第13話 魔女と聖女の思い出トーク(冬香視点)
改めて席に座り直した私達。有里奈さんが注目を浴びて恥ずかしいというので奥のボックス席に移動する事にした。席ではかのんと有里奈さんが思い出話?に華を咲かせている。
「こっちに戻ってこれたはいいけど、体感25年前にタイムスリップでしょ?ふと現実に立ちかえると月末には上期末の試験が控えてるわけよ。それで慌ててノートと参考書を見てもほとんど何も憶えてないってわけ。」
「あはは、わかる。私も当日が期末試験だったからどうしようもなかったよ。」
「それは流石に厳しすぎるわね。半月猶予があった私はまだマシなのかしら?」
「有里奈ならテスト勉強の前にこのおしゃれなカフェで気合い入れるかなって待ち伏せしてたんだけど、ドンピシャリだったね。」
「正にそのつもりでここに来てたわ。流石だわねぇー。」
「それで、あっちの事をどこまで覚えてるって話だけど。」
「そうね。こっちに来て何か忘れたとかは無いと思うわよ。あちらにいた25年のことは普通に記憶に残ってる…良いことも悪いこともね。」
「やっぱりあれって夢じゃなかったのか…。」
「あれだけ長くて鮮明な夢を2人が共有してたらそっちの方が怖い気もするけどね、ちょっとお互いの記憶に食い違いが無いか確認してみる?」
「いいね。じゃあ第1問!ジャジャン!」
「いやクイズ番組かよ。」
「ジャジャン!」
「はいはい、どうぞ。」
「私たちの娘の名前は?」
「エレイシア。愛称はのんタン。」
「正解!のんタンって呼ぶのは有里奈だけだったけどね。素直にエリーでいいじゃん。
第2問!ジャジャン!一緒に召喚された残り2人のフルネームは?」
「龍門寺 航、長野 幸。」
「正解!じゃあ第3問!ジャジャン!私達がルース国を出た後、4番目に立ち寄った村の名前は?」
「待って、それガチのクイズレベルじゃない!?そんなの覚えてるわけなくない??」
「チッ、チッ、チッ、チッ、考え中。考え中…。」
「マジか、思い出せー。ルース国を出たあとよね?確か最初が幸がスリに遭った村で、次がしばらく滞在して路銀を稼いだところよね。その次が温泉が近くにあったところで、4番目ってなんだ?なんかどっか田舎に立ち寄った気がするけど印象に残って無さすぎる!」
「ブッブー。時間切れです。正解はニートの村でした。」
「それだぁ!何もなさすぎて正にニートって笑ったんだった!」
「じゃあ2問正解の有里奈にはこのミルクレープを一口進呈。」
「やったー。ねぇ、私にはあーんしてくれないの?」
「…みてたの?」
「あんなところでイチャついてたらそりゃ目立つわよ。」
「やだ、恥ずかしいわ。」
「ニコニコしながら言うのが腹立つわー。大して恥ずかしいって思ってねぇだろお前。」
「ふふ、通りすがりの人に見られても別にねぇ。」
「その割り切りっぷりは間違いなく私の知るかのんね…。このミルクレープ美味しいわね、もう一口もらっていい?」
「いいよー。」
「ありがと、愛してる!それでやっぱりあれは現実だったいうことでよろしいですかね?」
「そう思うしかなさそうだね。夢だったなら良かったのに。」
「そういえばかのんはあの後5年生きたって言った?」
「うん、去年エリーがお嫁に行って思い残すこともなかったからね。みんなと同じ病でぽっくり。」
「うっそマジで!?のんタンお嫁行ったの!?うわぁ娘に先越されてんじゃん私。」
「いやでも有里奈が居なくなって4年くらい経ってからだから、これから4年以内に結婚すればセーフじゃない?」
「マジか、それか!セーフだな。じゃあやっぱり彼氏から見つけないと。あ、聞いて聞いて!今度私合コンデビューするから。」
「合コン!さすが大学生だね!」
「でしょ、マジいい男なら捕まえるわ。」
