バレーヌの脱出 その2
サバーブが旗艦を囮に使うと言うと声を張り上げて立ち上がる者がいた。
「貴様!旗艦をなんと心得る!」
旗艦の操縦士であったコクウ少佐が歯をむき出して怒りをあらわにする。
彼からしてみればやっとの事で勝ち取った旗艦の操縦士である。その旗艦を囮に使うとなれば怒り心頭なのも無理もない。
だが今はバレーヌから無事脱出する方が先決である。サバーブからすれば使える物を使うのは当然の事なのであった。
「旗艦ステルンはバレーヌ星系防衛戦隊の要という旗艦。その旗艦無くしてどうやって脱出するというのだ!脱出の際には前に出て戦う必要が考えられるのだぞ!」
確かに相手の攻撃を防御する場合の運用ならコクウの言う通りである。旗艦を中心に布陣し敵の攻撃をしのがなくてはならない。
しかし今回は撤退戦であり、敵との接触を断ち、敵の行動を遅延させ距離を取る必要がある。そうやって敵に暴露する危険を最小限に抑えるのだ。
コクウの言う前に出て戦う方法だと戦線が退却する戦隊と近くなり敵に背後を突かれる危険性が高い。
「当然旗艦だけでは囮としては不十分です。退却の為に囮にするのは旗艦だけではありません。旗艦を含めて巡洋艦、軽巡洋艦、駆逐艦の全てを囮にします。」
サバーブの言葉に反応してコクウが返す。
「サバーブ大尉。旗艦だけで無く他の艦艇も全てだと?貴官は巡洋艦や駆逐艦製作にどれほど時間がかかるのか知っているのか?」
「確か重巡洋艦で三年ぐらいですね……。ですが、一人の将兵を作り上げるのには少なくとも十六年かかります。」
「……。」
それまでサバーブとコクウのやり取りを黙って聞いていたキスカ准将のひげを撫でていた手が止まる。
「それでサバーブ大尉。どうやってバレーヌ星系から脱出するのだね?」
「脱出だけなら輸送艦三隻で十分だと考えます。」
「輸送艦だって!」
「おいおいそれじゃ狙ってくれと言っている様な物じゃ無いのか?」
「武装も少ないし問題しか考えられない……。」
周りが少し騒がしくなってきた事でキスカ准将が片手をあげて注意を促す。
「イラメカ軍が囮の戦隊を包囲している間、我々は輸送艦を使い暗黒宙域外縁を移動する事でバレーヌ星系を脱出します。」
サバーブは戦隊全てを囮とする事で戦線自体を脱出艦隊から遠ざけ敵との接触機会を減らす方法を提案しているのであった。
キスカ准将はサバーブの計画を聞き腕組みをするとじっと考える。
(アム少佐の作戦だとオルク星系方面に退却した場合、罠で無くても少なからずの被害が出る。罠だった場合全滅は間違いないだろう。だが、サバーブ大尉の作戦の場合はどうだろうか……。)
キスカ准将は二、三度頷くと意を決した。
「バレーヌ星系脱出の作戦はサバーブ大尉の作戦を採用する。ただし、我が戦隊を簡単にイラメカにくれてやる訳にはいかない。よって作戦の修正を行う必要がある。アム少佐、サバーブ大尉、手伝ってくれ。」
「「イエス・サー!」」
―――――――――――――――
急遽立ち上がった作戦本部ではサバーブ大尉やアム少佐などの若手が喧々囂々と意見を交わしていた。
「サバーブ大尉、ただ相手に突撃させるだけでは我々が乗っていない事が露見する。その為にはいくつかの条件で動きを変える必要がある。」
「なるほど、アム少佐の言うとおりですね。ではこの様な条件、“相手からの通信を受け取った場合”しばらく動きを止めるというのはいかがでしょうか?」
「降伏勧告を逆手に取るのか!それなら各艦に対する伝達時間を考慮して艦隊機動をするべきだな。」
サバーブは端末を操作し戦隊の陣形を選び出す。
「そうですね。罠であった場合の相手の包囲網は二重三重になって容易には抜け出す事が出来ない様になっているでしょう。艦隊陣形は一点突破用の紡錘型で良いかと考えます。」
「そうだな。その陣形で行こう……。次に暗黒宙域外縁の移動だな。」
アム少佐が端末を二三度操作するとモニター上に暗黒宙域外縁の宙域図が浮かび上がる。
「本音を言えばもう少し中に入り込めれば良いのですが……。」
「無茶を言うな。あの宙域は無人探査機でさえ行方不明になる場所だ。あまり深く入り込まない方が良い。」
「無人探査機も帰投しないのですか?」
「ああ。今まで百機以上送り出されたがいずれも帰投していない。外縁部での観測結果通りなら大きな障害はないはずなのだが……。」。
「ではできるだけ小惑星に隠れながら移動するほかは無いようですね。」
「全くもってその通りだ。あの小惑星地帯を移動するとは考えもつかなかったよ。」
そう言うとアム少佐は肩をすくめた。
それからの動きは素早かった。その日のうちに作戦を修正しキスカ准将に提出、了承されると早速、戦隊の再編成に入った。




