重森 美鈴①
美鈴視点です。
予想より長くなりました。
私は重森 美鈴。
今は中田 美鈴やけどね。
私には夫の中田笑騎がいる。
笑騎とは子供の頃からの幼馴染で、両親とも仲が良い。
私は昔から明るくて優しい笑騎が大好きや。
小学生の頃、クラスの子に好きな男の子を取ったって濡れ衣を着せられて髪の毛を引っ張られた時、笑騎が助けてくれた。
それ以来私は笑騎に振り向いてもらおうと、自分磨きに勤しんだ。
外見はもちろん、好きな料理や好きなアニメも必死に勉強した。
もともと仲の良い幼馴染やから、情報を集めるのに苦労はあんまりしなかった。
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高校に入学した際、笑騎と少しでも距離を縮めようと、彼が所属する柔道部のマネージャーにまでなった。
そのかいあって、笑騎の私に対する視線は幼馴染から異性と言うジャンルに変わっているのを肌で感じ取った。
そして私は、思い切って笑騎に告白した。
彼をどんなに好きか……それだけを必死に言葉にした。
笑騎は男女問わず友達が多いから断られる不安はあった。
もし断られたら私はこの先どうしていいかわからへんかった。
告白した後に、軽率なことしたって後悔する自分もいた。
「……おっ俺でよかったら!」
でも彼はOKしてくれた。
私は生きてきた中でこれほど嬉しいことはなかった。
それから交際をスタートさせていき、私と笑騎は学校でも有名なオシドリカップルにまでなった。
高校卒業後、私は大学に進み、笑騎は介護施設で働きに出た。
私との将来を考えて大学推薦まで蹴ったことを、私は申し訳ないと思いながら、嬉しく感じていた。
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「……美鈴。 俺と結婚してくれ!!」
大学を卒業し、就職が決まってまもなく、彼はプロポーズしてくれた。
もちろん私はそのプロポーズを受け入れた。
今まで何度も夢に見た光景が現実になったんやから、嬉しくない訳がない。
私達はその後入籍し、家賃を出し合ったマンションで一緒に暮らし始めた。
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笑騎との結婚生活は、本当に幸せやった。
互いに互いを支え合い、休日はいつも一緒に過ごしていた。
夢のような彼との結婚生活やけど、不安が全くないわけやない。
笑騎は交友関係が男女問わず広いから、スマホに女の連絡先が結構ある。
見知った女もおれば、知らない女もおる。
笑騎に限って浮気はしてないとは思うけど、昔からスケベな面が目立ってたから不安が募る。
そして、その不安を掻き立てる出来事が起きた。
笑騎が見知らぬ女と一緒に帰っていたのを見かけたんや。
すぐに笑騎に問い詰めたら、その女は職場の同僚やと言う。
スマホもチェックしたけど、特に怪しい点は見つからんかった。
それでもやっぱり笑騎の事が心配になった私は、彼のスマホを毎日チェックし、GPSも常にONにしてもらった。
連絡もこまめに入れてもらい、笑騎への不安と疑惑を少しでも減らそうと努力した。
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だけど、私の不安はもう1つある。
それは笑騎の趣味である二次元や。
付き合っていた頃は少しでも彼との距離を埋めようと、アニメやゲームを勉強していたけど、はっきり言って私の肌には合わかった。
だけど笑騎にとって、二次元は特別な存在。
二次元のことを話す時の笑騎はいつも子供みたいにはしゃいでいた。
キラキラしたその笑顔は、私に向けられる笑顔とは異なっていた。
結婚後もその趣味は続き、マンションにもゲームやフィギュア等が置かれている。
笑騎は十分なお金を家に入れてるし、実家にも少し仕送りしているから散財とは言えない。
置いてあるグッズやゲームも、生活スペースを占領しないように収納されている。
生活面から見れば、笑騎の趣味は看過できるレベルやと思う。
でも私が気になっているのは、笑騎の二次元女に対する心情や。
笑騎は二次元女を心から好いている。
それは恋愛感情に近い。
でも笑騎を愛しているのは私だけ。
たとえ二次元の空想女であっても、笑騎の笑顔を取られたくない。
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「みっ美鈴!! 俺のゲームとグッズ知らんか? さっきから探してんねんけど、見つかれへんねん!!」
ある休日の朝。
血相を変えた笑騎が朝食の用意をしている私に問い掛けてきた。
「朝から大声上げんといてよ。 お隣さんの迷惑やろ?」
「そっそうやけど、俺のゲームとグッズが全部なくなってんねん!
