18.オレの婚約者様
まあ、あれだ。
あの後色々あって第一王子であるジムは廃嫡され、マリオエラ子爵とその娘も北の塔へ幽閉された。
ジムの側近達はその親共々降格処分となった。
「……何でもいいですけどね。殿下、もうあんなのはごめんですからね」
「ん? まああそこまでの事にはもうならないでしょ。それよりもフレディ、ルーはどうした?」
「……ベスの衣装選び」
「ああ。結婚式のドレスか」
「……」
「ハハッ、そんな顔で見るなよ」
ジトッと見てしまうのは仕方ないと思う。だってグレンとベスの結婚式でオレとルーの結婚式はその半年後にまで伸ばされてるんだから。
「……はぁ。まあそれは仕方ないのでもう諦めました。それよりもこっちに回ってくる仕事多すぎでしょ……」
「仕方ないだろう? ジェイムズ達のしでかした事と隣国への牽制と……忙しくなるのは分かっていただろう?」
「まあそうなんですけどね……」
「ルーにも辺境の方に回ってもらう話もあったんだが?」
───そこを突かれるとイタイ。
辺境の奴らは皆こぞってルーに戻って来て欲しがっているから。ルーの兄がとてつもなく優秀で「ルーは戻らなくても大丈夫」とグレンに言ってくれたからその話は保留になったんだ。
グレンがルーに一言「行け」と言えば、それは絶対になってしまう。ルーが辺境に戻ってもオレはここでの仕事が多すぎて身動きが取れない状態だから一緒には行けない。ルーと一緒にいられないならオレはグレンの側近を辞めてやると思っているが、それは現実的では無いしそんな事を本当に言ったらルーに叱られる。
はぁ……。
オレ、卒業したらすぐにルーと結婚して毎朝ルーのルーティーンを見れると思っていたのになぁ……。
少し遠い目をしていたら、扉をノックする音がした。
「──グレン、今いいかしら?」
扉が開いて入って来たのはグレンの婚約者ベスだった。
「ベスどうした?」
サッとエスコートをしにグレンがベスに寄り添う。
その姿はお似合いのカップルだよ。本当にね。
はぁ……ルーに会いたい。
最近あまりに夜が遅くなる日は来ちゃダメと言われている。それはオレの身体の事を思って言ってくれているのは分かってるんだ。
だけどさ……こうなってくるとルーが足りないんだよ。学生時代と違って本気で夜遅くまでやる事があるし。仕事自体は嫌いじゃ無いし、グレンの側近に変わってからは忙しいけど楽しい。はっきり言って充実してる。
オレはこの仕事に向いていると胸を張って言える。
だけどルーが足りないんだ!!!
ルーに会いたい……。
王宮内で少しだけでも会えると思って探しに行ったらベスの衣装選びで部屋には入れなかった。
扉を隔てたすぐ側にいるのに会えないなんて……。
扉に縋り付いたよね……。
「フレディ?」
「あぁ……ルーの声が……幻聴かな……」
「フレディ?」
「あ、ルーの匂い……」
ゴスッ!
え? イタイ。
いきなり頭に衝撃が落ちて振り返えるとそこには愛しのルーの姿があった。
「ルー!!!!!」
オレは嬉しくて嬉しくてギューっとルーを抱きしめてクルクル回った。
「ちょ、フレディ!!」
「ルー……会いたかった……」
クルクル回るのを止めてルーの首筋に唇を寄せるとフワリとルーのいい匂いがして大きく鼻で息を吸った。
「フレディ、少し休憩……」
「では、失礼します」
グレンの言葉を遮る勢いでルーの腰に手を回して部屋を出た。
「ルー……ルーが来てくれた」
「フレディ最近忙しそうだもんね。寝れてる?」
「ルーと一緒じゃないから……」
オレは少しだけ不眠の気があってそれには理由があるんだけど……聞く?
オレってさ、小さい頃は身体が弱くてすぐに寝込んでたんだよね。ベッドから外を眺めるだけの日々も多かったんたけど、ルーはオレが寝込むと毎回お見舞いに来てくれてオレが死の恐怖に震えてると一緒にベッドに入って抱きしめて寝てくれたんだよね。
それがすごく嬉しくて安心できた。
成長して少しずつ調子が良くなってきて寝込む事も減ったんだけどそれでも年に数回寝込む事があったんだ。
あれは10歳の頃だったかな?
