星河を駆ける
メインエンジンが唸りを上げ未だかつて出した事のない速度で流彗星号は宇宙空間を進んでゆく。
流彗星号は今、光の速度の40%の速度で疾走していた。それまで人類が出しえた速度は光速の30%である。
流彗星号の速度は人類の船が未だ曾て出した事のない速度だと言って良い。しかもその速度に到達するまでの時間も数分と言ったもので、異常な加速を行ったといえた。
通常、この様な加速を行った場合、慣性による抵抗は非常に大きな物になるため流彗星号の使われている鋼材でも耐えきれずに破断し船は分解する。当然中に人が乗っている場合、ミンチになる事は疑いようが無い。
しかし、流彗星号のメインエンジンは重力制御推進である。
これは一定の範囲の重力を制御し特定の方向を変え加速する推進機関だ。その為、この推進機関には慣性による抵抗は無い。
つまり流彗星号は異常な加速を行っても船体が破断したり中の人間がミンチになる事はないのである。
「サバーブ、正面百万Kmの地点に小惑星。」
サバーブはごくわずかに操縦桿を動かす。光速の40%と言う速度は角度を少し間違うだけで目標とは違う明後日の方向に進んでしまう世界なのだ。
「次、右上、四十万K、続いて左六十二万K。」
流彗星号はサバーブの迅速な操縦によって小惑星を敏速に躱して行く。流彗星号の姿は
流星とも彗星とも言える虹色の輝きを持っていた。
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リピーア星系の周囲に不法侵入者がいないわけではない。標準航路もなく正規軍も駐留しない場所では海賊の連中も潜伏している。連合宇宙軍がめったにやってこないリピーア星系は彼らの格好の隠れ家となっているのである。
潜伏する海賊船の一隻、駆逐艦ディアボロスの船橋でリピーア星系に侵入する光が観測された。
船のレーダーを担当していた船員から船長に報告が上がる。
「ブリック船長、リピーアに向かう飛行物体がありますぜ。速度は……光速の40%?!」
ブリック船長と呼ばれた男は報告を聞くと鼻で笑う。
「ふん、光速の40%?そんな速さの船は連合にも帝国にも無い。どこかの馬鹿が例の場所を通って船を爆発させた名残だろう。」
「で?どうしやす?船長。」
「放っておけ。どうせ何も回収できまい。」
ブリックは例の場所で爆発し飛び散った船を調べた事がある。
船体は抉り取られたかの様な穴がいくつも開いており、船の装甲が半壊状態だった。船に積んであったと思われる武装も同じ様になっており、使える物が全くなかった。
その経験があった為、ブリックはリピーア星系に向かう物体を無視する事に決めたのだった。
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流彗星号内ではサバーブが操縦桿を握りしめたままモニターをじっと見ていた。モニターには大きな桁の数字が映し出されているが徐々にその桁が小さくなる。
数字の桁が一万の桁に変わるのと同時にサバーブが声を上げる。
「流彗星号、減速する。連宋、機関部の調整を頼む。」
「了解!減速に向けて機関部出力を調整する。」
連宋がパネルを操作すると今まで唸りを上げていた重力推進機関の音が徐々に小さくなっていった。それと同時に速度が落ち彗星の様に見えていた流彗星号の姿があらわになって行く。
現れたその姿は出港時の物とは異なり四つあった補助エンジンの内、三つに大きく抉り取られた様な穴が開き擬装用の外装も所々に丸い穴が開いている。
満身創痍と言った姿だった。




