第12話 聖女のキャンパスライフ(聖女&冬香視点)
久世有里奈は都内の某大学3年生だ。今は夏休みの前に立ちはだかる前期試験の勉強に追われていた。有里奈は真面目な学生なので普段からレポートの提出も余裕を持って行うし、試験勉強だって早い段階から取り組み直前で慌てるような事はない。だが今回は事情が違った。
「有里奈、今日はバイト?」
今日の講義が終わり、友達が声をかけてくる。
「バイトは試験終わるまでシフト外してもらってある…今回はマジでやばくって、今から図書館の自習室で勉強してくる…。」
「珍しいじゃん。なんかあった?」
「うーん…なんというか、先週末にこれまで勉強してきた事全部忘れたっていうか。」
「はぁ!?頭でも打ったの!?」
「頭は打ってないんだけど、まあ軽い記憶喪失みたいな感じ…。」
はぁ、とため息を吐く。
「理屈は分かんないけど、それは深刻だね。それで今期の勉強全部し直してるんだ?」
「ものによっては入学当初からのだね…今回の範囲だけやってても基本的なこと忘れてるとお手上げなのよー。」
「…なにかショックな事あった?彼氏に浮気されたとか?彼氏に借金頼まれたとか?彼氏に壷を買わされそうになったとか?」
「なんで彼氏のこと限定なのよ!そもそも彼氏なんて出来たことないの知ってるでしょー?」
「ふふ、じゃあテスト終わったら合コン行こうよ。」
「テストが無事に終わったら、考えておくわー。」
「マジ!?今までどれだけ誘っても来なかった『鉄壁の有里奈』がついに合コン参戦!?」
「何よそのあだ名。それくらい今回はヤバめってコト。というかサチは余裕じゃない?」
「私が取ってる講義はレポート主体だからね。小難しい専門取るから苦労するのよ。」
「だって希望のゼミに入るのに必修だったんだもん…。」
「だったら頑張るしかないね。合コンの話は本気にしちゃっていい?だったら気合い入れてセッティングするけど?」
「おけおけ、今回の山場を乗り切れたらなんでも出来る気がするわ。」
友達と別れ、気合いを入れるためにコーヒーを飲もうとカフェテリアに向かう。大学の購買棟には有名なカフェテリアが入っており、少し値段は高いが有里奈のお気に入りスポットであった。
カフェテリアに着くと知り合いが数人、入り口の前に固まっていた。
「みんな、どうしたの?入らないの?」
「あ、有里奈!なんか中央のテーブルにかわいい女子高生がいるんだけど。」
「女子高生?珍しいね。」
大学構内は別に一般人が入ることを禁止していない。もちろん関係者以外立ち入り禁止のエリアも多いがカフェテリアは一般開放されている。ただこのカフェテリアは高校生が通うには少し値段が高いし、何より同じ系列のもっと大きい店舗が駅の近くにあるためわざわざこの店のために女子高生がくるとは思えなかった。
「でもなんで女子高生がいるからってみんなで固まってるのよ?」
「その女子高生、2人組なんだけど見たところ百合ップルっぽくてさ。甘々な空気を撒き散らしててけしからん!なんだけど2人ともめっちゃ美少女なんですごい絵になってるんだわ。」
「はぁ…。」
「それでみんなでてぇてぇしてたってわけ。」
「なるほどね、アホらし。私は忙しいから入っていいかな?」
「どうぞどうぞ!」
知り合いの横を抜けてカフェテリアに入る。キャラメルマキアートに生クリームを乗せてもらって、お気に入りのカウンター席へ向かう。
その途中で中央のテーブルへ目をやると、確かに女子高生の二人組がイチャついていた。
「このミルクレープおいしいっ!はい冬香、あーん。」
「あーん…。確かに美味しいけど、ちょっと甘すぎない?」
「ケーキは甘過ぎるくらいが丁度いいんだよ!その方が紅茶と合うべ?…そっちのチーズケーキもおいしそうだね?」
「はい、一口あげるわよ。」
「あーんは?」
「…恥ずかしいから無理。」
いやいやお前さっきあーんして食ってたからな?食べるのは出来てあげるのは無理ってお姉さんその感性よくわかんねぇっスわ。思わず心の中で突っ込みを入れる。
「ところで、本当に来るの?」
「うーん、さっき授業が終わって人が動いたからこのタイミングで来るならそろそろかな?またはもう1つ授業受けてからの90分後?」
「あと90分はここでは待てないわよ?」
「そしたら構内お散歩してお腹空かせてこようよ。ほら、このパスタなら2人でわけっこして食べられると思わない?」
ここのパスタの1人前は少ないぞー?なんてこれまた心の中で教えてあげつつカウンターに向かう。どうやら誰かを待っているようだ。
中央のテーブルの横を通り過ぎつつ、女子高生の顔を見る。確かに美少女だ。片方はクールビューティーといった雰囲気を出しつつ女子高生特有の可愛らしさも残している。もう1人はクリクリした垂れ目とふわっと片側にまとめた髪がかわいらしい。ってこのタヌキ顔はまさか…!?
