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死を望むあなたへ  作者: ねこネコ猫
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Ep:6

 変わりない日常が幾日か過ぎ去った頃、とうとうあの話が動き出した。

 そう、他国で出現したクラスunknownの討伐遠征だ。軍と国の上層部が長きに渡り話し合った末諸々が決まり俺達に要請が来たわけだ。まあ、前々からそれらしい話は聞いていたのでいきなりという訳では無いし当然こちらもある程度準備はしているから問題はない。

 だが他国で任務にあたるにつき様々な制約や気を付けなければいけない事が多々ある。基本的にはうちの隊員は常識があり、問題を起こすような人では無いがいつも以上に気を付けて見なければいけない。こう言った事も隊長としての責務であるからな。

 閑話休題

 さて、現状としては様々な情報が入ってきたので情報共有も含めて話し合う為皆に集まってもらった所だ。

「皆に最初に伝えるのは他国での妖魔討伐遠征が決定した。今回訪れるのはケールカ王国だ。皆も知っての通り俺達が住んでいる和国とは同盟を結んでいる。今回の遠征日数は約一月を予定していて、ケールカ王国軍部との共同作戦となる。と言っても実際に戦うのは俺達のみだから安心してくれ。ここまでで質問はあるか?」

「はい」

「どうぞ」

「遠征日数が一月と言うのは少々長いのでは?単純に討伐するだけなら一週間もあれば十分だと思いますが」

「確かにジンの言う通りだが、これには相手国からの条件……というかお願いがあってな」

「もしかしてクラスS以下の妖魔も討伐して欲しいとかですか?」

「いや、そう言う事では無く単純に国内の観光やお話をしたいという事らしい」

「はっ?いや……俺達は遊びに行くわけじゃないんですが」

「うん、ジンの気持ちは良く分かる。正直俺も何言ってんの?って思ったし。上層部に文句を言ってやろうとしたんだけど、どうにもこの件についてはケールカ王国の女王と王女達ての願いらしくてさ。無下に断れば同盟関係にヒビが入る可能性もあるから断れなかったみたい」

「あー……はい。あの女性達なら言いそうなことですね」

「だよね。取り合えず討伐が終わったら残りの日数は休暇となるのでゆっくり休むという感じかな」

「あの国には地酒もあるし、酒巡りをしても面白そうですね」

「隊長をそんな事に付き合わせないで下さい。そういうのはジン一人で行って来たらどうですか?」

「おいおい、シオリよ。なにが悲しくて一人酒をしなきゃいけないんだよ」

「別にいいんじゃありませんか?なんだったらゴロウと一緒に行けばいいでしょ?」

「俺を巻き込むな」

「つれないこと言うなよ。ゴロウも一緒に飲みに行こうぜ」

「お断りする。俺は隊長と共に行動するからな」

 う~ん、シオリに文句を言われゴロウからは断られてめっちゃしょげているな。流石に可哀想だし助け舟を出してやるか。

「休暇の日数は結構あるはずだし、一日位なら酒巡りも悪くないんじゃないか」

「隊長!くぅ~、俺は信じていましたよ」

「本当に良いんですか?無理していませんか?」

「ありがとシオリ。あの国の酒は俺も結構気に入っているし、今まで飲んだ事の無い酒を探すのも悪くはないと思ってな」

「そうですか。それならよかったです」

「あー、大分話が脱線したな。ごほんっ。今回の任務にあたって一つ懸念点があって、それはケールカ王国の軍部が半年ほど前に大幅に編制を変えたらしい。それに伴い俺達に頼るのをよしと思わない層がいるみたいだ。自国の問題は自国で解決するべきだと声高らかに訴えていたが、結局討伐可能な人材がいない為和国に話を通したが未だにグチグチと文句を言っているとの事でさ。種火が燻っている状態なので最悪何がしかの嫌がらせなり、妨害工作なりをしてくる可能性がある。各自その点に注意して発言・行動などに気を付けて欲しい」

「了解しました。もし何かしらの実害が及ぶ場合は実力行使に出でも問題ありませんか?」

「そこは難しい所だな。仮に命に危険がある場合は勿論問題無いが、例えば監視行為や情報収集なんかだと判断が付きづらい。そこら辺はケールカ王国に行った際に話し合おう。現状で和国を通して聞いてもすぐに漏れるからな」

