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「大変…大変申し訳ございません…!」


 そう言って青い顔をしているお二人は、私と、私の両親に深々と頭を下げた。


「いえ、お気になさらず。

 この国の為に第一線でご活躍されている騎士様なのですから」


 そう言ってお父様がお二人を宥めようとするも、その頭が上がることはない。

 お母様も大丈夫ですよと声をかけたが、元来お嬢様気質な人なのでこの予想外の事態に少々引き攣っている様に伺えた。


 それもその筈。

 今日は私とこのお二人の息子さんである彼との、結婚を前提とした顔合わせの日だったのだ。


 けれど、その未来の夫となる人はここにはいない。


 彼のご両親によると昨夜屋敷に戻らせたのだが、朝になっても出て来ず、慌てて部屋に入ると


 “近くで魔物が悪さをしている様です

 約束の時間までには戻ります”


 そう、書置きを残して彼はいなくなっていたそうだ。

 そして結局、約束の時間になっても彼は帰って来なかった。


「息子は少々仕事熱心な所がありまして…今日だけは!今日だけはこれに専念してくれと頼んだのですが…!

 折角ご足労頂いたのにも関わらず…なんとお詫びを申し上げたら…」

「いえ、本当に気になさらないで下さい…」


 お父様もどうすればいいのか分からないと言った表情で、この場を収めようとしているのが分かる。

 だっていくら仕事といえど、すっぽかすなんてあまりにも失礼すぎる。


 正直私も顔が引き攣ってしまっているだろう。

 こんな顔合わせの時点でこの調子では、あまりにも不安だ。

 これから一体どうなるのだろうと、ドレスの裾をきゅっと掴んだ時だった。


「お話の途中申し訳ございません!

 カ、カイン様が戻られました!」


 お二人と同じ様に青い顔をした執事が、慌てた様にそう告げる。

 カイン、私の夫となる人の名前だ。


「あの馬鹿息子が…!!!」


 私達がいる事も忘れて堂々悪態ついた彼の父親は、ぶつぶつと言いながら部屋を退室する。


「本当に…本当に申し訳ございません…!

 今連れて来ますから…」


 そして彼の母親も、私達に頭を下げながらそう言って退室した。


「…あなた、本当にここに嫁がせる気ですか?」


 すっかり静まり返った部屋に、ぽつりと呟く母の声が響く。


「ま…まあまあ、とりあえず会ってみようよ。ね?」


 私も母と同じ様な不安を抱えながら待っていると、扉の向こうが何やら騒がしい。

 そしてその喧騒は明らかにこちらに向かって来ている。

 正体不明の何かに体を固まらせていると、勢いよく扉が開いた。

 その瞬間、嗅いだことの無い何か生臭いものが漂う。


「大変お待たせしまして申し訳ございません。

 ケントデルシア魔物討伐隊、第三部隊隊長、カイン・アルバートでございます」


 きゃあっという、母の叫び声が響く。

 威勢よく挨拶した彼の服は、青色に染まっていた。

 それが魔物の血だと理解するのに数秒を要す。

 という事は、この何とも言えない臭いも。


 この人が、私の夫となる人?


 ここにいる誰よりも背が高く、大きな肩幅と胸板、まさに筋骨隆々といった風貌。

 魔物の返り血を浴びて湿った黒髪を後ろに縛り、後毛が束となってウェーブしている。

 私は生まれてこの方魔物というものを目にした事はないけれど、むしろこの人が魔物なのでは?と、大変失礼な事を考えてしまう。

 彼は何を言う事もなくしばらく私を見つめ、そしてついにこちらに近づいて来た。

 私はただただ、呆然と彼を見つめ返す事しか出来ない。


「こらカイン!その様な格好でお嬢様に近付くな!」


 彼の父親が遅れて登場して静止させようとするが、ズンズンとこちらに向かってくる大きな図体。

 それが近付いてくる度に私はやがて意識が遠退き、血生臭い臭いが鼻いっぱいに広がった瞬間、ぷつんと途切れた。






『オリヴィア、お前はもっと広い世界を知るべきね』


 ───お祖母様、どうして?


『あなた自身も感じているでしょう?

 ほら、このままでいいのかしらという顔をしている』


 ───でも私…怖いの


『そうね。一人が怖いのなら、一緒に歩んでくれる人を探しなさい』


 ───そんな人、いるかしら


『ええ、絶対にいるわ。あなたが諦めなければ、ね』







「………ん」

「ああ、良かった…!

