出航
“流彗星号”の出航までそれほど時間はかからなかった。
出航で時間を取ったのがリランドの重火器用の強化防護服ぐらいだった。
と言うのもミカエルが何時でも出航できるように用意を整えていた事とサバーブや連宋の持ち物が少なかった為だ。
「よし、強化防護服と荷電粒子砲、光子騎兵銃、電磁滑空杭の予備、エネルギーパック……全部そろっているな。」
「これがリランドの強化防護服か……かなりの装甲だな。これはわしでは動かせないね。」
連宋の目の前には重火器用の強化防護服が鎮座していた。
強化防護服は通常の宇宙服に装甲と補助動力を加えたものだが、重火器用の強化防護服は装甲がさらに増え、重火器の反動に耐えるだけの補助動力を持たせている。
リランドの強化防護服は更に機動性を増すために駆動用のロケットモーターをつけている。
いうなればこれは動く要塞だ。
「まぁな。その為に体を鍛えているからな。で、連宋何か用か?」
「サバーブがもう出航だから“切りの良い所で上がってきてくれ“だそうだ。」
「判った。丁度点検を終えた所だ。今から向かおう。」
―――――――――――――――――――――
リランドや連宋が船橋に到着すると、すぐに出航の為のカウントダウンが始まった。
「えらく急いでいるな?サバーブ、何か心配事か?」
「私が確認しただけで三隻の船が一番外れの場所であるここに近づいてきた。どれも“レルネー1”所属のボートだ。」
「そいつは怪しいな。こんな辺境でボート?まず間違いなく、連中の偵察だな。」
船長席では彼らの話を聞いていたミカエルが首を傾げている。どうやら今一つ判っていない様子だ。
「リランド君、連中って誰だ?それにサバーブ君はなぜ出航を急いでいるのだ?」
「海賊です。」
「海賊?自分がこの星系に来るときは出なかったからいないものと思っていたのだが……。」
リランドは少しため息を吐いた。
「ミカエルさん。残念ながら海賊はどの星系にもいます。ミカエルさんの出身星系である太陽系にもいるのですよ。」
「ではなぜ自分は襲われなかったのだ?」
「ミカエルさんが出発したのがオケアヌス星系だからですよ。あの星系は海洋惑星が多く金持ちのリゾート地になっています。当然そこを出発する船はどんな船だろうとそれなりの腕の護衛が付くと考えられる。海賊はそう思ったのでしょう。」
「で、レルネー1に着いたら船と船長だけで中身が満載と……。」
「まぁ、海賊にすれば“おいしいカモ”にしか見えないと言ったところでしょうか。」
「やれやれ前途多難だな……。これなら鉱石を掘っていた時のほうが楽だったな。」
今度は船長席でミカエルがため息を吐いた。そのミカエルに首を傾げながらサバーブが声をかける。
「……安心してください、ミカエルさん。今回の偵察はこの近辺の海賊でしょう。それなら“ハイパワージャンプ”に入れば襲ってこないと考えられます。」
「そんなものかね。」
「ええ。この近辺の海賊の船には“ハイパワージャンプ機関”が付いていません。“ハイパワージャンプ”さえしてしまえば“流彗星号”を追いかけることはできません。ですが、ジャンプできる船は機関の分重くなり通常航行速度は海賊船よりも遅い。」
「おいおい、それでは星系内で襲われたらひとたまりもないじゃないか。」
するとリランドがにやりと笑った。
「て事は何か方法があるってことか?サバーブ。」
「当然、だから連宋にも来てもらった。連宋、“エキドナ”、“ハイドラ”、“ラドン”のラグランジュ点までの最短航路を出してくれ。」
「おいおいまさか……。」
「ジャンプ航法は重力の影響を受けるため、星系から離れた重力の影響がゼロになる場所で行わなければならない。しかし、重力の影響がゼロになる場所は星系外だけじゃない。」
「大丈夫かよ……。」
「おいおい、俺はこれでも連合宇宙軍のパイロットだぞ。」
