第14話 公園での戦い
有里奈と再会して数日。私は学校で開催している夏期講習に参加していた。別に期末テストの成績悪かったから放り込まれたのではなく、異世界召喚前に参加の方向で両親と相談して申し込んでいたのをすっかり忘れていたのだ。期間は7月末〜8月第1週、有里奈の試験と丁度重なっている感じだ。冬香に泣き付いたら「丁度いいじゃない、異世界ボケを治してきなよ。」と言われてしまった。
そんなわけで今日も朝から夕方までしっかり授業を受けるのだが、冬香はいないのでお弁当は別のクラスメイト達と取る事になる。別に冬香以外の友達が全くいないというわけでも無いからね!
「かのんって最近変わったよね?」
「そう?」
「私も思ってた!雰囲気変わった!」
「ふふ、高2の夏を前に少し大人になったという事かしら?どやどや?」
「いや大人っぽいというか…。」
「むしろオバサン臭くなった…?」
「おばっ…!?」
現役女子高生共には私の大人オーラは早過ぎたらしい。
「てか最近冬香とラブラブじゃん?たまには私たちとも遊ぼうよ!今日講習終わったら私とリカでカラオケ行くんだけどかのんもどう?」
「いいけど私、歌ヘタだよ。」
「女子高生にとって歌がヘタはカラオケに行かない理由にはならないんだよ?みんなで盛り上がるのが目的なんだから。」
「マジか、そういうもんか。じゃあ行くわ。」
「やった。じゃあ午後の授業も頑張りますかー。」
そして披露した私の歌は、「絶妙に下手」「いっそ下手に振り切ればネタになる」「ラップを全部HeyYo!で乗り切るのはいっそ好感が持てた」といった具合の評価だった。
…そんな感じで夏休み前半はあっという間に過ぎていった。ちなみに夏休みの宿題なんてものは初日に『超感覚』を使ってさっさと終わらせてある。
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ー 無事試験終了。お盆前だと9日と11日はバイトが無いから時間あるよ。
ー 了解道中膝栗毛!冬香と相談して回答します!
ー おーけーぼくじょー。
有里奈とそんなやりとりを終えて、冬香に9日と11日のどちらにするか確認のメッセージを送る。私も今日で夏期講習の最終日、お母さんに午前中で終わりと伝えるのを忘れていてお弁当を作ってもらっちゃったので1人で寂しく食べる事になってしまった。せっかくなので午後は図書室で読書をしていたところ、有里奈からメッセージが届いた次第である。ついでにスマホの時計を確認するともう夕方に差し掛かるところだった。
「もうこんな時間か、やっぱり読書はつい熱中しちゃうな。」
読書中はがっつり『超感覚』を使っているので体感と現実時間が全く合わなくなる。異世界時代は誰かに声をかけられるか、または空腹が限界を迎えるまで体感時間で何日も読み耽っていたが現代日本にはアラームという便利なアイテムがある。
「やっぱり魔術と現代科学の併用が最強だよねぇ。そこにビジネスチャンスは転がっていないものか…。」
そういえばお盆ももうすぐだ。あれから冬香に何度か会っているが、会うたびに魔力の流れがスムーズになっているのがわかる。おそらく魔力総量も相応に増えている。何に焦っているのかは教えてくれないが、お盆明けには話してくれるんだろうか。家業の手伝いでのアルバイトも気になる話ではあるが何よりも彼女が心配ではある。
「今日はもう帰るかなー。」
本を棚に戻して図書室を出る。クーラーが効いていた図書室から外に出るとあまりの暑さに一瞬で汗が出る。異世界で周辺の温度を快適にする『気温操作』の魔術を覚えてからは久しく感じていなかった感覚である。『気温操作』自分を中心に半径数メートルに効果が及ぶ術で、使うと私の周りだけ不自然に涼しくなってしまうので流石にこの世界では使えない。仕方なく暑さに耐えつつ家路に着く。
駅までの道中、とても喉が乾いている事に気づく。そういえば今日は午前で帰るつもりだったから小さい水筒にしたんだった…午前中には飲み干してしまったので昼から何も飲んでいない事になる。
「余計な出費で悔しいけど、熱中症になってもつまんないしなぁ。」
仕方なく私はコンビニで小さなペットボトルの水を買う。その辺りで立って飲むのはお行儀がよろしくないので、近場の公園に立ち寄りベンチを探した。
公園の中程にある屋根付きのベンチに腰掛け水を飲む。やや大きめの運動公園で、いつもはアスレチックで小学生が遊んでいたり、芝生ではリア充共がフリスビーをしたりする。
「今日は誰もいないのね、珍しい。」
…珍しい?