 オリヴィア、どこか痛い所はない?」


 目が覚めると、お母様の心配そうな顔がそこにあった。


「…ここは」

「アルバート家のお屋敷よ。

 あなた、討伐から帰ってきた彼の姿を見て卒倒したのよ?覚えていない?」


 覚えていない訳がない。

 真っ青な血液に染まった彼がまるで魔物の様に見えて、恐怖のあまり気を失ってしまったのだ。


「お父様、は」

「今、彼のご両親とお話ししているわ」


 ぼうっとしたまま天蓋を見つめる。

 お母様が小さくため息を吐いた。


「…ねえ、オリヴィア。私、あの人を説得するわ。

 いくら騎士様だからってこんな大事な場面でもそちらを優先してしまうなんて、この先もきっとあなたを放ってしまうに決まってる。

 もっとあなたを見てくれる人がきっといるわ。ね?」


 ゆっくりと母を見る。私は小さく頷いた。


「あなたが目覚めた事を伝えに行ってくるわね。

 もう少しゆっくりさせてもらいなさい」


 私の頭を優しく撫でると、お母様は部屋を出て行った。


 今回のこの縁談は、お父様が持ってきた話だ。

 宰相の一人として城に勤めているお父様が何かのきっかけで彼と出会って気に入って、うちの娘をどうかと話を進めたらしい。

 お母様も私も、相手が魔物討伐隊の騎士と聞いて正直困惑した。今までお父様の様な文官人としか関わった事がなかったから、まるで未開の地に足を踏み出す様な感覚。

 しかし、お父様があまりに強く推すので結局お母様が折れて、この縁談を受ける事になった

 お父様はしきりに誠実で真面目な人だよ、絶対にお前を守ってくれるから、と言っていた。


 確かにそうだと思う。

 仕事に真摯に取り組み、体つきからでも分かる絶対的な安心感。

 何しろ数々の功績が認められ、最年少で隊を一つ任された程なのだ。


 他にも華々しいエピソードを聞かされたけれど、今日の様に放ってしまわれれば意味がない。

 それに、あんな格好のまま平気で将来妻となる人物の前に立つ人なのだ。デリカシーもロマンもなさすぎる。


 今までも、お母様の言った通りにすれば間違いはなかった。今回も大人しくそうしようと思いながら私は目を瞑る。

 しばらくしてウトウトとしてきた頃だった。コンコン、と扉をノックする音が響いたのだ。


(お母様かしら、別に入ってきてもいいのに)と思いながら返事をする。すると


「カイン・アルバートです。

 入室してもよろしいでしょうか」

「…!?」


 予想外の来客に、一気に意識を取り戻してがばりと起き上がる。

 どうしよう、絶対髪はボサボサだし、ドレスだって皺になっている。

 それにこんなベッド上でお会いするなんてはしたないのではと思った私は、慌ててベッドから降りた。


 やっぱりデリカシーのない人だ。

 女性が休んでいる部屋に、突然やって来るなんて。


 そう憤りながら一歩踏み込んだ瞬間、足に力が入らずがくりとその場に倒れ込んだ。

 それはそうだ。血の気が引いて倒れたのだから、突然動き出せば先程の二の舞である。

 おかげで転んだ際につい声が出てしまい、その扉は開かれてしまった。


「大丈夫か!?」


 すっかり身綺麗になった彼が慌てた様に入室する。そして床に倒れ込む私を見るなり、迷いなくその場に膝をついて


「失礼する」


 軽々と私を抱き上げた。

 突然の展開に思わず声を上げて、彼の首にしがみつく。

 一方終始怯える私に対して彼は眉一つ動かさず、私をベッドにそっと下ろした。


「顔色が悪い。まだ休んだ方が良い」

(だ、誰のせいで!)


 思わず口に出してしまいそうになるのをぐっと堪えたが、動揺した表情はどうしても隠し切れない。信じられないといった目で彼を見ていたが、それも気にする素振りは全くなく、彼は私に優しくシーツを掛けた。


「頭がふらつくなど、何か不都合な事はありませんか」


 それはそれは優しい声で問われ、驚く。


「…だい、じょうぶ、です…」


 途切れ途切れに答えれば、ホッとした様に彼がにこりと笑った。

 あの青い血に染まった極悪人の様な容貌だった彼は、どこへ行ったのだろうか。


「先程は…大変失礼致しました」


 彼が深く礼をした。


「必ず間に合うと思っていた、俺の考えが浅はかでした。

 さらにあのような格好であなたの前に現れてしまって、本当に、どうお詫びすればよろしいのか…」


 そう言いながら、大きな体の男性がすっかり縮こまって、シュンとし始めた。

 その光景にただただ目を丸くする事しか出来なくて、辺りが静まり返ってしまっても、何も言えなかった。


 どうやらかなり反省をしてくれている様だ。

 てっきり、そんな事は気にしない自分勝手な人だと思っていたのに。

 お父様が言っていた誠実さ、というのはこういう所なのかもしれない。


「折角頂いた話なのに、俺自身が破綻させてしまってこの場を用意してくださったジェイコブ様にも大変申し訳ないです。

 将来を決める大事な事ですので、どうかあなたの心に従って答えを決めて下さい。

 俺はどの様な結果になっても受け止めますし、周りも納得してくださるでしょう」


 そして自身の胸の前で右の拳をぐっと押し付けた後、彼は踵を返した。

 きっと騎士の挨拶か何かなのだろう。

 結局会話らしい会話はしないまま、彼は部屋を出て行ってしまった。


 扉が閉まってややあった後、再び天蓋を見つめた、

 まるでこの縁談が破談になる前提の物言いだった。

 いや、確かにお母様からも止めにしましょうと言われているし、私自身もあの人とは反りが合わないだろうと感じている。


 しかし私は再び部屋に戻って来たお母様に、もう一度彼と話してから考えたいと言っていたのだった。


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