サバーブは自信ありげににやりと笑った。
―――――――――――――――――――――
無事出港した“流彗星号”は一路最初のジャンプポイント、星系内のラグランジュ点へ向かっていた。その間、ナビをしながら連宋がしきりに首を傾げている。
「どうした?連宋?」
「いや、リランド。なにかの信号かなぁ?何かの電波のようなものが出ている感じする。」
電子使いである連宋は何の対策もしていないと大なり小なり何らかの電波を拾ってしまう。
普段は電波を遮断する道具を使っているが船のナビゲーション時にはその道具のスイッチを切っているのだ。その為、普段なら感知しない電波を感知してしまう。
「それは断続的なものか?」
「十五分おきかな……少し強めの信号が出ている様だ。」
「なるほど……サバーブ、海賊かな?」
「海賊だろう。レルネーで発信器を仕掛けたな。だが問題はどこにあるかだ。」
サバーブはミカエルの方へ振り向く。
「ミカエルさん。レルネー1で我々以外の人が近づいたことは?」
「他の人?臨検の役人ぐらいか……おおそうだ。タンクに燃料を入れてもらった。それぐらいだ。」
サバーブとリランド、連宋は顔を見合わせ頷く。
「間違いなくその時に発信器を仕掛けられたな。目的を考えると星系内用、それもかなり強力な物だろう。」
「わしはいつでも探しに行けるぞ。」
サバーブは少し考える。
「いや、今はジャンプが先だ。ジャンプ終了と同時に船を捜索。船内から連宋、外はリランド。」
「「了解。」」
サバーブは船長席に座るミカエルの方へ振り向く。
「と、言う事でよいですね?ミカエルさん。」
「良いも何も、自分は船に関しては素人だ。君たちに任せる。」
「よし、では“ハイパワージャンプ”用意だ。」
「「了解!」」
―――――――――――――――――――――
ここは“レルネー1”からそう遠くない宙域。
エキドナ星系内にある惑星の一つだ。その惑星の影に紛れて数隻の船が浮かんでいた。
「親分、例のカモはレルネーを出航した様ですよ。」
「オケアヌスからの船だからそれなりの護衛がいると思ったが……まさか船長だけの船だったとはな。」
「まぁ、そのおかげであの船には軍の鎧が積み込まれたようですぜ。まぁ、軍の……と言っても中古品でしょうが。」
手下の楽観視する言葉に親分と言われた男は額に青筋を立てる。
「馬鹿野郎!相手はあの“リランド”だぞ。気楽に考えるな!」
「で、ですが親分。鎧ならこの船の敵じゃありませんぜ。一応、これでも駆逐艦並みの武装はあります。遠間から撃っているだけですむんじゃ?」
何人かの手下も同じように頷いていた。
「全く俺の船はバカしかいないのか?そんな事をすれば積み荷も爆散するだろうが!」
「「「あ」」」
「ま、遠間から射撃するのは間違いねぇ。要は囲んで脅して積み荷をいただく。それだけだ。」
「親分、乗組員はどうします?」
「いらんだろう。」
「ではいつも通り。」
「積み荷をいただいたら遊泳を楽しんでもらうだけだね、ククククク。」
しかし、この親分の笑い声は手下の報告でかき消された。
「親分!大変です!目標の船が“ジャンプ”しました!!」
「何だと!!」
“ハイパワージャンプ”
特定の地点から特定の地点までの移動時間を短縮する航法である。この航法のおかげで人類が宇宙に広がることが出来と言える。
だだし、惑星規模の重力の干渉により多大な影響を受ける。
目的地までの航路上に高重力を発生する天体があった場合、出現地点が予定出現地点よりも大きくそれるのである。
時と場合によっては全く正反対の位置になる事例が確認されている。
その為、ハイパワージャンプは航路上も高重力の天体の影響を受けない様に留意する必要がある。
なお、ジャンプ途中の複数の高重力天体からの干渉はどの様な影響があるのか未だ研究中の課題である。




