第17話 白雪一族
「コナちゃんから返信きたわ。」
渚はスマホを見ると楽しそうに笑った。
「かのんちゃん、コナちゃんの恋人なんやって。どう思う?」
「…は?知ってて黙ってたってわけ?」
「知らんかったんちゃう?あの子は念力無いからかのんちゃんの力に気付かんでも無理ないやろ。」
「はぁ…これだから粉雪は。それでどうするの?」
「とりあえずかのんちゃんに連絡取れるか聞いてみた。あ、返事来たわ。『いま一緒にいるわよ』やって。」
「…あの怪我で?」
「『どっかの病院?』『なんで?』うーん、とぼけてるのか天然なのか、メッセージだとわからんね。」
「電話かけてみればいいじゃ無い。」
「せやね。直接会った方が確実やけど電話でもある程度分かるか」
そう言って渚は冬香に電話をかける。
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「かかってきたわ。」
冬香がこちらを見る。
「スパイみたいで緊張するね!」
「まあ打合せ通りで行きましょうか。」
冬香はスマホをテーブルに置くと電話を受け、スピーカーモードにして話し始めた。
「もしもし?」
「やっほーコナちゃん、久しぶりー。今大丈夫?」
「ええ、久しぶりね。あまりデートの邪魔はして欲しくないのだけれど。何の用かしら?」
「今かのんちゃんと一緒におるんやろ?かのんちゃん、元気しとる?」
「憎たらしいくらいにピンピンしてるわよ?さっきもご飯おかわりして食べてたし。」
「そっかー、昨日会った時だいぶしんどそうやったから安心したわ。」
「わざわざ私の恋人の安否を確かめるために電話くれたの?ありがとう。他に用がないなら切るけど?」
「せっかちやねえ。あと2、3個質問させて欲しいんやけど。」
「いいわよ、手早くね。」
「かのんちゃんが念力持ってるっていつから知ってた?」
びっくり。駆け引きなしにぶっ込んでくるなー。敵にするとやり辛いタイプだわ。
「1ヶ月くらい前かしら?本人から打ち明けられたから。」
「かのんちゃんが昨日負ったケガ治したんは誰か知ってる?」
「私。」
冬香の答えに電話の向こうの相手が息を呑むのが分かった。
「今日、かのんちゃんとコナちゃんの2人に会えるかな?」
「…条件次第ね。デートの邪魔するくらいなんだから見返りは期待していいのかしら?」
「せやね…ウチら今都内の結構いいホテルに泊まってるんやけど、そこの展望フロアのレストラン貸し切ってディナーをご馳走でどうや?」
「相変わらずね。今日そのレストランでプロポーズする予定だったカップルが居たらどうするの?」
「コナちゃんも相変わらず優しいね。ちょっと待ってな…黒服さん、このホテルで今日お休みのレストランあるー?…あー、ここね。…お待たせ。やったらこのホテルの1階に今日がお休みのフランス料理のお店あるからそこにしよか。」
「わかったわ。何時に行けばいい?」
「今から準備してもらうから夕方6時くらいでどう?」
「18時ね、了解。お店の名前と場所はあとでメッセージで送っておいて。」
「迎えよこそうか?」
「いやよ、黒服に運転させてデートしても盛り上がらないじゃない。帰りだけお願いするわ。」
「そっな。ほな18時に。」
「じゃあ切るわよ。」
「楽しみにしとるでー。」
電話終了。ふぅ、と息を吐く冬香。
「お疲れ様。」
「概ね予想通りの流れね。あら、もうメッセージ来たわ。」
「どれどれなんてお店…わぁお、ここ私でも名前聞いたことある高級店。かのん、冬香ちゃん。フォーマルなドレスって持ってる?」
「私は大丈夫。」
平然と答える冬香。対して焦る私。
「持ってないよ!え、ドレスコードあるお店??」
「こんなお店にカジュアルな格好で行ってご覧なさい、貸切とはいえ舐められるわよ。というか休業日のこのお店を急遽使えるとかすごい家系ね…お金だけじゃどうにもならない世界よ?」
目を丸くする有里奈に、冬香は居心地が悪そうに答える。
「歴史だけはある家ですから。」
