BAD ENCOUNT~恐ろしき反逆~Ⅱ
「メフィストフェレス、魔王様が戻られていたというのは本当か」
「おや、どこからそのことを聞いたのですか? ベルゼブブ」
ベルゼブブはしかめっつらで頭を掻き散らかし、どこか機嫌がわるそうだ。
「小悪魔がなんかコソコソ話してたから聞き出したわ」
魔王様とお話をしていた時、聞いていたのか。 城内巡回用の悪魔だが、知能が低いことが欠点ですね。 まだ私はだれにも話をしていないというのに。
「隠していたつもりではないのですよ。 これから皆に魔王様からのご命令を伝えて回ろうとしていたのです」
「魔王様の代理で自分が指揮しますーってやつをか??」
やはり面倒なことになりますか。 どうたしなめればいいものか。
「魔王様のご命令に従えば、そうなりますね。 ――もしご命令が不服ということがあれば、私は降りさせていただきますが……?」
「いちいち嫌味なやろうだなオメェ! それよりもだ、なんで魔王様は今この城にいねーんだよ?」
もっともな疑問。 私もその解答をどうするか考えていて、情報の発信に遅れてしまっていたのだ。
頭の悪い小悪魔とはいえ、魔王様の行き先まではベルゼブブに話さなかったようだな。
極秘調査、と魔王様は私に釘をさされたゆえに、異世界のことを話すわけにもいかない。
「どうした? 言えないっていうのかオメェ」
「違いますよ、と言いたいところなのですが……その通りなのです」
あからさまに敵意をむき出しにしている。 嘘をついてもいいのですが、バレた時にベルゼブブは面倒なタイプですからね。 正直に言った方が案外素直かもしれません。
「極秘、そういうご命令です。 一応申しておきますが、不都合なことを隠すというような意図はありませんので、くれぐれも深読みはしないように」
「本当かぁ? オメェはいつも食えねぇ態度で、いまいち信用ならねーと思ってんだ」
イラッ。 いけない、反応してしまっては奴の思う壺。
「魔王様にもしも何かあったら、オメェ覚悟できてんだろーな? 命令よりも優先しなきゃいけねーことがあるってこと、わからないとは言わせねぇぜ」
「心得ていますよ、ご忠告ありがとうございます」
魔王様は何をされているのか。 いや、考えてはいけない。 今頃には人間たちに破壊の制裁を下しているに違いないのだから……。
◇
「何あのカッコウ」
「どっかで仮装パーティでもあるのかしら」
「まだ4月なんだけど」
あれから私はフラフラと行く当てもなく歩き回っていた。
見れども見れども人間しかいない世界だということを、改めて実感する。 この世界の魔族は人間に敗北し滅ぼされてしまったというのか。
「ちょ、うける! あれなに!? 写真とっちゃお」
「モンスターじゃん!! ハリウッドクオリティじゃね!」
しかし、よくよく見てみると文明の発達が恐ろしく進んでいる。 金属の塊が地を走り、石造作りでも木造作りでもない建築。 私の城よりも大きいのではないか、と思うほどのモノもあるではないか。
「まま、ひつじさんがたってあるいてるよ」
「シッ! 指差しちゃダメ」
劣等種。 大した力も持たず、寿命も短く、小さな傷で息絶える。 淘汰されるべき種族と考えていた人間だが、本当はこれほどの力を持っているのか。
「侮っていたのか、我は」
日が暮れはじめてきたころ、何やら小さな広場にたどり着く。 そこで鎖に繋がれた鉄板が目についた。
近くの看板には「ブランコはすわってあそびましょう」と書かれている。 私はそれに座ってみる。
「おぉ、これは」
空を飛んでいるような感覚に包まれ、風が気持ちいいではないか。 娘に持って帰れば、喜んでくれそうだ。
しかし、さっきの看板にはこうも書かれていたのを思い出す。
「こうえんのゆうぐはみんなのものです。 だいじにつかいましょう」
知ったことではない、か。 なぜ人間のルールに魔王である私が縛られなくてはいけない? 劣等種は支配される運命にあるのだ。
それに、文明の進歩を驚いているだけではいけないだろう。 脅威は早々に取り払わなくてはいけない。 やはりこの世界といい、元の世界といい、人間という生物は我々にとっては排除しなければいけない対象だ。
それに、あの人間の女の態度。 私に向かって暴言を吐き散らかしたことは、とても許されることではない。 万死に値する行為。
【それに、アンタもそうなんじゃないの? 人間人間って上から目線でモノ言って、自分と違う存在を認めてないじゃない。 それに相手の都合も考えずに現れる。 自分勝手が過ぎるんじゃないの?】
鮮明に記憶がよみがえってくる。 蔑むような目だった。 対等な存在でもない人間に、私が気を使う必要などないだろう?
【アンタがどんな存在か知らないけど、ここは人間の世界。 歩み寄ろうとする気持ちがなかったら、相手もそのまんまなんじゃないの?】
歩み寄ろうなんていう気は、私にはこれっぽっちもないのだ。 ただ私は私の目的を達成できればよいのだから。
――となれば、あの人間の女を殺して、この世界も滅すのか?
「いや、手始めにこのブランコとやらを持って帰――」
「わーい!」
「ちょっと、あぶないよ!」
とつぜん、人間が隣のブランコに飛び乗ってくる。
ぎっこぎっこと、鈍い音をたてて揺れている。 見たところ女の子供と、その姉のような子供か。
私の存在に気が付いたのか、揺れていたブランコがピタリと止まる。
「おねえちゃん! ひつじがいる! おかしあげていいかな?」
なにやら小箱を取り出し、丸い包み紙を突き出してくる。 思わず私はそれを受け取ってしまった。
「失礼なことしないの! すいません、この子動物が大好きで。 よかったらもらってあげてください」
「い、いや」
何も知らない子供とはいえ、なんと無礼な存在。 魔族を知らないというのは、こうも軽率な行動をとらせるのか。
潤んだ瞳で、人間の子供が私を見つめ続けている。 そうか、この玉を食べるのを待っているのか。 ……食べなくてはいけないか。
無言の圧力に根負けしてしまった私は、包み紙の中のモノを口へ放り込む。 すると、衝撃だった。
「――うまいッ! なんだこの食べ物は!?」
芳醇な香りでいてクリーミーな舌触り。 何かの生乳を含んでいるのか、とろけそうな味がする! 私はブランコから転げ落ちそうになる。
「おねえちゃん、このひつじおもしろいね」
「よっぽどお腹が空いてたのかしら……」
人間の文明発達は、食事にまで及んでいるというのか! こんな美味なもの、食べたことがない。
「人間よ、もう一つだけ我に分けてくれないか!? お願いだ、頼むッ!」
「いいよー」
私の想像をはるかに超える高度な文明、滅ぼしてしまっていいのか!? むしろ、攻め込めば、こちらも痛手をくらう可能性も否定できない。 下手をすれば返り討ちに遭うということも考えられる!
まだまだ調査が必要で、軽率な行動を取ってはいけないのではないか。
「ああ、どこかで見たと思ったら! あなた、SNSで話題になってますよ。 映画の撮影か何かの途中なんですか?」
人間の姉が、おもむろに懐から取り出したのは光を放つ四角い箱。 なんと、そこに映っていたのは私の顔だった。