説明の秘蹟
「この修道院は、『聖アベマリア転移修道院』と呼ばれることになりまち」
キキーモラに命名して寝室にあった服を着せたあと。食堂でテーブルを挟んで向かい合って椅子に掛け、マリヤはそんな説明をキキから受けた。
「転移修道院って、なんですか?」
女神のサービスとして摘んであった茶葉から台所のポットとカップで紅茶を用意し、それを一口飲んでからさっそく疑問を投げる新米修道女である。
「はい」
キキも自分のぶんの紅茶を飲んでから答えた。
「この修道院は日ごとあなたが朝目覚める度に、最も必要としている人がいる居住区から最短距離にある森の一部と瞬間的に入れ替わりまち。だから転移でちね」
「はい?」
マリヤは疑問を返す。
「もういろんな不思議を目撃しましたから、とりあえず転移することはありえるとしても。わたしはただの女子中学生なんですけど」
「女神さまの求めに応じて召喚された時点でそれはないでちよ。盗賊たちに襲われた村で起きたことは、キキの脳裏にもマリアンヌ様が流し込んで伝えてくれまちたし」
と自らの頭をつついて訴える妖精である。
そこを触れられるとマリヤも悩んでしまう。
実際自分が神に助けを求めた途端、盗賊たちは不可視の力にボコられたのだ。そしてその正体は、盗賊も女神もこの妖精もわからないらしい。無論マリヤ自身も。
けれども、
「確かに変なことは起きましたけど」
認めるところは認めつつも、やっぱり単なるJCであるはずの少女は否定する。
「わたしはあのとき以外あんな力は使えたことないんですよ。あれがわたしのもたらした結果だとしても、どうもたらしたのかすらわかりませんし。完全に望んだものでもなかったし、あとには望んでも何も起きなかった」
そうだ。仮に、仮にである。
変なことが起きるようになったのはこの世界に来てからなので、もしかしたらゴッデスに呼ばれた時点でそういうチート的能力を自分が得ていたとしても、なら、あのあと盗賊の上の瓦礫をどかそうとした時にもできていいはずだ。村の人々も助けようとしたができていない。
代わりにやったのは、アベマリアだ。
だいいち、あのとき瓦礫に埋もれた盗賊にも口にした通り、あそこまでのオーバーキルは望んでもいなかった。
「そんなこと、現場にいもしなかったキキに言われまちても」
思ったことを話しても、妖精にまで困られるだけだった。
そもそも女神もなぜマリヤが現れたのかすらわかっておらず、それを調査する意味も兼ねてこの役割を押し付けたとかほざいていた。だったら彼女が使い魔として紹介したキキにも謎なのは当然の帰結かもしれない。
「当時の状況を再現とかしてみたらどうでちかね?」
妖精に提案されて、マリヤは乗ってみることにした。
村では結構な破壊をもたらしたので、気に入った修道院は破壊しないよう表に出る。敷地も傷つけたくないので、周りを囲う森の近くに移動。
手近な木を標的に、試してみることにした。
「確か言ったのは……〝助けて、神様〟!」
しーん。しかし何も起こらなかった。
「〝た、助けて神様〟! だったかな」
しーん。
「〝――た、助けて、神様〟?」
しーん。
「……何も起きないじゃないですか!」
理不尽にも、後ろで見守るキキに当たってしまうマリヤであった。
「知りまちぇんよ」
飽きて家畜小屋の馬と戯れている妖精であった。
主張ももっともである。
その後もいくらか試してみたが、結局奇跡は訪れなかった。
かくして不安を抱えながらも、その日はさすがに疲れて眠ることにしたマリヤである。
とはいえ翌日から、キキにも説明された手順で仕事はするはめになった。でないと、妖精も手伝いをやめてしまうかもというのだから悩んでもいられない。
朝陽を受けつつ窓から外を眺めると、確かに昨日までとは森の様相が違っていた。一目見てそれがわかるほど木々の種類が違う、広葉樹に囲まれていたはずが針葉樹林になっている。気温も低くなっていた。
そして、一時課の鐘を鳴らして朝食をとってくつろいでいると、さっそく来客があった。
「街でベビーラッシュがありまして、聖職者不足なので洗礼をお願いしたいのですが」
小綺麗な布の衣服に身を包んだ、老若男女の市民集団であった。ざっと数十人。
「ど、どうしてこの修道院をご存じなのですか?」
と戦々恐々としつつマリヤが尋ねると、市民たちは口々に答えた。
「昨夜、夢の中で世界中の人々の脳裏にマリアンヌ様からお告げがあったとみな認識しています」
「多忙な彼女に代わって、人助けをする聖アベマリヤ様という聖女様がご降臨なされたと」
「その日、最も彼女を必要としている集落から一番近い森の中に聖アベマリア修道院ごと移動してこられるとのことでしたので参った次第です」
「選ばれた集落には必ず聞こえるようにしてある特殊な一時課の鐘が、修道院出現の合図だとのことでした」
「お告げは本当だったのですね、お会いできてうれしい限りです。聖女、アベマリヤ様」
それから、元世界にもあったような古今東西の様々なスタイルでマリヤを拝む市民たちなのであった。
これでは、ただのJCとはいえ引き攣った笑顔で迎えるしかない。