「分かりました。ですが、隊長に危機があった場合は問答無用で相手を殺します」

 アヤメが強い口調でそう言う。その言葉に他の隊員も首肯で意志を表明する。彼らは本当に迷いなく相手を殺すだろう。例えそれが女王であろうと。

 当然国際問題に発展するだろうが、いざとなれば国を滅ぼせばいい――とでも考えているのだろう。実際それが出来るだけの力・人脈・コネがあるからな。はぁ、これは上手く落としどころを見つけないと大変な事になるぞ。うぅ、少し胃が痛くなってきた。

「とまあこんな所だな。出発は明々後日なので忘れ物など無いように。以上」

 ブリーフィングも終わったし、早急に提出しなきゃいけない書類作業でもするかな。



 旅支度や家の片付け等々をしているとあっという間に旅立ちの日がやって来た。

 ケールカ王国は国を二つほど挟んだ場所にある為陸路だと一週間程かかってしまう。事態は緊急を要するので今回は空路で向かう。空路の場合だと蒸気飛行船に乗るのだが、通常の飛行船と高速飛行船の二パターンを選ぶことが可能だ。料金は通常の飛行船の場合だと三~六万万円程で高速飛行船だと二倍の金額になる。勿論目的地によって値段は変わるが概ねこのような値段設定になっている。俺達が利用するのは高速飛行船の方だ。当然料金は軍部持ちなので自腹を切る必要はない。誠に有難い話である。

 して今俺がどこにいるかと言うと飛行船乗り場の受付前だ。実はここを集合場所に指定しているんだ。決して他の場所で全員揃ってから移動するのが面倒臭いから現地集合としたわけではない。

 さてさて、ちょっと早めに到着したので他の面々はまだ来ていないみたいだ。偶には一人の時間を満喫しようじゃないかと思い立ち椅子に座りぼぉーとしてみる。

 うむ、無心になりただそこに存在するだけ。

 心が凪いだ海の様に穏やかになっていく。

 今の俺なら菩薩も真っ青な程すべてに寛容になれるだろうと益体も無い事を考えていると、不意に声を掛けられてしまった。

「ねぇねぇ、キミ今一人?」

「そうですが、何か御用ですか?」

「いや~、キミみたいな可愛い子がいたもんだから思わず声をかけちゃったよ」

「はぁ……」

「よかったらお茶でもしない?当然俺が奢るからさ」

「いや、俺男ですから」

「………………はははっ。面白い冗談を言うねぇ~」

「本当に男ですよ」

「キミみたいな可愛い子がもし男だったら世の他の女性はみんな醜い野獣になっちゃうよ。それよりもさ美味しいお菓子でも食べに行こうよ。ねっ」

 おい、お前のせいで近くにいる女性が凄まじい形相で睨んでいるぞ。俺にまで被害が及んだらどうするんだよ。あとしつこいし、ウザい。断ってるんだから素直に引けよ。仮に駆け引きと言うんならもっとスマートにするべきだろう?あ~、だんだんイライラしてきた。

