Ep:27
気が付けば年が明けていて驚いている今日この頃。亡命に関する話をしていたのが晩秋だったが、あの後は仕事に忙殺されていつの間にか冬になり毎日寒い寒いと言っている毎日。ちなみに和国は冬はかなり寒くて降雪量はそれほどでもないが雪も降る。建物を這っている蒸気パイプがあるので雪に関しては特に除雪をしたりする必要は無いので楽だけど、寒さが問題なんだよ。例えマスクを着用しなくてはいけないとしても冬の間だけで良いから蒸気を放出してくれないかななんて思ってしまう事もしばし。
っと少し話がズレてしまったな。先程から冬に関する愚痴ばかり言っているが悪い事だけでは決してない。例えば温泉などは今の時期が一番楽しめるだろう。湯に浸かりながら雪見酒なんてのも洒落ていていいのではないだろうか。――そう、以前話した事があるがCODE零の隊員と一緒に二泊三日の温泉旅行に行く事が決まっていたが俺の都合で延期になってしまっていたんだけど、ようやく諸々が落ち着いたので各人準備をしたり旅館の予約をしたりして動いていた。
そして、今日待ちに待った旅行に出発します。待ち合わせ場所は蒸気機関車が発着する駅なのでそこまではユキと二人で歩いて移動という事になる。
「ふぃ~、今日は一段と冷え込むなぁ」
「予報によると今日から数日はかなり冷え込むみたいです。それと昨日の夜には雪が降っていましたので、尚更そう感じるのかもしれませんね」
「俺達が旅行に行くタイミングで寒さが厳しくなるとか、何かの嫌がらせかと思ってしまうな」
「気候を司る神様が居るとしたら、私が懲らしめてあげられるのですが……」
「その時は俺も一緒にとっちめてやる」
「ふふっ、ユノ様と一緒なら懲らしめるどころか改心させる事も出来るのではないでしょうか?」
「そうなったら、毎日晴天にしてくれって頼むかな。あと、冬は少しだけ暖冬にして欲しいって所か」
「私は雨の日も好きなので、たまにでいいので雨天の日もお願いしたいです」
「おっと、そうだったな。俺も雨は嫌いじゃないし、何よりユキのお願いとあっては断れないな」
「有難うございます」
他愛無い話をしながら二人で歩いているが、会話の中に出てきた神という単語。俺は別に信心深い訳では無いし、信仰心があるわけでも無い。だが、神の存在は信じている……というかごく身近に居るから信じざるを得ないと言うかなんというか。
「あっ、そう言えば簡易懐炉を持って来たのでした。――良かったらお使い下さい」
「おっ、ありがと。あ~、温まる」
「駅まではそれで何とか凌げるでしょうか?なんでしたら、途中で喫茶店にでも入って暖を取っても構いませんよ」
「んっ、大丈夫。もう暫く歩けば身体も温まってくるだろうし。それに時間に余裕があるとは言え、あいつらはかなり早く来ていると思うから待たせたくないしさ」
「分かりました」
隣で優しく微笑みながら歩いている人が――だとは誰も思うまい。あまりにも顔の造形が整っているから人間に見えないって感想もあるだろうけど、まさかそれが事実とは露にも考えないだろうしな。……それにしても本当に良くできた女の人だよユキは。今こうして歩いているがユキは俺の三歩後ろから静々と付いて来ているし、着物だからか歩く姿も嫋やかで美しい。正直言って俺の理想を体現した女性だよ。
想いよ届けとばかりにユキの方をチラリと見ると、小首を傾げながらこっちを見てくる。
「くっ、可愛い」
「まあ、そう言って頂けるなんて嬉しいです」
「あっ、思わず口から出ちゃった……」
「そういう所もユノ様らしくて私は好きですよ」
「あはは、照れるな」
さっきまで熟年夫婦さながらの遣り取りをしていたのに、今は付き合いたての恋人みたいなやり取りをしている。振れ幅が余りにも大きいが俺達らしいとも言える。
お互いに寒さのせいか、将又照れなのか分からないが頬を染めながら歩いて行く。二人が進む道に残るのは雪に付いた足跡のみ。
約三十分程歩き辿り着いたのは蒸気機関車発着駅――これは正式名称で一般的には駅と呼ばれている――に来たわけだが、待ち合わせ場所に行くと案の定俺とユキ以外の全員が揃っていた。