ものすごく脱線してるけど、楽しそうだからいいか。私はおかわりの紅茶を頂きつつ有里奈さんを観察する。
彼氏はいないとの事だが、ゆるふわでフェミニンな雰囲気の美人だし男が放っておきそうに無いタイプだ。でも話した印象はかのんに近いかな?かのんがもう少し分別ついたようなタイプというか…。
「そういえばかのんはコウとユキには会ったの?」
「会ってないし、会わなくていいかなって思ってるよ。ユキは何処にいるか分かんないし、20年近く前に死に別れた旦那ってもう過去の人なんだよね、下手に会ってやり直そうとか言われても困る。私には冬香がいるし。
なんかコウは会わなくてもテレビでに出てるじゃん?」
「あいつが歌ってるの見るとマジウケるんだけど。」
ん?なんか聞き捨てならないこと言ってるぞ?思わず身を乗り出した私にかのんが説明してくれる。
「えっとね、『勇者』だったコウ…龍門寺航ってね、この人なんだよ。」
そういってかのんはカフェのマガジンラックから音楽雑誌を取り出す。その表紙には若者に人気のバンドが載っていた。
「この『Dragon's Gate』のリーダーのKOH が、元勇者。」
「そうそう、しかも他の3人って誰もこのバンド知らなくて、最初コウがすごいショック受けてたんだよね。異世界ってことよりショック受けてたの笑ったわ。」
「まあ、そんなわけで会おうと思っても会える人じゃないんだけど、元気そうにしてるからまあいいかなって。」
「そうね。」
「え、有里奈さんってコウさんと付き合ってたんじゃ…?」
「かのん、そこまで話してるの?」
「なんか話の流れで、ごめん。私がユキと結婚したことも知ってるしなんならエリーのことも話してる。」
「そこまで聞いてて受け入れてくれてるんだー、良い子捕まえたじゃん。離しちゃだめだよー?
それで冬香ちゃんでいいかな?確かにコウとは向こうで10年近く付き合ってたけどそんなに付き合ってるとなんか熟年カップルっていうのかな、トキメキとかは無くなって相棒!って感じが強くなるの。好きか嫌いかと言われれば好きだけどね?
でも結局結婚する前には死んじゃってさ、そのあとかのんとコウが結婚してのんタンが産まれて、そしたらその子が可愛くてね。かのんがお母さんって呼ぶの許してくれたから有里奈おかーたん、って呼んでくれんの!で、ユキも割と早く死んじゃって、そうすると私とかのんでのんタン必死で育てて…。」
「えっと、エリーさんなのにのんタン?」
「ああ、エレイシアって向こうの言葉で希望って意味なんだけどね。希望をのぞみって読ませて、かのんタンの娘ののんタン。」
「なるほど!センスがいい!」
「でしょ!?わかってくれて嬉しいわぁ、あなた良い子ね!」
「いや、有里奈がのんタンって呼ぶからエリーは子供の頃本気でのんタンも自分の名前だと思ってたんだよ?困るよね?」
「話を戻すけど、死別して15年。その間にガッツリ子育てを挟むとね、今さら元彼にはときめかないんですよ。思い出でしかないというか。」
「はぁ…。」
「かのんもユキのことはもう何とも思ってないんでしょ?」
話を振られたかのんは私の方を見て首を大きく縦に振る。
「ということで私は次の合コンにかける!かのんのおかげでテストも余裕で乗り切れそうだしね。」
「あ、そうだ。テスト前なのにこんなに時間とらせちゃって大丈夫かなって思ってたんです。回復術があれば乗り切れるって、徹夜で勉強して眠くなったら回復するって事ですか?だったら少しでも長く勉強した方がいいんじゃないかと思うんですが。」
「…さすがかのんの恋人。発想がこの子のそれだわ。冬香ちゃん、この子あっちでマジでそれやってたから…私に回復術使わせてね。」
「へへ、照れる。」
「褒めてねぇからな?