「この後用事があるんです。それと待ち合わせしているのであなたに付き合うことは出来ません」

「じゃあさ、連絡先交換しようよ。暇な時でも遊ぼうぜ」

「ちっ。あのさぁ、いい加減――」

「何をしているんですか?」

「えっ?」

「この人になんの用ですか?」

「あっ……、その……すみませんでした!」

 たくっ、脱兎の如く逃げ出すなら最初から声なんかかけんじゃねぇよ。

「アヤメ、ありがとな」

「いえ、とんでもありません。それよりもお怪我はありませんでしたか?」

「大丈夫だよ。さっきの奴が俺の事を女と勘違いして声を掛けてきてさ。断っても引かないしほとほと困ってた所だったんだよ。本当に助かった」

「そう言う事でしたらお力になれてよかったです。ユノさんの容姿は中性的な上、見る人によって男性だったり女性だったりしますからね」

「そうなんだよなぁ。髪が長いのが原因なのかなぁと思って昔短くしてみたけど全く変わらなかったしなんなんだろうな」

「えっ、そのサラサラで綺麗な髪を切ったんですか?」

「うん。かなり昔だけどね。結局は今の腰までの長さに戻ったけどね」

「個人的には今の方がよろしいかと思います」

「ははっ。同じことをユキにも言われたよ」

 などと他愛無い話をしていると、続々と待ち人たちがやってくる。

 全員が揃った所で受付でチケットを見せ、飛行船の中へ。

 内部は非常に大きく豪華な造りとなっている。

 食堂・娯楽施設・お風呂・サロン・カジノ等々他にも多々あるが、全部見て回るには数日はかかるだろうという規模だ。目的地によっては数週間居る事になるので、退屈させないようにと言う事だろう。勿論沢山お金を落として欲しいという企業としての思惑もあるだろうが。

 さて、俺達は二日この飛行船で寝泊まりをする事になる。部屋は各自一部屋でグレードは上から二番目というリッチな部屋に泊まる。部屋に常備されている飲食物は全て無料な上、様々な特典もあり至れり尽くせりなんだけど……俺達には不要だな。食事は摂らないし、娯楽に興じる事も無い。仕事として来ているのだから当然と言えば当然なんだが、キッチリ仕事とプライベートを分けているのが最たる理由だ。特に空の上では逃げ場が無いし、戦闘になったら飛行船を守りながらになってしまう。非常に厳しい条件の元戦うというのは圧倒的不利なのだ。そもそも落っこちれば死だからな。なのでいつも以上に気を張らなければいけないし、最悪の事態を想定して行動する事になる。いくら俺達でも高高度からの落下ともなればかなり辛い。確実に死ぬだろうし、――にも時間が掛かる。

 結論としては何事も無く到着する事を祈るのみと言った所か。

 部屋のベッドの上でゴロゴロしつつ考えを巡らせていると次第にウトウトとしはじめる。

 確り寝たはずだけど、このフカフカで身体を包み込むような魔性のベッドにやられてしまったようだ。時間は沢山あるし少しの間夢の世界に旅立とうか。おやすみなさい。



 another view point


 飛行船の甲板にある展望デッキで流れゆく空を見上げる男が一人。

 佇んでいるだけなのにどことなく威圧感があり、他者を寄せ付けない独特の雰囲気を漂わせている。短く切り揃えられた髪は清潔感があり、身なりも派手さは無いが上質な物を着ているのが分かる。

 男性にとってはある意味憧れの男性像を体現した存在であり、女性にとっては危険な匂いを纏いダンディズムに溢れる男性に映るだろう。

 だが、誰も声を掛ける事はせず遠目で眺めるのみとしているのは本能的に死を感じているからだ。近づけば殺される、一種の強迫観念染みた感情が胸にモヤモヤと立ち込めているからに他ならない。

 そんな中真っ直ぐに男に向かう人物が一人。

「よう。こんな所でなにしてんだ?」

「んっ?なんだゴロウか。少し風に当たりたくてな」

「そうか」

「…………ゴロウは今回の任務どう思う?」

「内容自体は大した事は無いし、滞りなく完遂できるだろう。だが、俺達に悪感情を持っている軍の派閥がどう動くかが読めないな。それと今回の遠征は各国・各組織には筒抜けだろうし何がしかの行動を起こすヤツがいるはずだ」

「厄介なのは教会か」

「そうだが、今回は動かないと思うぞ。ケールカ王国は和国の同盟国だし下手に行動を起こして何かあればそれこそ大問題になるだろうしな」

「あいつ等がそんな事を気にするような玉か?一応警戒しておくに越したことは無いだろう。後はゴロウが言ってた通り敵対派閥の人間か。いっその事纏めて殺せたら楽なんだけど」

