第9話 魔女の弟子
しばらく甘い時間を満喫したあと、ついに約束の呪術を実践する事にした。もう十分お腹いっぱいな気もするが、今日はもともとこちらがメインイベントである。
「さて、じゃあ呪術の時間にしますか!」
「うぅ…。かのん、切り替え早くない?私はまだ顔が熱いよ。」
そういって水筒を取り出しお茶を飲む冬香。かのんも飲む?といって渡してくれたのでありがたく頂きます。か、間接キス…ってなんか照れくさいですなっ!意識すると照れてしまうのであえてスルーして説明をしていく。
「嘘がわかる術なんだけど、前にも話した通り使い勝手がいい術ではないんだよ。まず特定の相手を意識して発動する事と、相手が自分に対して話している時にしか効果がないっていう欠点があってね。だから誰かが別の人に話してる事が本当か嘘かは分からないの。」
「…別に他人が話してる事が嘘かどうかってどうでも良くない?自分に対して嘘を吐かれているかどうかが分かればいいんだから。」
「スパイやら暗殺者やらを尋問する時って呪術師相手だと嘘が吐けないのは常識だったからね、大体黙秘するか毒を飲んじゃって黒幕を吐かせるところまでいかないんだよ。」
「かのんさんや、日本でスパイや暗殺者を尋問する機会はあんまり無いと思うよ?」
「…それもそうか。あー、なんかまだ微妙に常識が向こうに引っ張られてるなぁ。」
「じゃあ早速試してみようよ。」
「はいはい。じゃあかけますよっと。『偽証看破』。」
別に術の名前を宣言する必要は無いのだがなんとなく格好つけつつ冬香に術をかける。
「…ん?」
「どうかした?まさか失敗?」
「いや、大丈夫。もう冬香は私に嘘吐けないよ。」
「あっという間だね!すごい!
…どうやって試そうか。何か質問する?」
「そう思ってトランプ持ってきた。どや。」
「ババ抜きでもする?ってか『これババ?』って聞けばわかっちゃうから、かのんってババ抜き世界最強じゃない?」
「黙秘禁止ルールならね。ババ抜きだとただの心理戦になるし時間もかかるから、2分の1の確率を52枚連続で当てて証明するよ。」
そういって考えてきた証明方法を冬香に説明する。ジョーカーを抜いた52枚のカードを冬香が1枚ずつ確認してカードの色を赤(ダイヤ、ハート)か黒(スペード、クローバー)か宣言する。その際嘘をついても構わない。私は冬香が嘘をついているか見破り本当の色に振り分けていく。
「これだと特に駆け引きがあるわけでも無いから術の効果がわかりやすいかなって思って。」
「なるほど、面白そう。さっそくやってみよう!」
冬香が「赤!」いって1枚のカードを裏返しに見せてくる。私はそれを受け取って裏にしたまま右手側に置く。次に「赤!」といって冬香差し出したカードを今度は左手側に。そんな感じで52枚のカードを仕分けた私たちの前には26枚ずつの山が出来ていた。
「こっちが赤の山で、こっちが黒の山だね。」
「私はこっちで全部見てたから答え合わせするまでもないよ。ホントに百発百中じゃない…すごいね、後半怖くなってきたよ。」
「でもこれだけの術なんだよ。だからこれをハートとダイヤに分けるには改めてハートかダイヤで宣言しないといけないの。」
「なるほど。二者択一には使えるけどそれ以上は絞り込みないって事ね。使い方次第だけど十分便利だと思うけどなあ。
ねぇかのん?」
「なに?」
「好き。」
「ぶっ!?」
唐突に言われて噴き出す。
「いや、私の気持ちに嘘が無いって分かってくれるかなって。どうだった?」
「それは分かったけど、いきなりはビックリするよ!…いま術を解いたから、もう何か言っても無駄だからね!」
「無駄ってひどいなー、かのんへの想いをもっとぶつけたかったのに。しくしく。」
「気持ちは嬉しいけど、そういうのは『偽証看破』無してお願いします。」