思わずじっと見つめてしまうと、タヌキ顔が顔を上げる。私と目が合うとクリクリの垂れ目をパチクリとさせて立ち上がった。
「居た!有里奈!居たぁーっ!」
オシャレなカフェテリアに大声が響き渡る。
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ーーー時間は少し遡り。
水曜日。今日で1学期が終わり明日から夏休み。午前中に集会があり、このあとホームルームを残すのみである。
「今日、『聖女』に会いに行こうと思うんだ。」
唐突に言い出したかのん。
「どこに居るか分かったの?」
「うん、たぶんここに行けば会えると思う。」
そう言ってかのんがスマホの画面を見せてくる。そこには某大学のホームページが表示されていた。
「ここって都内の有名大学じゃない。」
「『聖女』はここの3年生だよ。」
「年上だったの!?」
言ってなかったっけ?と首を傾げるかのん。私は異世界召喚のテンプレから勝手に全員高校生だと思っていたが、そういえば確かにかのんは他の召喚者の素性については何も話していなかった事に気付いた。
「ちょっと調べたらこの大学は今週まで通常講義で来週から期末テストっぽいから、今週行けば講義終わりの『聖女』に会えるかなって。」
「連絡取れたわけじゃないんだ?」
「その連絡先を聞きに行くんだよ。SNSで名前検索しても本人っぽい人がヒットしなかったからね。」
そりゃあイマドキ本名検索してさくっとヒットはしないだろう。『聖女』にはITリテラシーがあるらしい。SNSをやっていないだけかも知れないが。
「じゃあこのだだっ広い大学の敷地内でたまたま会えるまで歩き回るの?それはさすがに出会えないんじゃない?」
「ふっふっふ。秘策があるんだよ。」
そういってホームページ内のリンクをクリックするかのん。表示されたのはオシャレなカフェテリアだった。
「ここって都内にしかないオシャレなカフェの系列店?さすが大きい大学はこんなのがあるのねぇ。」
「ちょっと写真を見た感じここの雰囲気って『聖女』が好きそうなんだよ。それとあの子、気合いを入れる前にティータイム入れがちだから講義が終わってこれからテスト勉強するぞ!って時にここで休憩するんじゃないかな?」
「なるほど、だから講義が終わるタイミングでここで待ち構えてれば会える可能性が高いってわけね。」
「そう!完璧な作戦だべ?どやどや。」
完璧どころか穴だらけな作戦だと思ったが控えめな胸を張って威張るかのんがかわいかったので無粋なツッコミは控える事にした。
「ちなみに会えなかったらどうするの?」
「会うまで通うよ?」
「マジか。」
この行動力はなんなんだ。
「そんなわけで今週はデートできないかも。」
そう言って手を合わせるかのん。
「私は一緒に行っちゃいけないの?」
「え?だって遠いよ?」
「別にいいわよ、あなたと一緒なら。それにこのカフェテリアってちょっと気になったし。高校生にはちょっと高めだけどデートスポットには丁度いいじゃない?」
「…さすが冬香!さすとう!じゃあ早速行こう!」
「はいはいホームルームが終わってからね。」
そのタイミングで担任が教室に入ってくる。夏休みの注意事項などを軽く伝えた後に解散となった。
…。
電車で1時間ほど。到着した大学の前でかのんが立ち尽くしていた。
「今更なんだけど、私たちってここ入っていいのかな?考えてみれば制服のままで来ちゃったし。」
「本当に今更ね。さっきかのんが見せてくれたカフェテリアのページに※一般の方もご利用可能です。って書いてあったからたぶん平気じゃない?何か言われたら大学見学ですで押し通しましょ。
