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パンドラの箱

改「萌え人」(もえんちゅ)~こんてにゅー~

作者: 山本大介

 再び見参っ!



 チャプターⅠ「萌える男達」


 今日も銀縁厚底レンズ眼鏡を光らせて、萌えユキこと中野裕之(なかのひろゆき)は、同人誌の原作執筆に大忙しだった。

 このままでは夏のコミケにはとうてい間に合いそうにない。

 作画担当の萌キチこと柳瀬吉之助(やなせきちのすけ)に申し訳が立たない。

 深夜にパソコンに向かい懸命に文を作る。


 しかし、いつの間にか、やりこみエロゲーの「まっしろ、オーケストラ」を楽しんでいる

自分がいる。

 やりこんでいる以上、何度もクリアはしているが、彼は様々なゲームの選択肢を詳細に吟味し、考察、エロ萌え画像をその眼球に焼きつけていた。

自己完結しているにまたやってしまう、全く色褪せないまさに恐ろしき神ゲーと萌ユキは思っている。


萌えユキは、今年の作品はこれで決まりと思いつつ、この神ゲーを神域化するあまり、過激なエロ描写を描こうとすると手が止まってしまう。

まさに聖域を犯すが如くの所業に、序文での部分で手詰まりを感じている。

もう、そんな状態が何日も続いている。

文筆のスピードに自信を持っている彼は、いつも一気に書き上げるが信条だったが、書いてみるも没の繰り返しで、停滞状態の無限ループへと陥っている。


ちなみに、萌ユキと萌キチの二人は、知る人ぞ知るコミケ萌えエロ部門において、みやすのんき、遊人(古っ)の再来と呼ばれている者達だった。

毎回、彼等のブースには人が溢れ、萌えエロに飢えた男どもや、なんと女子までこぞって彼等の同人誌を買っていくのである。

繊細で肉感的な文を描く萌ユキ、その世界観のイメージを見事に二次元へ降臨させる萌キチ、二人は最強のコンビであった。

中には、熟読用、飾り用、永久保存版と三冊も大人買いする(つわもの)までいる始末だ。

彼等のペンネーム萌え(もえんちゅ)は、その筋の人ならば知らない物はいない。


ある同人誌仲間がこう言った。


「あいつらは、萌えの神に愛されていると」


当然、彼等もそれは自負している。

だから、妥協したものは絶対に出せないのだ。

萌えを極めし者としての誇りとプライドが許さない。

それは、王者の意地でもある。


そういうことで、萌ユキは真っ白なワード画面を見ながらフリーズしていた。

ヤバス・・・時間がない・・・最悪の出品ナシ。

コミケを初めて、早五年、皆勤、満員御礼の記録。

決して、破られることのない伝説。


いつしか、ある同人仲間がこう言った。


「萌え界の金本知憲だ」


と。


途絶えてしまうのは悔しいが、何より作品を待ってくれているファンがいる。

その人たちを悲しませる訳にはいかない。

いっぱしのプロ根性が萌えユキを奮い立たたせる。

が、気持ちと裏腹に必殺のブラインドタッチが進まない。


「・・・・・・う!なにっ」


 いつの間にか、ネトゲーをはじめている自分がいた。

 ヤバい廃人になりかけている。

 萌ユキはパソコンの電源ボタンを押し、強制的に終了させた。

 かなりリスクの高い所業だが、背に腹は代えられない。

 

 萌えユキはふと思い出した。

 以前、国民的アニメをオマージュし萌えネタ化したことを。

 三年前のフォルダを開けてみる。




 よみもの 大河小説「虎エモン」


「と、虎、虎、エモーンっ!」


「なんだい?ボビー太くん」


「ジャイアンツ、カプリコーンがボクを容赦なく虐めるんだ」


「なんだ。いつものことだろ」


「いつもの事って、虎エモン、そりゃないよ~」


「どMだから感じているんだろ」


「そんなことは・・・」


「この変態っ!」


「ああ・・・もっと・・・」


「まったく、とんでもない変質者気質のボビー太だよ」


「もっと・・・もっと頂戴っ!」


「これが、欲しいのかっ。この道具がっ」


「そう、そうだよ。虎エモン」


 ボビー太は恍惚の表情を浮かべる。

 虎エモンは溜息をついた。


「みんな二次元萌えっ子マシーン」


「なんだい?それ」


「これを使うと、禿げたオヤジをはじめとしたすべての人が、二次元の萌えっ子になるというマシーンさっ。みんなは萌えに陶酔し世界中から争いがなくなる・・らしい。ためしに