「…かのんには私のドレスを貸してあげるからこっちに来なさい。18時って言ってたわよね、一度かのんと冬香ちゃんの家に寄ることを考えると余裕無いわよ。急いで動きましょう。はい、立って立って!」
有里奈はそういうとパンパンと手を叩いて準備を始める。
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「…あいつ知ってたんじゃない。なんで黙ってた事を追求しないのよ?」
「雫、落ち着き。そもそもコナちゃんには報告義務は無いんやで。というか粉雪には見つけることができない前提やから報告が求められてないっていう仕組みの不具合やね。いずれにしても悪い事してないなら責められんでしょ。それにしてもやけに正直に話してくれたね、私としては嘘は吐いて無いと思ったけど雫は?」
「私も嘘は吐いてないと思う。だからこそ余計に意味が分からないんだけど?」
「そっかなー。コナちゃんとかのんちゃんがグルなら、こっちに身バレしとる以上ウチに取り入らんとマズいやん?だから下手に詮索されるより自分から正直に白状するのはむしろ得策やと思うで?」
「だったら廿日市かのんはどうして昨日逃げたのよ。」
「コナちゃん、一族の事なんも話してなかったんちゃう?そしたらかのんちゃんが死にかけた上にウチらに身バレしたから仕方なく打ち明けて…とか多分そんなんやろ。」
「そんな都合のいい解釈ある?」
「そのあたりは直接会って話そうか。楽しみやねー。」
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有里奈の車で家に向かいながら、冬香から聞いた話を思い出す。
…。
……。
「冬香の親戚って中々、こう、バイオレンスというか…。」
「今まで黙っててごめんなさい。ウチの一族ってちょっと説明しづらい家系なんだけどこうなったら全部話しておかないと、かのんにも有里奈さんにも危険が及ぶから…。」
「え?私も!?」
「はい。まず前提なんですが、ウチっていわゆる『討魔の一族』の家系というやつで。白雪財閥って知ってますか?」
「CMで商社やってたり不動産やってたり車作ってたりスポーツチーム持ってたりするあの白雪グループ?」
「はい、その白雪グループですね。」
「日本最大級じゃん…。」
「もちろんCMでやってるような事業は真っ当なビジネスで利益を上げています。ただ、白雪グループのトップの白雪家。そこは代々『魔なる物』を討伐する事で日本を支えてきたんです。」
「『魔なる物』…魔物ってこと?」
「はい。信じて貰えるかは分かりませんが、この世界には通常目に見えない魔物…一般には怨霊や付喪神と呼ばれる物にあたるんですが、そういったものいて時折現世に悪い影響を及ぼすんです。」
「まあ異世界に召喚される事を考えたら全然有りそうな話よね。そういうのって陰陽師とかが対応するんじゃ無いの?安倍とか藤原とか。」
「昔はそう言った家系もあったようですが、世代を重ねるごとに力が弱まっていったそうです。それこそ平安の時代は弱小だった白雪家は早くから力を後世に伝える事に力を入れて、結果的に現代でも魔を払うに十分な戦力を維持しています。とはいえ、世代毎にある程度強い弱いはあるみたいですが。」
「じゃあ冬香ちゃんが魔力持ちだったのってそういう家柄だったから?」
「そうかもしれません。ただ、粉雪家は代々力が弱い…ほとんど無いと言って良いですね。もう何代も力を持つ者が産まれずに一族の中では落ちこぼれ扱いされてますので。私もかのんに教えてもらうまでは魔力…同じ物だと思いますが、一族では念力と呼んでいる力は無いと思ってましたから。」
「じゃあ冬香ちゃんがたまに言ってた『本家』ってのは白雪家のトップって事??」
「はい。一族の中でも最も強い力と発言権を持つ白雪家を本家として、うちのような分家がいくつかあります。政府や警察、自衛隊などの組織との折衝を行う上雪家。暗殺や根回しなどに強い下雪家。おそらくかのんが接触した、秩序を守る事に特化した守雪家。分家は実働部隊も持っているのでそれぞれ結構大きい組織になるんですよ。」
