ユウリ②
ユウリの過去話の続きです。
裁判が終わってから1週間後、とある新聞記事が町に配られた。
テカテカと大きな文字で『裁かれるべき女、世に放たれるた悪夢』と書かれていた。
内容をまとめると、ウチを死刑にせえって言う国民への訴えや。
お父ちゃんが言うに、一種のデモ活動やって。
まあ裁判の結果とかその経緯とか国中に出回ってるから、大抵の人は聞く耳を持たへん。
『強姦魔の自業自得』
『バカな父親の見苦しい言い分』
『この息子にしてこの父親あり』
そういったウチを支持する人の声も上がれば、シンさんに同情してこの訴えに賛同してる人もおるみたいや。
『どんな理由があろうと殺人は殺人。 女は死刑に処されるべき!』
『女は貞操を奪われたくらいで喚きすぎ! むしろ人生を奪われた男こそ、真の被害者!』
「人の命を奪っておいて、罰も受けずにのうのうと生きているなんて、正常な思考とは思えない」
シンさんい賛同している人達の行動は徐々に過激になっていき、ウチの家に『殺人鬼』、『死ね!!』といった張り紙が張られていたり、ウチを罵る電話も結構掛かって来る。
その影響でアクセサリーショップもお客さんの足が減っていき、しまいには閑古鳥が鳴いてしもた。
ウチかてマルクスを殺してしまったことに対して、なんとも思ってへん訳やない!
今でもマルクスを突き飛ばした感触や、階段から落ちたマルクスの姿は記憶に焼き付いてる。
あの日からウチは眠るたびに、あの夜の悪夢を見る。
そのせいで不眠症になってもうて、睡眠薬を飲まな満足に眠ることもできなくなった。
正直、睡眠薬には抵抗があるけど、睡眠を取らな命に関わるからしゃーない。
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でもウチの体に起きた変化はそれだけやない。
あの日からしばらくして、ウチは男の人に関われなくなってしもた。
男の人に触れられたら吐きそうになるし、ひどい時には過呼吸になることもある。
会話も1メートルくらい距離を取れば短時間だけできるレベルや。
男の人が触れた物も手袋がないと指1本触れられへん。
お父ちゃんとはなんとか接することができるけど、精神的にはきつかった。
なんかの病気かなと思って病院にも行ってみたけど、健康そのものやって言われた。
訳もわからず苦しい生活を送っていると、ウチを心配したお師匠様が『ここに行ってみぃ』って紹介してくれたのがホームやった。
なんでもお師匠様は、ホームの施設長であるゴウマ国王と昔からの仲良しさんやねんて。
ウチはそこでやってる精神科を受けることになった。
お師匠様が言うに、ウチは心の病気かもしれへんねんて。
心の病気なんて不眠症くらいしか知らんかったから、他にもそんなんあるなんて驚いたわ。
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「あなたは男性恐怖症です」
後日、ウチはお父ちゃんと一緒にホームを尋ねた。
問診やウチの症状を聞いたお医者さんがウチの病名が判明した。
要約すると、男性に対して強い恐怖心が芽生えて、無意識に拒絶反応を起こしてしまうんや。
その原因は言うまでもなくマルクスや。
それと、シンさんの記事によるストレスも原因の1つに考えられるんやって。
「治るんですか?」
「今の所、完治した例はありません。 薬で症状を少し抑えることくらいしか……」
「そんな……」
ウチは愕然とした。
一生ウチはこの苦しみに耐えて生きて行かなあかんの?
