修道院の秘蹟
「いえいえ、まだ納得したわけでは!」
内なる欲望を見透かされたようで慌てふためくマリヤをよそに、マリアンヌは背を向ける。
指揮者のように両腕を操り、後ろの空き地一角に手のひらを振るった。
すると、その向こうの草地が四角く耕される。さらに森の奥で木々がなぎ倒されて木材となって飛んできて勝手に加工され、掘り起こされ土の露出した一角に次々刺さって柵となり囲む。
「これは畑、修道女なら自給自足くらいはしてほしいですわね」
「あ、あの」
呆気に取られつつも、マリヤはどうにか異議を唱える。
「それはそうかもしれませんが、わたし農作業なんてできるかどうか!」
「もともとここはゴッデス、地球と全く同じ食物なんてありませんわよ」
言う間に、畑の隣には別の木材で小屋を作る。
さらに、遠方のもはや背景のように遠い岩山が目に見えてわかるほど削れる。そこから石材も空中で加工して切り出し、小屋の要所を補強していく。
「こちらには家畜を。僧ですものね肉食はせずともよいでしょう、別に屠殺はしなくてもよいわけですから安心なさいませ」
出来上がった小屋内には一瞬魔方陣のようなものが出現。そこから山羊と牛と鶏が出てきた。
「これらはあなたの記憶から再現した地球の動物。似たものはゴッデスにもおりますが、厳密には異なりますの。でも乳や卵は取れますわよ、栄養になさって」
「え、えーと」マリヤはなおさら戸惑う。「ハムスターなら飼ってましたが、ここまでの家畜も世話したことはありませんし……」
振り返った女神は、マリヤの手を取ってどこから出したのか不明な小さい巾着袋を握らせた。空っぽのようだ。
「農作物の種と家畜の餌はここから補給を。念じれば生成されますわ」
「ね、念じれば?」
「作物は、毎日水をあげれば短期間で収穫できますの」人の子の疑問なぞ意に介さず、女神は続ける。「卵やミルクも同様、餌を日々欠かさねばOKですわ。サービスで明日には全部収穫できるようにもしてもありますし、設定を変えたければ変えられるように使い魔もつけますわね」
「せ、設定!? 待ってください、いろいろと急すぎま――」
やっぱり疑問をしかとして、メアリアンはパチンと指を鳴らす。
と、今度は畑と家畜小屋の間に突然教会のような石造りの建物が出現した。まるで小さなノートルダム大聖堂のようなデザインだった。
唖然として見上げるマリヤ。
「そして、これがあなたの住む修道院」
よそに女神はしゃべる。
「細部までこだわってるありますから、あなたを呼んでから脳裏にある理想の修道院を読み取ってちょっと時間を掛けてデザインしていましたのよ。自信作ですわ。ぶっちゃけそのせいで少々盗賊から助けるのに遅れてしまったのもありますけど――」
「ゴシック建築じゃないですか!!」
今度はマリヤが話を遮った。
喜び勇んで修道院とやらに駆け寄る。ひと通り方々から眺めたあと、その屋根か外につきだしアーチを描いて柱に支えられている石柱に抱きつく。同じようなものは数本あった。
「見てくださいよこれらの柱!」
彼女が興奮してアピールするそこには、聖人や天使を模った聖像や様々な宗教的シンボルが細かく彫られている。
「外側に飛び出し建物本体と繋がった、建築物としては一見実用性のないこの構造! フィクションのファンタジーとかでしか目にしないものでしょ!?」
女神がぽかんとする番になっていた。
「ゴシック建築特有の高い天井を支えるべく、梁が重みを力学的に分散して外側の柱でも支えてるんですよ。せっかくだから装飾を施して! それが創作に登場するみたいな奇抜な形状を現実にしてるんです!! てことは――」
喜びのまま、マリヤは石柱たちが繋がる屋根をいただく小さなドアを開けた。
「わあ!」
そこは礼拝堂であった。
信徒席に挟まれた聖堂に通じる裏口から入ってきて、綾部マリヤは感嘆する。
予想通りのドーム状に高い天井には天国を想起させるフレスコ画。
「ドゥオモのクーポラみたい!」
さらに信徒席を挟むステンドグラスをきょろきょろと眺める。
「『十字架の道行き』の十五場面ですか!」
他にも修道院内を闊歩しながら感想を並べたてる。
「聖像は七聖人ですね! あ、こっちは四大天使!! 絵画には受胎告知! もしかして食卓はダヴィンチの『最後の晩餐』に似せてます!?」
ようやく尋ねたのは全ての部屋を見物し終えて、食堂に入った後だった。
「ちょ、いきなり立場入れ替えないでくれませんこと?」
ぜーぜー言いながらもどうにか後をついて回ってきたマリアンヌの苦情に、マリヤははっとして謝る。
「ご、ごめんなさい。あまりにも頭の中にあった理想の修道院だったもので。けど、わたし的にはまだ聞きたいことやさらなるリクエストが山ほど――」
「ストーップ!」
女神は手の平を向けて制止する。
「ちょっと疲れましてよ。あとは使い魔に聞いたり頼んだりしてくださる? キキーモラ、出てきてよくてよ」
そう彼女が呼び掛けると、「はーい」という返事が聞こえた。
音源は暖炉で、煙突に通じる内部から逆さにひょっこり顔を出した幼女である。後に、キキと名付けられるあのキキーモラだった。全裸の。
彼女はにこと笑うや、反転。体重など全く感じさせない挙動で、ふわふわと空中を駆けながらマリアンヌの傍らに到った。
「はじめまちて、キキーモラでち」
と、幼女はペコとお辞儀をして名乗った。
人形のように小さいが全裸の子供に、マリヤはなんだか恥ずかしくなりながらもどうにか言及する。
「は、はじめまして。……キキーモラって、妖精でしたよね」
「そう、ロシアのですわね」
認めた女神が紹介する。
「ゴッデスにも存在するわけですけれど、この子は中でも最強。わたくしも力を分けたことで、修道院の敷地内でしたらほぼ全能となっていますわ。つまりわたくしの代理になりますの。
修道生活もどきのお手伝い他、院内の案内や仕組みの開設、増築や解体、生活難易度の調整は彼女を通じても変更できますわ。ご存じかもしれませんけど、怠け者は嫌いですので慎ましい生活を送らねば手伝いもしてくれなくなるからご注意を」
「難易度調整って……んなゲームみたいな」
「さして変わりませんわよ。なにせわたくしはほぼ全能、この程度の範囲を法則から創造し直すなぞわけないですわ」
しゃべりながらも、女神はさり気なく移動を始めていた。食堂にもあった裏口へと。
「と、いうわけで。なにかあったらキキーモラを通じて連絡をくださいまし。答えられるか来られるかはわかりませんけど。なにせ、わたくしは忙しいのですから」
さっきのはしゃぎぶりにウザがられたようなのを、そこでマリヤはようやく察した。
「え、いやちょっと待t」
人の子が言ってる間に扉を開け、マリアンヌは出て行く。やっと追って外に出た時には、もはや女神は六枚の翼で遥か遠方の雲の陰へと消えていくところだった。