「粉雪家は力が無いって言ってたのに分家として名を連ねているのは、昔の実績から?」
「そうですね。粉雪家は代々一族の財務管理を担当しています。魔物の強さや影響力を加味して討伐費用を算出して各所に見積もりを送り、討伐費用は一度粉雪の口座に振り込まれるのでそれを本家や分家、実働部隊に割り振ったり。なんとこれは非課税です。というかヤバすぎてお金の動きが外に漏れてはいけないやつです。」
「裏帳簿ってやつね。」
「はい。そうやって白雪一族は表と裏から日本を守ってきたんですが、その辺りの歴史は今は割愛します。いまは雪守家について説明しますね。」
「さっき冬香は秩序を守るって言ったよね。刀の女の子もそう言ってたし…秩序って何?」
「簡単に言うと、一族以外の能力者の排除ね。」
「わーお。」
「排除って言うと少し物騒だけど、取り込めるものは取り込もうとする姿勢はあるわ。ただし交渉が決裂した場合は処分に移行するけれど。」
「秩序を守るというわりに剣呑だね?」
「雪守は…というより、白雪本家としては討魔の力は白雪一族が統べるべきという思想があるの。確かに超常の力を誰も彼もが持っていたらそれは秩序が保たれた状態とは言い難いけれど、少しやり過ぎなところがあるのも事実よ。」
「難しいところね。ひとつ例外を認めるとじゃあこっちはどうなんだと収拾がつかなくなるもの。力を独占しようとするのは既得権益だけど秩序を守るという立場から見るとあながち間違ってない気もするわね。」
「既得権益とはいうものの、実際討魔の報酬ではほぼ利益は出ていないのが本当のところです。実働部隊に対する人件費は高い方ではありますが、それ自体が危険な仕事である事といつ働けなくなるか分からないという不安定さがあるのでトータルでは釣り合いが取れているそうです。あとは訓練に当てる費用とかの経費がどうしても嵩むと…まあ、身内の言う事ではありますが。」
「そこは別にいいわ。言い方が悪かったわね、ごめんなさい。ちなみにどのくらいの力があるとその排除対象になるの?」
「どんな小さなものでも、力を持っていると確定したら『管理対象』になります。念力でスプーンが曲げるのが精一杯程度の力でもです。ただ、その程度の力を持つ人はたまにいるのであくまでこう言う人物がいると管理されるだけになります。ある程度以上の力を持っていると雪守を通じて白雪が判断したら、『対応保留』になります。そこで勧誘などがあり取り込めそうと判断した場合は基本的に雪守の配下になりますね。勧誘を断ったり、そもそも秩序を乱すものと判断されればその場で『駆除対象』になります。」
「秩序を乱すものというと、人を傷付けたりするとアウト?」
「そうですね、超常の力で他人を害するなんてのは雪守が最も嫌う行為です。それが許されるのは白雪一族だけだと思っています。だからかのんは非常に危険な立場になってるのよ。桜井に応戦しちゃったんでしょ?」
「あれは正当防衛だと思うんだけど…。」
「それを判断するのは雪守なんだけどアレの判定に変な期待はしない方がいいわ。殺気を飛ばされたんでしょう?だったら既に駆除対象になってるつもりで立ち回る必要がある。」
「やっぱり国外逃亡しかないかな…。」
「早まらないの、まだ対応策はあるわ。かのんが遭遇したのが渚…例の関西弁の刀持ちの名前ね、渚だったのは運がいい方よ。彼女は雪守の中では柔軟なタイプな上に一族内の発言権も強い。出来れば早いうちに直接会って話をしたいわね。」
「私は顔を見られてないんだけど、まずいのかしら?」
「かのんの家に電話して泊めるって言ったじゃ無いですか。雪守がかのんの昨日からの足取りを本気で調べたら有里奈さんの存在が浮かび上がります。まだスマホの位置情報履歴の取得までは出来ていないと思うけど、それも時間の問題でこの場所がバレますね。」
「異世界の探知魔法より何倍も優秀じゃない!」
「あれは最初にマーカーしないとだからねぇ。」
