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使命の秘蹟

「……興味深いですわね」


 突然、その場にはなかった声が割り込んできた。

 正体を察するより先に、身の周りの光の変化で悟る。


 赤い光、即ち村中を燃やしていた炎が消えていくのだ。


 唐突な出来事に一瞬手を止め、それらを一通り見渡してしまったマリヤ。

 の間に、今度は梃子が軽くなった。

 何事かと思うと盗賊を埋めていた瓦礫が浮いて横へとどかされていた。さらには、残りの埋まっていた盗賊たちまでも小屋の残骸が浮いて露出させている。


 離れたところでは倒れていたはずの村民たちが不思議そうに起き上がり、自分達の身体を改めている。一方で、まだ暴れていた賊たちは彫像のように動きを封じられていた。


 そこで我に返って間近の盗賊に視線を戻すと、彼は崩落で負った傷がみるみる塞がっていた。着衣の損傷ごと。

 もしやと胸元に手を当てると、マリヤの破られたシスター服さえもいつの間にか元に戻っている。


「あなたの心意気、いくらか汲みますわ」

 新たに加わった先ほどの声音は、上からのようだ。

「ただしわたくしはそう甘くはなくてよ。盗賊たちは拘束の上で、あなたの言動を披露しましょう」


 見上げたマリヤは目撃した。

 満月を背景に、六枚の翼と足元に届くような長髪の美女が浮いているのを。

 このときは全ての翼を展開していたので巻き付けていた髪以外はほとんど裸だったが、うまく月光に隠れていた彼女。


 マリヤは様々な問いを発しようとしたが、それ以前に相手は答えた。


「わたくしは女神なので今起きたことを映画みたいに頭の中に流せますのよ。その上で、盗賊たちが心を入れ代えるかチャンスを差し上げるということですわ」


「マ、マリアンヌ!」

 そこで、助けようとていた盗賊が相手を仰いで名指しした。

神人しんじん女神、マリアンヌじゃねーか!?」


「自己紹介を取らないで欲しいものですわね、でもまさしく仰る通り」

 彼女は、舞い降りながら認めた。

「わたくしはそこのあなた――アベマリヤをこの異世界に転移させた張本人。人から神となった神人、女神マリアンヌと申す者ですわ」


 以降、マリアンヌは村の建物さえ不思議な力で修復。死者は蘇生できないそうだが、怪我人は村人盗賊問わずこれまたさっきのような回復魔法で治療。約束通りマリアンヌの行いを映像として流し込むことで盗賊たちに示したのだった。


 盗賊たちは元戦争で敗戦し滅びた国の正規の騎士団だったそうで、全てを失い行く当てを無くして荒れて故の野盗化だったという。結果、マリヤが助けた人物をはじめ半数が改心、出家して僧となり厳しい戒律と贖罪の下に余生を費やすことを選んだそうだ。

 残る心変わりしなかった半数は、襲った村が属する国の司法機関に引き渡され、しかるべき裁きを受けるという。


 もはやマリヤが介入できる隙間もない、マリアンヌの裁量による勝手な解決であった。なにせ彼女は――


「わたくし、ほぼ全能ですの」

 とのことだった。


 ここまでのことを一日足らずでやってのけたあと、マリヤはどこかの森の中の空き地に転移させられ、そこでそんな自称を自慢された。


「き、聞きたいことがあり過ぎます!」

 マリアンヌは自分の行いも情報としてマリヤの脳裏に流し込んできたので、盗賊と襲われた村の端末は嫌でもわからされた。

 代わりに流し込まれる情報量でくらくらしたところで持ち物ともども場所まで変えられたので、草地に尻餅をつきつつも抵抗を試みる。

「まず、異世界に転移させたとか。いったいどういうわけなんですか!?」


「あなたの故郷じゃ、割と知れ渡った概念だったはずではありませんこと?」

 目前で四枚の翼と髪を衣服のように纏いながら、とぼける女神。


「……かもしれませんが」

 シスターキャラのコスプレイヤーとしてそこそこ有名になりつつあるマリヤは、それらを調べるうちに触れた身の回りいわゆる異世界モノ作品を想起しながらも訴える。

「……あれらはあくまでフィクションです。現実にそんなことあるはずがないし、だいたいなんでわたしなんですか?」


「神を信じる人が、認識できる範囲の現実なんてよく語りますわね」


 母の宗教ではないものの、困ったときに名も知れぬ神に縋ったことくらいはあるマリヤは怯む。


「まあいいですわ」

 その様を見下ろすや満足げに、マリアンヌは回答する。

「ほぼ全能と述べたのだから、あなたを転移させるなんてわけないのは理解できるはずでしょう。ただ、あなたが選ばれた理由はわたくしにも不明ですのよ」


「どういう、意味ですか?」


「ここは神を介して魔法を行使する、あなた方が言うところのいわゆる異世界〝ゴッデス〟」

 世を紹介するように残る二枚の翼と両腕を大きく広げ、彼女は示す。空き地を囲う針葉樹林の影と、晴れた天の月光がそれを象徴しているかのようだった。

「そこにおいて、神となった元人である存在がこのわたくしマリアンヌ。であるならば、わたくしは何を介して魔法を行使するのか? 自ら抱いた問いへの答えを求めるべく神降ろしの儀式を行ったら、あなたが出現しましたのよ」


「そ、そんなこと言われても。わたしはただの人です」


「では盗賊たちに使った魔法は何ですの? ゴッデスでは、神を介さねば人は魔法を使えませんのよ。人であり神でもあるわたくしを除けばですけれども」

 そしてマリヤを指差すと、命令口調でマリアンヌはほざくのだった。

「そんなわけで答えを得るまであなたにはこの世界にいてもらいます」


「勝手すぎ!」

 思わず疲れも戸惑いも忘れ、勢いよく起立して抗議するマリヤである。それを、あっさりと相手は認める。


「ええ、半分人ですもの。あなたの聖典の神もそんなものではなくて?」


「〝驕る神〟……人格神ということですか」

 旧約聖書の一節を思い出して怯む人に、女神はいちおうフォローもする。


「とはいえ、わたくしは人にとっての善神。あなたには、人にとってこの世界を善くするための役に立ってもらいたいのですわ。盗賊たちに襲われる場に転送し、若干様子を窺ったのもこのため。使命のために必要となるものも与えましょう。それもお嫌いですこと?」


 聞いて、マリヤは迷った。

 実際、自分はさっき人を助けることができたのかもしれない。そして、ここはリアルとは違うことが思い知らされた。架空のシスターにもなれそうな異世界だという。おまけに、チート的なそれに必要なものを授けてくれそうな全能を称する女神が目前で提案しているのだ。


「……ま、まあ。どっちかっていえば人助けできる異世界のシスターみたいなのにはなってみたくもありましたけど」


 本音を洩らしてしまうや、満面の笑みで満足げに女神は頷いたのだった。


「じゃあ、決まりですわね!」

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