、えいっ」


「なんだかな~・・・アタシ、ボビ子っもえもえ、きゃるん」


「ボビー太くんもこのとおり」


 そして・・・世界は萌えに包まれた。

 ジャイアンツもスネークもグッジョブ(出〇杉)も、しかしサイレンス静だけは何故か劇画調であった。



「・・・これって、どうだろ」


 疑問に思いつつ、相棒にこのデータを送信した。

 ものの一分で、超萌デコメスマホが鳴る。


「萌ユキ正気ですか?」


 電話の主は萌キチだ。

 その声からして明らかに憤りを感じているようだ。

 しかし、もう時間がない。

 背に腹は代えられないのだ。

 萌ユキはつとめて明るい声で、


「いやー盲点だったよ。あの国民的アニメをモエる。なぁ、画期的だろ」


「君は神ゲーをリスペクトした最高最強のエロ同人誌シナリオを、完成させるって言っていたんじゃないのかい?」


「僕には神域を犯すことは出来なかった。あの神作にはあれ以上のエロは必要ない」


「そうか・・・」


 萌キチはもう何も言わなかった。

 萌えを愛する二人は、互いに分かり合える領域がある。

 何人たりとも侵せないET(エロタクティス)フィールドが、そこに触れれば儚く壊れてしまう。


「すまない・・・」


 萌ユキは自分の歯がゆさを噛みしめ、思わず嗚咽をもらした。

 彼の魂の叫びが聞こえる。

 もう、萌キチが言う事は何もなかった。

 ただ一言、


「わかった。拙者にまかせろ」


「ごべんうううう!」


 萌ユキは声をあげて泣きはじめた。


「後は、拙者が、超ド級の国民的同人萌え漫画に仕上げてみせる!」


 萌キチは高らかに宣言した。



 それから三日後・・・。


 コミケ開催の一日前に、作品は完成した。

 卓越した萌キチの作画技術によって、命を吹き込まれた虎エモンのキャラ達が、ぷるるるん、きゃるるんとした萌キャラへと大変身した。

 


 持ち前の妄想力を降臨させ、萌キチはソフトエロ描写をも完成させた。

 萌える二次元あへっ顔パラダイス、萌える乳、萌えるお尻。

萌える、萌える、萌える。

萌キチの全精力を捧げた作品だった。


萌ユキは、食い入るように作品を見て呟いた。


「これは萌え界の革命だ」


「だろ」


「これは、同人萌え作品のトレジャーボックスや」


 萌ユキはひこまろ風に最大の賛辞をおくった。


「せやろ」


 鼻高々な萌キチ。

 二人は、がっちりと握手を交わした。



 そして、コミケ当日、二人は威風堂々と会場へと乗り込んだ。

 謹製版萌え「虎エモン」の同人本およそ百冊が燦然と輝きを放ち(二人にはそう見えた)、並べられた。

 

 しかし、時間が経つにつれ、自分達の甘さを痛感することとなる。

 虎エモンは、どうしても萌えに結びつかないのだ。

 いくら絵が萌えていても、受けつけないのだ。

 それが、萌え人だとしても、答えはノーと言わざるを得ない。

 それは致命的であった。


 萌える為には、萌えるキャラ、萌えるシチュエーション、萌える展開の萌え3(さん)が必要なのだが、この「虎エモン」には、萌えキャラが萌えていたとしても、著しく欠けていた。