「ふふ、じゃあたっぷり聞かせてあげるね。」
そう言って甘い言葉を囁いてくる冬香。かのんは言ってくれないの?なんて言ってくるから私もたっぷり言わされてしまった。完全にバカップルである。
まだまだ甘い雰囲気を楽しみたい私達だけど邪魔モノが近付いて来た事に気付く。
「ごめん冬香、先生来るわ。」
そう言って私はトランプを片付けて、カバンを持って立ち上がる。そこに担任が現れる。
「ん?粉雪と廿日市、こんな時間までどうした?」
「テストの結果を見せ合って間違ったところをおしえあってたんです。ね、冬香?」
「あ、うん。」
「そうか…廿日市は今回だいぶ苦戦したみたいだな、教科の先生も心配していたぞ?ちゃんと復習しておきなさい。」
「はーい。」
「先生、もう教室にカギ掛けたいんだけどまだ続けるか?」
「丁度終わったところだったんで大丈夫です。冬香、帰ろうか。先生さよーなら。」
「はい、さようなら。気を付けて帰りなさい。」
自然な流れで冬香と共に教室を後にする。
「ビックリした!かのん、自然な流れで嘘が上手すぎじゃない!?」
「先生が教室の鍵をかけて回って来たのは気付いてたからね、心の準備ができていれば楽勝よ。」
「ううー、私はかのんに見惚れててそれどころじゃなかったよ。」
「ふふ、照れますのぅ。」
これも向こうでついたクセの一つで、何かしながらも常に気配察知で周辺を警戒を怠らずに意識の何割かをそちらに割く事で安全を確保する。
反面、意識の数割を常に警戒に充てるため常に一定の緊張感が抜けないのがデメリットで、特に何かを楽しむ時に心の底から楽しめなくなってしまった。さっきだって冬香といちゃいちゃしつつ、周辺を警戒していたわけで。
駅までの道を歩きつつ、そういえばと私は先ほど気になったことを冬香に伝える。
「そういえば、さっき冬香に『偽証看破』をかけた時にちょっと抵抗があったんだよね。」
「え?私は別に何もしてないよ?」
「うん、抵抗っていっても冬香が拒んでって意味じゃなくて少しだけ魔力が通りにくかったって意味で。」
「魔力が通りにくいと良くないの?」
「普通の人って体内に魔力を留めていないから術をかけようとした時に特に抵抗なく魔力を通せるの。でも魔力持ち、要は魔術師とか呪術師とか回復術師とかその辺りの人は体内に魔力を貯めてるからこっちの魔力が通りづらくなるんだ。だから人から術をかけられた時にはより体内魔力の密度を濃くして抵抗力をあげたり、回復してもらう時には逆に薄めて効きを良くしたりしないといけないんだけどね。」
「私の体内に魔力があったってこと?」
「少しだけね。この世界の他の人に術をかけた事がないから確定じゃないんだけど、魔力を体内に留めるってそもそも才能なんだよね。だからもしかしたら冬香にも魔術か呪術か回復術の才能があるのかもしれないって思ったんだ。」
「ホント!?私も使えるようになるの!?」
「まだ確定じゃないし、仮に才能があっても小さな術ひとつが精一杯なんて人もいるけどね。…それで実際に才能があったとしたら、冬香は使えるようになりたいと思う?」
「そりゃあ使えるなら使いたいかな。」
「…よく考えて?こんな力、正直持て余すだけだし余計なトラブルを招く事にもなりかねないよ?」
そういって冬香を見つめる。私はこんな才能があったせいで異世界で30年過ごす事になり、その中で辛い思いも沢山した。もしも才能が無くしてあの30年を丸ごとなかった事にできるなら、記憶と共に迷わず才能を捨てる。異世界生活の中で、楽しかったことや嬉しかったことはもちろんあったが、辛く苦しかったことがあまりに多すぎた。
「私は力を今さら手放せないし、この力で冬香を守るって決めてる。でも冬香は余計なものを背負う必要は無いと思ってる。」
「かのんは、私に魔術を使う才能があったとしたらどうする?」