…私がやるのはもっと楽チンな方法よ。今ちょっとやってみせるわね。『聖書』。」
有里奈さんが念じるとその手に大きな本が現れる。よくファンタジーに出てくる魔導書のようなサイズと装丁だ。
「その本を使って回復術を使うんですか?」
「やっぱり見えるんだ?本当に回復術の才能があるのね。これ、かのんには見えないのよ。」
コクコクと頷くかのん。
「これ自体が回復術の一つでね。ほら、ページ見える?」
パラパラと本をめくって見せてくれる。
「最初の方は見たこともない文字が書かれていて、途中からは全部白紙…?」
「そう、それでこの白紙のページを開いて参考書のこのページを重ねると…。」
「ページに参考書がそのままコピーされましたね。」
「うん。実はこれだけの術なの。魔力で出し入れできる本…一応聖書ね、これに任意の文字を書いたり今みたいにコピーを取ったり、目で見た光景をそのまま映して保存することもできるのよ。」
「す、すごい!」
「回復全く関係ないんだけどね。一応向こうでは回復術って教会の管轄だったんだけど、教会の仕事って神の教えを広める事でしょう?印刷技術があまり発展していない世界だったから効率よく聖書を複製するために作られた術ってことで術の名前は『聖書』なのよ。」
「この本って回復術を使えない人には見えないんですか?」
「そう、だからノートと過去問と参考書を片っ端からコピーしちゃえばテストはもう問題ないって事!」
「それ、カンニングじゃん!」
「あら、かのん。これは私が術で作った本に私が手間をかけて写すのよ。いつでも思い出せるという意味で、丸暗記と何が違うのかしら?」
「むぅー、屁理屈…。」
「でもその本を出してページを開くって本が見えない人からすると逆に怪しい動作してるように見えませんか?」
「ふっふっふ。それがこの術の便利なところでね。こうして本の表紙に手を置くと、任意のページを頭の中で読むことができるの!」
「もうカンニングするための術じゃん!」
かのんが突っ込む。
「テストなんて与えられた条件下で問題が解けるかどうかを測るものでしかないの。私だって『聖書』の使用が禁止されているなら使わないけど、運良くこの世界のテストはあまねくこの術の使用が禁止されていないのよね。つまりこれはカンニングではないのよ。
というか、丸暗記で解ける問題なんて本来テストする意味すらないってのが私の持論ね。だからノートと参考書をベースにテスト時間中に論理的に問題を解く姿勢は間違ってないのよ。他の人はノートと参考書の中身を記憶することに労力を割くけれど私はその記憶を術によって補うことができて、その結果論理的思考により時間をかけることができると言うわけね。ほら、どこにも問題ないじゃない?」
「うぅ…。やっぱり有里奈の屁理屈には勝てないよ。」
一見筋が通っているが過去問で類題を見てほぼ写すならその理論は通らないのでは…と思うが黙っておこう。
「そういえば冬香ちゃんに回復術を教えて欲しいんだっけ?この術は消費魔力が少ない上に固定値だから初心者にピッタリだと思うんだけど、今日覚えていく?」
「いいんですか!?」
「ちょっと、冬香を悪の道に引き摺り込まないでよ。」
「ふふ、この術を覚えてもカンニングに使うかどうかは冬香ちゃん次第よ。どんな術もそれ自体に善悪はない。使う者の心次第、でしょ?」
「冬香ぁ、悪の道に進まないでね…?」
涙目で訴えてくるかのん。
「もちろんよ、かのん。私は正しい事にしか使わないわ。」
にっこり笑って安心させる。但し私はどちらかというと有里奈さんの意見に賛成派だ。それが間違っているとは思わない。私の中では正しい事にしか使うつもりはないので決して嘘ではない、カンニングに使ったとしても。
「まぁ、有里奈に教えを乞う以上はじめから私は文句をつけるつもりはないんだけどさ。」
「じゃあさっさとやっちゃいましょうか。かのん、彼女さんと感覚共有するけど構わないわね?」
「それが一番早くて確実だしね。冬香、この間わたしがやった魔力感覚の共有、あれを有里奈がやるから。」
「わかった。有里奈さん、お願いします。」
「はーい、お姉さんに任せなさい。」
有里奈さんが手を握って魔力を伝えてくる。じんわりと私の魔力と混じっていく感覚に陥る。
「すごく馴染みやすい、いい魔力してるねー。じゃあいくね。『聖書』」
私の魔力と混じった有里奈さんの魔力が身体の中で指向性を持ち、具体的になっていく。すると私の手から有里奈さんが出したものと同じ魔導書が現れた。びっくりしていると今度は魔導書の魔力が徐々に体内に戻っていき、出た時と同じように前触れなく魔導書が消えた。
「これでおっけー。もう使えるはずよ。一度出し入れしてみて?」
体から有里奈さんの魔力が抜ける。私はさっきの感覚を思い出し、同じように魔力を練る。少し時間がかかったものの、手元に魔導書を作り出すことができた。今度は魔導書から魔力を少しずつ身体に戻し、しばらくすると魔導書は消えた。
「できました!」
「一発で成功させるとかセンスいいのねー、普通はその感覚をなかなか掴めなくて苦労するんだけど。一度できたならもう大丈夫、あとは反復練習ね。熟練すればするほど出し入れはスムーズになるわ、」
そう言って手元で本を出したり消したりする有里奈さん。私は出すのに30秒、消すのに15秒ほどかかっていたのでその差は歴然だ。
「ありがとうございます、頑張ります!」
「他の術も順次教えてあげたいんだけど、今日はちょっと残り魔力が厳しいわね。しばらく『聖書』で術の発動と魔力残量の把握になれてもらって、そうね…私のテスト期間が終わるくらいになったら習熟具合を見ながら残りの術も教えていく感じでいいかしら?」
「私は大丈夫ですが、迷惑じゃないですか?」
「うん、大丈夫。テストさえ終わっちゃえば基本ヒマしてるからね。」
「彼氏作ったら忙しくなるよ。」
「余計なお世話だけどホントそれな。…あと、日によってはバイトしてるから、あらかじめ連絡頂戴。」
そういってスマホを取り出した有里奈さんと私たちは連絡先を交換した。
「有里奈、バイトって何してるの?」
「小さいレストランのウェイトレス。時給安いよー。」
「そっかぁ…じゃあパスかな。」
「なに、かのんもバイトしたいの?」
「そうなんだけど、時給いくらの仕事より出来高のお仕事の方が効率いいと思うんだよね。有里奈だって色々お金稼げる方法あると思わない?」
「…回復術を活かしたモグリの医者?」
「お金は一生かけて払いますから、どうかおっかさんを助けてください!」
「その言葉を聞きたかった!