一昨日までちゃんとあったのに……泥棒でも入ったんとちゃうか?」
「あぁ……あの”ガラクタ”? あれなら昨日売った」
実は昨日、私は笑騎が大切にしているゲームとアニメグッズを全部店に売った。
笑騎は遅くまで仕事してて帰宅後すぐに寝てしもたから気付かんかったみたいやけどね。
「はぁ!? うっ嘘やろ?」
「嘘ちゃうよ? それより、思ったよりもええ値段で売れたから、これでおいしいもんでも食べに行こうよ!」
「ふっふざけんな!!」
「!!!」
笑騎が大声を出して怒りを露わにした。
今まで笑騎がこんなに怒ったことなんて1度もなかったから、私は思わず言葉を失った。
「人の物を勝手に売り飛ばすとか、どういう神経してたらそんなことできんねん!!
それにあの中には、今では買えない限定品もあるねんぞ!!」
「何を怒ってんの? あんなんスペース取るだけで何の役にも立たへんやん。
しかも値段だってバカにならへんし……
それにあんな趣味やめたら?って私、何度も言うたやろ?
なのに笑騎は全然やめへんやん。
だから私が代わりに売ってあげてん」
「俺がどんな趣味持ったって俺の勝手やろ!?
だいたいグッズもゲームも俺が少しずつ貯めた小遣いで買ったもんやし、スペースだって邪魔にならんように俺のタンスに全部入れてるやろ!?」
「それが無駄やっていってんの!! お金もスペースも、私達夫婦のものやねんから、夫婦で共有しようよ!」
「……もうええ!!」
笑騎はそう言うと、寝室に閉じこもってしまった。
はっきり言って、笑騎が怒っている理由が今でもわからない。
私は2人のことを想ってやったのに……。
グッズもゲームもきしょい女ばっかり映ってるゲテモノばっかりやし、なんで笑騎がこんなものに夢中になってんのか全く理解できひん。
でもあれだけ怒るってことは、それだけあのゲテモノ達を想っているということ?
あいつらは笑騎に料理も作れないし、夜の相手だってできひんやん!!
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笑騎はその後、私が売ったグッズとゲームを買い戻した。
自分が持ってるお金だけじゃ足りないからって、複数の友達からお金を借りたみたい。
買い戻した物は一部実家に送ったみたいや。
『もう2度とこんなことせんといて……』
私は笑騎からこんなくぎを刺された。
意味わからん……私よりもゲテモノの方が大切って言うん?
私のことは愛してないってこと?
笑騎にとって私はその程度の女なん?
私の中の不安が徐々に大きくなり始めた。
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それから2ヶ月後……。
この日は私達の交際がスタートした交際記念日。
私達は学生時代を思い出しながら、街でデートしていた。
「なあ笑騎。 来週の金曜日、2人で旅行にでも行かへん? ちょうど連休やし、ひさしぶりに遠出しよや」
レストランで夕食を食べながら、私は笑騎を旅行に誘ってみた。
あれから笑騎との間に大きな変化はないけど、少しぎこちない空気を感じるので、仲直りもかねての旅行でもある。
「あっ! ごめんな。 金曜はアニメのイベント行く予定入れてもうてん」
それなのに……笑騎は私の気持ちを踏みにじるかのように、くだらないイベントに参加すると言い出した。
……なんなんそれ?
イベントなんてこの前も行ったやん。
「はあ? またイベント行くの!? この間行ったばかりやん!」
「ごめん! でもどうしてもこれだけは行かせてほしいねん!」
ショックやった……。
笑騎は私との旅行よりイベントを取るん?
笑騎は私よりも二次元を愛してるん?