「…冬香の力の使い道を決めるのは冬香自身だよ。そこは自分で選ばないといけない。私も、他に道がなかったとはいえこの力を使うと決めたのは自分自身だったし。
だけど冬香がこんな力いらないって言うなら封印してあげる。使うつもりのない力なら、ない方がマシだから。」
「私がそれでも、魔術を使いたいって言ったら?」
「その場合は私がガッツリ鍛えてあげる。中途半端に我流でやられるより基礎からきちんと鍛えた方が安全だからね。」
「…ちょっと考えさせて欲しいかな。」
「うん。急ぎの話ではないから、ゆっくり考えてくれれば良いよ。」
駅に到着する。普段はここでバイバイなのだけれど、今日はなんとなく離れがたい。
「ねえかのん、もうちょっとお話していかない?」
そう言って冬香が服をちょいちょいと引っ張る。何この仕草かわいい!こんなカワイイ子が自分の恋人だとか幸せでしかない。駅の近くの公園に入り、日が当たらないベンチに2人で腰掛ける。
「…やっぱり魔術、使いたいかな。」
「もっとじっくり考えても良いんだよ?」
「うん、でも時間かけても結論変わらない気がする。かのんにはまだ言えないんだけど、ウチの家業ってちょっと荒事に関わる事も多くてね。護身術とかは習ってるんだけど、そこに魔術があればもっと安全になるかなって思って。」
「…だったら尚のこと、余計な力はない方がいいかもしれないよ。冬香のお家がどんな仕事かは分からないけど、力を持つ者がより危険な場所に配置されるのは組織の常だし。」
「それでもさ、知っちゃったからには後悔したく無いんだ。このさき何かあった時に、『あの時かのんに魔術を教わっておけば』って思っちゃうじゃん?」
「その逆もありえるよ。」
「そんなこと言ったら何も選べないじゃない。」
そう言って私を見る冬香の眼には、強い決意が宿っていた。この眼をしている人間は何を言っても引かない事は経験で知っている。冬香に才能があることを話さなければ良かったか?いや、ここで話さずに彼女が危険に巻き込まれたとしたら私は一生自分を責めるだろうと思ったから話した。それを受けて冬香が魔術を使う選択をしたのなら、そうなるのが必然だったのだろう。
「わかったよ。じゃあしっかり鍛えてあげる。…でもさっきも言ったけど確定じゃないからね。」
「ありがとう!じゃあかのんは私の師匠であり恋人だね!」
「そう言うとなんか禁断の関係っぽいな!」
「ふふっ、師匠さっそく始めますか?」
「なんかこそばゆいから師匠はやめて。初めはちょっと落ち着いた環境でやりたいし、人が絶対来ない所がいいな。」
「そんな場所ってあるかな?」
そういって周囲を見回し、一点を見つめて真っ赤になる冬香。その視線の先にはいわゆるオトナのホテルがあった。
「た、確かにあそこは条件ぴったりだけど!でも高校生2人じゃ入れないでしょ!?」
「そ、そうだね、やだ何考えてるんだろ私ってば。」
「あー、でも確かにベッドあった方がいいかも。倒れて熱出すかも知れないし。そうすると私の部屋かな?」
「かかかか、かのんの部屋!?」
「なにその反応!?来たことあるよね!?」
「あるけど、恋人として行くとなると意味合いが違うよ…。」
「っ!!」
暫し沈黙。
「えーっと、弟子として来ていただけると助かります…。」
「はい、師匠…。」
その後、週末にでも私の部屋で魔力の有無の判定とどの才能があるのかの確認をするのことを約束し、私たちはお互いの帰路に着いた。
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家に帰ると、かりんからちょいちょいと手招きされたので彼女の部屋に入る。
「で、首尾は。」
「上々です。殿。」
「うむ、でかしたぞ。」
「はっ!それでは。」