 その結果、二人ははじめて、70冊という大量の在庫をかかえてしまった。

 その信じたくない事実に、ただただ呆然とする二人。

 売れ残りと言う大量の在庫を抱えて、どうするのか・・・大赤字は勿論だが、これは秘密裏にすべき事案である。

 一般の人に鑑賞されれば、白い目で見られ、社会的抹殺すら逃れられないかもしれない。

 ただでさえ、この世界は萌え人にとって冷たい、それは二人も経験上で充分知っている。


 その時、萌キチのスマホのアラームが鳴り、彼の表情が一変する。


「やっべ!BSの「魔法少女きゃるるるん」がはじまっちゃうぜ」


 萌キチはいそいそとカバンに在庫の「虎エモン」を詰め込む。

 が、愛蔵版のデカさなので、せいぜい五冊までしか入らない。

 彼は顔から汗が吹き出し、切羽詰まりながら強引にカバンにねじ込もうとする。


「あ、あ、あー、もう、くそっ!」


「もういいよ!」


 萌ユキは叫んだ。


「もう、俺たちの伝説は終わったんだ」


 萌ユキは「下へまいりま~す3」(萌キャラをふんだんにあしらったパチンコ台)の促販用のライターを取り出すと、65冊を無造作に地面へ落とし火をつけた。


「オウ!ジーザスなんてことを!」


「これで、いいんだ。これで・・・」


 萌ユキは自分に言い聞かせるように呟いた。


「ノー、なにを、拙者たちの魂の結晶を!」


 萌キチは怒りのあまり、萌ユキの襟首を両手で掴んだ。


「・・・こうでもしなきゃ」


 萌ユキの両目から大量の涙が溢れた。


「こうでもしなきゃ?」


「「きゃるるるん」がリアルタイムで見れないだろ!」


「エクセレント!」


 二人は、明日へ向かって駆けだした。




 チャプターⅡ「妄想野郎」


萌ユキはある日、思いつくまま文を書いてみた。


 現代社会と「秘宝館」の衰退について


 我々の世代より一回り前の人々はいかにして、そのオカズを求めていたのだろうか。

 良く聞くのは、古びたエロ本が落ちていたとか、親父や兄のエロビデオを発見したとか、先人たちはおよそ入手困難アナログな方法で、エロを探し求めていた。

 そんな昭和の時代そして平成、温泉地のひっそりと佇む性のパラダイス、それが秘宝館だった。

 施設の中に入れば、そこはパラダイス。

 無数の張り型に蝋人形たちの性のアトラクション。

 そして性の歴史。

 そこは性のアミューズメントパーク遊園地。

 私は閉館になった秘宝館のYouTube動画を見る度に思う、何て素晴らしい文化なんだろうと。

今はスマホに向かって禁断のXなんちゃらなどを言うことによって、簡単に性の世界へいける。

 背徳感もくそもあったもんじゃない、そのくせテレビの地上波や雑誌、本などは規制につぐ規制がされている。

 なんたる矛盾。

 手軽になったエロが秘宝館を滅びの道へ誘ったのは、間違いない。

 需要が無くなれば淘汰される。

 だが、秘宝館はこの現代社会にとって、それを思い出す貴重な場なのではないか、私はそう思うと、胸の高鳴りとアソコがムズムズするのを禁じ得ない。

 フォーエバー秘宝館。



「ふう」


 萌ユキはご満悦で一息ついた。

 それから冷蔵庫に買い溜めしてある紙パックタイプらくのうマザーズカフェオレを3本取り出し、テーブルの上に並べる。


「最高の文を書いた後には・・・至福のひとときを・・・だ」


 おもむろに3本ストローを差し込み、両手で3箱持つと、一気にカフェオレを吸い込んだ。

 激甘のカフェオレが染み渡る。


「くぅ~きたぁ・・・うぇっ!」


 かなりの勢いで飲んだので、液体が鼻へあがってくる。

 鼻が痛くなると同時に、甘々のカフェオレの香りが鼻腔に広がる。

 それから、愉悦を感じながら自分の傑作をブログにアップしようとしたが、ふと手が止まった。


(これだけの作品だ。盗作される恐れがあるな)


