バレーヌの脱出 その1
バレーヌの脱出
正しくは”バレーヌ星系からの脱出作戦”
今から二十年前になる前回のイラメカ戦争初期、周辺星系をすべてイラメカに押さえられ孤立無援となった連合将兵の脱出作戦を示す。
当時のバレーヌ星系はイラメカ帝国と連合の境界から少し離れており最前線という程では無い位置にあった。その為、最前線のカシャロ星系への補給や若い将校の訓練星系として機能していた。
しかし二十年前、イラメカ帝国は最前線のカシャロ星系を制圧。
そのままバレーヌ星系を制圧すると考えられたが、バレーヌ星系を素通りし太陽系よりのオルク星系やその周辺星系を制圧する。周辺星系の大部分を制圧された事でバレーヌ星系は孤立無援の状態になった。
徐々にイラメカ帝国の包囲が狭まる中、バレーヌ星系方面軍の司令官、キスカ准将はバレーヌ星系脱出の為の会議が連日行っていた。
彼自身は退役前のお情け人事で昇進しただけであるが絶体絶命とも言えるこの危機に平常心を保っている。たっぷりと白いひげを蓄えたキスカ准将は好好爺然とした面持ちで会議に参加する将校達と相対していた。
当時のサバーブは二十八歳。大尉に昇進したばかりであり、軽巡洋艦を任されバレーヌ星系に守備隊として赴任したばかりであった。この会議には一艦艇を預かる者として会議に参加していた。同じ様に参加している将校も男女共に皆若く実戦はあまり経験していない様に見える。
その中の一人サバーブより少し年上の女性将校が大型モニターを前に脱出作戦についてキスカ准将に詰め寄った。
「キスカ准将、我が軍は包囲されつつあります。残されているのは暗黒宙域方面とオルク星系方面の一部しかありません。この中で暗黒宙域方面は帰ってきた者が全くいない宙域であり宙域図が存在しません。その周辺も多数の小惑星が確認されていて航行に支障を来すでしょう。よって、オルク星系方面に撤退するべきです。キスカ准将にはご一考を願います」
「ああ、それねぇ。何だか敵の移動速度が遅いのが気になってね……。アム小佐、イラメカ軍の罠と言う事は無いのかい?」
「その可能性はあるでしょう。ですが宙域図の存在しない暗黒宙域は撤退のリスクが大きすぎます。現状、オルク星系方面しかないと考えます。」
「フムそうか……。」
キスカはアム以外の将官の顔を見回した。
「それで君たちもアム少佐と同じ意見なのかな?」
この時サバーブはオルク星系へ撤退した時のイラメカ軍の動きを考えていた。
今現在判っているイラメカ軍の情報からイラメカ軍の行動を予想する。罠の有無に関わらず今までの戦術から考えてイラメカ軍は包囲殲滅に動くのは間違いが無い様に思えた。
サバーブは挙手を行いキスカ准将に発言の許可を求める。
「……きみはサバーブ大尉だったか……よろしい、発言を許可する。」
「はっ!」
サバーブは前に進み出ると大型モニターに現状のイラメカ軍の配置を示した。
「現状イラメカ軍はアム少佐の言われた通り我々を包囲しつつあります。従って罠の有無にかかわらずオルクス星系を突破する場合、イラメカ軍の動きはやはり我々を包囲殲滅する様に動くと考えられます。この様に……。」
サバーブの手が動きイラメカ軍の配置が変わる。
「この様にイラメカ軍が包囲を行った場合、暗黒宙域に近い宙域に穴が開くと考えられます。」
キスカ司令は自らのひげを触りながら腕組みをするとサバーブに尋ねた。
「なるほど、だがイラメカ軍は包囲を行ってくれるかな?」
その言葉にサバーブは大きく頷く。
「そう仕向ける罠として旗艦である重巡洋艦”ステルン”を囮に使う事を進言します。」