「悪い、待たせたようだな」
「いえ、まだ待ち合わせ時間までは余裕がありますし、私達が早く到着しただけですのでお気になさらないで下さい」
「それでも、寒い中待ってて貰った訳だし……そうだ。温かい飲み物を奢るよ」
「お気遣い頂き有難うございます。それではお言葉に甘えさせて頂きます」
アヤメとのやり取りの後みんな揃って構内にある店へと向かう。
駅の中は外と比べれば大分暖かいとはいえ、線路がある場所は外に面しているからそこから吹き込む冷気が結構キツイんだよね。何もせずにジッとしていれば自然と寒さで身体が震えてしまうくらいには寒い。だからこそ、温かい飲み物が上手かったりするんだけどさ。
「っと、ここだな。それじゃあ各々飲みたい物を注文してくれ」
お店の前で各自好きな物を注文した後受け取り、近くのベンチに座って飲む事にした。
「はぁ~、甘くて美味しい~」
「ねっ。身体も温まるし、美味しいしユノさんありがとうございます」
「ありがとうございます」
スズネとシオリが感謝を伝えてくれた。こんな事で喜ばれるなら幾らでもしてあげるよなんて思いつつ、二人に答えを返す。
「喜んでくれたなら何よりだよ。――二人が飲んでいるのは抹茶だったよね?」
「はい。砂糖をタップリ入れた甘い抹茶です。最近流行っているんですよ」
「そうなんだ。流行っているなら俺も今度飲んでみようかな」
「あっ……あの。僕ので良かったら飲んでみますか?」
「えっ!?」
スズネからのアプローチに思わず声が上擦ってしまった。普段はこんな事を言う子じゃないんだけど旅行で気分が高揚しているからだろうか?多少驚いてしまったが貰えるならもらおうか。
「スズネが嫌じゃないなら一口貰ってもいいか?」
「はい!全然嫌じゃないですし……寧ろ嬉しい」
最後の方は聞かなかったことにしておこう。俺の為にもスズネの為にも。
「じゃあ、どうぞ」
「んっ。…………ほう、これは美味いな」
「ですよね!ユノさんが気に入ってくれて嬉しいです」
満面の笑みを見せるスズネに思わずホッコリしてしまう。が、同時に左右から突き刺さる視線が痛い。これは放置しておくと不機嫌になるパターンなので上手い事機嫌を取らないと大変な事になる。今できる最善の方策はただ一つ!
「俺が飲んでいるのも美味いから皆一口飲んでみるか?」
と言った瞬間に女性陣全員が神速で頷きつつ『はい!』と返事をしてきた。その連携に一瞬たじろいでしまうが、すぐに気持ちを切り替える。俺が二割くらい飲んでしまったから残り六割。女性陣は五名なので一人一割を飲めば少しは余る計算になる。……誰かが一気に飲んでしまう事が無ければだけど。
「ユノ様、とても美味しかったです」
「今度機会があれば買いたいと思います」
「美味でしたわ。絶妙な渋みが私好みで満足です」
「うん、ユノさんのも美味しい」
「はぁ~、天にも昇る気持ちとはこの事を言うのですね」
ユキ、アヤメ、カスミ、スズネ、シオリの順で感想を言ってくれた。皆気に入ってくれたようで何より。
「あっ、このストロー貰っても良いですか?」
「いや、まだ残ってるし俺も飲みたいから駄目だよ」
「では、飲み終わった後で良いので下さい」
ストローを欲しがるとかシオリは変わり者だな――なんて思うはずもない。用途は凡そ想像できるし、夜のお元に使われるのは嫌では無いけど他四人が殺気立っているからちょっと遠慮して欲しいかな。
「シオリには悪いがゴミになるし、捨てるよ」
「そんな……」
ガクッと擬音が付きそうなほど項垂れてしまったけどこればっかりは諦めてもらうほかない。駅構内で死闘が始まるとか冗談じゃないからな。ただ、このまま放置しているのも可哀想だし少し慰めてあげよう。
「ほらシオリ。手出して」
「はい?」
疑問に思いつつも差し出してきたシオリの両手を自分の掌でそっと包み込む。
「どうだ?温かいだろ」
「は、はい。――もう全身が、心がポカポカしています」
「ならよかった」