 彼はブログにのせるのをやめ、「現代社会と「秘宝館」の衰退について」を一枚だけ印刷すると、パソコンのデスクトップに作品を保存して、シャットダウンした。


「は、は、ははは、自分の才能が恐ろしい」


 彼は魔太郎ばり(「魔太郎がやってくる」より)に不気味に笑った。




 チャプターⅢ「三次元の誘惑」


 萌えユキは先日、会社の先輩や同僚と連れだってランパブ(ランジェリーパブ)に行った。

 そこには彼の知らない(知ろうとしなかった)世界が広がっていた。

 それは歓楽街の離れにある「ゴーゴーヘブン」という店だった。

 煌めくどぎついネオンの看板を見て、得体の知れないものを感じ怖気づいた彼は、このまま帰ろうかなと思った。

 家に戻れば、萌えキャラ達が心配(勝手に自分で妄想)しているのに違いないのだから。

 目を閉じれば瞳の裏に浮かぶ、萌えキャラ達の「ゆきたん、私たちを置いて、現実の世界に逃げないで」という萌っ子の魂の叫びが聞こえる。

 去るのもまた勇気、萌えユキはくるりと背をむけた。


「ヒロユキ!」


 齢五十に近づこうかという先輩が眉間に皴を寄せて叫んだ。


「これは社会勉強なんだぞ」


 背中越しに言われ、同僚二人に取り押さえられる。


「ヒロユキ」


 先輩は言う。


「とりあえず体験してみろ・・・何事も経験だ」


 実に重みのある言葉だ。

 先輩は続けて、


「・・・嫌だったら」


「・・・嫌だったら」


 萌ユキは先輩の言葉を繰り返す。


「そん時は帰って良し」


 先輩の一言で、萌えユキの決心がついた。

 萌ユキは大人の階段を一歩ずつ登りはじめたのだった。


 これより後、彼は十日連続「ゴーゴーヘブン」に通い詰めるという変態ぶりを披露する。

 萌ユキはじめてのランパブ体験をしたその日、興奮と感激を忘れまいと徹夜で文をしたためた。


 それが、これだっ!1、2、3。



 ランジェリーパブリオン回顧録


 私は本日はじめてランジェリーパブなるものを体験した。

 そこは、まさに楽園(パラダイス)と呼ぶにふさわしいものであり、男達の夢が詰まっていた。

 まず、お店に入ると、薄暗い部屋の中をミラーボールが妖しく七色に光っていた。

 聞き慣れないユーロ―ビートの楽曲が、重低音に下腹に響き、やけに心が高揚する。

 ボーイのマイクアナウンスもノリノリだ。


 ボックス席に腰掛けると、ほどなくしてやって来る女の子。

 黒服のボーイ達がせわしく辺りを周回し、お客がオイタをしないか監視している。


 私は席に座ると、キョロキョロと周りを見渡した。

 各席には仕切りなんてのはなく、何が起きているか丸見えだった。

 ある人は女の子のおっぱいを揉んだり、ある人は何度もキスをせがんだりしている。

 まさに欲望の坩堝だ。感動した。


 ウォッチャーとなっていた私の隣に、ふいに女の子がやって来た。

 途端に私に緊張が走った。


「こんばんは~ユミでーす」


 三次元リアル女子が、にこにこと明るい顔でやって来た。


「こんばんは、ヒロユキです」


 思わず、本名で返してしまった。


「・・・ヒロユキさんって言うんだ。へ~」


 ユミさんは早速、手を絡ませてきた。


「どぅえい!」


 思わず、私は手を振りほどいた。


「・・・ふふ、ヒロユキさんって、おもしろーい」


 今度は身体を密着させてくる。

 私の心臓はバクバクしている。


「かわい~、緊張してるの?」


 三次元にも優しい人がいるんだ。

 私は不覚にも二次元の壁を突き破ろうとしていた。


「今日はたまたまだね」


 精一杯の見栄をはってみた。


「私も~お互いはじめてって、緊張するよね・・・ほら」


 と、ユミさんは私の右手をとり、その手の平を自分の胸に押しあてた。

 柔らかい・・・それはとても柔らかい感触がそこにあった。


「〇×△■※☆彡!!!」


 私の声が声にならない。



「ホントにウブなのね」


 ユミさんは私に気を遣ってか、一旦、少し距離を置いた。

 ちょっぴり残念な気持ちもあったが、一方で心が落ち着けて助かった。


「ヒロユキさん、お話しよっか」


「はい、喜んで」


「・・・喜んで?おもしろいね。じゃ、趣味は?」


「・・・萌え」


「えっ?」


 思わず聞き返してくる彼女。


「萌・・・萌の声優さん」


 目を見開いたままのユミさん。

 心なしか死んだ魚のような目をしていた。

 だが、それは譲る訳にはいかない領域だ。

 誰がなんと言おうと、いち萌え人としては、萌えの誇りを捨てる訳にはいかない。


「へぇ~すごいねぇ」


 さらに棒読みがひどい。


「じゃあ」


 するとユミさんが、私の膝に跨った。


「私は・・・」


 ユミさんは私の耳元で囁く。

 そして優しい接吻。


「最高っす」


 私は思わず叫んだ。

 それは偽りのない言葉。


 黒服のアナウンスが低いええ声で発せられる。


「お客様~大変お待たせいたしました。これより、ハッソー、ハッスルタイムのお時間です」


 より激しい音量で、ユーロビートが流れ始める。

 高まる心音。

 ユミさんは、胸を私の顔へ押し当てた。

 卒倒しそうになる私。

 そこからはもう覚えていない。

 桃源郷の世界を、ただただあてもなく漂っていただけだった。


 私はこの世界の虜となってしまった。

 煌めくミラーポール、虚飾の空間。

 黒服の小粋なアナウンス。

 ユミさんという最高、至高の女性・・・また明日も行こう。

 私は思った。


                  

                了


  ランジェリーパブリオン回顧録


                          中野裕之


 