ほら、行くわよ。」
そういって構内を歩く。目的のカフェテリアに着き、とりあえず席の確保をする。
「…ど真ん中の席にするのね。」
「ここだと店内の全部の席が見通せるからね。」
「じゃあとりあえず軽食でもとる?」
「いいね!でもここ高いなー、毎日通える大学生ってすごい。」
「大学生でも毎日は通わないんじゃない?私たちは明日以降はコーヒー1杯で数時間粘る嫌な客になるわけね。」
「明日も来てくれるの?」
「そりゃ来るわよ。」
「冬香…好き。」
「…こんなところで、バカ。それで、かのんはどれにするの?」
「ケーキセット!一緒に頼みに行こう!」
かのんはミルクレープと紅茶、私はチーズケーキと紅茶のセットをそれぞれ頼み、席につく。
「それで、いまカフェの中に『聖女』はいた?」
「お客さんを一通り視たけど、いなかったね。」
「そっか。じゃあ入り口を見てればいいのね。」
「ところで『視た』と言えばさ、冬香さん?」
「はい、なんでしょう。かのんさん?」
「なんか冬香の魔力が土曜日と比べてありえないくらい練られてるんだけど。無理してるでしょ?」
「…ちょっと、張り切っちゃっただけよ。」
「オーバーワークはダメだよ。魔力の枯渇って一歩間違えると廃人になったりするんだから。」
「大丈夫、意識を失う前には辞めてるわ。」
「それは大丈夫じゃないやつだからね!?無理させるために限界を知ってもらったわけじゃないんだけどな…。」
「…家庭の都合でね、魔力があるならちょっとでも早くカタチにしたいと思ってるの。」
「…魔力が必要な家庭ってどんな家庭よ…。」
かのんが納得の行かない顔でこちらを睨んでくる。
「…ごめんね、今はまだ何も言えない。次のお盆に本家が何を言ってくるか予想も出来ない状況なの。でも、話せる時になったら全部話すから、それで納得してくれる?」
「はぁ…限界だけは超えちゃダメだよ?この間は何かあった時に私が対処できるからってやってもらったんだから。魔力枯渇のブラックアウトは本当に危ないんだよ。」
「ありがとう。気をつける。…ちなみにどう危ないの?」
「魔力が空っぽなのに意識を失ったまま体が魔力を使おうとしちゃう。そうするとたりない魔力を補填しようとして魂を削り始めちゃうんだよね。魂って精神の形成を司る部分だから、ここが削られると大なり小なり精神に影響がでる。精神の大部分が削られると廃人だね。」
「驚いた。思ったより危険なのね。」
「そうだよ!だから意識を失うギリギリまで魔力を使うなんて絶対ダメだからね!?一歩加減を間違えたらブラックアウトだし、そこで身体が止まるか魔力を使い続けるかって確率だから運が悪ければ一発でアウトなんだから!」
そう言って心配そうに私の手を握るかのん。実は一度だけブラックアウトしたなんて間違っても言えない。運が悪ければそこで私は死んでいたのか。…今後はもう少し早くトレーニングを切り上げよう。
「わかった、もう無理はしない。」
「ホントだよ?無理するならこれ以上教えられないからね?」
だんだん泣きそうな顔になってくるかのん。もしかして、異世界にいた時に近しい人が廃人化するような事があったのか?そんな風に思いながら、私は改めてかのんの手を取り宣言する。
「約束する。絶対に無理しないって。だから泣かないの。」
「…泣いてはいないもん。」
そう言ってむくれるかのんの頭を撫でてあげると、少しずつ機嫌が直っていく。
「それじゃあケーキを食べようか?ほら、いつまでくっついてるの。食べられないでしょ?」