夕方とはいえまだ人通りは多い時間帯、この規模の公園に誰もいないのは不自然だ。もしかして今日は立ち入り禁止だったか?と思ったが入り口には特に何の看板も無かったことを思い出す。
「もしかして、人払いの結界が張られてる?」
慌てて常時発動していた『気配察知』を『魔力察知』に切り替えるとこの公園全体に魔力が充満している事がわかった。人払いの結界かどうかまでは判断できないがここに留まるのは良くない気がする。カバンを持ち公園の出口に向かって走り出すと、前から歩いてくる人物がいた。
「やっと来たか、廿日市。久しぶりだな。」
「…桜井君?」
「なんだぁその顔は?俺がここに居ちゃいけないって顔だなぁ?」
他に誰もいない公園で彼だけだ何事も無く歩いている。私は警戒心をさらに一段階引き上げる。
「別にそんな事ない。そういえば入院したって聞いたけど、もう身体は大丈夫なの?」
「心配してんのか?お前が俺を?はっ!おかげさまで身体はこの通りピンピンしてるさ!だがなぁ、お前のせいでココロはボロボロだぁ!」
そう言って大袈裟に手を広げる桜井君。
「お前はいいよなぁ、好き勝手に人を傷つけたかと思えばさっさと部活も辞めて今は毎日粉雪とヨロシクやってんだろぉ?
俺はそうじゃ無い。あれから周りにはバカにされるわ部活は上手くいかねぇわ、全部全部ぜぇーんぶっ!お前が悪いんだ。」
逆恨みもいいところだ。私は徐々に近づく彼から距離を取るように後ずさる。
「俺ばっかり酷い目にあってるのは不公平だ。お前だって同じように酷い目に遭うべきじゃないか?いや違う!!元はと言えばお前が悪いんだからな、お前のほうがもっともっも酷い目に遭わないといけない…っ!
なのに毎日毎日楽しそうにしやがって…。だから俺がお前に直々に罰を与える事にしたんだ。」
そういうと急に駆け出して私に接近する。反射的にぶっ飛ばそうとするが、彼をここまで追い詰めしてしまったのは私のせいか?という考えが頭をよぎり手を止めてしまう。その隙に両手の手首をガッチリ掴まれてしまった。
「…離してっ!」
「イヤだね。お前だって俺のいう事聞かなかっただろう?」
そう言ってそのまま押し倒されてしまった。
「粉雪とは毎晩ヤッテンのかぁ?ヘッヘッ、女同士だと物足りねぇだろうから俺が助けてやるよ。」
そう言って覆い被さってくる桜井君。私は『身体強化』をして手を振り解こうとするがガッチリと掴まれて離れない。体制が悪く脚も上手く出せない。
「やめてってば…このっ!」
私のカラダを弄ろうとしたのか、右手を掴んでいる手の力が少し弱まる。瞬間的に右手に魔力を集中、『身体強化』をブーストさせて勢い良く振り払う。そのままの勢いで目の前に迫っていた彼の顔を容赦なく殴りつける。
「がぁっ…!?」
上に覆い被せられたを状態からの一発だったので体重を乗せられず意識を落とすまでは至らなかったが、殴られた顔をかばうため左手の拘束も外れた。咄嗟に相手の右脇にこれまたブーストした左手の全力のフックを叩き込むと、堪らず彼は私の上から転がり落ちた。
私は彼と反対に2、3回転がると勢いよく立ち上がり自分の状態を確認する。
…右手は指の骨が折れて曲がっちゃいけない方に曲がってるし、腕の骨も多分どこか折れてる。関節にもダメージあるなこれ。左手はもう少しマシだけど腕の筋肉が捩じ切れてて指先が少し動くくらいだ。いずれにせよ物を持ったり殴ったりは出来そうにない。
こっちの世界に帰ってきてから日々魔力の強化はしていたがそれに肉体が追いついていなかった。咄嗟にブースト付きの身体強化をしたせいで与えたダメージより自分への反動の方が大きかったらしい。とはいえあれだけの力で殴ったら普通相手は死ぬ。だというのに…。
「いってぇなぁ!?廿日市ぃ!てめぇ、許さねぇぇええ!!」
