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side ウィリアム
「結局遅刻してしまった。
しかも倒れる程怖がらせてしまった」
討伐隊同期で、俺の上司である男が昨日花嫁候補と顔合わせをした。
この男は何度も結婚の話が持ち上がっては白紙にしてきたので、今回こそはと部下一同成功を願っていた。
なのにこいつはつまらない理由で仕事を優先してしまい、結局遅刻した挙句に相手を卒倒させた様だ。
倒れたってどういう事だと詳しく聞いたら、討伐直後の格好で令嬢の前に現れた様だ。全く、聞けば聞くほど呆れる。
「はあ…折角ジェイコブ様がお前を信頼して結んで下さった縁だというのに」
「………」
呆れすぎて言葉が出ない。しかし俺はその時、何か違和感を感じた。
こいつは昔から剣以外のものに執着心がなく、義理堅い男ではあるが人に対してもそういう所がある。特に異性になるとそれは顕著に現れやすい。
だけどどうだろう。奴は俺の質問に答えてはくれるが、いつも以上に言葉数が少なかった。そしてただ一点を見つめ、何か思考している様に見える。
これはもしかして落ち込んでいるのではなかろうか。
「なあカイン」
勤務中は隊長と呼ぶが、今は個人的な時間。
それに一人の友として、こいつと話したかった。
「惚れたのか?」
返事はない。しばらくして、ゆっくりとこちらを向いた。
「そうかもしれない」
そんな真顔で言われても。何とロマンのない自覚の仕方だ。
いかにもこいつらしくて思わず笑う。
「惚れる程喋れたのか?」
「いや、俺が一方的に話しただけだ。だがあの日から彼女の姿が時折よぎる。何故だろうと思っていたんだが」
「一目惚れってやつか。お前にもそんな事があるんだな」
これはすごい事だ。なるべく平静を装っているが、本当は大声で言ってやりたい。
剣一筋の堅物男が、深窓の令嬢に恋をしたと。
どうにか口角が上がりそうなのを抑えていると、およそ恋愛の話をしているとは思えない難しい顔で奴が口を開いた。
「一目惚れ、か。確かに彼女は美しかった。
でもそんな人は他にもいる。何故彼女だけ気になってしまったんだ?」
「俺が知るかよ。それが一目惚れって事じゃないのか?」
成程、そんな事を考えていたから言葉数が少なかったのかと理解する。それきり奴は黙ってしまった。
さて、折角俺達の隊長が大きな一歩を踏み出したのだ。これは何としても成就させてやりたい所なのだが、こいつがこの通り落ち込んでいる様にそのハードルは高い。
ジェイコブ様はお優しいし、積極的に縁組なさる程だからそこはまだ救いはあるが、奥様のマリア様は中々に厳格な方だと聞く。
何よりお相手のオリヴィア嬢は、きっとこの男を怖がってしまっただろう。
「とりあえず何か一筆書いてみたらどうだ?」
「…そうだな」
本当にこの男はカイン・アルバートだろうか。
いつもならあちらにも事情があるのだろう、とか何とか言って傍観してきたというのに。
しかし、結局手紙を書く前に一度会ってみないかと手紙がきた。しかも本人から。
俺は奴がその手紙を手にした瞬間に偶然立ち会えたのだが、その時の間抜け面と言ったら。
早々動揺しない奴が、でかい体を固まらせて口をぽかんと開けた姿は中々に面白かった。こんな堅物でも恋愛が絡むと誰でも同じ様になってしまうのだなと、微笑ましく思う。
何はともあれ、折角あちらからチャンスを頂いたのだ。
大事な日を台無しにしてしまった責任は俺にもある。これは俺の経験とスキルを伝授して、ぜひ成功してもらいたい。
俺は色んな期待をのせて、あいつを送り出した。そして。
「隊長、一体どうなさったの?」
初めての感情に自分が追いつかなくてびびってしまっている我ら隊長。それを知ってか知らずか臆する事なくその男の元へ行くオリヴィア嬢の背中を見ながら、愛妻が呟いた。
彼女のどこが深窓の令嬢か。
それともあいつと出会って変わったのかもしれない。あいつがあの子に会って変わった様に。
「ん?とにかく俺達は見守るだけだ」
全く、いいカップルじゃないか。