速攻で立ち直りニッコニッコしている。カスミとスズネが羨ましそうにしているが、君達にも後で同じことをしてあげるからちょっとだけ待っててくれ。アヤメとユキも忘れていないからそんな目で見ないで。
とまあ出発早々色々な事があったが、定刻通りに蒸気機関車が到着して、そのまま乗り込み発車。小一時間程機関車で移動となる。何もしないで寛ぐのもいいが、丁度時間もあるし護衛任務に関する話でもするか。隊員達には殆ど話をしていないから良い機会だ。
「あー、少しいいか?前に俺とカスミが護衛の任務をしたと思うが、それについて少し話したいんだが」
「そうですわね。丁度良いタイミングですし、私もユノさんの補足説明等をさせて頂きますわ」
「そうして貰えると助かる」
「気になっておりましたので、是非お聞かせください」
「分かった。要点を纏めて話すから、気になった事があれば都度聞いてくれ。じゃあ最初は――」
そうして話し始めた訳だが、たった一週間とは言えかなり濃密だったから中々に言葉で説明するのが難しい。それにある程度日数も経っているので記憶が朧気だったりする事も説明の難しさに拍車を掛けている。――とはいえカスミが都度補足説明をしてくれるので、なんとか上手く伝えられていると言った感じだが。
そして話は街中で襲撃者に襲われた所に差し掛かったんだがここで問題が起きてしまった。
「ねぇ、なんでユノさんの手を煩わせてるの?話を聞いた所だと木っ端暗殺者じゃん。カスミなら誰にも気づかれる事なく一瞬で殺せるよね。なのに何をやっているの?答え次第では分かっているよね」
「勿論スズネの言う通り誰の目にも止まらずに処理できますわ。ですが、あの場ではユノさんがその様な判断をされたのです。私の行動に文句を言うという事はユノさんの指示が間違っているという事になりますわ。貴方はそれを理解して言っているのかしら?」
「…………そう。ユノさんが指示してそうしたんなら僕からはもう言う事は無いよ」
「襲撃について補足すると、確かにスズネの言う通りに出来た。だけどそうしちゃうと襲撃されたという事実が実質無かった事になるんだ。殿下もお付きの方達も何事も無かったと勘違いしてしまう。そうなると俺やカスミが動こうにも裏で全て処理する事になるだろ。だったら大々的に襲ってもらい、大義名分を得れば表立ってアレコレ出来るし何かと都合が良いからさ」
「成程ですね。納得です」
まあ襲撃される本人からしてみれば堪ったものじゃないとは思うが、殿下の身も守れているし結果良ければ全て良しではないだろうか。経過なんて結局は何も意味が無い事であり、幾らでも変わるし変えられるんだ。となれば必然的に最終的な答えである結果こそが重要視されるわけでさ。特に戦いの場に身を置いている人間ならばそう言う風な考え方じゃないと早々に身を滅ぼす事になる。
先のスズネの場合は俺が絡んでいるからあんな風に言っただけで、普段は合理的に思考する良く出来た子なんだよ。いや、本当にね。
――とまあ色々と質問がありつつも話を進めていき最終的に俺がオフレ殿下の保護をするという所まで話し終えた。個人的にはここが一番質問や疑問を投げかけられるだろうと思っていたんだけど誰からも何も無かったので拍子抜けと言った所だ。……一応俺から聞いてみようかな。
「俺から質問なんだけどさ、オフレ殿下を保護する事に関してどう思う?」
「私としてはユノさんが決めた事ならば良いと思います」
アヤメの言葉に全員が首肯して答える。だけど俺が聞きたいのはそう言う事では無いんだよなと思っていたら再びアヤメが口を開いた。
「ただ、皇女殿下――亡命が決まったので元でしょうか。どちらにせよ多くの問題が発生するでしょう。特に帝国は黙っていないと思います。更に二十歳までという制限付きとの事ですから、期限が切れた後に何がしかの行動を起こす事も容易に想像できます。なので先まで見据えて考えるならば正直メリットは殆ど無いかと思います。変わりにデメリットはこれでもかと盛り沢山ですが」
「確かにな。俺も二十歳という期限が切れた後が最大の山場だと思っている。それまでにオフレ殿下とどの様な関係を築けるかで俺の対応も変わるからそこら辺がどうなるか……かな」