「おいおい、こんな所で変な事を言うなよ。……まあジンの言は尤もだが」

「ははははっ。なんにせよ何事も無く無事帰還できればそれでいいんだけど、問題は起こるだろうな」

「十中八九起こるだろう。ユノさんが釘を刺しているから軽挙妄動はしないと思うが……」

「女性陣が問題だな。あいつ等ユノさんの事になると見境なくなるからなぁ~。敵対派閥を丸ごと皆殺しにするくらいはしそうだよな」

「確かに。暴走したら俺達じゃ止められないし、良くて差し違える位か」

「なまじっか実力が拮抗しているのがなぁ。アヤメさんは別として」

「うむ。アヤメさんと戦って勝てるビジョンがまるで見えないし、ユノさんは言わずもがな」

「あの人は別格だから。ユノさん以外の全員で挑んでも簡単に殺されるよ」

「ジンの言う通りだが腕の一本位は持って行けるんじゃないか?」

「ギリギリじゃないか?どのくらい本気かにもよるけど」

「全力だったら……」

「おい、やめろよ。一瞬死神が目の前で踊っていたぞ」

「悪い」

 男二人が冷汗を流し、顔を青褪めさせている様は他人から見れば異様に映るだろう。だが、事情を知っている者なら全力で首を縦に振る内容だ。心地良い太陽の温もりを浴びてもなお身体の芯から訪れる寒気は解消する兆しすらない。だが、事態は更に悪い方へと動いていく。

「ねぇ、今ユノさんと戦う話をしてなかった?」

「げっ、シオリ。なんでここに?」

「いいから質問に答えて。早く」

「あくまで話の流れでそういう話題が出ただけで、実際に戦うとか言う事じゃない」

「例えそうだとしても、許されるとでも?ジン、ゴロウ。ここで死んで」

 表情が抜け落ちた能面の様な顔をしたまま、左手に持っていた刀を素早く抜刀。

 そのまま瞬足で肉薄し、真っ向斬りを放つ。

 だがそれを読んでいたかのように身体一つ分横に動き回避する。

 が、即座に返す刀で逆袈裟斬りに刀を振り上げ渾身の一撃を放つ。

 真っ向から受ければ刀が折れ、そのまま身体が上下に泣き別れる事必死。避けるにしても後ろに下がれば踏み込んできて殺されるだろう。では先程の様に横に動けば大丈夫かと言えばそれは甘い考えと言わざるを得ない。斬り上げている動作の途中で軸をずらして動きに追随してくるだろう。常人では到底無理な動きであり、常識の埒外の事でさえ可能にする。それがシオリと言う人間なのだ。

 さて今まさに窮地に追いやられたジンが取った行動は、刀をやや寝かせて刀身の腹で流すと言うものだった。一歩間違えればポッキリと刀が折れる行為だが、完璧なタイミングと最適な動作をもってすれば可能となる。まさに武人の極致がここにある。

「ふぅー。本気で殺しに来たな。悪いが手加減は出来ないからな」

「はなから殺すつもりです」

 二対一と言う圧倒的不利な状況にも関わらず、強気な態度を崩さないのは自信の表れか、将又(はたまた)虚飾か?

 血で血を洗う悪鬼羅刹共の戦いが今始まろうとしたその時。

 涼やかで澄んだ声が耳朶を叩いた。

「そこまでです。事情は分かりませんが、一般人も居る場所での戦闘は看過出来ません」

「邪魔するつもりですか?例えアヤメさんであろうとも容赦しませんよ」

「そうだぜ。こっちは喧嘩を売られたんだ。簡単に引き下がる事は出来ねぇよ」

 空気を揺るがせるほどの怒気を滲ませながらそう言う二人を止める事は不可能に近い。現状を収める事が出来るのはユノかユキくらいのものだろう。もしくは――そう、必殺の一言があれば別かもしれないが。

「貴方達がどう思っていようが関係ありません。状況を考えろと言っているんです」

「アヤメさんが邪魔している以外にないでしょう」

「少し頭を働かせてください。この飛行船にはユノさんも乗っているのです。そして今は就寝中。もしここで戦闘が発生すれば目を覚ますでしょう。貴方たちはそれを良しとするのですか?睡眠を邪魔されて不機嫌なユノさんを宥める事が可能なんですか?その辺りをよく考えてみて下さい」

