訪問の準備
エキドナ星系にある惑星ハイドラ軌道上の宇宙港レルネー1からソロリティ星系まで三十光年の距離がある。
通常の高速宇宙船なら片道一週間の旅であるが、流彗星号なら三日の旅でソロリティ星系外周部に到着した。後は航宙管制用自動応答装置が届く範囲で入港許可用の通信を送るだけである。
その最終準備をしていたリランドが確認の声を上げる。
「流彗星号、火器管制異常なし。」
続いて連宋が確認を終了させた。
「流彗星号、各ブロック異常なし。偽装変更準備よし。」
リランドと連宋の声を聞いたサバーブが流彗星号の偽装を変更の号令を発した。
「流彗星号、偽装変更。輸送船形状から客船形状へ。」
輸送船に見せかけている外装が流彗星号から外れ、その形状を組み替えて行く。この外装はブロック構造になっておりその組み合わせを変えるだけで外見を別の物に見せかける事が出来るのだ。
サバーブ達が選択した流彗星号の形状は客船である。これは少し大きな企業なら福利厚生の一環として所有している宇宙船に見えるだろう。
流彗星号の形状を確認したサバーブが安堵の息を漏らす。
「……お嬢様学校へ行くのに輸送船はないよな。この形状の客船なら問題はないだろう。」
安堵の息を漏らすサバーブの隣で連宋が疑問符を浮かべる。
「でもサバーブ、それなら流彗星号の偽装を解除した方が手っ取り早いじゃないか?」
「確かに手っ取り早いが偽装の有利は捨てたくないな。何があるか判らないのだ、手札は多い方が良いだろう?」
「ま、それもそうだね。そろそろ目的地に到着だよ。接舷の用意はわし達がやっておくからリランドは準備を進めた方が良いね。」
「助かる。ちょっと準備してくる。」
船橋を出たリランドは自分の船室に戻ると部屋に組み込まれている衣装簞笥から星系軍時代の制服を取り出した。
「又こいつを着る事になるとはな……とは言え、取っておいて良かったな。」
素早く制服に身を包みネクタイを締めようとするが締めなれていないのか少しずれた形になり上手くいかない様である。
衣装簞笥に備え付けの鏡の前で四苦八苦していると部屋をノックする音が聞こえた。
「?あいてるぞ。」
しばらくの間の後、星系軍の制服に身を包んだキャサリンが入ってきた。
「……相変わらずリランドさんはネクタイを結ぶのが下手ですね。」
「キャサリンか……ま、あんまり締めたことが無いからな。ん?おっと……これがこうなって……。」
鏡の前で再度締め直すがやはり何処かがずれた形になる。
「仕方がありませんね。貸してください、私がやりますよ。」
キャサリンがリランドのネクタイを手に取るとあっという間に形良く締められたネクタイになる。
「すまないな……だが、慣れた物だな。」
「父のネクタイで何度か練習しましたから……。」
「練習か……。」
リランドは何かを考える様にキャサリンをじっと見つめる。その視線に気づいたキャサリンの方もリランドの視線から目を離す事が出来ない様だ。
どれだけ時間が過ぎたのだろうか、それとも極わずかな時間だったかもしれない。
その二人の時間は第三者の声によって終わりを告げる。
「……見つめ合うのは良いのですが、そろそろ宇宙港への接続の時間ですよ。」
「「!」」
リランドとキャサリンの二人が同時に声の方へ振り向くと宙に浮かぶベビーベッドの上で子供用星系軍制服?の様な物に身を包んだビィが腕を組み立っていた。
「……もうそんな時間か……。」
「そ、そうね。早く移動しないと。」
少し顔の赤い二人は慌てて部屋を出て流彗星号の搭乗口へ向かう。その後ろにビィもベビーベッドで続く。
「それはそうと名前はどうする?」
リランドは後ろから続くビィを指さす。
「そうね……ビィちゃんとかビィ君とかは愛称としても正式な名前ね。ビィ、B……。」
「BI、ビリー……なんとかビィ。」
「……アビー、シルビィ……ビィちゃんどれが良い?」
ベビーベッドの上でビィは少し考える。
「さてどれが良いでしょうか……今後も使う事を考えるとシルビィが良いかしら?」
「じゃあ正式名称はシルビィでいいな。それと、その宙に浮くベビーベッドはなんとかしろ。そんな物は世間に存在しない。」
「それもそうですね。」
ビィがそう呟くと宙に浮かぶベビーベッドは乳母車に変形した。
「後は言葉だな、乳児というかもう幼児だな。幼児はそんな長い言葉は話さない。」
「判っている。”ハァーィ”、”チャン”、”バブー”でいいのだろう?」
「いやいや、それは連宋が集めている”オールドデーター”の中だけの話だ。幼児なら……。」
リランドは言葉につまりキャサリンの方へ助けを求めた。
「そうですね。幼児なら多くても二、三語。でしょうか?でも先ほどのは……。」
「仕方がありません。”パパ”、”ママ”にしておくのが良いみたいですね。」
「まぁ、今回の場合それが一番効果的だろう。」
リランドは少し気が重くなってため息を吐いた。




