告解の秘蹟
大鐘楼に上って垂れ下がるロープを揺する。朝六時、一時課の鐘を鳴らす習慣だ。
次いで一階に降りて礼拝堂に赴き、祭壇の聖母子像に祈りを捧げる。
「〝天にまします我らが父よ。御名が崇められますように、御国がきますように。御心が天で行われるように、地上でも行われますように――〟」
終えて食堂に行くと朝食が用意してあったので、ここでも感謝の祈りを捧げてからパンとミルクをいただくことにする。
時間も飲食物も礼拝堂もだいたい元世界と同じなのは幸いだった。
食事を終えて残ったミルクを啜りながら、麗らかな朝陽が差し込む清らかなゴシック建築の修道院でシスター服のままゆっくりとするひと時は、ここに来て一番気に入っている時間かもしれない。
そう、憧れのシスターになれたような気分を最も味わえる瞬間だ。
「パンとミルクの出来はどうでちたか?」
傍らで、料理を用意してくれた異質な存在が尋ねてきて現実を認識させられる。
見下ろすと、メイド服を着た美幼女がいた。
赤髪のピッグテール。普通の幼女より目鼻立ちが整っているがサイズは小さいといった感じで、背丈が五〇センチくらいしかない。
「と、とってもおいしかったですよ。ごちそうさま、キキ」
「それはよかったでち」
にこと微笑んで、彼女は半分宙に浮きながらいそいそと表に去っていく。畑仕事辺りのためだろう。
――あの子はキキーモラ。ロシアに伝わる家の暖炉に住み着くという少女姿の妖精だ。
悪戯をすることが多いが、家主が働き者だといいこともするとかいう伝承だったはず。すると、まだそう認められているのかもしれないと認識できてホッとする。
キキは、喜んで家事や自給自足の生活を手伝ってくれている。
最初は全裸だったので、修道院にもともとあったビスクドールの服を着せてあげたら喜んでくれた。
自らキキーモラを称したが名前がないというので、キキという名前はマリヤがつけた。我ながらの安直さだがこれも気に入ってくれているようだ。
おそらく、自分とほぼ変わりない時期に住み始めたのだろう。
せめて後片付けはしようと、台所で井戸からひいた水で食器を洗いながらそんなことを考える。早く準備ができた方が朝食を用意する約束なのだが、鐘や祈りに費やす間にいつも先を越されてしまう。
ノッカーを叩く音がした。
「は、はい。今参ります!」
返事をして駆けていく。
あのノッカーの音は玄関のものではない。告解室だ。
ずいぶん早い来客である。
というか、本来懺悔を聞くのも神父の役割のはずだが修道院にはマリヤ一人しかいないし、この世界的にもなぜかそれで通っている。
プライバシーを守るためか、ここの告解室には表からも直接入れるので、マリヤと顔を合わせなくても済む。
マリヤは部屋の外で胸に手を当てて深呼吸。「よし」と気合を入れて自分用の入り口から入室した。
格子付きの小窓を有する壁を挟んだ信徒用の入り口も、開く音がした。彼女の覚悟を感知し、魔法の鍵がひとりでに外されたのだ。
もっとも、訪れるのは彼女の衣装から類推されるようなキリスト教の信者ではない。様々な悩みを抱き、それをマリヤに話すことで癒される人々である。
そんな役に立てるのは嬉しいことだが、緊張することでもある。
なにせ、何もかもが彼女の憧憬とはずれてしまっているのだから。
「……わたくしは罪を犯してしまいましたわ」
互いに小部屋で壁を挟んで着席するや話しだした相手の声で、マリヤはぎょっとした。
「《《また》》、異世界からの聖女に無理な仕事をさせてしまいましたもの」
「マリアンヌさん!」
覚えがあったので、思わずマリヤは相手の許可がなければ普段は手をつけない仕切りの窓を開けてしまう。
「どこに行ってたんですか、魔物軍団を悪魔祓いで祓うなんてむちゃ頼まれて大変だったんですよ!!」
すると向こうには予想通りの人物がいた。
聖像のように洗練された目鼻立ち。三対六枚もの純白翼を有する、足元まで届く黄金の長髪な色白美女。うち四枚の翼と髪を変幻自在に折り曲げ巻き付けて着衣のように纏っていた。
ひと月前までごく普通な日本人女子中学生であった綾部マリヤをこの生活に誘い込んだ張本人。人から神になったという女神。
――マリアンヌである。
「上手くいったって聞きましたわよ。結果オーライでよかったのではなくて?」
無責任な駄女神は、悪戯っぽくウインクした。