……そうか。
笑騎は知らんねんな……愛する人に目を向けてもらえないつらさを……愛する人が自分以外の異性に目を向ける苦しさを……。
「好きにしたら?」
私はある決断を下し、笑騎のイベントを承認した。
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イベント当日。
笑騎は子供のようにウキウキしながら出て行った。
そのまぶしい笑顔は、これから行くイベントで待っているゲテモノ共へ向けられている。
そう考えただけで私の中の何かがくすぶる。
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その日の昼、私は駅前の広場に足を運んだ。
そこで私はある男と待ち合わせをしている。
「……美鈴ちゃん?」
私に声を掛けてきたのは、いかにも女遊びをしてそうなチャラついた男だった。
目が合った瞬間、私の胸や足をいやらしい目でじろじろ見てくるから、めちゃくちゃ不愉快や。
「健司君?……」
「そうや。 いやぁ……写真で見るよりめっちゃ可愛い子やん」
私が待ち合わせをしていたのはこの健司と言う男。
彼は10日ほど前にマッチングアプリで知り合った男。
ラインで何度か連絡はしてたけど、直接顔を合わせるのは今日が初めてや。
「ほんじゃあそろそろ行きますか!」
彼はそう言うと、馴れ馴れしく私の肩に手を回す。
はっきり言って生理的に受け付けられない男や。
「そうやな……」
だけど私は、自分の気持ちを押し殺して男と歩き出した。
私がこんな男と一緒になるのは、笑騎のためや。
彼にパートナーが自分以外の異性に目を向ける苦しみや悲しさを知ってほしいからや。
今はそれがわからんから、二次元なんかにはまってるねん。
それを知ったらもう、私のことを蔑ろにしたりせえへんはずや。
私が相手に健司を選んだのは、軽そうな男やから。
私は笑騎以外の男と付き合う気はないから、用がなくなったらすぐに縁を切る。
こんなチャラついた男なら、すぐに縁を切っても心が痛まんからな。
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「いやぁ……美鈴ちゃんみたいな子とヤれるなんてラッキーやで!」
私達はその足でラブホテルに向かった。
ほんまにこういうタイプの男の考えることはシンプルにクズや。
互いにシャワーで身を清めると、健司はすぐに私をベッドに押し倒した。
「なあ……もうええやろ?」
「……」
まるで飢えた獣や。
私が合意すると同時に、健司は貪るように私の体を堪能した。
正直な結果だけ言うと、つまらんかった。
笑騎との行為の方がこいつの何倍もええ。
事情さえなかったらこんな男、相手にもせえへん。
「……」
健司には言うてへんけど、行為の様子を私はこっそりスマホで録画した。
これを見せたら、笑騎は自分の行いを反省するはずや。
そうなれば、また夫婦仲良く幸せに暮らせるはず……。
※※※
ラブホテルに入って数時間が経った。
健司は満足げな顔して私の横で寝てる。
私の方は欲求不満で、スマホをいじって気を紛らわせてるけど。
やっぱり私の身も心も満足させられるのは笑騎だけ……。
「……笑騎」
その時、私のスマホに笑騎からのメールや着信が届いた。
私がいないことを心配して連絡を入れてくれたんやな。
「……」
私は笑騎に電話を入れた。
『もっもしもし? 美鈴か?』
「笑騎……」
開口一番に、笑騎は私の身を案じてくれていた。
笑騎にそう思われていると感じるだけで、心が温かくなる。
「美鈴……もう1回ヤろうぜ?」
そんな夫婦水入らずの会話に、健司が割り込んできた。
夢から覚めた気がしたけど、今日の目的を思い出すことができた。
「もう待って。 今旦那としゃべってんねんから」
旦那と口走ったけど、健司には私が人妻であることを告げてる。
マッチングアプリのプロフィールにも人妻と彼氏持ちが好物と書くほど頭のイカれた男。
だけど、私の目標達成にはぴったりな男や。
『おっおい美鈴……今の人はなんや?』
私は笑騎に健司とラブホテルで寝ていることを告げた。
その証拠にと、行為中の動画も送った。
心苦しいけど、笑騎は1度傷つかないとあかんねん。
『おっお前……』
「ほんなら、私は彼とお楽しみの続きするから、笑騎は先に寝ててええで?」
私はそう言って電話を切った。
その後も健司が行為を要求してきたけど、もう目的は果たしたから適当な理由をつけて部屋を後にした。
私はそれからビジネスホテルに泊まり、翌朝マンションへと帰宅した。
次話は笑騎視点です。
一気に離婚までいきたいと思います。