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第11話 ヒロインが回復特化なのは王道、間違いない

 さて、私の想定通りおよそ2時間ほどで冬香は目を覚ました。ボーッと周囲を見回す冬香に声をかける。


「おはよ。具合はどう?」


「…おはよ。うん、具合は悪くない。それどころかスッキリしてるかな。」


 よしよし、しっかり魔力が回復しているみたいだ。


「意識を失う直前の感覚は覚えてる?」


「うーん、なんとなくだけど。」


「まあ限界まで魔力を使うとあんな感じになって最後は気を失うよって事だから。気を付けてね。」


「うん、わかった。ところでかのん、着替えたの?」


「えっ?あ、そうなの。ちょっと汗かいちゃったから。」


「…ふーん?」


 ふと何かに気付いたように全身を確認する冬香。


「着衣に乱れは無しか。なんだ、私にいやらしい事しなかったんだ。」


「し、しねーしっ!」


 冬香「には」いやらしい事はしていない。


「ふふっ、しても良かったのに。」


 妖しげに笑う冬香。してよかったんかーい!


「…しっかり冗談を言う余裕もあるみたいだね。じゃあ今日はあと適正だけ調べて終わりにしようか。」


「魔術がつかえるか、呪術が使えるかって事?」


「それと回復術ね。この3種類は魔力がどの性質を持っているかで判断できるんだ。」


「コップと葉っぱを持って来る!?」


「ふふ、残念ながらそれは必要ないっス。一点に魔力を集中させてそれがそれぞれの基礎になる術の特性を持っているかどうかで判断するの。熱を持ってたら魔術、体が硬くなったら呪術、傷が治ったら回復術ね。」


「前にかのんが魔術と呪術を同時に使える人はいないって言ってたけど、2つ使えるって珍しいの?」


「王国の歴史の中でも私以外に居なかったらしいから、珍しいなんてもんじゃないね。」


「そんなんだ!それで両方とも100年に1人レベルなんでしょ、すごいのね!」


「そうなの、すごいのよ!どやどや!」


「じゃあ私もどれか1つしかないって事か。逆に魔力があっても1つも使えないって事はあるの?」


「魔力の質の話だから、3つのいずれかには属するはず。ただ例えば魔術の適性があっても魔力を上手く扱えなくてどの術も発現できないってパターンはあるね。…今日の冬香の魔力操作のセンスを見る限りその心配はなさそうだけどね。」


「はぁー、ちょっと緊張してきたかも。じゃあ判定をお願いします!」


「了解。じゃあ指先に魔力を集中してもらえる?」


「こう?」


 さらっと魔力の一点集中をやってのける。これはもう自習可能だな。後で魔力操作の課題を出しておこう。


「そう。もうちょっといける?」


「うん…これでどうかな?」


「おっけー、それだけ出力あれば測れるかな。じゃあそのままの状態を維持してて。」


 私は温度計を冬香の指先に近付ける。魔術適性があるなら少しだけ温度が上がるはずだが…。


「変わらないな…一旦保留か。」


 変化無しイコール才能無しとならないのがこの判定方法の欠点で、単純に出力が足りなかったり、特性が出にくい体質?魔力質?だったりすると変化が起こらないのだ。その場合、変化が目に見えるまで魔力の出力をあげる訓練をしなければならない。


「ちょっと指さわるね。…硬くもなってないなぁ、これも保留で。」


 魔術、呪術の判定が保留になったので次は回復術。私はカッターを取り出すと刃を自分の指先に押し付ける。


「ちょっとかのん!?」


「あ、魔力はそのままでお願い。」


 血がポタポタと滴る指先を冬香の指先に近づける。私の血が冬香に付かないように注意しながら様子を伺うと…。


「あ、治ってきた。」


「何これ!傷がみるみる塞がっていくんだけど!?」


 ものの十数秒で私の指は元通りになってしまった。


「回復術だね。しかも術として使ってないのにこの回復力って相当だわ。」


「ねぇ。運良く治ったから良いもののそうじゃなかったらかのんは怪我しっぱなしだったんだよね?」


「え?まあそうだね。」


「どうしてそういう事するの!?」


「だって冬香に怪我させるわけにいかないじゃん?」


「かのんにだって怪我して欲しくないんだけど!痛かったでしょ!?」


 そりゃあ痛くないと言ったら嘘になるけど、身体の痛みはなんとでもなる。特に指先の切り傷なんて呪術で痛覚を遮断するまでもない…と思ったけど本気で心配して叱ってくれる冬香を見て、素直に謝る事にする。


「ごめん、ちょっと軽率だったね。このくらいの傷は日常茶飯事だったから怪我の範疇に入ってなかったよ。今後は気をつける。」


「その辺も異世界基準になってるのね…。今後は絶対相談してからにしてね。」


「わかった。約束する。…心配してくれてありがとう。」


「…それで、私の適性は回復術で確定でいいの?」


「うん。念のためもうちょっと魔力操作の訓練したあとでもう一回確認はするけど、魔術と呪術に特性の反応なしで回復術はこれだけ強く特性が出てるなら、ほぼ確定でいいと思う。」