 アヤメの言葉に黙り込む一同。頭の中で計算をしているのか、将又(はたまた)邪魔者をどうやって排除しようかと考えているのか。果たして答えはそのどちらでも無かった。

「ここは一旦休戦としましょう。ユノさんにご迷惑をお掛けするのは何としてでも避けたいですし」

「だな。不機嫌なあの人を見るのは俺も嫌だし」

「だが、先の一合で目を覚ました可能性は無いか?」

「うっ……。でも、ほんの一瞬ですし多分大丈夫では?」

 ゴロウの言葉に顔を青くして希望的観測を述べるシオリだが、その結果は如何に。

「久々の遠出で疲れていると思いますし、気配からしても起きてはいないと思いますよ。ただ、一時的に眠りが浅くなった可能性はありますが」

 アヤメの言にホッと胸を下ろす面々だが、そこで終わるわけもなくお説教は続く。

「そもそも少し考えを巡らせれば分かる事でしょう?大方ユノさん絡みでシオリが怒って攻撃を仕掛けたんでしょうが、少しは自制して下さい。毎度毎度諫める私の気持ちにもなって下さい」

「「「すみませんでした」」」

「取り合えず目的地に着くまでは大人しくしている事。以上」

 こうして甲板での出来事は幕を閉じた。


 another view pointEND



 飛行船での旅というものは、何もやる事が無いとこの上なく暇な訳で。

 仮にプライベートであれば様々な娯楽施設で遊んだり、日頃の疲れを癒す為お風呂やサロンで寛いだり出来るだろう。だが仕事となると基本的にそういった施設は利用しないので前述したように兎角暇なのだ。話をするにしても朝から晩までお喋りに興じられるわけで無し。出来る事と言えば読書をするか寝るかくらいだ。俺は二日間本を読んで寝てをひたすら繰り返していた。これほど無意味な時間も無いだろうと思いつつね。これは下手な拷問よりも辛いのではと思った事は一度や二度ではない。

 そんなある意味苦痛に満ちた時間はいよいよ終わりを迎える。

 そう、あと一時間ほどで目的地であるケールカ王国に到着するのだ。そして今は部屋で片付けやら身だしなみのチェック等をしているが、唐突にノック音が聞こえてきた。

「どうぞ」

「失礼しますわ」

 果たして入室してきたのはカスミだった。

「おう、どうした?なにか問題でも起きた?」

「いえ、そういう訳では無いのですがユノさんと少しお話したいと思いまして」

「そっか。立ち話もなんだし、座ろうか」

「はい」

 ソファに移動して、対面する。

「それで話って?」

「私の実家と懇意にしている人がいるのですが、どうしても挨拶したいと仰っていまして。ユノさんさえよければお時間を頂けないかと思いまして」

「あ~、カスミの実家は名家だもんな。まあ……うん」

「勿論お嫌でしたら断って下さって構いません。そもそもこの話は私としても眉を顰めるものですので」

 難しい問題だな。ここで断ればカスミ、ひいては実家に傷がつく可能性がある。かと言って政治の道具にされるのは心情的に……ね。取り合えず今は情報が少ないし判断がつかないな。

「因みに会いたいと言っている人はどんな人物なの?」

「ケールカ王国の貴族ですわ。今回の話はユノさんとのパイプを作れればと言った所でしょうか。そして私の実家との関係をより強固にするという狙いもあると思います」

「完全に私利で動いているわけか。悪いけどこの話は無かった事にしてくれ」

「分かりましたわ。先方には実家を通して伝えておきます。あとは、今後の事も考えて多少釘を刺しておきますわ」

「程々にね」

「善処いたします」

 ニッコリと笑顔を浮かべて言うが、目が全く笑っていない。これは腹に据えかねているな。貴族様には悪いけど各方面から手痛い制裁を加えられる事だろう。

「あぁ、そうだ。一つお伝えし忘れていた事が有るのですが、お暇な時でいいので実家の方に遊びにいらして下さいと言伝を預かっておりました」

「そっか。直近は無理だから遠征が終わって落ち着いたら行こうか」

「分かりましたわ。その旨相手にも伝えておきます」

「うん。よろしく」

 カスミも色々な事情があって俺の所に来たからな。そこら辺も勘案すると断るという手は無い。

 ……というか今回の遠征は貴族も絡んでくるかもしれないな。面倒事に巻き込まれたくないし、そこら辺も女王に会った際にそれとなく伝えるか。

 そんな事を考えていると館内放送が鳴り響く。

『間もなくケールカ王国に到着致します。天候は晴れ。煙の濃度は高の為マスクの着用をお願い致します。またお忘れ物等無いようお気を付け下さい』

『繰り返します。間もなくケールカ王国に――』

 さあ、行こうか。

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