「ごめんなさい、かのんか重傷と聞いた時点で雪守の可能性を考慮すべきだったのに…というかこの1ヶ月、どうやってかのんを雪守から守るかずっと考えていたのに、急な展開に全然頭が回らなくって、かのんを危険に晒したうえ、有里奈さんまで、巻き込んで…。」
「ほらほら、泣かないの。私のことは良いわ。結果としてかのんを助けることが出来たのは冬香ちゃんが居てくれたからだし、今はこの後どうするか考えましょう?」
「…ありがとうございます。」
「さっき冬香、対応策があるって言ってたよね?」
「うん、とりあえず有里奈さんは回復術の使い手って事で管理対象にはなっちゃうけど立ち回り次第でどうにかなると思います。かのんは…渚相手ならなんとかなるかも知れない。かのんさ、もしも渚と戦ったら勝てる?」
「100%負けると思う。」
「そっか…。わかった、その前提で対応策考えるね。」
…。
……。
…回想、終わり。
私は横に座る冬香をチラリと見る。
「なあに?不安?何とかなるわよ。」
「うん、ありがとう。」
ニコリと微笑む冬香はやっぱりカワイイ。守りたいこの笑顔。
「もうすぐ冬香ちゃんの家に着くよー。」
運転席から有里奈が呼びかける。
「はい、ありがとうございます。じゃあかのん、また後でね。」
「うん。また。」
車から降りていく冬香を見送り、私は助手席に移動する。
「さて、じゃあ私達はかのんのご両親に叱られに行きますかー。」
「よろしくお願いしますー。」
このあと外泊をした事を謝った上でホテルの夕食に行く許可を得ないといけない。家族に心配かけちゃうなあ。
「…はぁ。」
「大きいため息ね。車内の二酸化炭素濃度があがっちゃうわ。」
有里奈が笑いながら茶化す。
「うん…。冬香ってすごいお嬢様だったんだなって思ってさ。」
「びっくりするほどのお家柄だったわね。でもそんなお嬢様と同級生ってことはかのんの家もそこそこなんじゃないの?」
「ウチは一般家庭っス…そういえば冬香ってなんでウチの学校に来てるんだろ?」
「さあね。あとで聞いてみたら?」
「そだね。…ねぇ有里奈、私って冬香に釣り合わないよね?」
「家柄が?人柄が?まあどちらにしても肯定するけどね。」
「ちょっ!人柄は否定しとけよ!」
「冗談冗談。2人ともお互いを大切にしてるのは見ていてわかるから、お似合いカップルよ。」
そんな風に言われると照れるじゃないか。
「家柄についてはもう仕方ないわね。白雪財閥の一族なんて住む世界から違うもの。言うならば市井にお忍びで降りてきたお姫様と恋した町娘よ。」
「それ駆け落ちか心中エンドが濃厚なストーリー!」
「愛妾って手もあるんじゃない?
まあ冬香ちゃんの策だと私達は粉雪家の配下に収まるようにするって事だからちょっとは近づけるんじゃ無い?」
「お城で働くメイドにランクアップだね。」
「上手く事が運べばね。…そろそろ到着?」
「うん、そこの信号曲がったら一つ目の角を左…ここ。それで次を右だね。」
「…あなたも十分大きい家に住んでるじゃない。駐車場1台分スペース空いてるけど停めさせてもらって良い?」
「それは事前に伝えてあるから大丈夫。」
車を降りたら先導して玄関の扉を開ける。
「ただいまー?」
奥からお母さんが出てくる。
「おかえりなさい、かのん。…そちらが久世さんね?」
「お世話になっております。久世有里奈と申します。昨日は急にお嬢さんをお預かりさせて頂いて申し訳ございません。
こちら、つまらないものですがよろしければ皆様で召し上がって下さい。」
スムーズな流れで挨拶をこなす有里奈。いやあなたもまだ大学生ですよね?と思ったが有里奈曰く「向こうで何年主婦やったと思ってるのよ。こんなもんどこの世界だって大して変わらないわよ。」とのこと。
「こちらこそご迷惑をおかけしてすみません。」
「玄関で話すのもなんだし、あがってもらわない?」
「…そうね。久世さん、こちらに。」
「お邪魔いたします。」
リビングに通されるとお父さんは既にダイニングテーブルに掛けていた。さあ、4者面談だ!
 