あの時はルーが辺境に戻る日で、でもオレも一緒に行きたかったけど寝込んじゃって。
ルーは残ろうか? って言ってくれたけどその時は何故かルーに頼ってばかりじゃ頼りない男になっちゃうと思って大丈夫だと言ったんだよな。
で、ルーが出発したその日オレは熱が一気に上がってかなりやばかった。薬が効かなくて朦朧としていたし。
屋敷にいる使用人達は皆身分がしっかりしていて仲が良かったし安心していたんだけどその当時どっかの令嬢が行儀見習いでうちに来てたんだ。年齢はいくつだったかな? オレの6個上とか言っていた気がする。
その女が薬持ってオレの部屋に来たらしいんだ。
その頃のオレは自分で言うのもなんだけどかなりの天使だったと思う。
その女、あろう事かオレを襲ってきやがったんだ。10歳の男をだぜ? 熱でうなされて意識が朦朧としている子供に対して、汗を拭きますねとか言いながら身体弄って、その手つきが気持ち悪くてヤメロって言ってるのにベッドに乗り上がって来てオレに跨って手を止めない女に本気で気持ち悪くて吐く寸前だったんだ。
そしたらバーンって扉が開いて、ルーがその女をベッドから引き摺り下ろして後から来た執事とメイド長に向って放り投げて剣を首に突き付けたんだ。
「フレディは私の婚約者です。彼に手を出してもいいのは私だけ。貴方は私にケンカを売った訳ですから買わせてもらいます」
そう言ってニッコリ笑ったルーは壮絶な程に綺麗だった。
その女はブルブル震えて「申し訳ありません! フレデリック様があまりに美しすぎて! 魔が差しました……」と額を床に擦り付けて謝罪していた。
「そう。じゃあ私も魔が差した事にするわね」
ルーは真顔で女の首を落とそうと剣を振りかぶったけど、執事が止めたんだ。
「ルー様にこんな事はさせられません! フレディ様も申し訳ありません! こんな女を側に付けてしまって……このお詫びは私の首をもって……」
執事が剣を首に当てようとするからオレは朦朧とする頭を振ってやめて! と叫んだ。その後の事は覚えて無いけどあの女はすぐにいなくなった。
執事は今でも働いてくれているけどね。
その後からオレは寝られなくなったんだ。
怖かった。
寝たら誰かが襲いにくるんじゃないかってトラウマになった。
ルーはその日からしばらくの間ずっと一緒に居てくれた。
夜寝られないオレと一緒にベッドに入ってくれた。ウトウトするとハッと起きちゃうし、魘されるオレの背中を撫でてくれて抱きしめてくれた。
ルーと一緒じゃないと寝られなくなった。
オレのその状態を見て親達は仕方ないだろう、と暫くの間ルーも一緒に暮らす事を許可してくれた。
元々両親もルーと仲が良かったし女の子が欲しかったらしいから大喜びだったよ。
あの頃は大変だったけどルーのおかげでなんとか乗り越えられたんだ。
それまでもルーの事大好きだったけどそれ以上にルーの事が大好きになったんだ。
オレの為に人を殺める事に躊躇する事が無かったルーの事を次はオレが守るんだと決意して身体を鍛え始めたのもこの頃だったな。
……今でもまだ全てにおいてルーには負けるけどね。
「フレディ? どうしたの?」
「ん? 何でも無いよ。ルーは今からどうするの?」
「ベスのドレス選びもひと段落ついたし、今日はもう帰るわ」
「オレも帰る!!」
今のオレの姿が犬ならば尻尾をブンブン振り回している事だろう。
「……しっかりお仕事終わらせたらね。今日はそっちに行って待っ」
「分かった!! すぐ!! すぐ終わらせるからね!!」
こうしてはいられない! ルーと一緒に居られる今の時間も惜しいけど、ゆっくり2人で過ごす時間も大事!! オレの持てる全てを限界突破させて今日の分……なんなら明日の分まで終わらせるんだ!!
「ヨシ! じゃあ超特急で仕事終わらせてくるから!!」
名残り惜しいけど仕方ない。
ギューッとルーを抱きしめて首筋にキス。目一杯匂いを嗅いだ。
「ふふ。無理しないでね」
ポンポンとルーが背中を撫でてくれて、オレはチャージ完了!!
「じゃ、行ってくる!!」
「はいはい、頑張って」
ヒラヒラと細い手を振るルーに後ろ髪を引かれながら別れる。急いで部屋に戻ると殿下とベスがソファでティータイム中。
「さ! 殿下仕事ですよ!! さっさとやってしまいましょう!! ベス、悪いけど殿下を借りるよ!!」
「なんだ、フレディさっきまでと……」
「さ!! 溜まっている書類はあとどれですかっっ?」
バサバサと机の書類を広げ確認を始める。
「ふふ、チャージ完了って感じね」
「仕方ない。ベスごめんね、後でね」
「殿下! ボサッとしてないで!!」
「あー、はいはい」
オレにとって全てはルーの為に回ってる。
誰が何と言おうともオレはルーを守る。
死が2人を別つまで……なんて言葉あるけどさ、オレにとってはそんなもの何でもない事なんだ。
死が訪れてもそれは2人を魂のレベルで引き合わせるって事。
オレの全てはルーの為だけに。
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