桜井君にはほとんどダメージが無かった。殺さずに済んだのは良かったが、明らかに常人の域から外れている。次に捕まったらもう逃げられないだろうと、ひとまず後ろに大きくステップをして距離をとり改めて彼を『視る』と体内で魔力が暴れているのが見てとれた。自分や冬香のように循環させているのではなく激しく暴れているような魔力。身体強化が発動しているとは言い難いが結果的に魔力が内側から彼の肉体を強化して先ほど私が振り解けなかった程の握力や、殴っても死なない防御力を実現したのだろう。そしてこういった相手とは異世界で幾度も戦ってきた。
「魔導兵…?」
長かった戦争の後期、魔族国側が切り札の一つとして投入してした兵器。もともと魔力が無い者に無理矢理外付けの魔力を定着させて肉体を大幅に強化された兵士を、王国は魔導兵と名付けた。魔導兵はその強さに加えて異常なタフネスで王国兵を苦しめた。彼らは生半可な事では意識を失わず、また痛みで立ち止まることもなかったため熟練の王国兵が数人がかりで首を落とすことが最善の策とされた。王国側も多大な犠牲の上なんとかひとりの魔導兵を生け捕りにして解析してその作成に着手したが、魔力を持たない者に外付けの魔力を定着させる方法はどんな魔術師にも分からなかった。唯一分かった事は一度定着した魔力は魂にまで侵食しており剥がす方法はなく、回復術の『魔力分解』でなら侵食された魂ごと魔力を消し去ることができるが受けた者はその後廃人になるという事実であった。
魔族国側には彼らを元に戻す手段があったのか、それとも彼らは使い捨ての兵器として戦場に駆り出されたのか。今となっては確かめる術は無いが、当時の王国はその脅威に対して畏怖を込めて「人造魔導兵器」、略して魔導兵と名付けた。
彼が魔導兵なのか、似ている何かなのかは分からないがこの場を切り抜けるためにいくつか大きな問題がある。
ひとつ、両腕の負傷。痛みこそ『痛覚軽減』で抑えているが、この状況で彼を止めなければならない。
ふたつ、私は異世界で相対した数多くの魔導兵を全て破壊してきた。逆に言えばそれ以外の対処の仕方を知らない。
「こっちでは人殺しにはなりたくないんだけど…。」
とはいえ目の前の彼は既に話し合いでなんとかなる雰囲気でも無い。なんとか殺さずに意識を刈り取るしかなさそうだ。その後どうすればいいかはまるで思い浮かばないが、とりあえずこの場を乗り切るのが最優先だ。
だったら彼を放って逃げれば良いのかと言えば、ここに最大級の問題がある。
「まだ、誰かいる…!」
魔導兵はもともと魔力を持たないため、人払いの結界を張る事など出来ない。つまり自分をここに閉じ込めた人間があと1人は居るはずである。これがただの人払いの結界であれば良いが脱出を妨害する機能が備わっていた場合より追い込まれる事になりかねない。
「やるしかない、か。」
腹を括ると同時に、桜井君が突っ込んでくる。自由にならない腕を掴まれないように慎重に身を躱し、すれ違い様に足を払う。足を取られてバランスを崩した頭に踵落としを叩き込む。
「浅いかっ!」
足が壊れたら万事休すなのでどうしても身体強化のブーストは使えない。通常の身体強化だと渾身の踵落としでも魔導兵の意識を奪うには至らない。
「おお、痛え痛え。もう一回犯したくらいじゃ許さねえからな。犯して殺してまた犯してやるよ!!」
また襲いかかってきた桜井君をさっきも同じ要領で避けようとすると、彼は動きを先読みしたかのように身を翻した。…これが魔導兵の厄介なところの一つで、他人の魔力で身体を無理矢理強化されていると言っても自我が無くなるわけでは無い。意識はハッキリとしているため戦いにおいて極めて冷静な判断をしてくる。
だから私はその裏を取りに行く。
「うっ…らぁっ!!!」
折れた右手を魔力で操り強引に動かす。最大限のブーストを乗せて強化した一撃をクロスカウンター気味に顎に叩きつける。
