リランド・ダセルド
長い航海を終えた宇宙船”ヴィーナス”号はゆっくりと宇宙港のドッキングポートを目指し進んでゆく。
惑星ハイドラ軌道上にある宇宙港”レルネー1”は居住区の部分が円筒形のスペースコロニーになっていて、そのコロニー内の居住区には様々な建物が立ち並ぶ。
その中の一つ、港に最も近い建物に港を管理する港湾局の事務所がある。
この事務所はエキドナ星系宇宙軍の下部組織でもあり何らかの理由で現場に出ることが出来なくなった軍人の受け皿になっていた。
そんな港湾局の事務所では四十前に見える鍛えられた体格の厳つい男を男女数人が囲んでいた。
彼を取り囲む者の中の一人が花束を抱えて男に差し出した。年の頃は二十代前半の見目麗しい女性である。
「准将、退役おめでとうございます。」
「あ、おう。すまんな。だがこんなに集まって問題はないのか?」
「大丈夫です。先程臨検が終わったヴィーナス号が今日入港予定の船では最後です。」
「ならいい。ありがとう。」
そうぶっきら棒に言うと男は花束を受け取り乱雑に切りそろえた金髪を照れくさそうに掻いている。男の腕は太く鍛えられており女性の腰ぐらいはありそうなだ。所々に大きな傷があるところを見ると荒事に慣れている人物のように思えた。
男の名前は“リランド・ダセルド”
エキドナ星系宇宙軍海兵隊准将。
海兵隊と言っても人類がまだ他の星系に到達していないような時代にあった物とは違う。
宇宙軍の海兵隊とは通称“プラネットダイバー”と言われる連中の事だ。彼らは反乱や海賊鎮圧のために衛星軌道上から惑星上にある前線基地へ乗り込む命知らずの連中であり荒事に慣れた猛者たちの集まりだ。
そして海兵隊は実力主義であり、リランドはそんな猛者たちの中において准将まで叩き上げた程の男である。しかも彼は背中に傷を受けたことがないことでも有名だった。
そんな実力者である彼の場合でも避けることの出来ない軍の事情がある。プラネットダイバーの制限年齢だ。プラネットダイバーは四十歳までに制限されているのだ。その為、リランドは港湾局に配置転換される事になった。
ただリランドは四十八歳になれば軍人としての任期は満了となる。そのため退役する事を以前より決め彼の周囲には常日頃からそう話していた。
そして港湾局へ配置転換されて八年。
数か月前に四十八歳になった事で今期を持っての星系宇宙軍の退役を願い出ていた。そしてその退役の許可が降りたのが今日なのである。
「リランド准将は退役されてどうなさるのですか?何でしたら私の知り合いにでも声を掛ければ……。准将には暴漢から助けられた恩もありますし……。」
花束を渡したとは別の女性職員がリランドに声を掛ける。
「いや、それには及ばないよ。古い友人と約束がね。それにあれは恩と言うほどものじゃない、気にするな。」
「准将……。」
声を掛けた女性職員は感動した様に目を潤ませている。しかし、リランドにとって港湾に時たまいる暴漢程度はじゃれてくる子猫の様なものである。
すこし肉体言語で会話するだけで失神する様な暴漢を相手にすることはリランドにとって恩に着せるほどの事ではなかったのだ。
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元部下たちに散々引き止められながらもリランドは何とか港湾局の事務所を出た。
「そろそろあいつらがここ(レルネー1)に到着するはずだ。今の時刻は……。」
港湾局の事務所を出たリランドは腕につけた端末を立ち上げ時刻を確認する為に軽く腕を振る。するとリランドの脳裏には端末から送られてきた信号が映像になって現在の時刻を示した。
リランドが使っている端末は腕時計型のサイバー空間に接続するための一般的な端末だ。その為、接続するためには手振りでの操作を必要とする。
「……まだ約束の時間までまだ間があるな。先に行って待っておくか。」
リランドは指を鳴らし脳裏に浮かんだ時刻の表示を消すとゆっくりと歩き始めた。