間一髪
その日私はけたたましい呼び出し音で目を覚ました。
昨日、完全防止薬の莫大な利益を想像し顔がほころびながら眠りについた時とは打って変わって不愉快な目覚めだ。
しかもまだ朝の九時である。
この時間は普通の職員ならば就業時間であるが優秀な私はもっと後の時間に出勤する。
「トルダ!大変だ!連中が戻ってくる!」
端末を繋げるとモニターに出たのは何時もの海賊連中だ。青い顔をして何やら焦っている様である。
しかし今聞き捨てならないことを言っていた。
「どう言うことだ?連中が戻ってくるとは?」
「わ、判らねぇ。連中が何か感づいて戻ってくるんじゃねえのか?」
おかしい。優秀な私の計画は完璧だ。あの連中程度に見破られるはずは無い。だが現に連中は戻ってきている。
「とりあえず俺たちはここからおさらばするよ。」
そう言って海賊連中は通信を切った。
もし奴らの言う通り連中が何かに感づいて戻ってきているのなら私もうかうかしてはいられない。即座にここレルネー1から立ち去るべきだ。
幸い口座には優秀な私が財テクで手に入れた資産がある。当面暮らす分には十分な量だ。
それに優秀な私なら何処へ行っても成功するに違い無い。
「……まずはレルネー1からの移動だな。たしか、長距離旅客船が入港していたな。」
優秀な私はすぐさま旅客船の予約を取る。
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港湾局に勤めるキャサリン・ウェルバー少尉が朝出勤してきた時に不可解なメールを受け取った。
「このメールは一体何かしら?差出人は港湾局のサーバーになっていますが……サーバーから発信?」
港湾局のサーバーはレルネー1でも1,2を争うほどのセキュリティの高さを誇っている。不可解なメールを受け取るはずはない。
しかし現実に不可解なメールが届いているのだ。
「内容は……港湾局サーバーのファイルフォルダーを示していますね。こんなフォルダーいつの間に出来たのかしら?」
キャサリンは端末を操作し港湾局のサーバーにあるファイルフォルダーを確認する。
「映像ファイルのようね……ウイルスやトラップでは無いようですね。少し内容を確認してみますか。」
キャサリンは映像ファイルを再生し始めた。再生が進むにつれ徐々に顔が険しくなってゆく。
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トルダは長距離旅客船ヘルメス号の座席に座り人心地付いていた。ただ今座っている座席は二等らしく隣との距離が近い。
本来なら特等、悪くても1等船室を取るつもりであったが残念な事に二等しかあいていなかったのだ。
(全く、優秀な私がなぜこんな程度の等級の座席に座らなければならないのか……。これもリランドの連中のせいだ……。)
トルダは愛用のアイマスクを付けるとすぐに座席を倒しリクライニング状態にする。トルダのすぐ後ろの座席から舌打ちが聞こえたが気にする事ではない。座席はリクライニングに出来る様になっているのだ。文句を言われる筋合いはない。
そうやってしばらくウツラウツラとしていると船内放送が流れる。
<この度は長距離旅客船ヘルメス号にご乗船ありがとうございます。お客様にご連絡いたします。ただ今計器トラブルの為出航時間が遅くなっております。お客様には大変ご不便をおかけいたしますがご了承ください。>
(くそ!これだから田舎の旅客船は駄目なんだ。私が急いでいる時に……。)
そうやって毒づいていると自分の肩を叩く者がある。
「誰だ?」
「スタートレーダー協会のトルダさんですね?二三伺いたい事があります。港湾事務所までご同行願いますか?」
アイマスクを外したトルダの目にはトルダを逃がさない様に囲む港湾局員の姿が目に映った。
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連宋は流彗星号がレルネー1の港湾施設を目視できる位置まで来ると入港の為に再度通信回線を開いた。
「こちら流彗星号。入港許可を願う。それとリーベル三世号とヘルメス号はどうなっている?」
「こちらレルネー1、流彗星号、しばし待機されたし。それとリーベル三世号とヘルメス号は出航予定でしたが両船とも出航が大幅に遅れています。」
「出航が?何か問題でもあったのか?」
「はい。何処の誰かは知りませんが港湾局とスタートレーダー協会のサーバー内に協会のトルダ副支部長と海賊連中との会話が記録されていたのです。しかも、それを察知したのかトルダが逃げました。その為、朝から捕り物で大忙しですよ。」
「トルダが?」
「ええ、ヘルメス号へ乗船して逃げようとしたところを間一髪で拘束できました。今はその時の混乱で入港や出港に遅れが出ています。」
トルダ拘束の知らせにサバーブたち三人は顔を見合わせる。
どうやら間一髪のところで間に合ったようだ。




