無謀な要求
「折角アイリーン陛下が温情をくださったにもかかわらず斥力フィールドがあると船を出航させる事が出来ない。これでは我々が脱出できないでは無いか!早くフィールドを解除したまえ!」
管制官は男の要求に応える事は出来なかった。
と言うのも地球規模の斥力フィールドは防衛機密であり、一介の管制官が操作できる物ではないのだ。
それにフィールドを展開したのはオーガスタ博士なので操作方法も彼女しか知らない物である可能性が高い。
「フィールドを解除と言われましても……私は管制官なので解除の権限は……。」
「解除できなくても要望は出せるだろう!早くしたまえ!」
「要望と言いましても……防衛の為の装置ですので何分部署が異なっており……。」
「貴様!この私を誰だと思う!宇宙物理研究所役員のウォーカーだぞ!この私が役員としているからあのオーガスタも研究できるのだ!お前はそんな事も判らないのか!」
「……ほう。ウォーカーとやら、お前がいるから私が研究できたと言うのかな?」
管制官はオーガスタの姿を認めると安堵の息を吐いた。
「オーガスタ博士、ご足労ありがとうございます。」
「何だ、ちゃんと責任者を呼んでいるのでは無いか!それならそうと早く言いたまえ!」
ウォーカーは管制官に捨て台詞を吐くとオーガスタの方へ詰め寄った。
「話を聞いていただろう!アイリーン陛下の温情に答える為にも早くフィールドを解除したまえ!これは宇宙物理研究所の役員としての命令だ!」
不遜な態度のウォーカーを見てオーガスタは億劫そうな顔をしてため息を吐いた。
「……曲がりなりにも宇宙物理研究所の役員が……ここまで阿呆だとは思わなかった。」
「何だと!たかだか研究者の分際で!」
「ミュア、この阿呆にも判る様に説明してやってくれ。」
ミュアは手際良く端末を操作すると宇宙物理研究所の役員規程を表示させた。
「この規定によりますと所長である博士に命令する権限はありませんね。ウォーカー役員には執行権はありませんから。それに博士は所長と同時に代表理事でもあるのですよ?知らなかったのですか?」
「ぐぅ……だ、だがしかし今は緊急事態だ!早く脱出する為にもフィールドを解除するべきだろう!」
あくまでフィールドの解除にこだわるウォーカーを見てオーガスタはため息を吐く。
「……ウォーカー君、近くにブラックホールがある状態での斥力フィールドの解除はあまりにも愚策と言える行為だぞ?」
「愚策だと!すると何か!フィールドを解除すれば良からぬ事が起きると言うのか?!だがたかだかブラックホールの近く、重力が多少強くても重力で潰れる事はない。地球全体にブラックホールの重力がかかっているのだからな。」
「まぁ確かにブラックホールの周囲を回る公転軌道で全体に重力がかかっているのなら重力で潰れる事は無いな。」
「そうだろう、そうだろう。」
「だがブラックホールの高重力下にある問う事は現状の重力ポテンシャルが極端に低いと言う事だ。」
ウォーカーはオーガスタの言葉を聞き、首を傾げた。
「重力ポテンシャルが低い?ブラックホールは高重力なのだから“重力ポテンシャルが高い“の間違いだろう?」
「いや、低いで間違いないよ。一般相対性理論において重力は時空を歪ませ時間の流れを変える。高重力の影響下での時間の速度は重力ポテンシャルの高い重力の影響下に無い空間と比べて時間の流れが遅くなるのだよ。」
「……時間が遅く……一体どのくらい??」
「そうだなぁ……ブラックホールからの重力から逆算すると一時間で百年程度かな?」
「百年!と言う事は既に……。」
ウォーカーは百年という時間に絶句した。そんな様子のウォーカーを見てオーガスタは得意げに笑った。
「まぁ、私の造った防衛装置は重力子自体も弾くから問題は無いけどね。」
「重力子?弾く?」
「簡単に言えば防衛の斥力フィールドの範囲内は高重力下に無いという事だ。つまり時間は遅くならない。」
オーガスタの言葉を聞いたウォーカー詰め寄った。
「それならフィールドを解除すれば脱出できるじゃ無いか!」
「阿呆!何を聞いている。フィールドを解除すればブラックホールの高重力の影響を受ける。つまり時間の流れが遅くなると言う事だ。」
どうしても斥力フィールドを解除する事は出来ないと知らされウォーカーは肩を落とし項垂れる。
そんなウォーカーにオーガスタは追い打ちを掛けた。
「ガックリきているところ申し訳ないのだが……ウォーカー君、君に少し聞きたい事があってね。」
「……何だね?」
「先ほどアイリーンとか言っていたがイラメカ帝国の皇帝はイラメカ六世だろう?アイリーン一世と言う名前では無かった。もし名前を変えたのならつい最近、それも地球侵攻後の事だ……。ウォーカー君、この名前をどこから入手したのかね?」
そう言うとオーガスタはウォーカーの肩を力強く握った。




