異世界転移の秘蹟
「きゃんわぁいぃ~♥」
綾部マリヤはハーフだった。日本人の父と、イタリア人で元カトリックの敬虔なクリスチャンであった母との間に生まれた次女。
そのためかどうかは不明ながら、記憶にある限り生まれて初めてそんな風に憧れたファッションがシスター服だった。
童話の魔法使いみたいでかっこいいとも思った。アニメや漫画やゲーム用のシスター風キャラにも着目し、それらアレンジされた服装も気に入った。
察した母からお下がりのシスター服をもらい、聖書とロザリオを譲り受けてまた喜ぶような少女だった。
しかし。
成長しながら本物の修道女周りについて調べていくうちに、現実は違うということも知っていく。
まず、マリヤは別に宗教を信じていない。母は確かにクリスチャンであったが、であった、と自称するように過去に何事かあったらしく今は離れており時折地元の教会に行く程度で、マリヤは宗教二世というわけでもなく信仰を強制されもしなかった。
日曜礼拝につき添ったことがあるくらいだ。
何より、本物の修道女は厳しい生活に身を置く。自給自足、欠かせない祈り、多くの禁欲……。
「こりゃダメそうですね」
とついていけないのを自覚する程度に、マリヤは様々な現代の欲求を欠かせない少女であった。女ばかりの慎ましい生活をするつもりもなく、恋に恋する年頃でもあった。
聖職なのにちょっとエロいくらいの格好でわちゃわちゃ楽しそうにやってるシスターは、所詮フィクションなのだと小学校高学年の頃には悟った。
自分はあくまでシスター系のキャラが好きで、コスプレをしたりする程度に留めると決めた中学生となったあるとき。
母のお下がりのシスター服にロザリオに聖書という本格的なりきりの姿もこれまでアップしてきたようにSNSへ載せてみようかと、それらに着替えて自宅で鏡の前に一人立った瞬間。
「――ヒャッハー、こいつは上玉だぜ!」
気付くと、自分はどっかの納屋の藁の上に押し倒されていた。
周りには世紀末っぽいが未来的ではない、古風な格好のいかにも中世ヨーロッパファンタジーの盗賊といった服装と容貌の男たち。シスター服の前面を乱暴に引き裂かれ、年齢制限をかけられかねないことをされる寸前であった。
下卑た男たちの笑い。外からの悲鳴。燃える村落。
夜。どこかの村が野党に襲撃され、どういうわけかマリヤは戦利品として乱暴される寸前かのような状況となっていた。
わけがわからないし、非力ひ弱なJCがどうにかできそうでもない。
「――た、助けて、神様!」
とっさに十字架と聖書を握りしめて、特に信じてもいないそれにすがったとき。
ボコボコボコボコ
「はぶぼべひべはべぇ!?」
のし掛かっていた悪漢は、まるでプロボクサーに空中コンボでもくらったかのように不可視の存在からボコボコに殴られて退かされた。
『はあ!?』
囲んでいた男たちがおおいに慌てる。
「なんだこいつ、シスターだてらに攻撃系の神降ろしかよ!」
「じゃどうして今まで使わなかった?」
「てか神なんて見えなかったぞ?!」
「とにかく押さえろ! このやられ方なら殺した方がいいかもしれねぇ!!」
持参していた剣や斧を構えてマリヤに警戒しつつ、盗賊たちは口々に唱えた。
「奏で誘い出し祈願に応えよ、牧神パン!」
「交わり惑わせ淫らなる祈願に応えよ、淫魔女王リリス!」
「発散しぶつけ滅ぼせし祈願に応えよ、情欲魔王アスモデウス!」
詠唱者たちの前に複雑な光の魔法陣が展開、三体の異形を吐き出して消える。笛を持つ山羊と人間の合成獣、翼と角と尻尾を有する妖艶な美女、竜に股がり槍と軍旗を携えた黒衣の壮年男性、がそれぞれ応じるように顕現した。
まさに、ギリシャ神話の牧神パン、ユダヤ教の女悪魔リリス、キリスト教などの魔神アスモデウス、おのおのを想起させる威容だ。と、修道女から宗教周辺の幻想的存在まで調べたことがあるマリヤは思った。
――思ってるうちに、先ほどとは異なる一撃ずつの重い不可視の打撃をくらい、幻想的存在を召喚した以外の賊たちはぶっ飛ばされていた。
その勢いたるや木造納屋の壁のあちこちに人型の穴を残し、賊を見えないほど遠くに放るような威力である。
いや。正しくは、パン、リリス、アスモデウスを呼び出せた者たちはそれらが前に立ちはだかって打撃を受け止めたがために無事だったらしい。
パンはシュリンクス笛を奏でて出した音符エフェクトで相殺、リリスは投げキッスから生み出したハートで相殺、アスモデウスは普通に槍で払ったようだ。
「――危っねぇ! こいつただ者じゃねぇぞ!!」
まだ立てていた盗賊の一人が言っているうちに、穴だらけになった小屋は限界を迎えて上から潰れた。
「……な、なにが、どうなってんのよコレ」
立ち込める土煙。中で、やっと言いつつどうにか立ち上がったマリヤ。
どういうわけか、彼女の上にだけ瓦礫は落ちてこなかった。他にはパンとリリスとアスモデウスだけが無事で平然と瓦礫を退けて立ち、残存していた三人の盗賊だけが小屋に埋まっていた。
うち、パンとアスモデウスは顔を見合わせると肩を竦めた。たちまち、出てきた時と同様の魔法陣が出現、それと共に消える。
続いて、リリスは疲れたように首を振ってやはり魔法陣を呼び出した。
「――おい、リリス」彼女を召喚した盗賊が、瓦礫に下半身を埋められながら吠える。「てめぇら、なんでおれたちを護らなかった?」
「は?」半透明のリリスは哀れむように召喚者を見下ろす。「神々は祈り分の働きしかしないのは神降ろしの常識でしょ。あんたらの祈祷はこんなもんだったってことよ。じゃね」
最後は手まで振って、バカにしたように魔女も陣と一緒に消滅した。
残された盗賊は悔しそうに呻く。
そこで。
ふ、とのし掛かる瓦礫がちょっと軽くなるのを感じた。
「……よくわかりませんが。だ、大丈夫ですか!?」
見れば、後ろでいつの間にかマリヤが瓦礫を持ち上げようとしながら案じていた。
呆気にとられて盗賊は問う。
「な、何をしてんだおまえ?」
「何かもどこかもわからないですが、人が住んでるとこが大変なことになっててあなたが怪我してるのに気付いた。なら、手当てすべきでしょう!」
「意味がわからん。この村はおれたちが襲ったんだし、おまえを犯そうとしたんだぞ。だいいち、神に小屋を壊させたのはおまえだろうが」
「経緯は知りませんよ、他の人達も助けます。今は目の前であなたが怪我してる。それで充分です!」
「なんつーめでたい尼だ?!」
「それに」別の瓦礫で即席の梃子を組み立てながらマリヤは言い切る。「あなたたちから助かりたいとは思いましたが、こんなことまでは望んでません。他の埋まった人たちや吹き飛ばされた人たちも村の人たちも助けましょう。そのあとでこんなのを解決手段としたのが神なら――」
彼女は梃子で瓦礫を持ち上げようと試みながら、断言した。
「――説教してやります!」