バキぃ!とイヤな音がした。私の右手から。
「っつぅ〜〜。」
あまりの痛みに涙が溢れる。『痛覚軽減』は痛みをおよそ10分の1にする術で、無効化はできない。触覚の中から痛みのみを取り除く場合そのぐらいが限度なのだ。10分の1とはいえ右手の拳の骨が粉々になり腕や関節もバキバキに折れたら尋常では無い痛みとなる。
これでノックアウト出来ていればいいのだが…。
「ふざけんな…よぉっ!!」
残念ながらこれでもダメだったようだ。体勢を戻した桜井君が殴りかかってきた。これまでの大振りではなく脇を締めたボディフック。右手の痛みで動きが鈍っていた私はボディにモロに食らってしまった。
「かはっ…。」
よろけた私に追撃が飛んでくる。腕が上がらずガードができない私は魔力で障壁を張りながら転がるように後ろに下がり距離を取ろうとする。
「なんだこれ?見えない壁みたいなもんか?」
魔力障壁では魔導兵相手に碌な足止めにもならず距離を詰められる。お腹にいい一発を貰ってしまったせいで呼吸がツラく、一度距離を取って立て直ししたいがそれをさせて貰えない。蹴りを入れても有効打にならない。
「…捕まえたっ!」
こめかみを狙ったキックを耐えられ、そのまま掴まれてしまった。咄嗟に逆の足で掴んだ腕を蹴りに行くが、
「遅い!」
そのまま私の脚を振り上げ、体ごと地面に叩きつけられる。
「がぁっ!」
「もう一発!」
叩きつけられた私を容赦なく蹴り上げる。
「ぐふっ!」
そのまま数メートル飛ばされる私。ダメージが大きく立ち上がることができない。
「やっと大人しくなったか。しかし思ったより強かったな。なんか見えない壁もあったし。もしかしてお前もアイツに会ってたのか?…まあいいわ、とりあえず犯すか。」
そう言って近づいてくる桜井君。もうダメだ、今の私に彼を殺さずに無力化は出来ない。かつて多くの魔導兵にしてきたように彼も壊すしか無い。
でも、いいのか?この世界でも人殺しになるのか?その葛藤が私を悩ませる。他に手はないか、決断するための時間を稼ぐため、全力で『超感覚』を使い体感時間を延ばす。しかしどれだけ考えてもこの状況を打開できる策は思い浮かばなかった。引き延ばした時間の中でもタイムリミットが迫る。私は覚悟を決めて、一撃で彼を破壊する…殺すための術の発動準備にかかる。
彼が徐に私の隣に立ち、私が彼を殺すための術を打とうとしその時。
「おにーさん、女の子にそんな風に乱暴したらあかんよ?」
透き通った声が聞こえた。思わず振り返る桜井君。私はいつでも術が発動できる状態を維持したまま、そちらに目を向ける。そこには見たことの無い制服きた女子高生が立っていた。おっとりした雰囲気ではあるが、その手には鞘に収まった刀が握られていた。
「しかしどういうことなんやろね、アンタ体の中できったない念がグルグルしてて。そっちの子はキレイな念やねー。」
「なんだお前、邪魔するんじゃねーぞ?っていうかどうやってここに来た?アイツが裏切ったのか?」
「そりゃあ2人が仲良くチャムチャムしてるならウチかて見ない振りするけど。人払いまでして女の子を痛めつけてるのは流石に止めざるを得ないやろ?その子ボロボロやん…その右腕なんてもう治らんよ。」
「うるせぇっ!これは俺達の問題なんだよっ!大体全部コイツが悪いんだからなっ!!」
「うーん、二人の問題と言われると何も言えんなぁ…ただね。」
少女が腰を落とす。抜刀の構えというやつだ。
「そないな力を使って他人を傷つけるような人を放っておくと、うちが守るべき秩序ってもんが乱れるんよ。大人しく力を納めて付いてくるなら申し開きくらいはさせてあげるよ?」
「うるせぇ!」
桜井君が少女に殴りかかる。
「残念やわぁ。」
そういうと少女の魔力が一瞬で跳ね上がる。一閃。目にも留まらぬ速さで剣を抜き、納めると一瞬遅れて桜井君の両腕は地面に落ちた。




