生人形の館Ⅲ
ま王さんとの生活が(強制的に)はじまり、それにあたって私はルールを突き付けた。
1つ、汚い本はこれまで通りに私が預かる。
1つ、ぜったいに騒ぎは起こさない。
1つ、私の部屋には絶対に入らない。
1つ、1日に1回は必ず掃除をすること
1つ、毎日必ず風呂に入ること。 その際は排水溝も掃除すること。(毛が詰まる)
1つ、家事は基本的にま王さん担当。 私の洗濯物には手を触れない。
1つ、随時更新予定
渋い顔をしてぎゃーぎゃー唸っていたが、無理やり呑ませた。 家事については迷っていたのだが、私が学校に行っている間はどうせ暇だろうと思って、善意で押し付けてやった。
「前から思ってたんだけど、自分のこと『我』とか言うのってダサくない?」
「なにぃ!? 我を馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
生活をしていく中で、私はだんだんと遠慮がなくなっていった。 聞き分けがいいというか、意外にも話が通じることにギャップがあったのか。
気が付けば、最初ほどの嫌悪感を持っていない自分がいることに気が付いた。
「でも今日の肉じゃがはとても美味しいわ。 ここ一週間くらいで料理上達したじゃないの」
「そ、そうであろう? 日々の研鑽は怠らぬのだ。 今日もこの本で理解を深めていたのさ」
「それ、私の部屋にあったやつよね? 勝手に入ったの?」
いつも着ているセンスのないローブは封印させて、少しだけ残っていた父親の服を着させているが、ピチピチのサイズでなんだか面白い。
「もういいわ、部屋に戻るから。 食器後片付けお願いね」
そんな感じで1日、また1日と時間が過ぎていく。 だけど、この生活がま王さんにとって有意義なものなのかはサッパリ。 私は家事が減って楽だけど。
「さくらよ、いつも部屋にすぐ戻ってしまうが、少しばかり話でもせんか」
夕食後、そう切り出してきたのは初めてのことだった。 『話の練習』とやらでも、ついに始めたいのだろうか。
中間テストまであまり余裕がないのだけれど、そんなことが口にでかけるが、もう一度席についてやる。
「なに? 話の練習だったっけ? 手短にしてね」
「そこまで時間はとらせない。 しかし、もし時間に余裕がないのであれば、いい方法がある」
ま王さんは魔導書を貸してくれ、と要求してくる。 すこしビクッとはしたが、テーブルの上に置くだけ置いてやる。 なにかあったらすぐに取り上げられるように。
「ふむ、タイム・スタグネイト」
なにか呟いていたが、なにも起こらない。
しかし、変化は起こっていた。 さっきまで聞こえていたテレビの音が聴こえない。 いや、映像も止まっていた。 時計の秒針も眠ったように動かない。
「――これって」
「時間を停止する最上級魔法だ、魔力を大量に消費するので、そう長くはもたないがな」
「冗談でしょ!?」
とんでもない光景を見せられている。 とても信じられないが、この状態を肌で感じて否定なんかできなかった。
「驚かそうとしたわけじゃない、さくらに聞きたいことがあるだけさ」
動揺が隠せない私に対して、ま王さんは依然として平然としている。 こんな力を持ってるんじゃ、軍隊が寄ってたかったって勝てるわけがないんじゃ……。 やはり世界の命運は私に託されてるっていうのか。
「なにが聞きたいのかしら、言っておくけど何でも答えられるわけじゃないわ」
「警戒しなくてもよいではないか」
「こんなもの見せられて驚かない方が無理よ」
どこ吹く風で、ま王さんは棚の上に指を向ける。 その先にあるものに心当たりはあった。
「勝手に見たのね、寝かしてあったはずだけど」
「見られたくないものなら隠しておくべきだろう」
小さな家族写真。 見たくなかったので、額を倒しておいたのだ。 こいつが聞きたいことはおおよそ予想がついた。
「あれはさくらの家族か」
「その通りよ、父と母と兄」
「ほう、仲が良さそうで結構なことじゃないか」
私はその言葉に、引っかかる。
「皮肉のつもり? 聞きたいことはそれだけかしら」
思わず口を滑らせる。 しまった、余計なことを言ってしまった。
こいつにそのつもりがなかったとしても、少しは言い方というものがあるでしょうが。
「――いや、そんなつもりではないが」
「言い過ぎたわ、ごめんなさい。 聞きたいことはこうかしら? 家族はどこにいるのか、とか」
前に『家族はいっしょに住むもの』なんて言っていたことを思い出した。 家族といっしょに住んでいない私を不思議に、不自然に思っている。 この広い部屋の中で。
「そうだが……」
「死んだわ。 交通事故。 だから私一人で、この家に住んでる。 これでいいかしら」
私は机に置いていた本を取り上げる。 こいつの手が本から離れたとたん、テレビの音がなり始めた。 時間がどうやら動き出したらしい。
「――お、おい」
「もういいでしょう? そろそろ勉強したくなってきたから、この辺で失礼するわね」
悪いことをしてしまった。 そんな意識は少しだけあったのかもしれない。 でも、ま王さんが立ち入ってほしくない領域だってある。 こいつに悪意がなかったとしても。
「それと、あんまりズカズカと相手に踏み込まない方がいいのかもね。 そういうデリカシーのないところが、娘さんの気に障ってるかもしれないわ」
一度も振り返らずに、私はリビングを出て行く。 最後の私の捨て台詞の後、ま王さんはどんな表情をしていたのかは見ていない。
相手にとって大事なことを、私はわざと踏み込んだ言葉を選んで吐いた。 それはデリカシーのない質問よりも、きっと醜い。
最低ね、そんな言葉を自分自身に向けて呟いていた。