 そして、萌ユキはランパブに通い詰めること、10デイズ。

 延長時間総30時間。

 前人未到の記録を打ち立てた。

 彼は二次元から脱出したかに思われた。

 だが、彼は萌えの世界に愛されたスペシャリスト、二次元からの脱却はそんなに甘いものではない。




 チャプターⅣ「萌への回帰~そして伝説へ~」


 萌ユキはいそいそと身支度を整えていた。

 ランパブのユミに逢うためだ。

 もし今日いけば11連投となる。

 本人には疲れはなく、滾る高揚する思いと使命感が彼を動かす。

 いざ、アパートを出ようとする。

 楽園の「ゴーゴーヘブン」へ、これの毎日を充実と言わずして、何をそう言うのだろう彼はそう信じて疑わない。



「・・・!」


 扉を開けた目の前には、萌キチが仁王立ちしていた。

 手には初めて萌ユキ、萌キチの萌人コンビが描いた同人誌が握り締められていた。


「萌キチ・・・」


「お前、忘れたのか!」


「・・・」


 大粒の涙を流し、本を振りかざして叫ぶ萌キチ。


「拙者たちは、萌王になる事を!」


「・・・・・・」


 実に重たい言葉、萌えを極めるそう誓った、忘れるはずはない。

 だが・・・今はその言葉も色褪せて感じる。

 遠い昔話のようだ。


「行かなくっちゃ」


 そうだ、行かないと。

 萌ユキは萌キチの横を通り抜けようとする。


「ちよっ、待てよ」


 萌ユキはきつく肩を掴まれた。

 思わず、かっとなって、萌キチの手を強引に振りほどいてしまう。


「お前・・・」


「ごめん・・・」


 萌キチはそれしか言う言葉が見つからなかった。


「ちょっ・・・ちょっとみて見ろよ。これを!」


 萌キチは思い出の同人誌を、萌ユキの手に滑り込ませた。


「・・・・・・」


「読んでみろよ」


 萌ユキは思い出のいっぱい詰まった作品をそっと開いた。

 溢れ出す萌がそこにはある。



 それはつたない物語。

 それはまだ稚拙な絵。

 それはかけがえのない作品。

 それは、はじまりの萌え物語。



 萌っ!♡魔法少女もえっ06


 私は相沢萌、自称十四歳。

 恋に夢見る乙女なのだ。

 きゃはっ!鏡の前では言えるのに、いざ大好きな先輩の前に立つと、足がすくんで告白が出来ない。

 でも、大丈夫、そんな時には魔法のステッキにお願いするのだ。


「きゃるりん、れぼりゅーしょん」


 って、すると魔法の力で大変身、素敵な女の子へと変わるの。

 そうして、先輩げっと!ってね。

 私は魔法殲滅少女地帯の一人、マジカるピンクの萌ちゃんなのだ。

 ♡きゃはははっ!


 でも、そんな恋する乙女の私には秘密があるの。

 (年齢詐称・・・)

 ううん。

 気にしないで、地球の平和を守る為、悪の魔法結社と戦うのが私達の使命。

