突撃クラッシュ大作戦
“流彗星号”の前面には高出力の主砲を持った軽巡洋艦、後方からは三隻の駆逐艦が迫る。正に“前門の虎、後門の狼”である。
「ど、ど、ど、どうするんだね?サバーブ君。」
「私に考えがあります。と言っても此処から先は相手の出方次第ですが……リランド、強化防護服のまま通路の最後尾のエアハッチで待機しておいてくれ。」
「判った。」
予備の燃料タンクがあるカーゴベイに取り付いていたリランドは素早く身を翻し船室があるカーゴベイのまで後退する。
「OK、位置についた。」
「よし、これで準備は整った。まずは……。」
「?」
海賊の軽巡洋艦が迫る中、ミカエルは一体何を始めるのか分からずサバーブを不安げな顔で見つめる。
「突撃だ!」
「何だって!」
予想もしなかったサバーブの発言にミカエルは思わず船長席から立ち上がった。
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「クソ!あの船此方側に真っ直ぐ突っ込んでくるぞ!」
流彗星号が海賊の軽巡洋艦をすり抜ける意図を持っている事はグランの目から見ても明らかだった。
過去にその様な事を試みた船がなかったわけではない。しかしその試みはことごとく失敗させてきた。
基本的に輸送船と海賊たちの船では速度が違うのだ。
「問題ない。フィールド展開をそのまま維持。飛び込んでくるうさぎを受け止めてやれ。それでも逃げるようなら撃ち殺せ!」
「アイアイサー!」
軽巡洋艦は流彗星号の行く手に立ちはだかった。
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加速する流彗星号の前に海賊の軽巡洋艦はみるみるうちに近づいてくる。
「ミカエルさん。立っていると危ないですよ。更に加速!」
「いや、しかし、海賊船に突撃って……。おっと!」
サバーブが流彗星号を更に加速させると立ち上がっていたミカエルはその反動で船長席に尻餅をつくように着席した。
「連宋、燃料の移送と切り離し準備はどうなっている?」
「燃料の移送は終わった。切り離しも何時でもできる。どうするんだ?」
サバーブは追ってくる海賊船と流彗星号の距離を確認する。
「連宋、三分後切り離し後方のフィールドを一時解除。リランド、後方のフィールドが切れたら予備タンクのカーゴベイを撃て。目標はリリーフバルブ。溶解させ機能を停止させるんだ、できるか?」
「当然、俺を誰だと思っている。」
通常、燃料タンクには燃料を保持するために常に高い圧力が加えられている。
しかし、圧力も加えすぎるとタンク自体を破壊してしまう。そのために圧力を一定に保っているのがリリーフバルブである。
リリーフバルブは重要な部品なので常日頃からメンテナンスしやすい位置、通路と接続する部分に設けられている。
つまりドーナツ状のカーゴベイの内側である。
リランドがエアハッチを開放すると開放されたハッチから後方の海賊船に向かって進んでゆくカーゴベイが見える。
エアハッチ内で片膝を付くと光子騎兵銃を構え取付けられている照準器を覗き込む。
「溶かすだけなら威力を抑えて……。いい感じに縦の回転がない。これなら問題ない。」
リランドが引き金を引くと光子騎兵銃から威力を抑えた光の塊が断続的に発射された。
光の塊は真っ直ぐ目標であるリリーフバルブに到達し溶解させ鉄の塊に変える。
これは惑星の衛星軌道上からの降下中に海賊たちの拠点の武装をピンポイントで砲撃していたリランドにとって難易度の低い任務だった。
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流彗星号を追いかける海賊船の中では何時でも獲物に乗り込めるように数人の海賊たちが手ぐすね引いて待機していた。
「お!アイツら逃げる気だぜ……後ろのカーゴベイを切り離しやがった。」
「少しでも軽くしてか……健気な努力だねぇ。」
「全くだ。逃げられるとでも思ってるのかね。いじましい努力だね。」
流彗星号の連中を嘲笑する中、こちらに向かって進んで来ているカーゴベイを見ていた一人がモニターを指差す。
「……なあ、あのカーゴベイ、何かおかしくないか?何だが少し膨らんでいるような……。」
「膨らむ?そんな訳……。」
海賊たちがモニターを注視していると接近するたびにカーゴベイが丸く大きくなっているように見えた。
「やばいぞ!これは!全速後退!後退!!」
一人が後退を叫ぶと同時にカーゴベイが膨らみ爆散する。
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過剰な圧力を逃がすために設けられていたリリーフバルブが無くなったことで予備燃料タンクは
大きく膨らみ、圧力に耐えきれなくなると爆発する。
だが、燃料タンクを接続することもあるカーゴベイは船の安全の確保のため爆発時のエネルギーを逃がすように設計されている。
そのため爆発は外に向かって起こり通路部の方向へは爆風が向かない設計になっているのだ。
まるまると大きくなったカーゴベイは圧力に耐えきれず爆散した。
元々、高圧で燃料を保持していた為、拡散した燃料と爆散したカーゴベイの金属部分が流彗星号と海賊の駆逐艦に襲いかかる。
「連宋、フィールド再展開。前上方と後方だけに展開、あとは不要だ。」
連宋が流彗星号のフィールドを再展開したと同時に爆散したカーゴベイの金属部分と燃料が到達する。
その拡大する力は流彗星号の船速を早め船の位置を前に押し上げた。
サバーブは流彗星号を操縦し海賊の軽巡洋艦を潜り込む方向へかじを切った。しかし軽巡洋艦はサバーブの行く手を遮るかのように動く。
「やはりそう来るか……それは読んでいたよ。」
サバーブが呟くと同時に流彗星号と軽巡洋艦のフィールド同士が接触する。
長距離宇宙船のフィールドは航行中に船を傷つける可能性のある障害物を弾いて防ぐために船の全周をフィールドが張り巡らされている。
宇宙船のフィールド同士が接触した場合、正面同士だと真後ろに弾かれ互いの速度を落とす結果になる。
しかし、サバーブはフィールドを前面ではなく前面上方に展開させる事で接触面をずらし斜め下方に流彗星号を弾かせたのだ。
「連宋!フィールドの展開を前方1後方9で展開。」
流彗星号が後方のフィールドを厚くなると同時に回頭した軽巡洋艦から高出力ビームが殺到する。
「うん、ありがたいねぇ。おかげでさらに速度が上がる。アディオース!」
後方にフィールドを集中させていたことでビームはフィールドで受け止められ流彗星号の速度を上げさせた。
その姿はビームを受けて進む光子力帆船の様に見えた。
光子力帆船
高出力のビームを帆に受けて進む宇宙船の事。
太陽系でお金持ちと言われる人々の間で流行っている娯楽の一つ。
古くは太陽からの光で進む船の事を指したが近年ではビームを受けて進む船も含むようになった。




