窓の内と外
お読みいただきありがとうございます。
窓から見える景色は変わりない。
それでもどこか違うようで、
あの人らしい人を見つけては、
心が踊り、別人だと分かっても、
どこかに面影はないかと探してしまう。
そんな日々が続いた。
ある日、あの人に出会うことが出来た。
あの人は再び私の元を訪ねてきてくれたのだ。
あの時の面影と少しちがって、凛々しい顔つき。
でも、笑顔や声はあの時と同じで、私の心は
壊れそうな程に大きな音をたてている。
「お嬢様。本日は領主様に招聘していただき、感謝感激でごさいます。
つきましては、その感謝を私の持っている芸で表現させていただきます。」
前に聞いた言葉と同じような言葉。そして、領主と街を讃える歌。
前回は途中で止めてしまったけれど、今回は最後まで聞こう。
あの人が唄っているのだから。
チリン。
メイドが近くにやってきてくれる。
「ゴニョゴニョ…。」
「お嬢様から、父とこの街をたたえる歌に感動したとのこと。今後も精進されよとのお言葉です。また、お嬢様より今回も踊りを見たいとのご所望だ。」
「ありがとうございます。今回は前回よりも躍動感がある動きをお見せできるかと思いますが、宜しいでしょうか?」
メイドがチラリと見てくるので、私は頷く。早く見たい。
「問題ないとおっしゃっています。」
「ありがとうございます。」
あの人は踊りだした。あの時のダンスを。
夢の中で何度も一緒に踊ったダンスだ。
しばらくすると、ダンスが変化した。
あれだけ楽しかったダンスが、あの人が
見れなくなった。見たくなくなった。
胸が張り裂けそうで、叫びだしてしまいたい。
そんな衝動にかられる。胸をかきむりたい。
鈴を鳴らすことも出来た。
でも、鳴らしてしまうと
あの人は私の部屋から出ていってしまう。
胸からこぼれ出そうな声を口を固く閉じることで
出さない。歯を強く噛み締める。出してやるものか。
今、私の顔はどのような顔をしているだろうか。
あの人に笑えているだろうか。醜い顔を晒しているのだろうか。
恥ずかしい。すぐにでも隠れたい。
様々な感情が心に渦巻いては、必死に押し殺す。
前回は夢のような時間だったけれど、
今回は様々な感情が私を潰そうとする悪夢のような時間だった。
あの人が片ひざを立てて座っている。
何か言わなくちゃ…何を言うの?分からない。
「…お嬢様は言葉も出ない程に感動されたご様子。今後も精進されよ。」
メイドが私の代わりに答える。
「はっ。もったいないお言葉ありがとうございます。では、失礼いたします。」
あの人が部屋から去っていく。
もう少し、もう少しいてほしい。手を伸ばしたい欲求にかられる。
声も出せず、手を出すことも出来ずに、部屋のドアは閉められた。
部屋は沈黙を取り戻し、メイドと私の日常へと世界を変えさせた。
ふわっ
メイドが抱きしめてくれる。どうしたのだろう。
「お嬢様、今はお辛いでしょう。しかし、時が癒してくれます。」
「どうしたの?私はいつも通りよ。」
「…お嬢様…失礼します。」
メイドがハンカチで目元を拭いてくれる。その時始めて泣いていることに、私は気がついた。
「あら?どうしたのかしらね?何か目に入ったのかしら?」
「お嬢様…ここには貴女の乳母しかおりません。どうぞ。お心のままに。」
そう言ってメイドは、また抱きしめてくれる。
あぁ。この心地よさに何度、救われてきたのかしら。
「…嗚呼ぁぁ…。」
渦巻いた感情そのままに、私はメイドに全てをぶつけた。
荒波となった感情はメイドという防波堤を壊すことなく、
押しては引いてを繰り返す内に少しずつ小さな波へと変わっていく。
「…ごめんなさい。」
そう言って、メイドから離れる。
「お嬢様。またいつでもどうぞ。」
「またそうやって子供扱いする。」
「乳母から見るといつまでも子供ですわ。」
クスクス…と二人で笑い合う。ぎこちない笑顔かもしれないが、
笑うことができた。
…あの人を思い出す。
あの人と一緒にダンスを踊るのは、もう私じゃない。
あの人の笑顔は私に向けたものじゃない。
苦しい。苦しい。
「ねぇ…」
「はい、お嬢様。」
「何でこんな気持ちになるのかしら…」
「…お嬢様…市井ではそれを恋と呼んだりします。」
「恋…これが…恋…。」
私は窓の外を見る。
「お嬢様…。」
「大丈夫よ、ありがとう。少し1人にさせて。」
「…失礼します。何かあればお呼びください。」
メイドが離れていく。
窓からは穏やかな風と賑やかな街の雰囲気が伝わってくる。
枯れた泉から沸き上がって来るのをそのままに、
私は今日も、窓君と呼ばれる令嬢として、日常の風景に消えていく。
ここで完結とさせていただきます。
恋愛の気持ちを表現出来たでしょうか?
恋を知らない人が始めて恋を知る
書けば書くほど分からなくなってしまいました。
恋愛って難しい。