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あれからあっさりと、二週間が経過した。

その間に彼からの連絡はなし。

私はまた放られてしまった。


毎日お母様からの、“それ見た事か”といった視線が痛い。

現在婚約の話は有耶無耶になっており、両親も(痛い視線以外は)特に詮索してこないので、大変助かっている。

私は、迷っていた。


二人で出かけたあの日、彼にまた会いたい、もっと知りたいと思い婚約に対しても前向きになれた。

しかも最後、彼が私の頭をそっと撫でた時確かに愛しさというものを感じたのだ。

あんなにロマンのなかった人が、別れ際にようやく見せた、想いの断片。


私が彼に対して見方が変わった様に、私も彼の意識を変える事が出来たのかしら。

それを知りたいけれど、知りようがない。

実はすぐに手紙を書いた。お礼と、また近い内にお会いしたい事を伝えた。結果返事は来ていない、という事だ。さすがにもう一通送るには心が折れてしまった。


もしあの人の妻になったら、こうして忙しい彼をひたすら待つ毎日になるのだろうか。

お父様もご多忙だけれど、仕事柄命に関わるものではないし、立場的にも優遇されている方だ。家庭を顧みる時間と余裕があった。

そんな環境に育ったから、分からない。


家族だけでなく自分の命までも投げ打って国を守る人を支えるなんて、私に出来るだろうか。こんなたった二週間連絡がないだけで、落ち込んでいるというのに。


それでも彼との繋がりをなかった事に出来ない程、あの日は楽しかった。

婚約を破棄してしまうと、もう彼と会う事はないだろう。


「…ずるい人」


どうしてあんな触れ方をしたの。


あの日、彼にもらった花束は乾かして吊るしている。

ブローチも、茶器も、他に買って貰った物も、結局使えないまま飾っている。

それら一つ一つに触れていたら、扉のノック音が響いた。


「オリヴィア」

「…お母様」

「何て顔しているの。

元から出不精なのに、更に引きこもって」


そう言いながら、私の頬に触れる。


「少し、外出したらどう?

今日、城の前で壮行会があるそうよ」

「壮行会?」

「ええ、何やら大規模なご加護の修復だそうで」


私が今まで魔物を見た事がないのも、全てこのご加護のおかげだ。

未だに謎の多い魔物。どういった原理かは分からないが、無限に湧く魔物を全て駆逐する事は不可能で、私達は共存を強いられた。


そこで可能な範囲で結界を張り、私達はその中で暮らしたり、流通したりしている。

その結界を、ご加護と呼んでいるのだ。


それでも弱まった箇所から入り込んでしまったり、それこそご加護が効かない魔物もいる。

そのため私の国の場合は、討伐隊が二十四時間交代でその境界線を警戒し、通報があれば駆けつけるといった統制がとられていた。彼が忙しいのも当たり前なのだ。


「その修復で、ほとんどの討伐隊の騎士達が行くそうよ」


お母様が何を言わんとしているのか分かった。

心臓がざわざわと動き出す。


「修復するには、一度ご加護を解かなければいけませんからね。かなり危険な場所へ身を投じる事になる。

壮行会では、国王様が彼らの無事を願うの。

勿論、誰もが参加しても良いのよ」


知らなかった。そのくらい、私には関係のない世界の話だと思っていたという事だ。彼らのおかげで平和に暮らせているのに。

行かなきゃ。無事を願わなければいけない人が、私にはいる。


「行くのなら護衛を付けなさい。

騎士が多い分、参加する人々も多いでしょう」

「お母様…ありがとう、ございます」


私が礼をすると、お母様が小さくため息を吐いた。


「…全く。あなたといい、あの人といい、彼のどこが良いのやら」

「彼と話したら、きっと分かりますよ」

「私に分からせたいのなら、さっさと会いに来るよう伝えておいて」


お母様はそう言うと、部屋から出て行った。

気に食わない筈なのに、私が落ち込んでいるのは放っておけない優しい母親なのだ。


慌てて準備をしてエントランスへ向かうと、うちの屋敷の警備兵であるハンスが待っていた。


「ごめんなさいね、ハンス。

手を煩わせてしまって」


「お気になさらず、お嬢様。

今回の壮行会は混雑が予想されるので、原則馬車は禁止されているのです。徒歩になってしまいますが、よろしいですか?」


「勿論よ」


私は気合を入れる様にあの白い帽子を被る。

彼からもらった花と、ひし型の陶器のブローチを付けて。


私の屋敷は城下町にあるので、20分程歩けば到着する。

既に城の前の広場は、多くの人が集まっていた。

まだ騎士達は登場していない様だ。

彼らが整列するスペースを、ロープで区切っている。


「お嬢様、こっちです」


余りの人の多さに困惑していると、ハンスが私の手を引いてくれた。おかげで最前列に来れた。


「ありがとう、ハンス」

「いえ」


そしてほっと息をついた瞬間、警笛隊によるファンファーレが鳴り響いた。


「国王様のご入場!」


慌てて帽子を取って頭を下げる。

いよいよ始まる様だ。

ゆっくりと国王様が現れる。全体が見やすい様に、壇上に上がられた。


「討伐隊!入場せよ!」


人々が一斉に拍手と歓声を上げた。

それに答える様に、綺麗に整列された騎士達が現れ、歩みを合わせて入場し始める。


気もそぞろで拍手をしながら必死に彼の姿を探すが、中々現れない。もしや、見逃したのだろうかと不安に駆られていた時だった。


「…見つけた!」


思わず声に出していた。

彼は隊長らしく、一人違う色の鎧を着て、先頭を切っていた。何と勇ましい。

久し振りに見れた彼の姿に、思わず笑みが溢れた。


今から戦場へ行くというのに、手を振るなんてはしたない真似は出来ない。どうにか気付いてくれないだろうかと願ったが、彼は実に真剣な表情をしたまま、国王の前へ整列した。


