悪巧みをする子供のような笑顔になる。
「これは一族内の力関係も絡んでくるんやけど、正直言って雪守としては下雪と粉雪の結び付きが強くなるのは愉快な話じゃないんよ。たださっきも言ったようにコナちゃんと下雪の三男の話は両家で調整中の段階でね、白雪本家にはまだ正式に許可を求められてない。」
「そこで先に私とかのんの婚姻を白雪に認めさせれば分家の当主同士が裏で考えていた婚約は無くなるってわけね。」
「そう!白雪が認めた事に異を唱える事になるからね。余程のことがない限りそれはできん。だけど正直時間も無いで?明日の夕方には本家含めた現当主が集まってお盆の時の段取り決める事になってるからね。そこで二人の婚約を打診されてそれを白雪が認めたら、今度はかのんちゃんとの結婚は承認できん。」
「つまり下雪家との婚約と、かのんとの結婚。どちらが早く白雪に認められるかという勝負になっているということかしら?」
「そう言うこと。いやー、コナちゃんが今日会ってくれて良かったわ。明日に先延ばししたら間に合わんところやったで?」
そう言って水を飲む渚さん。ふぅ、と息を吐くと改めてこちらに向き直り聞いてくる。
「そんなわけでここまでの話をまとめると、取れる選択肢は3つかな?
ひとつ、コナちゃんの当初の計画通りかのんちゃんと久世さんは8月7日から粉雪の配下に入る。その場合久世さんは問題無いけどかのんちゃんの処分については一旦保留になったあとどうするか決める事になる。駆除は無いにしてもあまりいい待遇にはならんね。
ふたつ、久世さんとかのんちゃんとついでにコナちゃんもかな?で白雪一族と徹底抗戦。久世さんとかのんちゃんにとってはある意味で一番縛られない選択かもね。白雪一族に加わるいう事は良くも悪くもこれまで通りではいられんから。ただ、この選択をした瞬間からウチらは敵同士。少なくともこの場の五人のうち、二人は生きてこのホテルを出られん事になるね。
最後、コナちゃんとかのんちゃんはこの場で結婚。厳密には役所に出したりがあるけどそんなん雪守の力でどうでもしてやるさかい、実質的にサインした瞬間に結婚したと認識してええよ。かのんちゃんは無罪放免どころか分家次期当主の嫁さんや。ただそれに伴う苦労は当然あると思う。ぽっと出の嫁さんをはいそうですかと認めるほど一族の人間は優しく無いからね。粉雪の嫁として自身を認めさせる必要はある。コナちゃんにしたって親の意向を無視して勝手に結婚するわけだからね、そりゃこのあと大変な事になるのは目に見えてる。それでもウチのおすすめはこの選択かな。かのんちゃんと今のコナちゃんならきっとうまくやっていけるやろ。…雪守の利益ももちろんあるけどね。」
どうする?と聞いてくる渚さん。冬香の方をチラリと見ると彼女は両手を頬に当ててぶつぶつと呟いていた。
「…こんなの実質、一択じゃ無い。でも困るわ、まだ恋人らしいことも全然してないし、そもそもかのんがお嫁に来てくれるかも分からないじゃない…」
ダダ漏れである。ちなみにこれは心を読んだとかでなく、普通に声に出てるからな?どうやら冬香の気持ちは固まってるものの最後の一押しが必要なようだ。しょうがないにゃあ…。
私はペンを手に取ると婚姻届に署名した。