短いやりとりを終えて部屋を出ようとすると服の端っこを掴まれ阻止される。同じ服ちょいでも冬香のやつの方が可愛かったなぁ。かりんはいじらしさが足りないよ。
「そうじゃなくて、いや今のは私も悪いんだけどね?冬香ちゃんとどうなったのか知りたいじゃない!」
「私はかりんの話を聞きたいけど…。」
「私の話はいいの!せっかく昨日相談に乗ったんだから結果を教えてくれてもいいと思わない?」
「確かにかりんのおかげな部分も大きいかぁ。」
「でしょ?」
「おかげさまで無事、付き合う事になりました!」
「本当に!?おめでとー!」
大袈裟な拍手ととびきりの笑顔で祝福してくれるかりん。前言撤回、この子はこの子で滅茶苦茶かわいいです。お姉ちゃんはかわいい妹がいて幸せです。
「とは言っても付き合ったからなにが違うのかって話しではあるんだけどね。」
「もともと仲が良いとそんなもんだよね。2人きりで出かけたり、お互いの部屋に呼んだり?」
「今までもそれなりにやってたけど…あ、そういえば土曜日に冬香がウチに来るよ。」
「あらあら!じゃあお邪魔虫は外に出てましょうかね!」
「別に邪魔じゃないけど、ちょっと2人きりで話したいことはあるかな?」
「そういうのをお邪魔って言うのよ。まあ熱々の2人に近付くと暑気あたりになりそうだし私は家から退散するよ〜。もともと予定あるしね。」
「予定あるんかーい。」
「だからお姉ちゃんは冬香ちゃんとたっぷり楽しんで下さいな。逆に冬香ちゃんの家には行ったりしないの?」
「…そういえば行ったことないなあ。なんか結構厳しいお家みたいだよ。」
「え?冬香ちゃんってお嬢様なの?」
「どうなんだろう?ちょいちょい家が厳しい的な事を言うけど詳しくは聞いた事ないんだよね。」
「ふーん。じゃあ恋人になったならそういう事も打ち明けてもらえるかもね?」
「かりんさ、恋人同士になったら隠し事って良くないのかな?」
「ん?冬香ちゃんの家庭の事情の話?それともお姉ちゃんが何か冬香ちゃんに隠してる事があるってこと?」
「…ある。」
「ふーん。」
「え、冷たくない?」
「だってそれってお姉ちゃんと冬香ちゃんの問題じゃない。バレたらどうなるかなんて私には分かんないよ。でも冬香ちゃんのお家の事情と一緒でさ、絆が深まっていく内に打ち明けてもいいかなって思える時がくるんじゃないの?」
「かりんは、彼氏に隠し事ってあるの?」
「そりゃあるよ。」
「あるの!?」
「はぁ。あのねぇ、お姉ちゃん。なんでもかんでもあけっぴろげにするのが恋人じゃないでしょ。私だって1から10まで全部知りたいなんて恋人はお断りだよ。言うべき事は言うけど、言いたくない事だってあるんだから。」
「そっか…別に言わなくてもいいのか…。」
「お姉ちゃんが言いたくない事がどれだけ深刻か知らないけどいつか言いたくなった言えばいいし、どうしても隠したいなら墓場まで持っていけばいいだけのことだと思うよ。」
「そっか…。かりん、ありがと。」
「どういたしまして。」
じゃあまた後でね、と部屋から出される。お姉ちゃんはかりんの話も聞きたいんだけどな!?
ーそして夜。ベッドの中で考える。冬香と付き合えるのは嬉しいし、彼女に語った想いに嘘偽りは無い。だけど、娘がいた事「だけ」をカミングアウトして受け入れられたつもりになる私はただの卑怯者ではないか。
それでも。
いつか言いたくなったら言えば良いしそうでなければ墓場まで、か。言いたくなる時なんて来ないと思う。でもこの先ずっと一人きりで抱え続けることが出来るのだろうか。
「エリーを育てるって義務から解放されちゃったからなぁ…。」
異世界で仲間達は私を努力家と評した。だけどそれは皆が思うようなものでなく、ただひとつの目標にだけ眼を向ける事で他の全てから眼を逸らしていたに過ぎない。
具体的な目標が無いと、私は頑張れないんだ。