「本人が保護、そして制限付きという言葉の意味を正しく理解していれば問題はないのですが、その辺りはユノさんから見てどうなのでしょうか?」
「そうさなぁ……ある程度は分かっていると思うよ。結構聡明な人だし、思った以上に物事を深く読み取る事が出来るって感じだったし。ただまあ、最終的には本人次第って所があるし難しいよね。私情としては末永く仲良くしたいと思うけど」
「…………羨ましいですね」
「そうか?」
「はい」
羨む要素があるかな?と少し考えたが特にありませんでした。仲良くという点かなとも考えたが隊員達とは毎日顔を合わせているし、殿下を褒めた事に関しても特段良いなぁとは思わんだろうしさ。
まあ、そこら辺は個人の感性に依るから考えても仕方ないか。
「まあ、兎も角だ。今後お前達に協力を要請するかも知れないからその時は力を貸してくれ」
「勿論です。ユノさんの為に行動するのは何よりも最優先されますから、何時でもお声掛け下さい」
「んっ。よろしく頼むよ」
皆の協力も取り付けられたし、これで何があっても対処できる。ふふふっ、神でも悪魔でもかかってこいってなもんだ。
さてと、伝えるべき事は全て伝えたし後はのんびり過ごしますかね。
車窓から外の景色を眺めつつボーっとしていたら、あっという間に目的地に着いてしまった。約一時間の機関車の旅は終わりを告げ、駅に降り立つとそこは一面の雪景色。俺が住んでいる場所は雪は滅多に積もらないし、精々が路面が薄っすらと雪化粧する位だ。だが、ここは一メートル以上は積雪している。まさに豪雪地帯と言っても問題無いだろう光景に心躍らされる……事は無い。この場所には何十回と訪れているのでそう言った心の動きは当に昔のものとなってしまった。
なので感傷に浸る事も無く今回お世話になる旅館から迎えに来た蒸気自動車を探す事にする。辺りをキョロキョロと見回すとすぐに見知った顔が目に入ってきた。
「こんにちは」
「あっ!こんにちは。お久し振りです。お元気でしたか?」
「ああ。変わりなく過ごしているよ。そっちはどう?」
「私どもも息災で過ごしておりました」
「それは何よりです」
軽い挨拶を終えたあと、僅かな沈黙が降りる。
「では、皆さまもお集りの様ですし車までご案内致します」
そうして旅館の主人の後を付いて車まで移動を開始。
さして歩く事もなく到着した後は車両に乗り込み旅館まで行く事となった。……んだけど、特にやる事が無い。先程まで蒸気機関車でたっぷり話はしたし、かと言ってトランプなどの遊び道具を持って来ている訳でも無いので暇だ。いっそ寝るという手もあるが移動時間は二十~三十分程なので寝たと思ったら着いていたとなる訳で却下。となれば最終手段で外の景色を車窓から眺める事にする。真っ白な雪が大地を覆い、外の空気が冷えている為キラキラとダイヤモンドダストがアクセントを加える。一言で言うならば幻想的。俺自身雪は嫌いじゃないし、何よりも横で俺と一緒になって外を眺めている小柄で華奢だけど誰もが目を引く美少女の名前がユキというのも要因としてはあるだろう。
そんな事を考えていると件のユキが声を掛けてきた。
「綺麗ですね」
「んっ。都会とは違って空気が澄んでいるから余計にそう感じるよ」
「私達が住んでいる街は良くも悪くも雑多で混沌としていますからね」
「確かにな。色々と便利だし職場も近いしで気に入ってはいるんだけど偶にはこういった場所で癒されたくなるよ」
「そう言えばここに来るのも久し振りですね」
「前に来たのは……確か五~六年前くらいだったか?」
「はい。以前来たあとすぐに第五次妖魔対戦があったのでそれに掛かりっきりでしたし、その後も復興や各国との調整で数年は忙しかったので」
「あ~、そんな事もあったな。あの時は発生源が遠かった事もあり初動が遅れてかなりの被害を出したもんな。……国が一つ二つ消滅してその結果和国に非難が集中、損害賠償金だの俺達の誰かを数十年単位で派遣しろだの、亡命者を全員受け入れろだの散々な文句の言われようで辟易としたの覚えているよ」