「…もうちょい。」
結局その後15分ほどかのんの頭を撫でる事になってしまった。…周りの生暖かい目はもう気にしない事にする。
ようやくケーキを食べ始めたかと思ったらかのんが『聖女』を見つけたようで大声を出して立ち上がり、また周りの注目を集めたのであった。
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「もしかして、かのん!?」
「そうだよ、かのんだよ!有里奈、久しぶりーっ!元気そうで良かったー!あ、とりあえず座って?」
そう言ってソファを勧めてくるかのん。いやー、これだけ周り中から注目されてると座るのキツいっス。着席に躊躇していると不安そうにするかのん。
「あれ、どうしたの?もしかして私のこと忘れちゃった…?」
違う、そうじゃない。でも座ってあげないと泣かれても困るので仕方なく着席する。
「20年来の友人のことを忘れるわけないじゃない。…ちょっと記憶のイメージと違って戸惑っただけよ。」
「ああ、なるほど!有里奈もピチピチになってるもんね!」
「かのん、再会が嬉しいのは私もだけど。もう少しだけ声を抑えようか?」
そういって私が周りに目を向けるように促すと、ようやく注目されている事に気付いたのか急な恥ずかしそうに縮こまる。
「それで、わざわざこんなところまで私を訪ねてきてくれたって事でいいのかしら?」
「そうそう。ところで有里奈ってどこまで覚えてる?」
「あー…、話して良いの?」
そういってかのんの向かいに座る少女に目を向ける。若干居心地が悪そうにしていた彼女は私と目が合うと軽く会釈をする。
「あ、そうか。紹介するね。
冬香、この子があっちで『聖女』だった久世有里奈。
有里奈、この子は昔話した事あったかな?こっちでの親友だったんだけど最近恋人になった、粉雪冬香。冬香にはどうも回復術の才能があるっぽくてね。できれば有里奈に術の指南をして欲しいなって思ってるんだけど。」
「情報量が多いなっ!
…ちょっと頭の中で整理する時間を頂戴?」
なになに、親友が恋人で回復術が使えるって?ひとつずつ順番にね。
むかし、かのんにはこっちに大切な友達がいると聞いたことはあった…ような気もするね。さすがに四半世紀も前の会話にちょっと出た人物名は覚えてないが、この子がそうなのだろう。
それでその子が最近恋人にランクアップしたと。ん?
「かのんさ、こっちに戻ってきたのっていつ?」
「有里奈が居なくなってから5年くらいかな。」
「ごめん、こっちの暦で。」
「あ、そういうことか。先々週の水曜日だよ。」
私と一緒か。やはり召喚された日に戻ってきたらしい。ということはこの2週間で親友から恋人にランクアップしたわけね。この際同性という部分は気にしない事にしよう。
ここまではオーケー、整理できた。
それで回復術の才能があるから私に指南して欲しいって?それは構わないけど…。ってあれ?ちょっと待って??
「え?あっちの術ってこっちでも使えるの?」
「ちょっと勝手が違う感じするけど大体使えたよ?」
「マジかっ!!!」
「あ、もしかして気付いてなかった?」
「考えもしなかったわ!キタコレ!勝った!」
あの術やあの術が使えればテストを乗り切ることが出来るかもしれない!いや、できる!私は思わずかのんに抱き付き感謝を伝えた。
「かのん、ありがとう!あなた私の救世主だわっ!」
「ど、どういたしまして…?」
感極まってかのんをハグハグしていると、粉雪さんがゴホン、と咳をした。ふと気がつくと私たちは再びカフェテリア中の注目を集めていた。




