サバーブ・Q・デジト
辺境惑星であるハイドラに向かう宇宙船ヴィーナス号の客室は円筒形になっていて、乗客の座席は円周上に配置されている。わずかにいる乗客は各々自分の座席に座っていた。
どうやらこの船室はファーストクラスらしい。座席は隣との距離は人間二人が余裕ですれ違えるぐらい十分な間隔が空いている。
その中の乗客一人、パリッとしたライトグレーのスーツを着こなした三十代ぐらいに見える男が顎に手を当て情報端末を操作していた。
日に焼けたラテン系の顔つきで彫りの深い鼻筋の通った顔にダークブラウンの髪を短く切りそろえている。背が高く鍛えられた体格をしておりスーツには幾つかの勲章が付けられているところから類推すると軍の関係者だと思わせた。
“サバーブ・Q・デジト”
太陽系連合宇宙軍大佐、宇宙軍内でも少しは名の知れたパイロットである。
連合宇宙軍は各星系国家を束ねる組織でありその人員は各星系国家から選抜された者によって構成される。いわゆる太陽系連合宇宙軍内でもエリート中のエリートなのだ。
サバーブは十六歳の時、エキドナ星系宇宙軍の適性検査において宇宙船の操縦及び指揮の項目で極めて高い成績をたたき出し特級となった。その結果、連合宇宙軍へ選抜される事になったのである。
連合宇宙軍に選抜されてから三十二年。サバーブは任期満了(宇宙軍は特例を除き四十八歳で任期満了である。)に伴い退役し故郷であるエキドナ星系へ帰る最中であった。
先ほどまで情報端末を見ていた青い目はキャビンアテンダントに対してごく自然にスッと手を上げた。円筒形の客室の中心軸の部分で待機していたキャビンアテンダントが音もなくゆっくりと飛んでくる。
「お客様。何か御用でしょうか?」
「すまないが紅茶をいただけないだろうか?それと何か軽い物を……。」
サバーブの声は少し低く渋い。いわゆるイケボと言う奴だ。その証拠に注文を受けたキャビンアテンダントの顔が少し赤くなっている。
「で、ではワッフルなどいかがでしょうか?カラドリウス産のユズジャムが人気ですよ。」
「ユズジャムか……判った。ではそれをいただこう。」
キャビンアテンダントは船内後方に配置された自動調理器に向かう。
乗客の数が少なくなったこともありボックスの使用待ち時間はなかった。手慣れた手付きでサバーブが注文したものを揃える。
「どうぞ、ご注文の品物です。利用料金はいかが致しましょうか?」
「旅客費と同じクレジット決済で。」
「承知しました。」
キャビンアテンダントは端末を手早く操作し決済を行う。
「ふむ、良い香りだ。それとも美しいお嬢さんが入れてくれた紅茶だから香りも異なるのかな。」
「ふふふふふ、お客様、ご冗談が上手ですね。」
「私はこれでも審美眼には自信がある方で噓を吐いた事は無いのですよ。船でなければ食事に誘うのですが……。」
「まぁ、それは光栄なことですがヴィーナス号の帰りの船の勤務がなければお受けしたのですが。」
そう言うとキャビンアテンダントは軽くお辞儀をして元の位置に戻っていった。サバーブはキャビンアテンダントな注文をしたワッフルを食べながら再び情報端末に目を通した。
彼が今端末で見ているのは宇宙船の売買情報である。それも中距離輸送用の宇宙船、当然中古品である。
(やはり中古とは言え宇宙船はまだ高い。一番安い宇宙船のブラジオン型で5000万クレジット、出せても約三分の一の1700万クレジットだな……。)
実のところ、サバーブは退役大佐であったのでそれなりの退職金は貰っている。しかし、エリートでもある連合宇宙軍の退職金を持ってしても宇宙船は簡単に買えないぐらい高い代物なのだ。
「……しかたない。あの二人がどれだけ用意できるかだな。」
サバーブはそう呟くと端末の画面を消しそっと目を閉じた。