布留・連宋
窓から見える星の光が徐々に赤い線を描き後ろに流れてゆく。宇宙船”ヴィーナス”号が惑星ハイドラへ向けての“ハイパージャンプ”に入ったのだ。
ヴィーナス号の艦橋では三人の乗組員が座席に着いていた。時々窓からの光が緊張した面持ちの彼らの顔を照らす。
星系間を航行する宇宙船の艦橋は宇宙線の影響を受けないように船の中心部に存在する。その為、“窓から見える“と言っても窓から直接光が入ってきているわけでは無い。窓のような形をしている外視モニターの光である。
ハイパージャンプは亜空間を通り距離を縮める航法である。しかし科学技術が発達した時代だと言っても宇宙では少しの油断が事故に繋がる。まして亜空間での事故は往々にして大事故、それも宇宙船の消滅であり乗組員全員が死亡するような大事故となる。
その事が判っている乗組員はどんなに短い“ハイパージャンプ“であっても緊張せざるを得ない。
その緊張した乗組員の一人、所々白髪の混じる黒髪に黒い目、見た所四十歳ぐらいの少し背の低い男が刻一刻と変わるモニターの内容を読み上げていた。
「亜空間圧上昇中、75、78、80、81、……81で安定しました。」
「展開している斥力フィールドの状況はどうか?」
「斥力フィールドの展開範囲および出力に異常なし!」
「よし、そのまま展開と出力を保持。同時に亜空間離脱のカウントダウン開始。」
「了解。カウントダウンを開始します。3、2,1、離脱します。」
先ほどまで見えていた赤い線が徐々に短くなり終には白く輝く点になる。亜空間から飛び出たヴィーナス号の前方には恒星エキドナが小さく輝いているのが見える。ヴィーナス号はゆっくりと船首を恒星エキドナの方向へ向けた。
「ヴィーナス号、座標一正常。艦首を恒星エキドナへ向けました。」
三人の船員は同時に安堵の息を吐いた。
「やれやれだ。亜空間を出るときはいつも緊張するな。……そう言えばレンさんはエキドナで下船するのだったな?たしか“レルネー1“だったか?」
「ああ、短い航海だった世話になった。」
「そうか……おっと!もうこんな時間か。各自交代要員と替わって船室で休んでいてくれ。お疲れ様でした。」
「「お疲れさまでした。」」
船室と言っても船員用の物であり一人がやっと寝ることが出来るぐらいの大きさしかない。所謂カプセルベッドと言う物だ。設備の良い高速船であっても船員の為の部屋は大抵この様なものだ。
レンと呼ばれた男は交代要員と替わるとあてがわれた船室で端末を操作し始めた。
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カプセルベッドに横になっている男の名前は“布留・連宋”
元太陽系連合宇宙軍情報部少佐。
太陽系連合は宇宙における星系国家を束ねる組織であり人類版図の三分の一を占める。そして、その連合国家の主力部隊となるのが連合宇宙軍である。
情報部と言えばスパイを連想するかもしれないが、連宋の職務のほとんどが収集された情報の分析である。
情報部への配属は連宋本人の希望から外れていたのだが、配属には彼の特殊能力が関係していた。連宋は星系連合内でもコンマ数%の確率で存在する超能力者だったからだ。
超能力は人類が宇宙時代に入ってから後天的に獲得したものとされていた。宇宙空間において必要な能力として超能力を得たという説だ。
中には宇宙での優位性を得るために地球上にあった某国家が人体実験を行いその結果生み出されたものであるという説もある。
どちらにせよ、何故超能力者が出現したかは決定的な証拠がないため学会での紛糾の種として今も燻り続ける疑問である。
ただ連宋の能力は限定的な能力であり“電子使い”と言われる系統で使える場所は限られていた。
彼の超能力者としての強度はそれほど高くなくレベルD程度(超能力は上から順番にA、B、C、D、Eとなっている。)である。
レベルDの“電子使い”は小規模の電気的な干渉と読み取りである。小規模の干渉なので攻撃に転用してもピリッとさせるぐらいの干渉である。ダメージを負わせるぐらいの干渉は中規模以上、つまりレベルC以上必要である。
連宋が出来るのは電子の流れを読み干渉する程度の能力であり情報の分析や宇宙船のナビゲーションに生かせるだけの物である。
その為、荒事にも参加する必要のある情報部にとって戦力として数えることが出来ない連宋は解雇の対象となり通常の退役年齢(四十八歳)より八年早く四十歳で退役することになってしまった。
その後、八年の間は商船や客船の“雇われナビゲーター”の仕事を転々とし今日の日を迎えたのだ。
「やれやれ。わしは何とか目標額には達したかな?あとはあやつらがどのくらい集めてくるかだな……。」
連宋はそう呟くと預金額が表示されている端末の画面を消して瞼を閉じた。