「そっかー、お揃いじゃなくて残念。」


「ふふっ。私は何かあっても冬香が自分で治せる回復術で安心したよ。」


「そういえば私が初めて魔力で癒したのはかのんって事になるのね!ふふ、初めて奪われちゃった。」


 ただ、冬香に教えるとなるとちょっと困る。魔術呪術なら私が教える事ができるが回復術となると話は別だ。一応異世界で回復術の魔導書は一通り読んでいるのでその記憶を引っ張り出せば教科書通りの教育は出来る。でも本人の資質を伸ばすようなやり方は出来ないし、だいたい自分が使えないので魔力の使い方や術を練習し始める適切なタイミングがわからない。


「ということで、回復術自体はプロの先生に教えてもらう方がいいかと思います。」


「プロの先生?」


「うん、探してみようと思うんだ。」


「…あっ!それってもしかして!?」


「そう、『聖女』。前に冬香が他の3人も戻ってきてるかもって言ってたじゃない?あの子も私みたいに戻ってきてるなら回復術が使いこなせるはずだから。」


「やっぱりかのんは回復術は教えられないの?」


「最低限はできると思うけど、冬香もかなり才能あるみたいだから出来れば回復術は『聖女』に教わった方がいいと思う。本当に見つかるかってのと、教えてくれるかっていうのは会えてからになるけどね。

 私は魔力操作とかの基礎的な部分をしっかりフォローするよ。」


「よかった。『聖女』に丸投げしてもう見てもらえないのかと思って心配しちゃった。」


「そんな無責任な事はしないよ。言ったでしょ、私がガッツリ鍛えるって。どっちみち回復術を覚えるのはちょっとあとになるし、しばらくは基礎訓練だよ。」


「しばらくってどのくらい?」


「個人差はあるけど、冬香って魔力操作がめちゃ上手いみたいだから1ヶ月くらいでかなり仕上がっちゃうんじゃないかな?」


「そんなもんなの?」


「いや、普通の術師は年単位。私が毎日朝から晩までそれだけやって過ごして1ヶ月だったから、冬香ならぼちぼちやって1ヶ月かなって。」


「いやいや100年に1人の天才と同じにされても困りますけど!しかもぼちぼちって。」


「本当に冬香はすごいんだって!…でもまぁ努力はしてもらうけどね。そんなわけで今日は最後に1人でできる訓練の仕方と宿題を出して終わりにしようと思います!」


「はい、先生!」


 私は練習用の魔力操作を冬香に伝える。全身をくまなく循環させたり、特定の部位に集中させたり、強弱や速さの緩急をつけるやり方などだ。冬香にメモを見ながら実際にやってみてもらって細かい部分を指摘する。うん、1セット15分ってところか。


「朝晩に2セットずつしっかりやれば魔力操作の精度があがっていくし、魔力の量も増えるよ。」


「2セットずつでいいの?」


「魔力が枯渇しないなら夜は3セットやってもいいけど、回数よりも質を重視して欲しいな。手を抜いて回数を増やすより、魔力の流れを細胞レベルで意識するようなイメージで。」


「わかった、早速今日からやってみるね。」


「あ、あと今日の夜か明日の昼間あたり、熱が出るかも。魔力熱っていう身体に魔力が馴染むための期間だと思って、安静にしておいて。」


「うん、了解です。」


「じゃあこれで今日の練習は終了します。お疲れサマンサ!」


「サマンサタバサー。」


 冬香は夕食までに帰らないと行けないとの事だったので駅まで送った。夏休みの予定を聞くと、お盆の時期は本家に数泊する必要があるものの基本的にはフリーとのことでじゃあ目一杯遊ぼう!と約束をして別れた。

 家に帰り、夕食の準備を始める。今日はお父さんとお母さんはデートでご飯も食べて来ると言っていたので私が作る事になっていた。いやあ、冬香の予定を聞く前に張り切って私が作るってかりんに宣言しちゃったんだよね。女子力高いところを見せようと思ったのになー残念だなー。