ふふ、あっちではそれで稼いだこともあるけど、さすがに日本じゃ無理でしょ。それにこんな能力があるなんて周りにはバレない方がいいし。」
「だから私の魔術と呪術と、有里奈の回復術で協力してこっそり大儲けできないかな?」
「うーん、かのんが徹夜で『超感覚』と『身体強化』で徹夜で内職して私が回復してあげるとか?」
「有里奈からそんな鬼畜な提案が出るなんて思わなかったよ!?」
「冗談よ、冗談。でもつまりそういう感じでお互いの足りないところを補って短時間で稼げる仕事…それも周りにバレないようなのって事ね。」
「そう!」
「すぐには思いつかないわね。でも発想自体は悪くなさそうだから、おいおい考えておくわ。」
「有里奈が乗り気になってくれて良かったよ。」
「あの、その能力を活かしたバイトなんですけど…。」
「冬香ちゃん何が心当たりあるの?」
「もしかしたら家の家業の手伝いで活かせるかもしれません。ただ、まだなんとも言えない部分も多いので1ヶ月くらい待ってもらえますか?」
「冬香の家業って詳しく話してくれるの?」
「さっきかのんにも話したけど、それもちょっと待って。お盆に親戚が集まった時の本家の動き次第なの。」
「本家って、冬香ちゃんってお嬢様?」
「古いだけの家です。」
「それ本物のお嬢様の定番のセリフ…っ!」
ここで匂わせる事が正しかったのかは分からないが、かのんと有里奈さんが本当に力を使って仕事を始めては手遅れになる。釘を刺す意味でも、自分を追い込む意味でも仕方がなかったと納得する事にした。
その後はしばらく、主にかのんと有里奈さんが雑談をした。
「じゃあ次はテストが終わるぐらいに来るよ。」
「はいはい。そうだ、冬香ちゃん。回復術…今日は『聖書』だけしか教えられなかったけど、分からないことがあったらいつでもメッセージくれていいからね。」
「はい、ありがとうございます。それじゃあかのん、帰ろうか。」
「うん。じゃあ有里奈、またね。…そうだ、次回は有里奈のお家にお泊まりしてもいいかな?」
「へ?…うーん、女子高生を泊めるとなると事前に親御さんに挨拶がいるね。」
「そんな改まらなくても友達のお家に泊まるって言えば大丈夫!」
「そうも行かないって。現代日本で成人が未成年を親の許可なく泊めると犯罪になるの。私をこっちでまで追われる立場にしないでほしいんだけど?」
「そうか、今はそんな感じだっけ。つい向こうのアラフォーだった頃の感覚で話しちゃうね。」
「せっかく若返ったんだから、若さゆえの不便も楽しんで行こうよ。」
「そだね!」
そう言って私たちは解散した。
帰りの電車の中で私は有里奈さんの「こっちでまで追われる立場になりたくない」という言葉が気になった。かのんと有里奈さんは異世界で誰かに追われるような立場だったのだろうか?
横に座るかのんを見る。私は彼女が異世界の事を語る時あまり自分の事を話さない事に気付いていた。あくまでも「召喚された4人の物語」調に語る。言葉の端々から思い出したくない事が多いのだろうと言う雰囲気を感じる。いつか、全てを話してくれる日が来るのだろうか。