やがて入場が終わり、人々の拍手も鳴り止む。

ゆっくりと国王様が口を開いた。


「このケントデルシアの民達が安心して暮らせているのも、単に其方達のおかげである。

近年、この修復作戦における死亡者は、幸いにもゼロだ。今回は大規模となるが、其方達が誰一人欠ける事なく帰還出来るよう、願おう」


「皆の者!頭を下げよ!」


号令と共に、全員が頭を下げた。

私も、強く祈る。


どうか、どうか、安全に帰って来られますように。

どうか、どうか、彼にまた会えます様に。


「健闘を祈る」


何分間か祈った後、そう言って国王様は再び城に戻って行かれた。


「出発は10分後とする!」


号令係の騎士がそう告げる。再び辺りがざわめき始めた。

整列していた騎士達も動き出し、談笑している。

どうやらこの10分間思い思いに過ごせる様だ。中には、応援に来てくれた人達と話している騎士もいる。

という事は、これが彼と話せる最後のチャンスだ。


私は背伸びをして、彼の姿を探す。

しかし私は後列側にいる為、前列にいる筈の彼は全く見えない。


「お嬢様、前の方へ行ってみましょうか」


全ての事情を知っているハンスが、また私の手を引っ張って先導してくれた。

一度人混みから抜け出して、前列側へ向かう。

目印になるかもと持って来た帽子を被り、再び人混みの中へと入って行った。

すみません、すみません、と言いながらなんとか前へと進む。


しかし、途中でハンスの手が離れてしまった。一瞬で彼を見失ってしまう。

どうしよう、と焦った瞬間、ぐいと誰かに引っ張られた。

ハンスかと思ったが、明らかに違う方向に引っ張られたため、咄嗟に違うと分かりゾッとする。

思わず涙ぐみながらその引っ張られた方を見ると、


「オリヴィア!」


彼だった。そうだ、この硬い手の感触は、彼だ。

いつの間にか最前列に来ていた私は、ロープ越しに念願の彼と対面を果たした。


「カイン、さん」

「どうしてここに…驚きました。

見覚えのある白い帽子が見えて」


良かった。思った通り目印になった様だ。


「お母様に教えて頂いたのです。

会えて良かった」

「そうなのですか」


驚いた表情から一変、彼の目が泳ぐ。

そして呟く様に言った。


「…その、すみません。手紙、返事を書けなくて」


すっかりその事が頭から抜けていた私は、そうだったと思い出す。

むしろ届いていないのではと思っていたくらいだ。

ちゃんと読んでくれていただけでも、嬉しい。


「良いのです。そんな大した内容ではないですし。

この作戦で、忙しかったのでしょう?」


いや、本当にいいの?

この二週間、ずっと彼からの返事を待ち続けた。

忙しいと分かっていても、また会いたいと思ったのは私だけなのかもしれないとしんどかった。

でも私を見つめるこの瞳、すぐに見つけて引っ張ってくれたこの手、きっとずっと私を気にかけてくれていた。そんな気がする。


私の手首を掴んだままの彼の手を、そのまま両手で包んだ。


「…嘘です。本当は寂しかったです」


彼の手が小さく震える。

でも私は離さない。じっと、彼を見据える。


「だから、絶対に無事に帰って来て。

私ここで祈り続けます。

待っています。あなたの事を」

「オリヴィア…」

「お嬢様!…あっ」


彼が何か言いかけた瞬間、慌てた様子のハンスが現れた。そして私達が手を握り合っているのを見て、あたふたし始める。

私も恥ずかしくなって、ぱっと彼の手を離してしまった。


「ん?誰だ?」

「わ、私の護衛のハンスです」

「どうも…ハンス・クララインと申します。

そ、その、大変悪いタイミングで現れてしまい、申し訳ございません….」


余計な事言わないでよ!と、恐らく耳まで真っ赤になってしまっている顔を隠す為、俯く。

彼が薄く笑った気がした。


「オリヴィア」


そういえば、いつの間に呼び捨てになったんだろう。

分からないけれど、心臓がきゅっとなってしまう。

再び彼が私の手を握った。

そして自分の口元に持って行ったかと思うと、手の甲にその唇を押し当てた。


「…っ!!」

「必ず帰って来ます。

あなたに伝えたい事がある。待っていて下さい」


そしていつもの騎士のポーズを見せると、そっと私の手を離し、颯爽と隊列の方へと戻って行った。


「お嬢様…申し訳ございません。

はぐれてしまった上に、お話の途中で割り込んでしまい…」

「いいのよ。あなたのおかげで彼に気付いて貰えたの。ハンス、ありがとう」


そうハンスにお礼を言いながら、私は彼の背中から目を離せなかった。



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