 もし、負けたりしたら、あんなことやこんなことをされるの。

 どんなことって・・・えっち、乙女の私に言わせないでよ。


 あっ、胸のペンダントが光ったわ。

 このペンダントは敵が現れた時に、ういーんと音がして、怪しい動きと共に光を発するの。

 愛おしいわ。

 さぁ、魔法のステッキに願いをかけるわよ。


「へ~ん~し~ん、マジカルすてっく!マジカるピンクっ」


 さぁ、おまちどおっマジカるピンクの参上なのだ♡きゃはっ。


 現れたのは、魔法結社一の陰険で淫乱なあいつ、ベロチカ男爵だったの。

 特におかっぱ頭のあいつみたいに舌をレロレロするのが許せない。

 絶対に倒すわ。

 ・・・でも、今日は私一人・・・大丈夫かしら。

 レッドは部活、ブルーは恐喝で謹慎中、ホワイトは美白肌を維持するために日中は出かけない。

 ブラックは仮面舞踏会に出席中。

 という訳で、マジカるピンクの大ピンチなのだ。


「ふははは!貴様一人で、この男爵と戦うだとう」


 男爵の舌の出し入れが高速化しているわ。

 負けたら必ずヤラれる。

 絶対にそれだけは避けたい。

 乙女のピンチだねっ。


「男爵っ、マジカるピンクは負けないのだ」


「お前・・・やっぱり、いくつだ」


 乙女の萌に超KYな質問。

 でも、笑顔で答えるの。


「萌は十四だお♡」


「うそつけ!」


「うそじゃないもん」

 

 萌がぷんぷんしている内に、男爵が背後にいつの間にか立っていたの。

 ・・・チョーキモイんですけどぉ。

 そうこうしている内に萌の首に腕を絡まれちゃった。

 ちょっとー、だいたーん、チョベリバぁ。


 なんと、男爵・・・萌の首筋に高速が舌チロチロをしてきたの。

 こそばいいっ!


「お前、いくつだ!」


 まだ言ってるの。

 舌チロチロ攻撃も続いている。


「にっ・・・にじゅういち」


 えっ、萌、仕方なく嘘ついてるんだお。

 だって、攻撃されているからしょうがないんだもん。

 ちょっと、なんで男爵はまだ怒っているの?

 舌チロチロがマッハになったよぉ。


「本当の事を言え!」


「さっ・・・さんじゅうはち」


「いい年こいて、この年増の熟女があ!」 


「あれー、やめてー」


 男爵っ。

 本当の年齢・・・いや違うわよ・・・萌は十四歳の乙女だおっ。


「う、うなじがたまらん!」


「この変態野郎!」


 やだ、はしたない言葉を言っちゃった。

 男爵はにやりとして、


「ふっ、だが、嫌いではない」


 !!!何なのこのヒトー、熟女キラーなの?

 でも、萌は十四歳、恋する乙女なんだよ。

 えっ?みんなも私の事、三十八歳って思っているの・・・いい、良く聞きなさい。

 十四歳って設定にするといろいろ大変なの分かる?