「ただいまー。冬香ちゃん帰ったんだ?」


「かりん、おかえり。もうすぐご飯できるけど食べる?」


「いただくー。お、今日はカレーだね。冬香ちゃんに振る舞えなくて残念だったね。」


「うるせいやい!」


 ケラケラと笑うかりんは一度部屋に引っ込むとラフな格好に着替えてリビングに戻ってきた。その間に私は2人分のお皿を準備する。


「いただきます。」


 2人で手を合わせてカレーを食べる。うん、我ながら美味しくできた。


「そういえばお姉ちゃん、朝と服が違うのなんで?冬香ちゃんといやらしい事でもしたの?」


「し、してねーし!」


 してよかったらしいけど。言われっぱなしは悔しいので私は反撃する。


「かりんこそ、今日はオシャレして出て行ったじゃん。デート?」


「友達と図書館で夏休みの宿題をしてただけだよ。」


「そのわりに気合い入れてなかった?」


「この前お姉ちゃんが着飾れる時に着飾れって言ったんじゃん。」


「う…。言った。」


「だから休日はオシャレしようかなって思ったんだよ。友達にも好評だったんだから。ふふ、反撃できなくて残念でした。」


 そう言ってかわいくウインクするかりん。その後は家で何していたのか追求してくるかりんに、本当のことを言えるわけもなく夏休みの予定を立てていたと言って誤魔化す。


 夕食後、リビングで家族共用のパソコンを立ち上げインターネットをする。検索サイトでとある大学について調べていると風呂上がりのかりんが声をかけてきた。


「お姉ちゃんがパソコン使うなんて珍しいね。…ここ、すごい偏差値高い大学じゃん。目指してるの?」


「うーん、行けたらいいね。でもウチから通うにはちょっと遠いかな?」


「この大学ならお母さんも一人暮らし許してくれると思うけどね。…8月にはオープンキャンパスがあるって。行ってみたら?」


「オープンキャンパスもいいけど、その前に一度行きたいんだよね。」


「普段の雰囲気感じたいってやつ?」


「そんなところ…8月前半はテスト期間になるみたいだから行くなら来週中かな。」


「学生さんに混じって授業受けたりとかできるのかな?」


「どうなんだろうね?…医学部はここか、メモしとこ。」


「お姉ちゃん、お医者さん目指してるの?」


「うーん、とりあえずね。」


 異世界召喚前は第一志望として医学部を目指してはいたが、今は自分が医者になる姿がまるで想像できなくなってしまっている。それでも割り切る事もできずにいるのだが。


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 夕食後、冬香はかのんから教わった魔力操作のトレーニングをきっちり2セット終わらせた。


「本当にできちゃったわ…。」


 昼間のかのんのように指先にカッターを押し当てる。痛みと共に血が滲んできたのでそこに魔力を集中させた。


「みるみる治っていくわ。痛みも引いていくのね。」


 回復術というのは想定外だが、ある意味理想通りかもしれない。扱い方次第では有用な武器になり得る。


「かのんはのんびり覚えればいいって言っていたけど、お盆までにある程度カタチに出来ないかしら。」


 盆には本家に親戚中が集まる。粉雪家は末席であり特に気にかけられる事はないのが通例だが、もしかすると本家の人間の中に冬香の魔力を視ることができるものがいるかも知れない。そうなった時にどう立ち回るか、考えておく必要はある。


「いっそ行かないことが許されるならそうしたいけど。」


 行きたく無いが許されるような集まりではなく、それどころかちょっとやそっとの怪我や病であればそれを押して出席する事が求められる。それに自分がいないことでただでさえ肩身の狭い自分の父母が親戚中から嘲笑されると思うと、気の進む選択ではなかった。


 本家である白雪家は、旧くから討魔の家系として名を上げてきた。近代になり魔と呼ばれるものは人々の身近では無くなったが、それでも未だ確かに存在する。そう言ったものを討つ事が出来る日本で唯一の家系として白雪家は地位を固めている。その顔は大企業のトップから政財界にまで利く。


 現代社会で人知れず生じる魔の者を狩る一族。本家である白雪家を支えるいくつかの分家にはそれぞれの役割がある。各所との折衝を担当する上雪家、汚れ仕事を主に行う下雪家、秩序を守る守雪家などだ。そして粉雪家は一族の財務担当である。


 他の家はその役目を果たすため強大な『力』を持っているが、粉雪家には現在『力』を持つものはいない。


 思春期を迎える頃には嫌でも思い知る。特異な『力』で一族を支える他の家に対して金勘定しかしていない粉雪家は軽んじられている、と。


 同世代の他の家の子供たちが幼い頃から『力』に目覚め家督を継ぐために厳しい修行を受ける傍ら、経営のために勉学に力を注ぐ冬香を彼らは見下した。今の当主である父の代でも粉雪家の発言権は一族の中では低く、無いに等しいがこのまま自分の代になった時の事を思うと気が重かった。


 しかし、自分にも『力』があったとなれば状況は変わってくる。うまく立ち回ることが出来れば一族内での立ち位置を変えることができるかも知れない。


「いずれにせよ、今は力をつける事。少しでも早く。」


 冬香は3セット目の魔力操作トレーニングを始める。


「かのんの事も守らないと。」


 自分の事で精一杯だが、かのんが一族に目をつけられる事があってはならない。秩序を守る雪守家は、一族以外の者が大きな『力』を持つことを許容しない。一族が確認した異能力者は『管理対象』となりその力を測られる。その中でも魔を討つだけの力を持つものは取り込もうとするし、懐柔出来なければ『駆除対象』として秘密裏に処分される。


「かのんの力がどれくらい強いのかはわからないけど、異世界で魔王を倒せるくらいだとしたら十分駆除対象になりえる…。」


 自分の恋人だと言ったところで今の冬香の立場では一笑に付されるだけなのは明白だ。彼女を守るためにも、やはり少しでも早く力をつけなければ。


 3セット目を終えた。このまま4セット目を実施すれば、おそらく昼間と同様に魔力が尽きて意識を失う予感がある。それでも少しでも自分を成長させるため、ギリギリまで魔力操作を行う。


 

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