事象の地平を超えて
サバーブ達がブラックホールの重力圏から脱出ていた頃、地球は境目とも言える事象の地平に突入しようとしていた。
地球上では地震や噴火、津波、高潮が頻発して起こり大規模な地殻変動が発生していた。
「オーガスタ博士。住民のオービタル・リングへの避難は全て終了しました。現在地上に残っている人間は存在しません。」
「何とか間に合ったか……地球上の様子はどうなっている?」
「大規模な地震や噴火が各地で発生しています。このままだと後数時間で地球は原初の状態と同じ様になると予想されます。」
報告を受けたオーガスタがしみじみとした調子で語った。
「原初の状態か……それだけ太陽や月が偉大な存在だったと言う事だな。」
「博士、それは一体?」
首を傾げるミュアを見てオーガスタは額に手を当てて首を振る。
「やれやれ、説明すると……ミュア君。地球の海は太陽の重力で引っ張られていると言うのは聞いた事はないか?」
「それなら聞いた事があります。潮の満ち引きも太陽と月の影響による物ですね。」
「そうだ、その満ち引きが突然解除されたので潮位の変化が起こる。しかし、その重力の対象が海だけなのかな?」
「!まさか地殻もその対象になっていると言う事ですか!?」
オーガスタははっきりと肯定する様に頷いた。
「その通りだ。重力により引っ張られていた地殻はその力が消えると反作用で逆方向の力が発生する。こうして発生した力は脈動を繰り返し徐々に小さくなってゆく。しかし潮位とは違い地殻の場合の力の影響は数日経ってから現れる。それがここ最近の大規模地殻変動の理由だ。」
「時間差ですか……厄介ですね。」
「まぁ、そのおかげで避難の為の時間は稼げたのだが……。」
地球上の人々が避難し終えたとは言えオーガスタにはまだ懸案する事柄があった。その様子を見たミュアが心配そうにオーガスタの顔を見た。
「オーガスタ博士、まだ何か気になる事が?」
「ん?ああ、少し今後の事とかね……。」
「今後の事?……ブラックホールを越えた後の事ですか?」
「そうだ。実際に事象の地平を越える訳だから何が起こるかは不明だ。例えば、地球側とは別の法則があった場合どの様な影響があるのかは未知数だ。」
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オーガスタはオービタル・リングにある自分の研究室で端末を前に考え込んでいた。
一体どれほど考え込んでいたのだろうか。秘書のミュアが入れてくれた眠気覚ましのコーヒーはすっかり冷めているほどの時間が経っていた様だ。
(地球が事象の地平を超えてからどのぐらいの時間が経過したのか……。残念な事に太陽系があった場所からの情報は入手する事が出来なかった。)
オーガスタは冷めたコーヒーを一気に飲み干す。
(今の地球を取り巻く状況は安定していると行っても良い。地球を守る斥力フィールドは安定して作動している。このフィールドが先の世界へ続くトンネルとなっていると言っても良いだろう。その代わり本来の斥力フィールドの役目が失われているのは痛いな。しかしそれよりも問題なのは……。)
再び手元の端末に目を移す。手元の端末には進行方向にある宇宙の観測結果が表示されていた。
(出現先にあるこの惑星だ。明らかに地球型惑星……このまま地球が出現した場合、重力の影響で双方に影響が出るだろう。)
再び考え込むオーガスタの耳に厄災の到来を告げる声が飛び込んできた。
「博士!オーガスタ博士!イラメカの要塞がこちらに向かってきます!」