 本が出版禁止になったり、へたすれば捕まっちゃうの・・・ねっ、だから私は十四歳だけど、十四歳じゃない。


(「サヨナラだけどサヨナラじゃない」山田かつてないぅぃんくうより)


 ああ、久しぶりにジュリ扇を持って、ジュリアナに行きたいわぁ。

 そんな気分。



 男爵は仰向けに寝転がりズボンを脱いでパンツ一枚になったわ。

 そして、


「踏んでっ、お願い踏んづけてっ、そしてなじってっ!」


 何を言ってるのこの人・・・このおじさん変なんですぅ。

 でも、逆らうと何をされるか分からないから・・・しょうがないっ。

 ここはひとつ。

 

「ネオ、タイガーショッ!」


 インステップで男爵のモノをでぇいする。


「あー、最高ぅぅ!」


 男爵は断末魔の叫びをあげて卒倒したわ。

 萌の勝利だお♡ぶいっ!

 こうして萌は地球に平和をもたらしたのだ。

 さぁ、愛するダンナ・・・いや、先輩に勝ったよんのメールを送ろう・・・今の彼は中年小太りの禿げたオッサンだけどね・・・って、きゃっ、何を言わせんのよ。

 萌はまだ十四歳だよっ♡


「まだだ、まだこの男爵は折れぬぅ」


 男爵が立ち上がったわ。

 恍惚表情をしている芯からのド変態ね。

 ふー久しぶり「男女七人・・・」みたいわぁ。


「うらあああぁぁぁ!」


 男爵は半狂乱で、萌に襲いかかってきた。


 もえはすばやくよけた。

 だが、だんしゃくはまわりこんだ。

 もえは逃げられない。


 って、何これドラクエ?

 萌、知らないよ。

 ふっかつの呪文なんて間違えたこともないんだからね。


「どっせい」


 男爵は萌のスカートをずらしたの。


「!・・・ちょうちんブルマとは、昭和の香り丸出しっ!貴様やるではないかぁ」


 男爵のツッコミが入ったわ。

 でも、萌は堂々と言ってやったわ。

 

