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帰ってきた騎士達は壮行会と同じ様に国王様の前で整列した。国王様は実に誇らしげに彼らを称賛し、今回の作戦の成功を讃える。
とても素晴らしい瞬間だというのに、私の頭は彼の事で頭がいっぱいだった。早く彼と話がしたかった。我ながら浮かれている。
最後は私達が歓声で彼らを讃えた。これでしばらくケントデルシアの平穏は守られるだろう。
私も精一杯の感謝を込めて、3人に笑われるくらい大きな声を出した。
そしてその場で騎士達は解散となる。
この瞬間を待ち望んでいた私は、そわそわと落ち着かなくなった。
「ただいまメリル!」
「お帰りなさい!」
すぐに顔を出したのはあの赤い髪をしたメリルさんの旦那さんだった。二人は嬉しそうにそう声を掛け合うと、勢いよく抱き合う。
こんな目の前で熱い抱擁を見たのは初めてで、一気に顔が熱くなった。
「おいジャスパー、第三部隊の品位が下がる。
さっきの手振といい、本当に落ち着きのない奴だな」
「いいだろうーだって愛しの妻に会えたんだぞ」
「そうよそうよ」
更にその後ろから現れた黒い長髪の人が、メリルさん夫妻を軽蔑する様な目つきで言った。
それに対し二人は全く気にもせず子どもの様に言い返すと、再び抱擁を続ける。
「…聞く耳なしかよ」
「お帰り、レイ」
エミリーさんが実に嬉しそうに笑みを讃えながら、その黒髪の人に声をかけた。
そうか、この人がエミリーさんの旦那さん。
本来なら隊長を任せられる程の魔力の持ち主で、メリルさん曰く“いけ好かない奴”らしいが。
「変わりなかったか」
「ええ。あなたも」
「…当たり前だ」
エミリーさんに向ける柔らかな表情を見ていると、どうやら奥さんにはきちんとご執心の様だ。思わず微笑んでしまう。
「いたいた。お前らさっさと行くなよ」
「副隊長、お疲れ様です」
副隊長…という事は。
「ん?そこにおられるのは…もしやオリヴィア嬢でございますか?」
「は、はい」
シャーロットの旦那さん、そしてあの素敵な一日を作ってくださった立役者だ。
「あの節は…その、お世話になりました」
「いえ私は何も…というか、あいつあなたにバラしたんですね?
全く、本当にムードというものを知らない奴だ」
そう言って呆れた様にため息をつく。
遠くからでも分かるくらい背丈があったので、近くで見ると本当に大きい。
「顔合わせという大事な日の邪魔をしてしまい、大変申し訳ございませんでした」
「そんな事は…あの、なぜあなたがお謝りに?」
私がそう言うと、彼は快く話してくれた。
「実は、あの時討伐した魔物は以前から何度か交戦しており、致命傷を中々与えられずいつも逃げられていたんです。
お二人の顔合わせ前日にも交戦したのですが、その時私は負傷してしまいましてね。
幸い作戦に参加出来ない程の傷ではなかったので、当日は予定通り私が指揮を取る事になったんですが、心配してか、はたまた責任を感じていたのか、のこのここちらに来ちゃったんですよ。
ここはいいからと説得しても、絶対に間に合わせるから大丈夫だと言って聞かないし。しかも結局遅刻はするし。過保護で困ります…全く」
そんな事情があったのかと驚く。
言ってくれればあんな態度とらなかったのに、彼は何の言い訳もせずに私達にただひたすら謝っていた。
「彼はそんな事、一言も言っていませんでした」
「そうでしょうね。そういう奴です」
そう言って穏やかな表情をする副隊長さんを見ていると、本当に彼は慕われているんだなと実感する。
改めて私も彼を尊敬したが、その反面どこか心配になった。
こんなに上手に気遣われたら、あの人が本当に辛い時に私は気付けるだろうか。
「ウィリアム、お帰りなさい」
勝手に一人で悶々としていると、私達の話を待ってくれていたシャーロットさんが声をかけた。
ただいま、と答える副隊長さんの顔が更に穏やかになる。そして肩を優しく引き寄せると、シャーロットさんのこめかみに口付けた。
「……っ!!」
一気に頭が沸騰する。何だかこの3組のご夫婦、とても仲良しだ。
思わず呆気に取られていると、メリルさんが旦那さんと一緒にこちらにやって来た。
「紹介するわね、私の夫よ」
「そうか!君が隊長の婚約者さんか!
俺は魔道士兼剣士の、ジャスパー・アルカイン。
いつもメリルと仲良くしてくれてありがとう」
にこにこと眩しい笑顔に、思わずこちらも口角があがる。メリルさんと同じ様に分け隔てない素敵な方だ。
自己紹介と共に差し出された手と、喜んで握手をする。
「それで、あそこの目付き悪いのが魔道士のレイ・ドラモンド。それから…」
「私が副隊長のウィリアム・ケイトです。以後お見知りおきを」
3人の旦那さんのお名前は初めて会った時も聞いてはいたけれど、正直覚えきれなかったので改めて教えてもらい感謝する。
今後、私はこの方達とも関わっていくのだろう。
「…あんたが隊長の婚約者か」
「は、はい」
「………ふーん」
じっと見下される様にレイさんに凝視され、思わず体を縮こませる。しかも“ふーん”ってどういう…。
「レイ、私の友達にそんな失礼な態度をとらないで」
エミリーさんが嗜めてくれる。レイさんが少したじろいだのが分かった。意外な力関係に驚く。
「ごめんね。こいつ隊長ラブだから一回敵視しないと気が済まないんだわ」
「…うるさい」
フォロー?するジャスパーさんの肩をレイさんが叩く。否定しないんだ、という言葉は呑み込んでおいた。
「私はオリヴィア・バートンと申します。こちらこそお見知りおきを。…それで、その」
「そういえば隊長は?」
私が言おうとした言葉をジャスパーさんが言ってくれる。
そうなのだ、いつまで経っても彼が現れない。
するとウィリアムさんが小さく「あー…」と呟いた。何か知っているのだろうか。
「あれ、あんな所にいる」
そう言ってジャスパーさんが指を差した。
慌てて目を向けると、彼が人混みから少し離れた所で作戦に使用されたと思われる道具の整理をしていた。
姿を見た瞬間、心臓が早鐘を打つ。
「オリヴィア嬢、声をかけてきたらどうですか?」
「え、でもお仕事中では」
「あれは別に今やる必要のない作業なのです。
柄にもなくへっぴり腰な奴に、勇気を与えてやって下さい」
ウィリアムさんの言葉の真意がいまいち掴めなかったが、副隊長さんが許可して下さるのだからここは甘えよう。
1秒でも早く、彼と話したい。私は大きく一歩を踏み出した。