「あの時はユノ様がお怒りになり、無茶な要求をしてくる国に制裁を与えた事で沈静化しましたが、今思い出しても腹が立ちます。――今からでも亡国にしたいくらいに」
「気持ちは有難いがあの件は一応決着はついたんだし、なっ」
ユキの頭に手を置き優しく撫でてあげると、頬を桜色に染めながらコクッと小さいく頷いてくれる。折角慰安旅行に来たのに過去の出来事で嫌な気持ちになっては本末転倒だし、ユキの気持ちが落ち着くまでは暫くこうして頭を撫でていよう。
雪景色の中車に揺られていると不意に速度が落ちると同時に、運転席から声を掛けられた。
「もう少しで到着しますので準備の程をよろしくお願い致します」
「分かりました」
返事をしつつ各々手荷物の確認や忘れ物が無いかのチェックをしている内に旅館に到着。車から降りてまずは深呼吸。体内に籠った熱と共に吐き出された息はすぐに白くなり空へと昇っていく。何度か繰り返すと頭がスッキリとし、心なしか身体も軽く感じる。心身ともに軽くリフレッシュしたところで、旅館に行きますか。
駐車場から歩いてすぐの所にある今回お世話になる旅館は歴史を感じさせる古風な造りで、ある程度年齢を経た人なら喜びそうな外観となっている。また、旅館がある場所も辺りに人家が少ない上隠れ家的な立地の為若者は好き好んでは来ないであろう感じだ。個人的には主流であるホテルや大衆向け旅館よりもこうした知る人ぞ知ると言った趣ある宿屋の方が好みではある。
などとつらつらと考え事をしてつい足が止まっていたようで横合いからアヤメが声を掛けてきた。
「ユノさん。大丈夫ですか?体調が悪いようでしたら仰って下さいね」
「あぁ、すまん。久し振りに来たものだからつい色々と物思いに耽ってしまってな」
「そうでしたか。……ですが、外は寒いので風邪を引く前に中に入りませんか?」
「だな。行くとするか」
ゾロゾロと連れ立って旅館の中に入ると、まず目に入ったのは出迎えてくれた人達で声を揃えて一声。
「ようこそ、夢現亭へ」
「こんにちは。今日から二泊三日でお世話になります」
「こちらこそ、よろしくお願い致します。ではお部屋にご案内致します」
仲居さんの案内の元各々の部屋へと移動をしていく。部屋割りは俺とユキ、ジンとゴロウのみ相部屋でアヤメ・カスミ・スズネ・シオリは一人部屋となっている。当たり前だが男性と女性を同室にする事は出来ないし、こういう分け方となった訳です。因みに俺とユキは一緒に暮らしているので同室となっている。とまあ益体の無い事を頭の片隅で考えつつ歩いていると今回泊まる部屋についたので中に入り荷物を適当な場所に置いてから畳に座り一息。
「ふぃ~。ようやく落ち着ける~」
「ずっと移動してましたからね。私もホッとしています」
「だよな。……と、まずはお茶でも飲むか」
「では、私がお淹れ致しますね」
「いや、ユキも疲れているだろうし俺がやるよ」
「――ではお願いしても宜しいですか?」
「任せてくれ。……ちょっと渋くなっても許してな」
「勿論です。ユノ様が淹れてくれたお茶なのですからそんな事は問題になりませんよ」
ユキの言葉を耳に入れつつ、ササッとお茶を淹れていく。普段は自宅ではユキが全てやってくれるし、職場では女性陣がお茶汲みをするので自分でやるのは随分と久し振りだ。少しだけドキドキしつつ出来上がったお茶をユキに渡した後、自分の分をズズッと飲んでみる。
うむ。不味くもなく美味くもない。至って平凡な味だな。アヤメやカスミが淹れてくれたのとは雲泥の差だが、まあ素人にしてはまずまずでは無いだろうか。
「んっ。とても美味しいです」
「そうか?ユキが淹れてくれた茶に比べれば大して美味くないと思うけど……」
「そんな事はありませんよ。私にとってはユノ様が手ずから用意して下さったことがとても嬉しいですしお茶自体も渋みも無く飲みやすいですし」
「そっか。ありがと」
「こちらこそ有難うございます」
などと他愛も無いやり取りをしつつ、まったりした時間が流れていく。
こういうのを幸せというんだろうな。