「♪萌はまだ十四歳だから(^^♪」


「何をしらじらい。このオバはんがぁ。ちょうちんブルマに腹巻なんて昭和感・・・満載やないかーい」


「違うもん。アタシ平成に見せかけて令和生まれよ」


「ふざけるなっ!昼下がりの団地妻がっ!」


「違うって言っとるだろうが、この馬鹿チンがっ!」


 萌はマジカるステッキで、男爵のナニを一突きにしたわ。


「ぐはっ・・・それっ、やっぱ、いいぃ」


 男爵は身悶えたの。

 やだ・・・もう、ぷう。

 おまけに、16連打だわ。

 ・・・高橋名人なんて、萌、知らないからねっ。


「えい、えーいっ、ハイパーオリンピックっ」


「ぐっはあっ・・・はぅ・・・はぅ・・・なにかが・・・」


「サヨナラ男爵っ。マジカるファイナルアタック!」


 萌の必殺技が炸裂なのだ。

 男爵のアソコにステッキを突き刺し、奥まで押し込んでやったわ。

 これで男爵はチンなし。

 さしずめ、オカマ爵ってとこね。

 あー、ウーパールーパーに会いたいわぁ。


 萌がいる限り、悪がはびこることはないのだお。

 ♡きゃはっ、きめっ♡


                   萌っ!♡魔法少女もえっ06 序 完 




 ひとしきり読み終わると、萌ユキの両目からは涙が溢れだしていた。


「思い出したか!」


 萌キチは萌ユキの両肩を激しく揺さぶった。


「ああ」


 止めどなく流れる涙の洪水。


「拙者たちは・・・」


 萌キチは呟いた。


「ああ」


 彼の言わんとすることを理解し、頷く萌ユキ。


「こんな所で立ち止まっちゃいけないんだよ」


 優しく諭す萌キチ。


「ああ」


 同意の萌ユキ。


「萌えの頂は果たしなく遠い」


 目指すゴールは互いに一つ。


「ああ」


「萌ユキ、拙者たちは何だ」


萌キチは熱い眼差しを萌ユキに向ける。


「・・・俺たちは萌人だ!」


 萌ユキは手を差し出した。

 がっちりと固い握手をする二人。

 互いに熱い涙がこぼれる。

 ここに萌ユキ、萌キチの二人の萌え道が再び姿を現した。


 萌えへの道は千里の茨道。

 男達は意味もなく、夕日に向かって駆けだした。

 それから行きつけのネットカフェでネトゲー、萌漫画(勉強)、萌アニメ(研究)をし、遅い青春を謳歌するのであった。

 

 行け!萌ユキ。

 行け!萌キチ。

 萌えの頂きを目指すのだ。




 エピローグ「たが萌えのために」


 萌ユキは天然のキューティクルボサボサヘア、銀縁の眼鏡、チェックのシャツに丈の短いジーパンに身を包んでいる。

 それからお気に入りの、やたら細い蛇革のベルトを締め、これまたお気に入りの三越の紙袋を提げそこに萌グッズを入れている。

 人気、萌え声優のライブ帰りで、興奮冷めやらぬ彼は急いで帰宅しようとしていた。


 ふと、近日発売のエロゲーの萌のぼり(広告ののぼり)が、目に移り一瞬にして心を奪われてしまう。

 不意に立ち止まってしまう。


 次の瞬間、身体がよろめく。

 どうやら、誰かとぶつかったようだ。

 もんどりうって倒れた萌ユキの紙袋から、ポスター、CD、萌え本、声優の写真集、萌えフィギュアが飛び出した。


「あああっっっ、僕の綾たんが」


 愛しの声優の名を叫ぶ。


「キモイんだよ、てめーっ!」


 地面に落ちた全てのグッズを集め、見上げた先にはヤンギャルが仁王立ちしていた。

 思わず、条件反射でぺこりとしてしまう。


「このオタク、陰キャが!モブの底辺がっ」


 ギャルが憤怒の表情で、汚い言葉を浴びせる。

 

(信じられない。なんという耳慣れない罵り言葉を、この汚ギャルが!下賤な者め!)

「何を言っているんだ君は?」


「バーカー」


 ギャルは萌ユキのこめかみに鉄拳を浴びせた。

 後ろ向きに倒れる。

 再び、紙袋から飛び出す萌グッズ達。


「くそう」


 萌えユキは後ろへ宙に舞いながら、今日の最大の成果、綾たんが声をあてている幸ユキの限定フィギュアをジャンプ一番掴んだ。

 その瞬間、公道へ飛び出してしまった彼の視界には大型トラックがあった。

 記憶がふっ飛ぶ。

 目に浮かぶのは、人の集まり。

 赤く染まる視界。

 それでも、萌ユキはゆらりと立ち上がった。


「萌は永遠なり・・・わが生涯に一片の悔いなし」


 フィギュアを持ち、高々と掲げた右手が天まで届きそうだった。




 私は萌人であることを誇りに思う。

 たまに後ろ指をさされることもあるけれど。

 萌人で良かった。

              萌ユキ辞世の句





 しかし、萌ユキは交通事故から奇跡的生還を果たす。

 入院は三か月を余儀なくされたが、再び萌え道を歩きはじめる。

 その隣には萌キチが、それから彼らの萌サクセスストーリーが始まるのだった。


 この年に同人誌から火がつき、翌年アニメ化。

 人気少年漫画週刊誌に掲載決定。

 五年後、壮絶な恋愛の末、萌ユキはあのヤンギャルと結婚。

 同年、萌キチは人気声優朱里綾(あかりあや)と結婚。

 その後、二人は萌えの社会的浸透と普及に大きく貢献する。

 晩年二人は、国民栄誉賞を受賞される。

 

 萌ユキ、萌キチは萌界の生きる伝説となった。

 二人に幸あれっ。

 数ある訂正と校正を乗り越えて(笑)。

                      

                    完




 再び、削除したくないなあ。

 うん、大丈夫と思う。

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