ウチは一気に絶望の底に叩きつけられた。
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それからホームで処方された薬を服用し始めた。
多少気分は落ち着くけど、男の人が怖いことに変わりない。
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ホームに通い始めて1週間後……事件が起きた
ウチ等の家に石や火炎瓶が投げられたんや。
ウチとお父ちゃんはすぐに避難したから無事やったけど、家の方は真っ黒けや。
騎士団の調査で犯人はすぐに捕まったんやけど、全員合ったこともない赤の他人やった。
なんでもマルクスを奪われたシンさんに同情して、ウチを殺しに来たんやって。
この事件の後すぐ、シンさんは上の人から責任を取らされる形で記者をやめさせられた。
シンさんに同情していた人達も徐々に声を上げなくなっていった。
この件に関わるのに飽きたとか、犯罪者と同類に思われたくないからとか、みんな勝手なもんや。
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家を燃やされたウチは入院と言う形でホームに住まわせてもらえることになった。
その間の治療費は、しばらくお父ちゃんが貯めていた貯金で払う形になる。
お父ちゃんは別の場所でアクセサリーショップを再開して、またお金を貯めるんやて。
でもこれ以上お父ちゃんに迷惑を掛けることなんてできひん。
だからウチはゴウマ国王様に頼んで、スタッフ見習いとしてホームで働くことにした。
仕事は主に力仕事とか掃除とか……まあ雑務やな。
趣味の機械いじりを活かして、電話とかラジオの修理なんかもやってる。
ホームで働いているスタッフも男女問わずにええ人ばっかや。
ウチの特性を考慮して、なるべく女の人と働かせてもらえるようにしてもらってる。
施設を利用している人達もウチのように悩みを抱えている人ばっかやから何かと馬が合う。
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「あっ!」
「うっ!……」
「あっごめん。 大丈夫?……あっ! すぐ誰か呼んでくる!」
それでも全く問題がない訳でもない。
どんなに気ぃ付けても、うっかりはある。
今みたいに偶然通路の角で男の人とぶつかりそうになっただけでも、ウチは苦しくなってしまう。
そのたびに女のスタッフさんを呼んできてもらって、ちょっとした騒ぎになってしまい、ひどい時には早退させてしもらうこともある。
施設利用者のみんなとも、仲良くしている際、ウチが勝手に決めたボーダーラインを越えてしまうことがある。
誰も嫌な顔1つせぇへんけど、ウチは迷惑ばっかりかけて申し訳ない気持ちが一杯や。
「ぐず……」
ウチは毎日のように枕を涙で濡らした。
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そんなある日、ウチはお母ちゃんの夢を見た。
小さい頃、お気に入りの公園で遊んでいた夢や。
「ユウリ、大きくなったら何になりたい?」
「う~んと……わかんない」
「そう……まあユウリにはこれから一杯時間があるから焦らず考えたらいいわ」
「うん!」
「でもユウリ、1つだけ約束して。
これからどんな風になっても、思いやりだけは忘れないでね」
「思いやり?」
「そう……あなたにはいつまでもみんなと仲良くなっていてほしいの。
人を思いやることを忘れなければ、たとえ人の道を外れたとしても、きっと誰かがあなたのそばにいてくれる。 この世で一番つらいのは、1人ぼっちになること。
お母さんはユウリにそんな思いをしてほしくないの」
「……わかった! これからもみんなと仲良くする!!
※※※
「……お母ちゃん」
ウチにはそれが夢やのうて、お母ちゃんからのメッセージに思えた。
お母ちゃんは天国からウチを心配してくれてる……そう思った。
そしてウチは、ある決心をした。
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「……本気で言っているのか?」
翌朝、ウチはゴウマ国王様に男性スタッフと同じ仕事をさせてほしいと頼みに行った。
「はい。 このまま仕事を続けていてもみんなに迷惑を掛けるだけやと思うんです。
みんなはそれでええって言うかもしれへんけど、ウチは納得できないんです。
……それにもうこれ以上、過去から逃げたくないんです!」
ゴウマ国王様もスタッフのみんなも最初は反対してたけど、ウチの決意が固いってわかった後は、ウチに協力するって言ってくれた。
もちろんそれは簡単なことやない。
男の人と接するだけでも、気持ち悪くなって過呼吸になるくらいやから。
何度も気持ち悪くなってもうて、そのたびに隠れて吐いていた。
薬を飲んで落ち着くのを待つのも負担が大きい。
まさに生き地獄や。
みんなは何度も無理せんでええと言ってくれたけど、ウチは決して甘えへんかった。
もうこれ以上、お父ちゃんとお母ちゃんに心配かけたくないし、男女関係なくみんなとお友達になりたい!
それがウチを奮い立たせるんや!!
次は笑騎視点です。
あと2、3話くらいで完結したいと思います。




